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6-3、ミズリと狩りを3

 どしゅっと音を立てて、ルトナの矢が鳥の魔物に吸い込まれる。致命傷を負ったまま根性で飛び立とうとしたその体は揺らいで、落ちた。


「よっしゃーああああああああ!」


「おめでと」


 日が暮れる頃、ようやくルトナは一匹の獲物を獲った。鳥の魔物なのにあまり飛ばず、派手な色が目立つのに動きが遅く緩慢なため、このあたりでは一番簡単だとかで、最後の一時間程度はずっとミズリの指示のもとコイツばかりを狙っていた。


 ちなみに、話を聞くと魔物と動物はほぼ同義語のようだ。基本的には魔力を持つ野生の生命体が魔物で、魔力を持たない野生の生命体が動物と使い分けられているのだが、ほとんどの生命体が魔力を持っているようだし、同じ個体内で魔力を持つ個体と持たない個体に分かれる生命体もいるようだし、気をつけるべき文脈でなければ、大体は混同される。


「コーラ鳥はクロケットにすると美味しいかな? 少し特殊でね、パン粉は使わない。あとはまあ普通に焼いて、あと筋を煮込むとスープが美味しい。ちゃんと煮込むとホロホロして美味いのよ」


「よくわからないけど、食べよう!」


「はいはい。ちょっと食べたら帰りましょ。タルトとユノちゃんに獲物を任せて、皆で食べるほうがいいわ」


 たしかに、煮込み料理をしていたら遅すぎる。

 二人には夜になる頃には帰ると伝えてある。


「そういや、お前自分が呼び捨てにされてること気にしてるくせに、ユノにちゃん付けで私を呼び捨てだよな」


「え? ちゃん付けで呼んでほしいの?」


「いらないです」


 二人で簡単に肉を焼いて食べることにした。

 ルトナはほんのちょっとだけピコに包丁の使い方を習っているが、獲物をその場で捌くような力量はない。ミズリの指示に従い、かまどを作り、手頃な枝を集めてきて、燃やす。


「採りたてだから実は生でもいけるんだけど、この鳥は生だと美味しくないのよねぇ。魔物によっては生も美味かったりするわ」


 ミズリが、アイテムバッグの中から取り出した木串に小さめに切った肉を刺し塩を振って、石が並んだかまどで焼く。

 少しずつ香ばしい匂いが漂い始めた。


 ふと空を見ると、太陽が完全に沈み始めている頃だ。空の色が朱色と濃紺に混ざり合って、どこまでも深く感じる。

 この森から街まではそう遠くないが、場合によっては走ったりもしたほうがいいかもしれない。タルトにも、ユノにも、それぞれの関係性的な意味で、待ちぼうけをさせたくなかった。


 月が明るく輝いている。この世界の月は、満ち欠けするし空を巡航するし前の世界の月とかなり似ているのだが、前の世界の月と違って昼でもそれなりに輝きを有している。それだけ光量が多いのかもしれない。


「う、美味ぇ。何だこれ。肉ってこんな美味いものだったっけ?」


「良かったわね」


 焼きあがった肉を食べる。ミズリも、同じようにしてはむっと串を口に入れた。


 脂だけを残して口の中で溶ける、なんてことは全然ないが、自分の手で獲った野生動物の肉はどこか格別の味がした。硬いし、筋張っているし、簡単な臭み取りはしていたはずなのに、どうにも臭みがある。けれど、ゴリゴリ噛み砕くようにして肉を噛み締めていくと、旨みのようなものが口の中に染み渡る。


 喉が乾いた感じがして、水場で汲んできた水をぐいっと呷った。焼けるように熱い肉の旨みが、じわりと喉の奥に消えていく。


 もくもくもく、と閉じた口の中で肉が噛まれる音だけがする。ミズリが、邪魔な髪をかきあげて、二口目を食べた。そよ風が吹いて、木々がほんの少しだけ揺れる。ぱちぱちと炎が弾けた。遠い夕焼けの中、森の澄み渡る空気と、食事の匂いがする。自分で山を走り回って、獲った食事だ。エルフと一緒に。


(あ、あれ……?)


 じわっと、目が熱くなった感じがした。涙こそ滲まないものの、これはほとんど泣いているようなものだ。

 赤くなったりしていないだろうか。

 これでは、からかわれてしまう。


(泣きそうになってるのか、俺。どうなってんだよ、別に大したことじゃないし、マジで泣きどころが意味わからねえよ、俺。あー、もう……)


