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6-1、ミズリと狩りを1

 ミズリとタルトには、既に新住所を知らせてある。

 二人は新しい家を見て、大きくて良い家だと自分のことのように喜んでいた。


「しかし、ミズリとタルトさんって、面談って言いつつ世間話して帰るだけだけど、ほんとに仕事してんの?」


 大きな机に椅子が並ぶ食堂で、ミズリと差し向かいになって、ルトナは話しかけた。

 今日もその「面談」である。


 食堂は広く、簡単な調度品もある。前の住人が置いていったものだ。当初はこの部屋も埃っぽかったものの、宿で受け取ったピコやそのお手伝いさんのアドバイスを受けてちょっとずつ片付けが進み、今はぴかぴかである。


 机の上には、二人分のお茶がある。ユノは紅茶の淹れ方がなかなかに上手いらしい。ミズリは自称「紅茶の味にうるさい」らしいが、その舌も満足させているらしいためだ。もっとも、二人揃って味覚音痴という可能性も捨てきれないし、子供であるユノに気遣っている可能性も大いにあるが。


 タルトは、遅めの朝食を作るユノを手伝い中だ。エルフの料理をつくるということで、何が出てくるのか楽しみだった。


「なんでタルトだけさん付けなのか毎回すっごく気になってんだけど――世間話、ねえ。あんたは『世間話』を軽く見すぎね。一番大事なのよ、こういうのが」


「ふうん?」


 わかるようなわからないような理屈だ。

 一番大事というその話の内容は、むろんたまにルトナの過去に踏み込んでくることもあったが、エルフの内情などの話をしようとしてもはぐらかされるし、主に美味い食事屋や美味い料理の話が多い。


 いまいち釈然としない顔のルトナを見て、ミズリは思い立ったように口を開く。


「世間話して帰るだけじゃ、困る?」


「や、困らないけど、ほんとにこれでいいのかなって。いや、そっち側がだよ?」


「なら、今日一緒に森に狩りに行かない? 実戦形式の面談ってことで!」


「え?」


 それは、お誘いだった。



 食事を摂ってから、簡単な外出の準備をする。「狩り」をするそうなので、防具は普段からほとんどつけていないものの、遭難したときのための簡単な保存食など、必要なものは少なくない。


 つまるところ、ミズリの誘いを受けることにした。

 命じてはいないのだが、ユノが準備を手伝ってくれるので、ルトナは喜んで手伝ってもらった。


 ルトナの部屋とユノの部屋は分けている。

 分けてはいても、ユノは毎日ルトナの部屋の同じベッドで寝ているので、いまいちよくわからないことになっているが、ユノの部屋にもベッドは置いてあるし、ちゃんと分けていることになっていると思う。

 今支度をしているのはルトナの部屋だ。ベッドと木箱みたいな収納しかないが、ちょっとずつ買い足していきたいところだ。


 その中で。


「あれ? ユノ、髪飾り二つつけてる?」


 ふと気付いたのは、ユノが二つ髪飾りをつけていることだった。ルトナがあげたものが一つ、そして、同じものがもう一つだ。


「は、はい」


 気に入ってくれたのかな、とちょっとだけ嬉しくなる。

 自由になるお金はある程度渡しているが、そう多くはないはずなのに。


 片方は泥の跡で薄汚れている。ずっと着けていたほうだろう。

 後頭部の両側で光っているヘアピンごと、ユノの頭を撫でた。


 あの後、いくらか検証してわかったことが一つある。

 ユノのドラゴンインストールは強力だ。

 ルトナを圧倒する身体能力の増強、魔力の増幅による強烈な水魔法の乱射(ミーアが地形を抉る威力になり、弾数に限りがなくなった)、またわざわざ怪我するわけにもいかず充分に検証できてはいないものの、強くなっていることは間違いない回復魔法。

 タルトと二人で置いておいても、きっと大丈夫だと信じる。


「悪いけど、家のほうは頼む」


「はい、お任せ下さいませ」



 ミズリはルトナを先導するようにして街の外を歩く。

 街道を行くと、時折馬車とすれ違う(道幅が広いので、すれ違うというほど近くではないが)。


「なんで急に狩りの話になったのか、すごーく気になるんだけど」


 道の半ばほどで、気になったことを聞いてみた。


「別に難しい話じゃないわ。エルフは狩りをして親交を深めんのよ」


 少しは仲良くなれそうでしょ? と、ツインテールを揺らしてミズリが笑いかけてくる。


 その笑顔を見て、ルトナはドキッとした。

 気軽なやり取りができる相手とはいえ、目の前の少女は……いや女性か? 目の前の女性はエルフなのだ。


(クソ、なんか自分に腹が立つ。なんだかんだ美人だもんなぁ、ミズリも……)


