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4-2、二人の家2

 ルトナがあれだけ真剣に悩んだ理由は、広さだけではない。


 家の設計が、冒険者用という感じなのだ。

 こうして見て回ってもわかるのだが、玄関入ってすぐそこに風呂があるし、地下倉庫は完備だそうだし、(女の身長であるルトナにはあまり関係がないが)扉は高い。


「これはどこでもそうってわけじゃないですよね?」


「んー、まあそうでございますねえ、良い値段で作られた家ですね。元は前の冒険者の持ち家でもありましたから」


「……」


 玄関ホール。私室。客間、風呂、食堂。どれも広く、快適そうだ。広い家にありがちの圧迫感などはなく、住み慣れた我が家っぽいかといえば全然そんなことはないものの(かなり際立って欧風なので)、きっと住めば良い感じに馴染んでくる予感がした。


 踏み鳴らして床がぎしぎし言うこともない。しっかりした家だ。


「この家、結構新しいですよね?」


「そうですねえ? 築は浅いです。十五年前後ですね。住んでいた方は、念願の家だったようで、かなり気合を入れて設計などを頼んでおられたようです。うちにも足しげく通って、新居を建てる場所を、書類を穴が開くほど吟味していらっしゃいました。良い場所の良い家に住みたいのだと」


「前の住人は、今どうしていらっしゃるんですか?」


「たったひとりの家主は、依頼の遂行中に、失踪されたようです。失踪と言っても、おそらく……。身寄りがない人の遺した財産は、一度領主様のものになったあと、我々業者への競売がなされます」


「なるほど」


 そして、肝心の魔力の方だが。


「ねえ、ユノはどう? 魔力……あのさ、私なんか、気分悪くなるどころか、すんげえ調子がいいんだけど……」


「あの、……私もです。凄く、体が軽い感じです……」


 聞いていた話と真逆だ。

 物凄く調子がいい。力が湧いてくる感じだ。呼吸するたびに、たとえるのならアスファルトで固められた街を出て森の中を散歩しているみたいに、気分が回復していく。


 詐欺にあっているんじゃないかという気分にすらなるが、何ぶんこの業者はアコルテのお墨付きである。彼女を信頼できないのであれば、結構どうしようもない。


 老婆はそれなりに驚いている。一人ならともかく二人ともとは不思議な事もあるものですねえ、と。その反応は騙そうとしているようには見えない。もちろん、百戦錬磨の商人の嘘を、ルトナが見破れるわけもなく、警戒が必要なのだけれど……。


「この家、借りるって言ったら借りれます?」


「ええ、それはもう」


「その際なんですが、簡単に出ていけるようにしてもらえるってことできますか? なんかこう、本来は違約金とか取るのであれば、そういうのをなしにしてほしいんですが」


「いえいえ、全然そんなものありませんよ。元からこの街は他所からきた冒険者等で出入りが激しいんです。不動産の回転が早いのも、後日返却される頭金をしっかり取っているのも、そのためです。出ていこうと思ったら簡単に出ていけますよ」


 ……よし。


 他の家も見るつもりはあるが、ルトナはほとんどこの家に決めた。



 双子星の宿の女主人ピコに、簡単に話を通す。近いうちにここから出ていくことを。

 ピコの目から見てもあの業者に問題はないかを見極める目的もあったが、不自然な点などは彼女にとってもなく、アコルテ、ピコが二人とも問題ないというのなら、あの家に裏の問題はないのだろう。


「皆、うちを使う人間はすぐ旅立ちしちゃうんだから」


 そう言って、ピコは、ユノとルトナの頭に手を添え、撫でた。


「いつでも戻ってきていいんだからね」


「まあたまに戻ってきますけどね。半額にしてもらった時期のこともありますし、一ヶ月を目処にしたユノの家事の話もありますし。さっき話した通り、こっちに泊まったら、私とかユノをこき使っちゃって下さい」


