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2-1、英雄志望レベル一1

 べしゃっと音を立てて腰から着地した。

 星が綺麗だった。ものすごく深い夜の青に、木々が溶け込んでいる。草原と森の境目で、木々が薄くなり始めるような位置の場所に着地したようだ。

 神様とやらが言ったとおりだ。明らかに日本ではない。草原が広大すぎる。日本だとしても、相当の田舎だろう。そして、日本ではないとかどうとかいった考えはすぐに捨てた。まず見えてる木である。木自体の見た目は一見普通の広葉樹とはいえ、ついてる果実が、ブドウの青さのりんご。そして、月明かりの下、草原の辺りを、角が生えた鼠がうろつきまわっているのが見えた。異世界だ。明らかに異世界だ。


 加藤はそういった景色に見とれた三秒後、忘れていたことを思い出したみたいに、慌てて耳を確かめた。

 ぺたぺたと触る。


(おっ、おおお……)


 尖っている。耳たぶは普通で、耳の中も普通だ。けれど、耳の先端の、肉が薄くなってるほうが、


(尖ってる! めっちゃ尖ってる!)


 加藤の耳は今、完全に尖っている。


(長すぎない……長耳タイプじゃないのか)


 触った感触だと、耳がすごく細長いタイプのやつではないが、先が尖っていて、ちょっとだけ細長い。

 いわゆるひとつのエルフ耳である。

 彼は耳を触るだけでなく、自分の全身を眺めてみた。ちょっと足元とか腹の方はなぜか障害物があって見えなかったが(嬉しくて興奮していたので深く考えず無視した)、ほっそりした手指、腕、さらさらの長い金髪……


 完全にエルフだった。


「うおっうおおおおおおお!!」


 そのことがわかった瞬間、加藤一拠は嬉しさで叫んだ。叫んだ声まで森の精霊みたいな美しい声だった。



(うはははは! すげえ! 走っても走っても息が切れねえ!!)


 加藤は、みなぎる体力に任せてそのあと走った。エルフの体で、木々の間を走りまくった。

 ファンタジー世界特有のヤバい魔物とかに見つかることを心配して、あんまり声を出さないようにしていたが、夜の森を全速力で走る人間大の生物を察知できない魔物はいない。彼の走りが充分に速いので、この森では追いかけようとする魔物がいないだけである。

 くわえて、走っても息が切れないどころか、試しにやってみると、倒れている木も「えいや」という声とともに軽々と持ち上げることができた。


(おー、力も強いのか。華奢な感じのエルフじゃないんだな。この世界のエルフは、肉体的にも強くて、万能な感じのエルフか。まあ俺としてはどっちでもオッケー!)


 彼は笑っている。念願のエルフになることができた上、走っても走っても「心臓がヤバい感」がなく息も切れないのが嬉しくてたまらないのだった。

 これまでの人生では、彼は走ることがほぼできなかった。


 ……しかし、十分くらいで熱狂が冷めて、違和感を覚える。


(なんか、胸についてねえ??)


 走るとどうにも胸が跳ねてめんどうくさい。かんたんに固定されているので痛くはないが、そもそも固定しなければならないものだったか。足元も見えない。影になっているというか、隠れている。胸に手を当ててみると、むにむにした感触がする。一体何なのか、頭のなかで考えようとして、頭が勝手に拒絶している感じだ。

 股間もやたら軽い。あるべきものがない――。急激に頭が冷えていくのを感じた。


(……鏡……鏡を見よう、というか鏡というか水面だな、ここなら)


 水場は探すとすぐに見つかった。エルフの聴覚は優れているようで、集中すると水を飲む小動物くらいの大きさの魔物の音が聞こえたのである。音が聞こえればそっちの方角に向かうだけだった。


 水音がかすかに聞こえる。月明かりに照らし出される自分の姿は、やはりエルフらしく美しかった。ふわふわでゆるくウェーブを描く金髪、青色の瞳(加藤的には緑色の瞳のほうが好きなので少しがっかりだったが、問題があるわけでもない)、長いまつげ、儚い雰囲気をまとう顔。見ただけで震えがくるような美形。