 だが、一つだけ危惧しなければいけないことがある。

 別にドキドキするくらいは構わないのだが、


(俺を街の外で始末する気じゃないよな……)


 そろそろ頃合いということで、人の目につかない森の中で、新人エルフを騙るよくわからない存在であるところのルトナを殺そうとしているのではないか。

 ある日冒険者がぽんと消えても、この街は一切気にしない。依頼中であれば、依頼によっては、何か異常事態の兆しかと警戒するものもいるだろうが……。

 ユノは、タルトを任せたつもりであるが、タルトに抑えられているとも言いかえられる。今のユノなら、と任せたものの、龍熱入水はどれだけタルトに通用するのか、あとはタルトの戦闘力は。話術で口車に乗せられたら?


 けれど、それに警戒しすぎて、向こうを本気にさせてしまってもしょうがない。

 気付いているということに気付かれないようにして、いざその尻尾を出した時にしっかり脱出し、ユノを攫って、どこか別の街に逃げ込まなくてはならない。


(警戒しすぎか? でもなぁ……)


 結果として、ここは軽口を叩くという行動を取らざるをえない。


「狩りをして仲良くなるって、チンギスハンかよ」


「何? 誰?」


 誰かという質問に返事がないのを待ってから、なんでもない話だったことを察したのか、「何を狩ろっかな~」と楽しそうに言うミズリ。

 楽しそうに挙げていく魔物の名前の中には、けっこう前にユノと楽しく食べた、羽の生えた兎の魔物の名前もある。


「ああ、マジで涎が……。ねえ、実は調理道具も持ってきてるから、煮る系料理もできちゃったりするんだけど!! 聞いてる? もう街の外よ? あんたすっとぼけてると中級あたりに一撃でやられるわよ? イエーイ!」


 もうテンションがよくわからない。


(警戒、しすぎなんだろうか。でも、こんな、相手が自分を殺すつもりなのかわからない状況でどう立ち振る舞えなんて、学校で習わないよぉ……)


 参考になるのは、囚人のジレンマとか近現代史くらいか? リアリズムの国家間囚人のジレンマに対する反論というか対処法が……、なんとかかんとか。

 必死に歴史の授業や現代社会の授業を思い出すルトナ。

 だが、全く集中できない。


 少しウェーブのかかったふわふわのツインテールを揺らして目の前を軽やかに歩いているのは、なんだかんだでやっぱりエルフである。女の体になってだいぶそういうのは薄れているのだが、それでも、ミズリの体はスタイルが良いし、そのスタイルの良い体が前で歩いてるし、弓兵の軽装で体のパーツがいろいろ露わだし、同じ女だから唐突に抱きついても流れ次第ではいけそうだし、陽の光できらめく金色の髪の下の首も細くて綺麗だ。というか背負った弓で隠れ気味だがあれはいわゆるうなじという奴だ。舐めたら絶対に美味しい。


(うう……スカートがちらちらして集中できねえ……死ぬ……)



 やがて、狩り場の森についた。ルトナが最初に落ちてきた辺りである。静かな水の音と獣の呼吸がエルフの聴覚に聞こえてくる。

 ミズリは、太腿辺りにつけていた小さいポーチから、巨大な弓を取り出す。

 ミズリのものと合わせ、存在する弓は二つになった。


「はい、じゃあこれあんたの分の弓」


「え、何それ……」


「? そりゃ、狩りなんだから武器は弓でしょ」


「いや、そのポーチ」


「?」


「?」


 沈黙が走る。

 やがて何かに思い至ったように、おそるおそるといったふうにミズリは問う。


「あんた、アイテムバッグ、存在さえ知らないの?」


 アイテムバッグ。言われてルトナは思い出した。

 たしか、アコルテがぜひ買えと言っていた、冒険者の必需品だ。選択肢として神から渡されるかもしれなかった無限アイテムバッグなんてのもあった。


 ミズリのものは無限ではなかろうが、アイテムバッグのようだ。

 おそらく、さっき彼女が言っていた料理道具も、全部その中に入っている。おかしいと思ったのだ、やけに荷物が軽いから。


「いやあ、知ってる知ってる。……今この瞬間まで忘れてただけ」


「……ふー、全く放っておけない感じがヤバイわね。早く買うのよ? 無しでやってくのはマジでヤバイんだから」



 ルトナに弓を手渡して、ご機嫌な様子で自分の弓のセッティングをしているミズリ。


「ふんふふんふふーん……あ、使い始める前の点検も教えるわね」


「わかった」


 弓を教えてもらえることになった。

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