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1-2、エルフズライフの始まり2

 少女の答える声ののち、長い沈黙が続いた。加藤はよくできた世界のビジュアルに、冗談でしょうとも言えず、ぼーっと立ち尽くす。


 どうにも臨死体験にしては長過ぎるし、呼び戻す声も聞こえなかった。いや、誰も通りがかってないから、呼び戻す声も聞こえないだけなのかもしれない。なので、「ううううううううう!」と急に叫んで、目を開けようと努力してみたりした。


「ちょっと、きみ今変な人だよ!? 疑ってるのはわかるけど……」


 どれだけ努力してもどうにもならないので、加藤はすぐにあがくのをやめた。

 元より、あんな体で生き返っても、三秒後に同じ発作で死ぬ可能性まであるわけで、どうしようもない。

 入院していつでもナースコールを押せる環境に行くのもいいが、親にひたすら負担をかけるだけだった。


「諦めないのは凄いと思うけど、きみもう死んでる。わかりやすい説明すると、この世界って出口とか無いじゃん? ふつう戻れる臨死体験って河とかでしょう、いやきみの世界の普通もそうかはわからないけれど」


 少女は目を閉じながら口を開き続けた。ゆったりとした白い服を着た、銀髪の少女だ。こんな状況でなければ、その神聖な雰囲気がかなり好みだった。

 ただ、エルフ耳じゃないのが残念だ。


「でもこの部屋をよくみてほしい。透明な地平線に二人が乗っているだけで、戻れる場所とかありそうにない。つまり、景色から読み取れる事実は、この経験は臨死体験じゃないか、この臨死体験は戻れない」


 下を見れば、地球の青い空よりもはるかに薄い、水色がかった白とでもいうような色で、塗りつぶされている。その上に浮かぶ透明なプレートに乗っている。目の前を北として、東西南北どっちを見ても、なんか光があるとか、死んだはずのお祖母ちゃんがこっちに来るなって叫んでるとか、そういうことはまったくない。


 加藤はしばらく黙ってから、口を開いた。


「君誰?」


「神様」


「……。とりあえず、今の俺はなかったことにしてくれない? スンゲエ恥ずかしい」


「なかったことになんてするわけないだろ。私が頼んできて貰った、うちの世界の英雄候補。その最後まで諦めない姿勢を……」


「初対面の相手を弄るなお前」


「あははごめんごめん。いや半分マジだけどね。皮肉に聞こえたら申し訳ないけど……」


「いや、わかった、もういい」


 皮肉でないのは理解した。目の前の女の子からは、少しずれた感じと、そして少しずれていながら、なんというか目の前の相手を思いやっている感じがした。神、かどうかまでは知らないが、巫女さんかシスターさんかくらいの雰囲気はある。


 それよりも、と仕切り直しを試みる。聞きたいことが山ほどあった。


「ここはどこ? 君が神様なのは……いったん置いて。さっき呼ぶとか呼ばないとかいってたけど、俺は何でここに呼ばれたの? つまり、本題は? どうやって選んだ? 俺の何が必要になった?」


「順番に答えよう。私は君が心停止して脳死して、蘇生の見込みがなくなった直後に介入して、君の存在をこちらに呼び寄せた。君にはこの世界の、君がいた世界にとっては異世界の、英雄になってもらいたい。そのための力は渡す」


 返ってきた言葉をゆっくり吟味してから、


「テンプレ通りすぎ!!」


 加藤は絶叫するみたいにツッコんだ。テンプレ? テンプレートってこと? 君の世界には、たくさんこういった形のお話とかがあるからってことかな、なんて神が勝手に納得している。


「この世界にまずいことが起きてる。でも、私は直接下に降りれない。だから、別の世界から誰かを呼び寄せて、その人に力を与えて世界に突っ込んで、かわりになんとかしてほしい。なんとかしてくれる人を、探している」


「俺が選ばれる理由は?」


「まず君の世界を選んだ理由だけど、そもそもが、私が影響力を行使できる世界は多くない。三十個くらい。その中で、ファンタジーなお話が大量に市場に流通している世界を選んだ。最後に残った候補は二つで、乱数発生器で選んだよ」


