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7-2、いろんな人達2

 即死は、していない。気絶もしていない。だが、のたうち回りたくなる痛みだ。最低でも腕は折れているのだと思う。その上頭がグラグラするし、視界もおかしい。動けない。口から漏れそうになるうめき声を、我慢する。

 ……視界が戻ると、血塗れになった自分の腕があった。爪でやられた。防具も、皮も、肉も、骨も、筋も、ぐちゃぐちゃになっている。折れてる折れてないとかのレベルではない。心臓の音と呼応して、だくだくと血が吹き出る。かろうじてまだ繋がっているが、もうユノの力でも千切れるだろう。


 勝利を確信したらしいムーンベアーが、のっそりと歩み寄る。


熱入水ゴンインストール”。“キュレア”、“キュレア”、“キュレア”、“キュレア”、“キュレア”」


 小声でつぶやき、左胸にナイフを突き刺し、ユノはドラゴンインストールを発動させた。

 続けて、ブツブツと回復魔法を連続で詠唱し、体を全快させる。


(仕方がない。ですが、この力なしで中級を倒せるようになるのは、いつの日になるのでしょうか)


 水魔法が通用する初級の魔物なら、水魔法を乱射すれば終わる。

 けれど、中級になるとユノの力が通用しなくなってくる。


 よって、今のユノの目標は、中級とやりあえるようになることだ。ただし、ドラゴンインストールで一匹倒してあー疲れた、で済ませては芸がない。そんなヒマな真似をしている場合ではないのだ。

 だから、強化無しで、中級下位くらいは倒せるようになっておきたかった。そして、一日に何体も狩って、鍛錬と行くつもりだった。


「けれどまあ、終わらせましょう。仕方ありません」


 ユノは刃がなくなったナイフを捨て、腰を深く落として素手で構える。魔力を回す。

 一瞬で力関係の差は逆転した。


 さっきまではタダの餌だったはずの小さな生き物が、今や自分どころかこの森も覆い尽くさんとする強者に見えているのか。ムーンベアーは全身で警戒心を表現し、後ずさる。

 ここで侮りを残したまま襲いかかったりはしない。さりとて、背中を向けて犬のように逃げることもしない。それが、ムーンベアーが中級下位たる証。

 じりじりと自分に有利な間合いを取りながら、ムーンベアーは吠えた。


 グオオオオオオオオオオオッ!!!


「がおーっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」


 ユノも吠えた。

 そして、その後の、一瞬に。


 ざちゅっ、と音を立てて、ムーンベアーの頭が取れた。正確には、頭が取れたというよりは、上顎から上が取れた。

 こちらが全力をもって飛びかかり、片眼に指を突っ込んで、勢い良く頭の上半分を剥がしたのだ。

 ムーンベアーをはるかに置き去りにして、着地。振り向くと、脳を失ったムーンベアーの体が、遅すぎる攻撃への対処をした後、ずるっと滑って地面に伏した。

 手元の頭蓋骨を両手で握りつぶして破壊する。びちゃちゃっと血しぶきが顔に飛んだ。


(困ったな。中級はやはり強い。素の私で殺せる展望が見えないです。……まあ、初日から上手くいくものでもなし、今日は終わりで、家に帰ってまた研究ですね)



「そういえば、ミカムイさん」


「はいはい?」


 洗ってはいけない生地や、板を使ってはいけない生地の話などを聞きながら、洗濯物の山が半分になって来た頃、ルトナはふとあることに思い至った。


「この宿って、従業員何人いるんですか?」


 聞かれたミカムイは、きょとんとした顔を作る。


「どしたんですか? なぜ急に?」


「いや、よくよく考えれば、なんかここ、いつ見ても従業員さんって、……今日名前聞いたミカムイさんと、ピコさんと、あともう一人の背の高い子しか見ないような」


 従業員に注意を払わないために、何もかもが曖昧な記憶だが、いつ見ても変わらないメンバーが宿を運営している気がする。

 いや、食材を運び込む業者の人達は男だったり女だったりするが、やっぱり何度記憶を洗っても、従業員らしき立場なのは今挙げた三人しか思い浮かばない。


「もう一人はイルマかな。あの子イルマキっていいます」


「へえ、イルマキ、さん。いやなんかスイマセン、全然興味持たなくて」


「あはぁ、やだな、全然いいんですよ。というか従業員全員と自己紹介しないと泊まれない宿ってイヤでしょ」


「それはそうなんですけど」


 数日泊まるだけの宿ならそれもそうだ。従業員の名前などいちいち聞いている場合ではない。

 けれど、一ヶ月近く泊まって、宿にはかなり世話になってて、ピコとは仲良くなってて、けれど他の従業員はほったらかし、というのは、本気で謝る必要はなかろうが、一応口で謝意を示すくらいはしたくなる。