 抑えようとすれば抑えられそうだが、はたして今、ルトナの表情は外から見てどういう感じになってしまっているのか。こするわけにもいかないし、


「あんた……ルトナ?」


 案の定、ミズリに感づかれてしまう。


「今日はありがとう、ミズリ」


 口を持ち上げるようにして笑みを作り、目を合わせないようにして表情を読まれるのを防ぐ。

 そして、感謝の言葉を作った。


「……あたしも楽しかったわ、ルトナ」


 感づいたのか、それとも誤魔化せたのかはいまいちわからなかったが、ミズリは気にしないふうで、柔らかい笑みだけ浮かべて言葉を返した。


 ルトナは、ごまかすためにも、気になることを一緒に聞いてしまうことにする。


「なんで、弓なんか急に教えてくれる気になったの?」


 ミズリはきょとんとした顔を作る。


「? エルフの狩りには弓を使うわ。そういうことじゃなくて?」


「いや、……んー、いまいち上手い言葉が見つかんないけど。あーじゃあこの聞き方かな、なんで急に狩りを教えてくれる気になったの? んで、その中の、弓を教える作業だって、めんどうでしょう?」


 何が聞きたいのかは伝わったらしい。ミズリが、言葉を組み立てていく。


「なるほどね? ……いや、別に大したことじゃないのよ。第一、あんたは充分飲み込みが早いわ。タルトは、武器の扱いが一切ダメでね。あの子おっとりして超然としているようにみえるけど、結構そういう感じで、……いやまあ別に悪口みたいになるとアレだからこの辺にするんだけど。あの子、いくら教えても弓は無理みたい。そういうのもいたわけよ。だから全然大したことない」


 だから大したことじゃないんだけど――、と一度言葉を切って、


「あんたはエルフの新入り。あたしはエルフの、古株ではないんだけど、そろそろ中堅。姓だって貰ってしまったしね。後輩であるあんたに物事を教えて、強くするのは、あたしの責務よ」


 切った言葉を繋いだ。

 食べきった串をくるっと手で回す。

 ルトナは、上手く反応できない。それはつまり――


「責務? 義務だからっていうこと?」


「うーん、そういうと味気ないわね。別にイヤイヤやってるのともまた違う。こんな決まりは別にないもの。かといって押し付けているつもりもないわ。お互い、イヤならもう少しドライに行ってもいい。だから、……そうね? なんだろ? ま、責務としか言いようが無いわ。年上が年下に物教える、これ、当たり前。だからあたし、あんたに弓教える。二人、同じエルフ」


「なんで急に片言」


「としうえさんがとししたさんに物を教えまちゅね。これは当たり前のことでちゅよ~」


「なんで急に赤ちゃん言葉。腹立つからやめろ」


 もそ、ともう一口食事して、ルトナはミズリの言っていることを飲み込んだ。


「つまり、ミズリがエルフで、私もエルフだから、か」


 ミズリは少しだけ笑って、


「そうね。概ねそれで合ってる」


 ルトナの言葉を肯定した。

 そして、「つまるところ、好きなのだ」という。


「あたしは、エルフが好き。皆と過ごす毎日が好き。あたしは、タルトが好き。タルトと一緒に飲むお茶が好き。そして、まだわからない部分もあるけれど、あんたもその中の一員になんのよ。や、まだわからないけどね。でも、まだわからないけど、わからないけど――あたしは少なくとも、あんたに悪い印象を持っていない」


「なぜ」


 ルトナの当然の疑問。

 ミズリは、当然の疑問に、当然のことみたいに答えを返す。


「あんた、ちゃんと勉強しているでしょう。話していて、なんとなくわかる。常識が削れていて、でもある程度頭が回るってことは、お師匠云々の話が嘘でもホントでも、あ、気を悪くしないで、疑うのは職業病で、完全に疑ってるわけじゃない、あー話を戻して、ホントだとして、あんたは子供の頃からちゃんと勉強してきてるってことよ」


 ぱちぱちと燃える炎を見つめながら、ミズリは安らかな顔で笑う。

 その瞳は燃える炎の光でちらついて、横顔には橙色で複雑な形の影が揺れる。


「勉強を好む子供なんていない。でも、あんたはちゃんと勉強してる。つまり、あんたは、いつか役に立つよっていう師匠の言葉をしっかり信じてしっかり育って、結果としてちゃんと立派なエルフになってるわけ。……良いじゃないの。良いことじゃないの。あんたが今のままのあんたである限り、願わくば、こっから先も、どっちかが寿命で死ぬまでよろしくやっていきたいもんね」


 微笑みかけられる。

 ルトナは、反応に困った。

 その微笑みは、「エルフであるルトナ」に対する、無私の愛情だった。幼子みたいに無防備で、母親のように妖艶なもので。ルトナは、何も言うことができない。


「……さすがに無反応はキツイ。なんか言いなさい」


「なんか」


「は? ……いや、子供じゃないんだから。――片付けして、帰りましょ」



 早歩き気味で帰って、二人に食材を渡した。

 また、ミズリが余分なぶんをギルド近くに売りに行くというので、送り出した。


「ルトナさん、今日はどうでしたか? ミズリがルトナさんをからかいすぎてなければいいのだけれど」


「まぁからかわれたのはからかわれました」


「あら。ふふ、ごめんね」


 白いワンピースにエプロンをした銀髪のエルフが、食堂で待つルトナに声をかける。

 今は煮込み料理を作っており、片方だけが台所に入ればいいらしく、交代で休憩することにしたらしい。

 応対をした。


 食事は、本当に美味しかった。

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