 ここまではよかったのだが、ここから下がまずかった。


 何故気づかなかったのか。今自分はスカートを履いている。エルフというだけではない。エルフな上に、明らかに女だった。


「俺、女になってる――――――ッ!?!?!?」





 しばらく混乱してから、落ち着いてもう一度胸をよく揉んでみた。くすぐったい。

 ぞわぞわするので一旦揉み方を変えた。だが、漫画みたいな面白い揉み方をすると、痛くなった。柔らかくやったほうが気持ちいい。


「……どうするんだ、これは」


 着ている服は、丈が短いスカートと、白いシャツと、その上に羽織るベストのようなものの三つだ。その下に、サポーターのようなスポーツブラのような胸の固定用っぽい下着と、パンツを履いている。首からペンダントを下げていて、シャツの中に入れ込んである。


 茂みを突破したのに引っかき傷等は見当たらないが、これはエルフの加護とかなのか、単純に丈夫なだけなのか、全く判断がつかない。


「なんで俺は女になってる?」


 神様。そう心のなかで付け加えながら、考えてみる。

 考えても考えてもわからない。


 いたずら半分に仕事をやるようなヤツじゃなかったように思ったが、それはただの印象かもしれない。逆に、あまりうれしくないが、魂の形が女によっていたとかかもしれない。


 そういえば、性別に関しては何も話をしなかった。何も言わなければランダムに決まるのかもしれない。質問しておけばよかったのかもしれないが、「俺はそっちの世界に行ったら男になるのか? 女になるのか?」なんて聞くわけもない。

 こんな感じの思考がぐるぐる回る。


 声が聞こえたのは思考に沈んで数分くらい経ってからだった。


「お答えします。それは、エルフとは女だけの種族であるからです」


 それは神と似た女の声だった。あるいはそう聞こえただけかもしれない。ものすごく驚愕して、というかわかりやすく言うとビビって、水に落ちそうになりながら辺りを見回しても、誰もいない。


「え、今の声は……なに」


 発音した瞬間、ぞわっとした感触が全身の皮膚を包んだように感じた。一瞬知らない感覚に恐怖を覚えたが、それは神聖さを持った力の動きで、どちらかといえば安心を覚えるような感覚だった。

 そういえば、「なぜ俺は女になってるんだ?」と口に出した時も、こんな感じの感触がしたなとあとから思った。二度目の感覚のほうが、圧倒的に弱かったが。


「その答えは私の存在に対する質問です。質問の枠を侵害しないものであるとしてお答えします。私は神によって作られた、貴方を支援する魔力塊まりょくかいです。あなたが神に対しての質問を口に出して行った場合、世界を演算して問題に回答する魔法を使い、あなたの質問に答えるよう組み替えられています。残り質問の回数は二回です」


 神からの支援の一つだったらしい。この言葉を信じるなら、こっちの世界に来てから、さまざまな物事に三回だけ質問できるようにしてくれていたようだ。

 それを一つ使ってしまったのは不幸だったのか、それとも知りたいことを知れてよかったのか。


「そっかぁ……特にあんたについては突っ込まないとして、エルフって女だけなのか」


 特に返事は返ってこない。「魔力塊」……魔力の塊が話すというのはよくわからないが、神にとってのこっちの世界におけるプログラムのような存在なのだろう、と加藤は勝手に納得した。


 エルフが女だけの種族であるのなら仕方がない、と割り切るのはムリだ。事前の説明がほしかった。できれば、男のエルフにしてほしかった。


(女しかいない種族の唯一の男とか神では?)