 ここまで言えば、君が選ばれた理由はわかるかな? と神は口をいったん閉じた。

 加藤は五秒くらい考えてから口を開いた。


「俺がファンタジーのことを好きだから?」


「半分正解。うちの世界に似たお話が、すなわちきみの世界におけるファンタジーがめっっっちゃ好きであること、英雄すぎないこと、かといってやるときはやれること、英雄になることに憧れがあること、その辺ぜんぶ絡めてちゃんとこの世界を救ってくれること、複雑に条件設定してソートした。君はその一番上だった」


 並び替えた一番上といわれて、少しだけ加藤は嬉しかった。


 実際は一番上の一人に断られてそのまま死なれたのだが(つまり加藤は二人目)、神はそのことを誰にも言うつもりはないので、彼がそのことを知ることは未来永劫ない。ちなみにその一人が断った理由は、その女性があるファンタジー作品のシリーズを極端に愛好する人間だったことによる。その作品の世界以外には興味がないとのことだった。


「直接下に降りれない理由は?」


「いろいろとまずいことになるから。世界法則がいろいろまずくて、世界の基礎構造が爆発する」


「なぜ俺一人? それとも俺みたいな存在はたくさんいる?」


「私が直接降りるとまずいのと同じ理由で、力をたくさんの人に与えるとまずいから、君一人。途中で嫌になってもいいよ。その場合は神殿でわたしにそう教えてね。君に期待してはいるけど、愛する人とかが出来たら仕方ないから。その場合は力は返してもらう」


「別の人を呼ぶわけか。……俺一人でどうこうなるの?」


「なる。努力は必要だけど。わたしが託すのは神に迫る力だから」


 細部を詰めていく。率直にいって、加藤はいつまでたっても臨死体験が終わらないことで、ワクワクし始めていた。

 自分が、ファンタジー世界で冒険できる可能性がある。


 ほか数個適当な質問をしてから、最後に一つだけ質問をした。


「その世界に、エルフはいる?」


 唐突な質問に目をぱちぱち瞬かせてから、神は満面の笑みで答えた。


「いるとも。たくさんいる。みんな可愛い。君の世界におけるエルフとほとんど全部似た感じの存在。世界は違えど、なんかの形で繋がってるんだろうねえ」


 加藤は即断した。転生、決定。

 仮にここが死後の世界だったとして、エルフと会うまで持たせるだけだ。



 何が起きているかについては、その後追加でいくつか説明を聞いた。


 移動先は魔力のある世界。そしてこの世界では、使われた後の魔力の残りが集まって、大きな集合体となる。魔力はかなり万能に近いもので、その集合体を放っておくと超危険な魔物(魔法生物)に成長する。それを魔力あるいは腕力で消滅させてもらいたい。


 人間はその魔力の残りを魔力残滓まりょくざんしと呼び、魔力残滓の集合体を、魔力大龍まりょくたいりゅうと呼ぶので以下それに習う。

 ご察しの通り、魔力大龍は、定期的に発生するものだ。誰も何もしなくても、誰かが魔法を使う限り。なんたって残滓だからね。だから本来は教会機関などが定期的に祈りやら聖戦やらで討伐する。だから、本来は異世界の勇者なんて呼び寄せる必要はない。


 けれど、神の近未来演算能力で、大規模な魔力大龍が連続して出現している未来が見えた。これははっきり異常であり、何かが起きている。この魔力大龍の波だけでも人間には対処が難しい。さらには、それを誘発させている黒幕がいる可能性がある。


 この事態は神の力で介入しなければ打破が難しい。貴方の力が必要である。



「お、決まった?」


 加藤は、説明を大切なところだけ聞いてあとは聞き流すと、与えられる神の力の候補の本を渡された。好きな神の力を選んでよい、らしかった。どういうものかといえばネトゲーのキャラメイク以外の何者でもなかった。

 神に迫る力を与える、という言葉通り、工夫次第で「めちゃくちゃじゃないのかこれ?」と思えるくらい強くできた。


「おう。ゲームみたいでめっちゃ面白かった! 自分自身を決定できるってかなり面白いよな。俺も自分自身を決定して生まれてきたかったよ」


 にこっと神様は笑った。


「皆そういうよ。私ももっと自分自身のスペックが欲しかった。何にした?」


「種族:エルフ」


 神が与える力の一つ「種族:エルフ」である。内容は、エルフになること。

 エルフはこの世界において神に等しい力を持つ。それ単体で神に迫る力なのだから、当然、他のチートボーナスのたぐいは持っていけなかった。無限のアイテムボックス、全言語理解(魔法言語も含む)、絶対に壊れない剣、何も持っていけない(もっとも、この辺もそれなりのコストではある)。


