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6-2、ミズリと狩りを2

 ルトナ自身ははじめは「狩りなんて魔法でやれる」と主張したものの、ミズリは「あんたが殺さないよう慎重に放った魔法は魔物には避けられるはずだ」という論と「エルフが親交を深める狩りは弓でやるものだ」という論で反論。


「でも、私弓の撃ち方なんて知らないし」


「何言ってんの。あたしが教えるんじゃない。それが誘った側の責任ってものでしょう。……そして、時間が急ぎでないのなら、やっといて損することなんてないわ」


 この流れで納得した。



「じゃ、まずは構えてみて」


 構えてみて、と言われても正直困った。構えようにも、弓道部の練習なんて見学したりしたことはない。何かのコンテンツでエルフがやっていたようなイメージのまま、胸を張って弓を構えてみたが、


(ッアー胸が、ヤバい。ギロチン台の下の首みたいになってる)


 弓をひくこと自体はそこまでキツくない。このくらいが弓の力の相場ってやつなのかもしれないが、それでも思っていたよりずっと感触は軽い。

 ただ、弦が酷い。弦が、「矢と一緒に的を射線に捉えている」というより、「ルトナの胸を完全に軌道内に捉えて」おり、このまま指を外すとルトナの乳房に激痛が訪れそうだ。びしぃぃぃぃって音がすると思う。このままじゃまずいと思うと必然、腰が引けて、腕も前のほうに投げ出した、へなちょこな感じの構えになる。


 なんというか、すごい。元の世界での弓道のイメージからすると凄い姿勢だ。腰が弓から遠ざかっていて、例えるならゴールキーパーがゴールを守っているような体勢に、そのまま弓をもたせた感じ。

 その姿勢のままぐいっと弦を引いた。


「悪い、突っ込みどころはあると思うけど、こんな感じしかできない」


 ミズリは、特に何も言わず、爽やかに笑って褒めた。


「お、いいじゃない」


「……絶対に嘘だろ!」


「ふふ、結構向上心あるほうなのね。良いと思うわ。でも、別に嘘でも何でもない。ちょっと数点あるくらいで」


 ミズリが構えたままのルトナに近づき、柔らかい指でルトナの体を矯正する。

 今は手首が曲がっているため矢の軌道も曲がってしまう、とか、肘はもう少し地面と平行気味にしたほうが狙ってる感じがしてよいと思う、といったアドバイスが与えられた。

 押し付けられたミズリの体の部位の柔らかさから目をそらしながら、言われたとおりに直していく。


「よし、完成。こんなもんでいいでしょ?」


「いや絶対嘘だろ。からかってるな?」


 五つほど微修正して完成した構えは、さっきとそれほど変わっていない。

 明らかに変だ。ミズリに悪意があるとは思わないが、彼女は悪意なしで人をからかうことのできるやつである。


「もっとこう、弓って、」


「あはは、お師匠さんの教えに染まってるのね。あんたの言ってることは正しいわ。人族にとっては」


 ミズリは笑い飛ばし、ルトナの構えを少し大げさに真似た構えを取った。


「うん。全然問題なし、あたしもこれでまあまあ当たるはず。あんたのためにあんたが作った構えだから、ちょっと精度は落ちるでしょうが」


「いつこのネタは終わるんだ」


 なおも疑われていることに苦笑して、ミズリは「あのね、」と言葉をかぶせる。


「そもそもこの弓は、人族のフツーの成人男性じゃ引くことすらできないようなもんよ。生物として筋力が違いすぎる。その純粋な力の差と、あとは、……ちょっとぐーって拳を握って貰っていい?」


「拳?」


 ルトナは言われたとおりに拳を強く握る。

 何の変哲もない。

 強く握られた拳は、微動だにせずルトナの腕の先に付いているだけだ。


「握れったって、全然普通だと思うけど。ただ、微動だに、しない、だけ、で……? あれ……? 微動だにしない? あれ?」


「なぜ疑問に思うの? 生まれたときからそうだったはずよ。人族は筋肉に力を入れるとカタカタ言う。でも、エルフは違う。魔力で結い上げられた体は意志の通りに動く。あとは、集中力とか動体視力とかもぜんぜん違うわ。武芸としての競技弓術とは的が動くか動かないかの違いもある……的に当てる訓練を否定するつもりはないけどね。えっとまあ、つまり、私たちは人族の弓術のお作法を守る必要がないのよ」


 もちろん極めるなら人族と同じくらい練習は必要だけどね、と笑って、ミズリはアイテムバッグから円形の板にヒモがくくりつけられた的を取り出した。


「本番前に簡単に練習だけしましょう」



 ヒモを枝に結んでぶら下げて、二人で簡単に的当てをする。

 ど真ん中に的中とはいかなかったものの、二十メートル先の的の端っこに当てるくらいなら、十発目くらいでなんとかなってきた。体の感覚から、なんとなくわかる。

 だんだんと胸に弦が当たる恐怖も消えていき、少しは自然な感じで弓を引くことができるようにもなった。根本的には、手首で打っているような感覚が抜けないが……。


 もっともミズリには全く敵わない。数発きっちりした構えで当てた後(この構えは想像の中の弓道に多少似ていた)、暇潰しのつもりらしいが、腰を深く落とした変な体勢や、つんのめった片足立ちの体勢や、匍匐前進の体勢から弓を引いて、的のど真ん中に当てている。率直に言って匍匐前進から弓を撃つ必要があるのか疑問だ。


