2-2、英雄志望レベル一2
ぺたんと木のふもとに尻から座り込んで、加藤は足を動かしあぐらをかいた。
あぐらをかいてから、今俺って女なんだったら、女の子座りとかしたほうがいいのかな、と考え、とりあえず保留にする。
下草はそこまで生えておらず、場所を選べば土に指で文字を書ける。指先がどろんこになってもしょうがないのであまり文字は書けないが、簡単な思考の整理くらいには十分だ。加藤はひとつひとつ今後について考えた。
まず、大きな目標は二つだ。神の言った事件の解決と、英雄としてエルフの女の子といっぱい知り合いになること。知り合いになってもエッチなことはこの体ではできないぞ~と自分自身が自分自身に言ってる声がするが、今はそれは良い。
(どちらにせよ、エルフの女の子とは仲良くなるんだ、男だろうと女だろうと)
事件の解決には、魔力大龍の犠牲の少ない撃破と、黒幕が存在するなら黒幕を捜査することが必要である。
エルフの女の子といっぱい知り合いになるには、エルフの女の子がどこに住んでいるかを調べたりする等が必要か。
なるほど、ここまで来ると大体わかる。圧倒的に情報がないのだ。まずは、はじめたばかりのRPGみたいに、片っ端から村人に話しかけまくることをする必要がある。
次に組むのは小さめの目標だ。まず、住む場所や、飯の確保。そのためには、人が住んでいる場所を探す必要がある。
歩いていける範囲かわからないが、さっきの感覚からすると、今の脚力で歩いていけない範囲は馬か車かでもムリだろう。
あとは、さっきのことから考えて、その村か街で行える情報収集を徹底的に行うことか。知らなければどうにもならない。さっきみたいに、常識で考えればありえないアホみたいな失敗をしてしまう。
その辺を考えて、どこかの街で一ヶ月以上暮らせる目処をたてること、街を散歩したくらいでは疑問点が浮かばないくらいにこの世界についての情報を把握すること、一人以上のエルフの女の子と友達になることを最初の中目標にした。
加藤はだんだんと楽しくなってきた。加藤はゲームが好きだった。今の状況はまるでゲームだ。そして、元の世界と比較すると、体の調子は絶好調を超えた絶好調を超えた、さらにその上の絶好調。体の調子に迷わされずにやるゲームがこんなに楽しいとは。
(ああ、異世界転生って感じがするな)
☆
ん~~~、と声をあげながら思いっきり伸びをした。漏れる声は鈴が鳴るようなきれいな声で、自分で伸びをしていてテンションがあがってしまう。女になってよかったのかもしれない。
そう思う一方で、地面を見下ろしながら簡単なメモをとって考えていると、ひどく肩に負担があったことも事実だった。指の泥を水ですすいだあとに自分の胸を持ってみると、確かな質量がある。重りみたいな重さとはいわないが、しっかり重い。
(エルフの肩が凝るのかまでは知らんけど、大きな胸も困りものなんだろうな、やっぱ)
そうだ、とここで考えを切り替えて、加藤は木に向き直った。
(俺にも魔法、今すぐ使えたりしないかな?)
加藤にとって、異世界における魔法は本当に魅力的なものだ。リスクにならない範囲で、魔法が使えないか、いろいろ試してみることにした。
……当然というかなんというか、適当な呪文を唱えても(ファイア! とかメラ! とか適当な創作とか)、何も起きない。
魔力があるんじゃないかと目を閉じて辺りをさぐってみても、全くよくわからない。炎よでろ、と念じて拳をついてみたりもしたが、虚空を切るだけだった。
(当たり前か。んじゃ、まずは街を探すか)
割り切って、意識を切り替えた。
喉も乾いてきた。水場の水を飲んでしまえばいいと思う反面、街が近くて水が貰えるならそっちのほうがよかった。
過去の日本のある地方では、淡水に生息する貝の仲間が、触れただけで人間が簡単に死ぬ寄生虫を運んでいた、とかいう話を思い出す。流石に考えすぎではあろうが、あの水が「飲んだら即死する生水」ではないと、完全な否定もできない。
(とりあえず目の届く範囲に街がないかくらいは確認しよう。で、喉が乾いたら戻ってくればいい。街がいつまでも見つからなければ、水場を拠点にして何日でもかけよう)
改めて、振り返り獣道に戻り、どうやって街を探すかを考えながら歩き始める加藤。
考えるべきだった。神はどういった地点に召喚に加藤を召喚したのか。
(は? 何これ)
まず見えたのは、影だった。そして、影を追いかける形で、木々の間からのそり、のそり、と、決して遅すぎず威圧感を伴った歩き方で、狼と熊を足して二で割ったような四本足の黒い塊が加藤の眼前に出現した。
黒い塊は煙のようにときおり揺らめいている。体は加藤の体より大きいが、木を上回るほどではない。象を一回り大きくしたくらいの大きさだろうか。
圧倒的なプレッシャーだった。びりびりする威圧感を肌で感じる。それは、さっきの「魔力塊」に質問をした時の感覚に似ていたが、今回は禍々しいものでもあった。
そして、唐突に、これまではこんなことはまったくなかったのに、視界に大きく、特徴のない字体で、日本語の文字が浮かんだ。
獣 型
魔 力 大 龍
怪物は、いろんな動物の声が混じり合ったような、牙を持たない人間なら、聞いているだけで耳を塞ぎたくなるような音で、咆哮した。
「いやいやいやいやいやいやなにこれ? 何この字?? てかチュートリアルで中ボス出てァギゥッッ」
反応さえできず、加藤の体は獣型魔力大龍の突撃で吹き飛ばされた。