「くっくっく、しかしうちの従業員構成の秘密は話せませんなぁ、企業秘密なので」


「そっか、ごめんなさい」


「え、引き下がるの早い。じゃあ、むしろ生かして返さん! みたいな」


「そこまで!?」


 素直に引いたルトナに対し、ミカムイは追撃して会話に遊びを取り入れてくる。


 しゃこしゃこしゃこ、と洗濯板と洗濯物が洗剤を介して擦れ合う音だけがする。

 派手な香料などが使われていないのか、香るのは本当にかすかな石鹸の匂いだけだ。下手をすればこの石鹸の匂いはミカムイのまとう匂いなのではないかと思われるほど。


「ここについてる従業員は二人ですねぇ。姉さんの下に直属です」


「少ないな。やっていけるんですか?」


 双子星の宿は十部屋あり、大きな宿というには小さすぎるが、数人でやれる小さな宿というには少々大きい。


「ええ、いろいろ出入りはありますので。シーツ類とかの洗濯は馬車で回収してひとまとめでやってたり、掃除もけっこう、外注みたいな感じになってます。あとは警備の見回りとかも共有式。正直給仕か料理人のどっちかは雇ってほしいんですが、まあ姉さんの方針らしいので」


「あ、ああ、……同業者と提携してるんですかね。それか、そうか、ピコさんってここの他にも数店舗経営してるんでしたっけ」


「ええ、そんな感じです。同業者との提携のほうはやってないですね。責任がいろいろ面倒なので、とか姉さん言ってました。他の店舗といろいろあわせて効率を追求しているらしいですよ。ミカにはさっっっぱりですが」


 塗れたままの手でやれやれのポーズを取って、ミカムイは笑った。

 コンビニエンスストアなんかで近場の店にまとめて商品を納入するようなことを、この近世の街でやっているらしい。ピコが考えついたのか、あるいは夫の入れ知恵なのか。


「凄いですよね。結構先進的なんじゃないですか?」


「まあそうなんですかね?」


 言葉はいかにも曖昧だったが、おそらくミカムイは本当にあまり知らないのだろう。

 別の話題にした。


「イルマキさん、無口だよね。なんだか嫌われてるのかって思うくらいです」


 ルトナが次の話題に選んだイルマキという従業員は、全然会話してないから例示も難しいのだが、ユノを購入した日に、宿泊費の増額を教えてくれた子だ。

 ミカムイと同じ服装や似た髪型であるが、背が高く、また勤務時間が終わるとまとめていた髪を解く。ミカムイはセミロングくらいだがイルマキはロングといったところか。年頃で可愛らしく、地味な髪留めが似合っていて、文学少女のような感じがする。


 ですます口調で、あまり顔も合わせず、ミカムイやピコのような笑顔も見せない。影のある美人かというとまた別で、無愛想かというとそれも違い、単純に笑顔を作ることを知らないような感じ。


「そんなことはないですよ。イルマ、『今日はルトナさんに一回笑顔を頂きました』みたいな会話もするので」


 ルトナは「それは逆に重くない!?」と突っ込んでいいか一瞬迷ったが、我慢した。

 ミカムイが少し真剣な表情を作ったからだ。


(……? なんだ? なんか地雷踏んだ?)


 その顔からは感情が抜けていて、どこかイルマキに似ていた。


「えーと。実は、それなりに仲良くなってるお客さんには必ず明かしてる、言い訳みたいなものがあるんですが、聞いてもらえませんか? イルマキが無愛想なわけじゃないってわかってもらえると思うんです」


「え、あ、ああ……聞きますけど」


 何を突然言い出すのかと気になった。

 聞かせてもらえるものを、断る理由もない。


 ミカムイはルトナの相槌を受けてすこしだけ嬉しそうに微笑んでから、口を開いた。


「『シサ』って風習はご存知ですか?」

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