「そういや弓って、ミズリも胸大きいのに、さっきの構えで防具とかなくて大丈夫なのか?」


 ふと不思議に思って聞いた。

 弓の強度と弦によっては、ばつんと切断される可能性もあるのではないか。

 そう心配するルトナであったが、ミズリは一切気にしている様子はないようだ。


 片方の胸に指先をぺしぺしと音を立てて当てて、ミズリは説明する。

 見たところ、その感触は硬い。


「初めからそんなヘマするほどヘタじゃないし、ここ、一応仕込んでるからね。全然問題ないわ」


「な、なるほど」


 どうやら、服の外からは見えないが、服の内側が、片側だけ胸当てのようにもなっているようだ。


 ルトナは、自然な形でちょっと性的な場面に触れて、ほのかに顔が熱くなったのを感じた。まだまだ顔には出てないはずだが。

 そして、恥ずかしいより先に、超嬉しい。


(これだよこれ……女エルフになって良かったなぁ……)


 感激した。


「……ねえルトナ、なんで微妙に泣いてるの? なんか泣くとこあった?」


「こういう(エッチな)話するのが夢で……」


「そっかぁ……こういう(なんでもない)話を……」


 ミズリの表情は優しかった。


「逆に、ルトナに聞くけど、その胸で飛んだり走ったりできるの? あたしは戦闘中は弓撃つほうだから、服の締め付けくらいでなんとかなってるけど」


 今度はミズリの質問だ。


「まあ問題ないかな? 慣れた。いや、ちゃんと固定しないとマジで地獄だし、痛いよ。下着付け忘れて出て、走らなくちゃいけない場面になったらマジでヤバイと思う。多分、胸を手で押さえながら走るしかないかな……」


「へえ? いいわね、下着。あたしも人族の下着試してみようかな?」


 ぷに、ぷに、と、ミズリは自分のもう片方の胸をつつく。

 つけてない。こっちは。どうやら。

 視線が流石に吸い寄せられ、顔が少し赤くなった感触がする。


「あら? あらあらあら?」


「……なんだよ」


 金髪ツインテールのエルフは、目ざとく見つけてニヤニヤ笑い出した。


「そっかぁ。ルトナは同族に会うの初めてだもんね? まだ子供みたいなものね。……着けてないよ? どうでちゅかー?」


「やめろ」


 意図がわかりきっているからかいから、目を背ける。

 だが、目をそらすことができない。ちらちらと目をやってしまう。なぜなら、ミズリの手によって、ぐにぐにと、防具を仕込んでいない側の彼女の胸が形を変えているからだ。


 ルトナは巨乳のエルフも貧乳のエルフも好きだ。他の人達はいろいろとNGがあったりこだわりがあったりするようだったが(ネットで出会った同好の士にはやはり巨乳嫌いがいた。高校で話す相手の一人は、エルフとは関係ないが幼いヒロインが好きで、ロリ巨乳が嫌いとのことだった)、エルフについてのNGはほとんどない。

 ほとんど、というだけで、一点どうしても許せないものはあるが、少なくともその件に胸の大きさは関係ない。


 強烈な意志の力を消費して、ギリギリのところで目をそらした。しかし、今度は抱きつかれて、その胸が押し当てられる。

 片方が仕込まれた防具で硬く、でも胸で、もう片方が超やわらかい、そして胸だ。


「お姉ちゃん怖いなぁ~。そりゃ同族に会うの初めてならねえ。多少ねえ? 全然違うでしょう? 例外もなくはないけど、いやたくさんあるけど、エルフはエルフ同士に恋するのが基本。そして、エルフの居住領域は皆エルフ。あたしも初めてそういう感覚があった瞬間の世界が変わったような気持ちは覚えているわ。そして、……あんたも初恋としてあたしに惚れてしまったわけね?」


「しまいません」


 つい硬くなる口調で、それでもきっぱり否定する態度を取ると、ちょっともぞもぞした後、ミズリはぱっと体を離した。

 そして、けらけらと笑う。


「ま、この辺にしとくわ。幼い少女の可憐な獣欲が暴走すると、まずいからね~」


「もう意味わかんねえ字面になってるからな」


 からかいとわかっていても対処できない。

 ルトナにできることは憎まれ口を叩くくらいだ。興奮で取り落としてしまった弓を、拾って、ぱっぱと泥を払う。


 しかし、その憎まれ口に反応して、ミズリはちょっとだけ語調を真面目に戻した。

 別に「意味わかんねえ字面」ではない、という。


「タルトの性的な部位も目で追っているみたいだけど、気にせず感情に振り回されずいなさい。それか、そのドキドキを生涯の宝として覚えておくのね。あんたが感じているその感情は直に慣れる物。あたしが初恋を自覚した時期も、育ててくれた人、近所のお姉さん、先生、みんなみんな綺麗で素敵で凄かった。一ヶ月くらい経って慣れたけど。エルフなら誰でもその時期を経験する、人族のシシュンキみたいなもんよ」


