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7-1、いろんな人達1

「ごめんねお客さん、ピコ姉さんいなくて」


 苦笑いをしながらルトナに謝意を示すのは、双子星の宿の従業員の一人。


 ルトナが全然構わない、というと、その苦笑いは花が咲くような笑顔に戻る。


「ではでは、姉さんに変わって、この私ミカムイが家事の修行をつけて差し上げましょうっ」



 かつて住居にしていた双子星の宿で、ユノは、たまに宿の手伝いをしながら宿泊して、見返りに家事を習っている。

 冥府魚型魔力大龍を倒してから二、三週間といったところだが、めきめきとユノの家事スキルは上達しており、質に目をつぶれば一通り家の維持を行えるようになっている。


 そうなれば、面目が立たないのはルトナである。

 全然構わないといえば全然構わないのだが、ユノが鮮やかな手つきでスープやら丸焼きやらを用意するのに、腸詰め肉を焼く手つきすらおぼつかない。ちょっと、主人としてダサすぎて悲しい。

 それに、これは前にユノとも話したことだが、今のままではユノが行動不能に陥った場合、外食以外に選択肢がなくなり、家は荒れ果てる。

 だから、ユノと同じような条件で、ルトナも家事を教わることにしたのだ。ピコから。


 ところが、宿の一階廊下でルトナの目の前にいるのは、この宿の従業員の片割れである。正直これまでは名前を聞いたり教えたりした記憶がなく、ミカムイという名前を知ったのもついさっきだ。

 ミカムイは、華のある容姿とまではいわないが、それなりに綺麗に整っており、村の人気娘とかそういった感じにはなるかもしれないくらいの女性だ。体格は小さいが、反面声はまあまあ落ち着いており、少女の声ではない。従業員の制服を着て、淡い栗色の髪を、後ろで三角巾のような大きめの布でひとまとめにしてある。耳が見える髪型で、ちょっとお姉さんっぽさがある。


「よろしくお願いします、えっと、……ミカムイさん?」


「ノンノン! 師匠!」


「んじゃ、ミカムイ師匠」


「教えたるぜ!」


 師匠と呼ばれて気を良くしたのか、上機嫌になるミカムイ。

 滑稽なほどに大仰な手振りで、なんとなく見ていて面白い。


「ちなみにピコさんは今日はいないらしいけど、一体どうしたの? 秘密なら別に大丈夫」


「姉さんは急な呼び出しで、旦那様に会いに行ってます」


「そう……」


 旦那様、とは、ピコ・シェイルマンの夫、シェイルマンさんのことであろう。この街で何が流行っていて誰が有力者なのか等のことはさっぱりわからないが、ピコ曰く素晴らしくイケメンで素晴らしく有能な商人らしい。


 ……会いに行って何をしているのだろうか。ちょっと考えたが、ピコはこの宿を任されている立場であるわけで、純粋に今後の商売の話でもしているのかもしれないというところに落ち着いた。

 流石にまだ太陽が登りきっていないこんな時間からアレをしていることもないはず。多分。なんだかそっち方面を考えるのは生々しくて嫌だ。


(別に全く俺にとって関係することじゃないんだけど、親しくしてくれてる女の人が今この瞬間なんかアレなことしてるって思うとちょっとなんかアレだよな。いや、ほんとに俺にとって関係することじゃないんだが)


 出歯亀根性かというと否定する。ピコに特別な感情を持っているかというと全くない。

 ただ、けれど、なんとなく想像して、なんとなくモゾッとする感じの感情が。


「あ、あ~! その微妙そうな顔! そういえばエルフって同姓が好きなんですっけ? 姉さんに教わりたかったですか? ひょっとしてピコ姉さんに惚れてたり?」


「別にそれはないです」



 こっちでーすっ、と先導された先は従業員用の部屋だ。山積みになっている衣服やら下着やらのカゴをミカムイは持ち上げる。

 持ち上げて、カゴを二山抱えた後、「少し多すぎかな」と片方だけにして、「やっぱり二人いるから」と両方持ち上げる。


「えーっと、これは?」


「洗濯物です。今からルトナさんには洗濯の勉強をしてもらいます」


「え、いきなり洗濯? 料理とかは」


 家事の基本といえば料理だろう。

 だが、無数に重なったカゴを持ったまま部屋を出るミカムイは、首を振る。


「掃除もサボれるし料理も外で済ませればいい。けれど、洗濯だけはサボれません。別に良いと思いますけどね、冒険から帰ってきて泥だらけの衣服が積み上がった家、外に着ていく服がなく、全裸にマント羽織って誤魔化し外出……」