 と考えてからすぐにやめた。女子校に一人しかいない男なんて地獄に違いない。某有名ゲームのハイ○ルの魔王も、多分女社会で歪んでしまったのだ。


 とにかく、ちゃんと考えて神と交渉しなかったことが本当に残念だ。

 自分の存在は女だろうと男だろうと関係ないと頭ではわかっているが、知らずに自分が変わってしまうのは困った。

 しかもその上で、この体ではエルフの女の子とエッチなことができない。


 でも、エルフの女になれたことって結構ラッキーかもしれない。好きで好きで仕方がないものになる経験をした人間がどれだけいるだろうか。

 わからない。どう判断すればいいかわからない。当たり前だが、完全に未経験の経験であって、どう受け止めていいかもわからない。


 加藤はそこで考えることをやめた。


 いずれ答えは出るだろう。三回の質問についてどう運用するかが目の前の課題だ。そして、ひいてはそれは、しばらくの間この世界でどうやって動くかという答えに直結する。


「なんで三回の制限がかかってるんだ?」


 一応「神に対してのものじゃない」と心で念じる対策を行いはしたものの、質問枠を消費しないが心配になったが、それは杞憂に終わり、


「その答えは私の存在に対する質問です。質問の枠を侵害しないものであるとしてお答えします。答えを演算する魔法は莫大な魔力を使用します。私は三回質問できるだけの魔力を持って生まれました。そしてそれは、こちらの世界で神の魔力を行使できる限界の量でもあります」


 答えに加藤は納得し、また何を質問するかを迷う。


 敵の魔力大龍の強さと出て来るまでの時間については神に質問してある。


 魔力大龍の強さは、基本は「めちゃくちゃに強い魔物」レベル。

 そして、今回のように多数出現するケースでは、一体倒すごとに、消えきらなかった魔力が他の魔力大龍と合流して、次の魔力大龍は強くなる。

 最終的にどこまで行くかはわからない。一体で災害レベルの規模の被害があるかというとそれは違うが、何体も何体も合流した魔力大龍は大陸の形を変える力を持つかもしれない。だが、十体以上出ることは流石にないはずであるとのこと。


 魔力大龍が出て来るまでの時間については、不明である。ただ、魔力大龍の大量発生は、近未来を演算する能力で観測された未来であって、決着に十年単位が必要であることは考えられない、とのこと。


 黒幕の正体については、全く心当たりがないそうだ。心当たりがないからこそ捜査を依頼するのだとのこと。

 この他は、敵を知り己を知れば百戦危うからずということわざに従ってエルフの種族特性でも聞こうかと思ったが、こっちで調べられることは時間の無駄と思って切り捨てている。


 やがて、答えを演算する魔法というところにピンときた。加藤は質問を組み立てる。


「魔力大龍を作ってるのは誰だ?」


 加藤にとって渾身の質問だった。答えを知る魔法があるんなら、これを聞いてしまえばいい。間髪入れずに質問が返ってくる。


「お答えします。それは魔力を行使する生物です。魔力大龍は魔力の残骸によってできています。記述を追加すれば、構成数で言えば知能のない魔物による魔力が締める割合が圧倒的に多いですが、魔力量でいえば、思いの力がより強い、人間か、高度な知能を持つ魔物の魔力が高い割合を占めます。具体的な数値が必要であればもう一度質問して下さい。その際質問回数は使いません。質問は残り一回です」


「……完全に失敗した」


 明らかにミスだった。この魔力塊(とやら)はあまり知能を持たされておらず、またおそらくこの魔法は一対一で質問に対する正確な定義しか解答が返ってこないのだ。


 誰かに相談して質問を決めたほうが良い。複数の人間が集まって飛び抜けて優れた解答が出ることはほぼないが、平均された解答が出ることは多い、らしい。なんかの研究結果らしい。

 少し浮足立っているかもしれない、と加藤は自分を戒めた。ぱちんと優しく自分の頬を両手で挟むように叩いて、


「わかった、ありがとう。いちおう、あんたの呼び出し方を確認したい」


「その答えは私の存在に対する質問です。質問の枠を侵害しないものであるとしてお答えします。神に対しての質問であることを明確に意識で確認しながら、質問を声に出して行って下さい」


 この質問をしてからいったん意識から追い出した。

 残り一回の質問は大切に使おう。切り札のようなものだ。

 そして、まずは、自分自身の頭で今後することを整理する。

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