「……おおう。いや、流石だね。本気でエルフと仲良くなることだけが目的なわけか。他に何もあげられないけどいいの?」


「当然」


「うちの世界のエルフは強烈な個性のある種族だけど、別にエルフってだけで超強いわけじゃない程度だ。いや超強いけど。生まれつき世界レベル、ってわけじゃない。ちゃんと鍛錬必要だと思うし、大事な異世界の勇者に、面倒な鍛錬までやってもらう必要はないよ?」


「全然問題ない!! エルフエルフエルフ」


 加藤の内心では、頭のなかにエルフの女の子とイチャイチャすることしかなかった。

 人間の英雄になってエルフと仲良くなるのもいい。だが、エルフの青年よりエルフと接する機会が多い存在はあるまい。それでいい。


「……ごめんね、これだけしか渡してあげられなくて。お詫びに、ちょっとおまけもつけておくよ。問題にならない範囲で、一度きりみたいなやつを」


 いたれりつくせりだと加藤は真剣に思った。


 白い空白の世界はいつしか青みがかった透明な白から橙色の成分を含んだ色になりつつある。この世界に一日があるのか、あるいはこの空と地面(?)の変化は一年とかなのか、時間の感覚がないし、全くわからない。ただ、おそらくその変化を確認して、神は目を伏せてから口を開いた。


「さて、そろそろ送ろう。まだ質問はない? もう私とは二度と会えないよ」


「もう十分だ。特に穴は見つからないし、自分で調べる。楽しみが減るし。逆に、そっちが伝えなきゃいけないことって何かないのか?」


「んん!? ないな……ごめん、思いつかない……やっぱりないと思う。あ、ハンカチ持った?」


「お前は俺の母親かよ! なんでいちいちボケを挟むわけ。ってそのボケで思い出した。俺の母さんと父さんは葬式で泣いてくれた?」


「……言ったほうがいい?」


「……もういいや。あとは、なあ、ホントに俺って死ぬ運命だったんだよな? もし違ったら、……もし違ったら、何していいかわかんないけど」


「あはは。ここは寂しいから、君が殴り込んでくるのを楽しみにしたいところだけど、本当だよ。なんなら、もし証拠だとかが見つかったら、世界を好きに滅ぼせばいい。違う世界の現代知識は、ちゃーんと運用すれば世界を滅ぼせる」


「……」


 もう適当なことを言うのは止めた。加藤は、この神とやらは一人ぼっちなのだろうかと思った。殴り込んでくるのを楽しみにする、なんて、前の世界の俺は言えただろうか。彼女のいうとおり、嘘だったらめちゃくちゃにすればいい。そこで考えを打ち切った。


「んなことしねーよ」


「……エルフの女の子とイチャイチャするため?」


 大正解、とちょっと笑って言うと、神も笑った。


「ちゃんと世界は救ってね。適当にやってたら力返してもらうよ?」


「ああ。英雄になって、エルフの女の子といっぱい仲良くなる!」


「もう言うだけ野暮か。しつこくてごめん。そして、私の大切な世界を頼んだよ」


 そして、光に包まれた。白くて、かすかに青い光だった。星の光を無限に増幅させたようにも見えた。光は眩しくて、目がくらんで、やがて意識が遠のいていった。



 誰もいなくなった神の領域で、神が一人呟く。


「エルフって、女だけの種族なんだけどな。普通そうだよね?」


 神は盛大に誤解していた。ある程度「ファンタジー作品」の事情を知っているとはいえ、神にとってはこの世界が標準であった。


「少なくとも男として肉体的にエルフを愛せるわけじゃなくなっちゃうのにな。何も聞かずに行くなんて、勇者カトウは、愛は精神的なものでいい派なのかな。肉体的な愛もいいと思うけど、信念のある奴はやっぱりカッコいいなあ」


 誰かに悪意があったわけでもなく、重大な過失があったわけでもなく、こうして世界を救う英雄の女エルフが誕生した。

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