「人間の、思春期……」


 ミズリはぽんぽんとルトナの頭を撫でた。ふわっと自分の長い髪の毛が揺れるのを感じる。


 どうやら、今の一連の流れは、エルフとして生きる上のインストラクションだったようだ。


「私のその思春期が一ヶ月で終わるかは知らないけど」


「ま、そーね。別に例外もいていいんじゃない?」


 実際に、「エルフのシシュンキ」の話は参考になる話だ。どういう振る舞いをするべきか、どういう振る舞いをしても許されるかがわかる。

 それに、特殊な出生のルトナに本当に役に立つ話かはともかく、少なくともミズリにとってのルトナは人族の元育ったはぐれエルフであるわけで、その仮定の中のルトナなら、この情報は大いに役に立つはずのもの。つまり、彼女の立場ではしっかり有意義だと思って話されている情報だ。


(たまに真面目な表情を作りやがる。どうにもペースを握られちまって、めんどくせーというか……あれ?)


 だが、少し考えてからはっとした。

 全てわかっているのなら、それはそれで質が悪い。


「……いや、一瞬感謝しかけた私はおかしい。知っててからかうかよ、テメー」


「ぷっ、くくっ、そりゃ面白いもの」


「……ふっ」


 怒りがちょっとだけ限界が超えた。いや、別にマジギレをしているわけではないが。


 ルトナは冗談で済む力で、ぺちっと肩パンをした。やり返せないままやり込められたのだから、軽く肩パンをしてやり返すくらいはいいだろう。


いた。あんた何すんのよ」


 ぺち、という音を立てた肩パンはバシッという肩パンで返ってくる。

 バシッという肩パンをそれに返すと、ドゴォッという肩パンがさらに返ってきた。

 骨が、折れるかと思った。


(このクソ女……ホントに……まじで……)


 ルトナは内心が煮えくり返った。やられたらやり返すのはわかるが、何倍にして返すつもりだ。

 だが、これ以上やってどうなるのか。

 武器を使ったキャットファイトになってしまえばどうしようもない(負ける気はしないが)。


 別にミズリと喧嘩しようがどうでもいいのだが、はじめに肩パンをしたのはこっちだし、こっちが大人になって折れるべきだ。からかわれたことも飲み込んで。


「私は大人だからここで終わらせる。そのことに感謝しろ」


「ヘァッ!!!」


 ミズリはしたり顔をした。


「勝ち誇るな!! 動物かお前は!!」



 二人は狩りを始めた。ルトナの矢は全く当たらないが、ちょっとずつ惜しいような感じになっていった。

 ミズリはただでさえ弓が上手く、また魔力を使うと矢の軌道を曲げられるようで、ルトナに手頃な標的を大量に譲っているらいしのに(こっちはそれら全部を取り逃がす)、自分はたくさん獲っている。


 会話も続く。

 エルフ全体の話はかなりはぐらかされたが、いくつか情報を得ることができた。


 まず、ミズリの魔法属性は、風らしい。

 ただし、あまり得意ではないとのこと。


「風属性詠唱魔法は大体使えるけど、実用性は微妙。無詠唱はほとんど無理。あんたみたいにはいかないわ。ただ、一応詠唱でも無詠唱でも、物体を動かす魔法はちょっと得意かな」


「物体を、動かす? ああ、なんだっけ、冒険者学校でやったな……風は運動を司る魔法なんだっけ?」


「……そ、風は力に関する魔法。あたしはその魔力で、物体に直接干渉して、軌道を曲げたり、宙に浮かせたりするのが得意。得意っつっても、魔力を持った生命体にはほとんど効かんわ、重すぎるものは動かせんわ。あたしの魔力じゃ、弓矢にしか役に立たない微妙な感じだけどね。くくっ、笑えるっ」


 そして、「ま、あたしには弓兵が似合ってるわ」と、言葉を締めた。



 話の流れでさらっと聞いたが、エルフに生理は、ないらしい。


「年中発情期の人族と一緒にしないで?」


 だそうだ。


「じゃあ、エルフって発情期が決まってるの?」


「? いいえ?」


「? じゃあ、妊娠可能な時期が決まってるの?」


「? なんで? いいえ? 子供、いつでも大丈夫よ」


「それ人間とどう違うんだよ? あ゛?」


「いや、なんであんたがキレるの。それなりに違います」


 さっきと同じかわされ方(「やだ~セクハラ?」みたいな感じの)をしたら面倒なので、それ以上は聞けなかったが、この先ルトナが腹部の疼痛を味わうことはないようだ。

 少しユノに申し訳ない感じがした。自分だけ楽をしている、という。奇妙な感覚だった。

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