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14-1、スター通り魔1

 翌朝。

 朝の空気を吸いながら、ルトナは宿の部屋の机の上の、一冊の本と相対していた。


 この異世界に来た理由の全て。エルフについて。

 今まで何も行動を起こさなかったかといえばそうではなく、ユノを買った初日、昔話をする中で、ユノからエルフについての話を聞いていた。


(ユノによれば、エルフの生息地は不明で、でも旅をしているエルフはそれなりにいて、エルフは神聖な種族で、魔法属性は風属性か地属性が多く、多くの宗教で崇拝感情もしくは敬意を持たれてて、実際にエルフは強大な戦闘力か何か優れた一芸を持つことが多い……)


 ユノから聞いた、エルフについての情報だ。

 ユノは奴隷にしてはかなりの見識を持っていると言えたが、エルフについては伝聞でちょっと聞いただけで、今の数個の情報が、ユノのエルフについて知る全てだった。よほど、ご大層な種族らしい。


 そのユノに命令し、図書館で借りてこさせたのが、目の前のこの数センチ程度の本(ルトナにとって、本というより「紙を綴じたもの」という感じであるが)であり、司書に頼んでお勧めを教えてもらうように指示した、エルフについての代表的な文献である。


「……」


 その本を、悩み、開きかけて、ルトナは閉じた。


(……次の魔法大龍とやらを……ぶちのめしたら、だな)


 そうしたら、エルフを探しに行こう。



 布団の中からもぞり、という音がした。ユノが起きたのだろう。


「んぅぅ……ご主人様……どこですか……?」


 状況を考えて、来たるべき戦いに向けて一刻の猶予もない。

 何をするか、一つ一つ組み立てていく。

 さしあたっては、ユノにどのようにして次の戦いのことを話すか。



 一日目。

 まず、ルトナはユノに同行し、図書館を利用した。


 目的は二つある。

 一つ目は、治癒魔法の感覚を掴みつつあるユノを、勉強会のような形でフォローできるのではないかと思ったためだ。また、ルトナ自身が火の治癒魔法を使えるようになれば、どちらがやられても戦闘を継続できる。

 仮想敵を考え対策するのもいいが、どういった敵が現れるのかがさっぱりわからない現状で、継戦能力を培う以上にやることはあるだろうか。


 二つ目は、冒険者の初心者向けに、強くなるためのガイドブックのようなものはないかと思ったのだ。強くなろうとするものが、知識から逃げてはならない。


 結果としては、ユノは治療魔法の初歩の初歩を習得した。浅い切り傷、擦り傷の類が五秒で完治する。ルトナが治癒魔法を習得することはできなかったが、まずまずといえた。本の記述によれば、ユノがこの速さで習得したのは異常のようだ。高い意欲によるものだろうとルトナは思う。

 ここから先は人体構造を勉強し、使い続け、慣れていくことが必要だ。そのための仕組みも必要になる。


 冒険者の初心者が読むような本は、なかった。手探りで強くなる方法を考える必要がある。


(まあ別に構わねえわ。元々手探りだったのがそうなったというだけ。自分一人で、考えねえと)


 帰り道でルトナは、頭をかきむしりながら、それでもユノと手を繋いで帰った。


 残り、十二日。



 二日目。


「ご主人様、それで、こうして道に張り付いて、それからどうするんですか」


 ユノとルトナは道を張っていた。

 ギルドから遠くもなく、近くもない、冒険者が通り、かつ人通りはそれほど多くない広すぎない路地。

 冒険者たちがギルドへの近道として利用している道のうちの一つだった。


 ルトナは自分の服を撫でつけるようにして気にしながら返事を返す。ユノとルトナはフードで髪と耳を隠している。完全な変装にはなっていないが、一応のリスク管理だ。


 ルトナが今取っているのは、悩んだ末の最終手段とも言うべきものだった。


「冒険者ギルドでは私闘が合法だ。おそらく、実力主義の元、限定的に自力救済を推奨している」


 ルトナはユノに語りかける。語りかけるといっても、前世の歴史の授業の焼き直しのようなものだったが。


「じり、き……?」


「自力救済。トラブルを自分の力でどうこうしようってこと。国とかだと、国民を統制するために禁止するものだけど……冒険者には関係ない。らしい。どこでもそうかってところまで裏は取ってないけどね」


 ギルドに登録する際に、アコルテから規約については説明を受けている。大雑把な原則だけがあり、細かい部分は、これまでの歴史の中で、トラブルの際に実際に適用していった過去の実例を当てはめてカバーするらしい。


 今、ルトナが取り沙汰しているルールは、冒険者ギルド、会則第三条だ。


 会則第三条。ギルドでは冒険者同士の私闘は合法である。ただし、冒険者同士での理由なき殺傷は禁ずる。


 他の会則も、自己を高めよ、問題解決の際他人に頼るな、そういった基本理念が強く読み取れるものだ。


 ちなみに、ギルドの会則は国の法律や領の法律を超える、らしい(地方によっては、ギルドと各種機関との政治的話し合いで調整された結果、そこまで他の法律に対して優先権を持たない場合もあるらしいが)。

 この辺りの知識は、ルトナがかつて過去の世界で受けた歴史の授業で、教師が話していたこととかなり重なる部分がある。権力は、基本、自力救済を否定する。


(異世界に転移したら、歴史も役に立つもんだなぁ……)