「なるほど、そりゃヤバい」


「洗っちゃいけない生地とか、手の上手い使い方とかは一日で十分ですからね。多分一番短期的な効果ありますよ」


「なるほど」


 あと料理ですけど、確かホンモノの素人さんなのですよね、三日ぐらいで汁物と炒め物みっちりやればまあ基礎がわかってレシピ見ればなんとかなるしルーチンで栄養失調にならない程度にはなると以下略。


 滑らかに回る舌からは、ルトナの今後の家事の勉強についてのプランが語られていく。正直ちょっと一度に与えられる情報量が多すぎてよくわからなくなってきたが、それでも、


(ちゃんと考えて貰ってる感じがするなぁ……)


 ルトナは少しだけ嬉しくなった。



 ミカムイに手渡された薄手の布で、自分も髪の毛をまとめてポニーテールにする。

 エルフの長い耳に手がかすってしまい、ひぅっと声が口から漏れてしまったが、ミカムイには聞こえなかったようで一安心。


 中庭の空には太陽が照っており、絶好の洗濯日和という感じだ。


「洗濯って重労働だよなぁ」


 ルトナがイメージするこの時代の洗濯は、やっぱり手による揉み洗いだ。

 一瞬で汚れが落ちる化学洗剤などがあるとは思えないし、ごしごしごしごしごしごしぃ、と、腰と肩と腕がバキバキになるまで衣服を磨く感じがする。


(石鹸すらなかったらどうしよう? いや、別にどうもしないんだが……)


「だいじょぶだいじょぶ、双子星の宿は従業員に優しいからね。洗濯器があるのよ」


 ところが、井戸から水を汲んで戻ってきたミカムイから、予想外の一言が投げかけられる。


「え、洗濯機? なんだ、それを早く言ってくれ」


 洗濯機。洗濯物を放り込み、ボタンを押せば洗濯終了のスーパー便利道具。

 機械が発達しているとは想えないこの世界では、おそらく科学の代わりに魔法が使われているのだろうが。


「じゃーん」


 しかし、前振りとともに出てきたモノは、見るからにルトナの知る洗濯機とは別の存在であった。


「洗濯機?」


「洗濯器です」


「いやこれ洗濯板じゃ」


「? 板といえば板ですケド。ルトナさんの地元の呼び方ですか?」


 背中から取り出されたのはギザギザのついた板。


 これは洗濯板だ。洗濯機ではない。


 たしかに家庭科の教科書かなんかで見た洗濯板とは少しばかり形が違っているが、ほとんど洗濯板だし、洗濯板という名札をつけて前の世界のホームセンターやらで売っても、間違いなくノークレームだろう。

 とはいえ、


「これ凄いんですよぉ。ここに雇われる前は手でモミモミしてるだけでしたからね。すんごい疲れるし、汚れが落ちてないと、別にぶたれやしませんが、怒られました。でもこの洗濯器があれば全然違います、ゴシゴシやれば大体落ちるんで。いやぁ双子星の宿は最高ですぅ」


 自分の体を抱いて、マジでこう言っているミカムイに、「故郷にはもっと便利なのがありましたよ」とはかなり言いづらい。棒読みでソウナンデスカと返す。


「じゃ、ちょっとずついろいろ教えながらやりますね。夜は食事の仕込みの手伝いお願いしますぅ、それで約束のお手伝いは終了です」


「……了解です」


 複数存在する洗濯物のかごは、決して少なくない。たぶん、昨日今日のぶんのすべてだろう。

 これを今からたった二人でゴシゴシゴシゴシ洗っていく。洗濯板を使って。


 やっぱり面倒くさい。今からでもユノに全て押し付けられないだろうか。

 無理かな。無理か。


(ユノ、今何どうしてるかなぁ……)