 照れくさくなって、ルトナは早口でオチをつけた。

 けれど、ピコはただ微笑むだけだ。


「ふふ、待ってますね」



 数日後、二人は、鍵を借りて新住居に荷物を持って向かった。


「いよっしゃあああああああああああああ! なんかすげえうれしい!!!!」


 門を開け、玄関を開け、乱入して思いっきり伸びをする。

 もう一度業者を呼んで掃除させたらしいにも関わらず、まだまだ埃っぽいが、今日から、ここが自分の家だ。


 思えば、一人暮らしができる日が来るなんて思いもしていなかった。

 いや、ユノもいるし、ここは「一人暮らしができる日」というより「一国一城の主になれる日」としておいたほうがいいか。


「ご主人様、私も嬉しいです。家ですね、家。ただいま帰りましたって言って帰ってきてもいいんですよね?」


 ユノも嬉しいようで、目を輝かせている。ルトナはもちろんと肯定してから、ユノの肩を抱いて瞳を見つめた。


「よっしゃ! ユノ!」


「はいっ」


「これから毎日私のために朝飯を作って!」


「はいっ!」


「毎日だ!」


「はいっ!」


「三食!」


「はいっ!」


 ルトナのテンションに引きずられたユノも、笑顔で応えた。



 と、盛り上がったはいいものの、すぐに快適な家とはいかないようだ。

 業者が入って多少の掃除はされているようだが、完璧なクリーニングなど望むべくもなく、床は綺麗に掃いてあるが、天井の蜘蛛の巣は取られていないし、家全体で二箇所、床と壁に穴が開いている。


(穴は直せ!! 家貸してるんだろ!!)


 心のなかで突っ込むが、こればかりはどうしようもない。


「しゃーない。ユノ、しばらく私達の家をリフォームみたいだね」


「頑張ります」


 ルトナは何をするべきか頭のなかで組み立てる。面倒くさいが、わくわくするものでもあった。

 しかし。



「おい……これ……」


「は、い……」


 二人は、ひとまずどういったタスクがあるか全体を把握しようという活動の中、二階から入れる屋根裏に上がった。

 屋根裏はそもそも使われているのかわからなかったため、仮にやるべきことがあるとしても、蜘蛛の巣の排除と積もりに積もったホコリとどう戦うかぐらいだと思っていた。


 だが、そこには地獄があった。

 全くのノータッチだったようである屋根裏には、暗黒の物質が存在した。

 何を勘違いしたのか、屋敷の元主は屋根裏に食物を放置していたようだ。しかも、穀物。

 あるいは、引き取る領主が雇った業者が、ここに物があるとわからなかったのかもしれない。


 穀物の収納はチューチュー呻く鼠が食い破り、ルトナ達の足元を鼠が十匹以上逃げていく。

 カサカサ言うあの虫はいないようであるが、何やらよくわからない小さな甲虫(米粒くらいのサイズ)が空中を大量に漂っていて、ルトナの魔力を嫌って避けている。


「ヤベエ……吐きそうだ……ユノ……とりあえず……あれ、ユノ?」


 恐怖でぞわぞわする感覚を抑えて、ルトナは目の前の事態に対処するべく奴隷に声をかけた。

 しかし、ユノはうずくまってへたりこむようにして静かに気絶していた。虫が苦手とも思われないが、流石にショッキングな風景すぎたのだろう。



 なぜ身につけた最終奥義をこんなところで使わなければいけないのかわからないが、空中を高温にする魔法を使って屋根裏に存在する生物は全て処理した。なぜ強大な敵に切り札として使うつもりだった魔法をダニ取りみたいに扱っているのか本当にわからないが、ユノが気絶したのはびっくりしただけで、死体になればもうなおさら問題なく、ともかく屋根裏部屋は対処できるようになった。


 床と壁も業者に頼り、修理してもらう話をつけた。掃除を二人で行って、簡単な目処はついたのは、もう夜になった後だった。

 この家の調理場で料理できるわけもなく、二人、食事屋で夜の食事を取った。


 夜は、寝具はあるがマットがカビとホコリでガビガビでどうしようもなかったので、二人は綺麗に掃除した別の部屋で、寄り添いながら壁に寄りかかって寝る。


「明日、布団買いに行こうね」


「は、い……ん……」


 徐々に遠くなっていく意識の中。

 ルトナは、前の持ち主に、思いを馳せる。


 前の持ち主は冒険者であったらしい。こんな家を作れるくらいなら実力は高め。けれど、同居人はいなかった。

 そんな冒険者が、十人座ってもまだ広い食堂や、何人でも入れそうな風呂のある屋敷を建てた理由は。


 推測するに、おそらく、その人は、駆け出しの頃仲間を集めようとして失敗したとかで、ある程度実力をつけてからこの家を建て、満を持してこれから仲間を探そうとしていたのではないかと思われた。本当はこの家が狭くなるほどたくさんの家族や仲間と一緒に、冒険者としての日々を過ごすつもりだったのではないか。


 けれど、それはついぞ集まることはなく。

 残されたのは変な魔力の集まるよくわからない館だけ。


 もちろん勝手な想像であり、一人でこの館を独占して、廊下に大の字で寝て遊んでいたのかもしれないけれど――


 既に夢の中に入り込みつつある可愛らしい奴隷の頭を撫でて、自分も疲れからかすぐ眠りに落ちた。

 ユノの体温が気持ちいい。

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