「お話はわかりました。確かに、冒険者同士のトラブルは裁判とかになりにくい、といつか奴隷商館のお隣さんに聞いた気がします。それで、それが一体……?」


 そこで、何人目かの冒険者が路地を通った。

 今度は初老の男性、マントを羽織っていて、小さなタクトのような、おそらく魔法の杖を携行している。服装的に魔法使いか。しかし、重苦しいローブというわけではなく、要所を守る鎧もつけているため、運動能力もある可能性が高い。


「来たか。いいか? しばらく私はお前の名前を呼ばない。だから、お前も私の名前を呼ばないで」


 目を引くのは魔力量だ。この男性が放つ魔力量は、ルトナに迫るものだ。奴隷商館で見た一流の戦闘奴隷には劣るものの、酒場では肩を並べる相手を見つけるのは難しいだろう。


「何をするんですか? ご主人様、……」


 立ちふさがり、初老の男性の道を塞いだ。


「君は……何の用かな?」


「冒険者だな」


「間違いない」


 なんとなく感じられるオーラがある。立ち方の重心が、武術家のような感じだ。武術の心得があるのか、強者に独特の振る舞いなのかはわからないが、この男はおそらく、標準的な冒険者よりは、しっかり強い。上級の魔物とも戦えるのだろう。

 ルトナは覚悟を決めるように深く深呼吸をしてから、叫んだ。


「……今、お前の肩がぶつかって骨が折れた。責任を取れ!!!!!」


 そして、広範囲にわたって無数の火球を生み出し、全てを冒険者に叩きつけた。



 最初の数十個は、冒険者が魔法の杖を振って軌道をそらした。そらされた時点で、ルトナは自分の意思でそれらを消滅させる。街に被害を出すつもりはない。


「殺す気ではなさそうだが、ぐっ、……本気だな? 一体何が目的だッ」


 ルトナは答えず、追加で火球をぶつけ続ける。


 やがて一発が男性に当たり、防具のためか火傷は軽いものに留まったものの、衝撃によって子供が落書きするような街中の壁に背中をぶつけて、受け身は取ったようだが戦闘不能となった。


「ちょ――! 何してるんですか!?」


 ここで、ようやくユノが反応した。


「肩別にぶつけてませんよね!?」


「ユ、………………ゆっくりでいいからお前、彼を治してやってくれ。できるだろう?」


「い、いや、できませんよ。ラトで火傷は直せません。キュレアならできるかもしれませんが、……私はまだ、」


「じゃあ頼む」


「キュレアは…………………………ご命令であるならば」


 ユノはとてとてと男性に近寄った。そして、続く治癒の中で一瞬で魔力のすべてを使い果たし、疲労困憊といった有様になる。


(……火傷の治療は今のユノじゃダメか。今日は一旦終わりだな。はじめということで様子見で、とりあえず全力を出してみたが、次からは最初の一人は肉弾戦でけりをつけよう。そして次は普通に魔法を使う。一日二人を相手にすればいいだろう。できれば、魔力大龍までに、ユノにはキュレアを使えるようになってもらいたいな)


 思考をまわし、次への一手を考える。求めるのは、最短での強さへの近道。


 繋がりがなく、知識もなく、その状態で、強くなる方法など、強そうな相手に片っ端から喧嘩を売る以外にない。

 ルトナが足りない頭で考えだした結論が、これだった。


 酷い疲労と戦っているらしく、ぺたんと座っているユノが、疲労感からか一つ一つ深く息を吸いながらルトナに話しかけてくる。


「奴隷の立場ではありますが、意見させて頂きます。強くなるためには効率の良い手段だとは思いますが、もっと良い手を考えるべきです」


 ルトナはそれに答えた。


「なら、思いついたら言ってくれ」


 目を閉じて今の戦いを回想する。


 杖を振るって攻撃を回避されたのには驚いた。

 一見収穫がない戦いだったが、魔法をそらされた時、敵の杖の魔力が魔法をいなすように動いたことが見えた。あれをルトナが真似をすれば、敵の魔法を無力化できるかもしれない。

 そして、魔法を無効化する防具。燃やし尽くさなければ火傷で済み、火傷で済んだら治療費は常識的な範囲で済むと攻撃したが、魔法をここまで見事に防御する防具があるとは知らなかった。重そうでもないし、ユノに装備させるべきだろう。

 収穫はある。続ける価値もある。


 そうだ、ユノが回復しきれなかった分は、見舞金を置いていかなければならない。

 気をつけなければいけないのは、今の財力では、不具にさせてしまったら治療費を支払いきれないことだ。「聖女」とやらと、パイプでもあればいいのだが。


「強くなりたいのかね?」


 ユノの魔法で回復した初老の冒険者が、路地の壁に肩を預けて座りながら、ルトナの顔を見て言った。


「……ああ」


「強くなるためには基礎だな。エルフの身だからだろうが、無詠唱は見事だ。だが、出力周りが甘すぎる。俺よりも魔力が多いのなら、もっと大量の魔法を行使できるはず。毎日基礎訓練をしろ。メニューは人によって違うから、君が考えて決めろ。足りないと思う部分を、そこを補えるやり方でな」


 ルトナは目をぱちくり瞬かせた。

 今、自分が通り魔じみたやりとりでボコボコにした相手が、自分にアドバイスを与えているのだ。

 何か裏があるのかと思えど、話している内容はシンプルで、裏を作りようがない。


「君たちは、辛いこともあるだろうけど、頑張りなさい」


 冒険者はマントを直して、街へと消えた。


 その日はユノの体力の限界もあり、そこまでとして、家に帰り、基礎練習を練った。


 残り、十一日。



 三日目。


 初老の冒険者がやけにルトナ達に同情的だった理由が、二人目の冒険者との対峙で判明した。

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