 街から西側にそれなりに移動した先の森の中、黒髪金眼のハーフフェアリーは腰から短剣を抜いて構えた。

 遠目に、目的のものを発見したためだ。


(ようやく見つけました……)


 目的のものとは、魔物である。

 今日、ユノは、ルトナが家事を勉強するということで、冒険者として一人で依頼を受けている。主人との交渉は難航したが、一人で街の外に出る権利をがんばって獲得した。

 今回は、ドラゴンインストールの試運転も兼ねて、平均的で準備の要らない中級を討伐する依頼を、一人で受けることになっている。力の回数制限から、一体倒せば即帰宅だ。


 もちろん、黙ってそんな指示に従うつもりはない。


 涎を垂らしながら歩み寄ってくるのは、一匹の熊の魔物だ。名前は、ムーンベアー。熊の魔物にしてはそれほど体格は大きくない。四本足で歩いている状態での体高が、人族の大男くらいといったところか。


 魔物のランクは初級中級上級超上級と上がっていく。その、初級と中級の差は、一般的には「猛獣」と「魔物」の違いとされている。要するに、初級上位と中級下位の差を分けるのは、ただの動物止まりか、それともそれを一つ超えた強力な力を持つか、というところにある。


 ムーンベアーは、強力な魔法はなく、魔力を持つ個体は魔力で体を強化するくらい。体格も絶望的なサイズというわけではなく、本来なら初級上位でもおかしくはない。

 けれど、特徴的なのはその知恵である。警戒心の強さ、足跡を偽造するバックトラック、普段は群れないが強敵に対しては数体で徒党を組み対抗する柔軟性等、侮ると一瞬で死ぬ。このことから、ムーンベアーの魔物としての等級は中級下位とされている。猛獣の枠を超えないはずの猛獣が、知恵によって中級の領域に手をかけている。


 ビリビリとした威圧感。

 一撃でも喰らえば全身がバラバラになって死ぬかもしれない。

 吠え声は、腹の奥を揺らすような低音だ。


 だが、戦う。


「……!」


 後の先を取って懐に入り、ナイフで斬りつける。狙いは眼だ。ユノの技量では、毛皮にナイフが通るはずがない。眼を潰せば、かなりの優位になる。だが、狙いは上手く通らず、無力化させるには至らない。

 耳の側を丸太のような腕と爪が通り過ぎていく。やはり避けることはできる。――食らいついては、来ない。喉の奥にナイフを押し込めば勝てるのだが、ムーンベアーは知恵を持つ、以前にどこかで学習したのかもしれない。

 飛んできたもう一撃は、


「舐めんな!! “ミーア”!」


 水属性の魔法で撃ち落とす。


(もう一発!)


 続けて唱えたミーアによって、ドッ、という確かな手応えのある音で、ムーンベアーは吹っ飛んだ。


 ユノの魔力はそう大きくなく、遠距離から水属性の魔法の打撃で一方的に討伐するようなことはできない。何より、それでは今日の目的が達せない。そのために、躊躇せず懐に入って攻撃することを選んだ。

 懐から顎を狙って脳を揺らせば、多少の相手でも気絶するし、喉やらを狙って掻き切れば、それもやはり致命傷だ。


(やったか!? やってない! 猛獣を一撃でやれるわけがない!)


 何度か回転しながら空中を吹っ飛んでいく熊を、ユノは追いかけた。


(今その首叩き落としてやる!)


 だが、その視界に映るのは、無理な体勢から放たれた、それでもユノにとっては一撃で致命傷になるような熊の前腕だった。

 確かに頭に入れたはずで、好機だったはずだった。野生の魔物のタフさを舐めていた。

 ユノは、瞬時にナイフを裏側に持ち替え、自己強化の準備をする。


「“ドラがッッっっ、ぎァゥっ」


 次に吹っ飛ばされるのはユノだった。とっさに腕は挟んだものの、打撃の衝撃が弱まるはずもなく、大きく十歩以上の距離をぶっ飛ばされ、背中から木に叩きつけられる。

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