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13-1、スター・リスタート・エルフズライフ1

 ざくっ、ざくっ、ざくっ。

 金属と土がこすれて音を立てる。


 ざくざくという音は鳴り止まない。

 もう少し掘らなければいけない。浅く半端な深度に死体を埋めると、魔物が掘り返して漁る。

 目安はだいたい、人の身長くらいだそうだ。

 それに、どちらにせよ、そのくらい掘らないと埋められない。


 そう思っても、それが理想でも、一気にできるわけではなかった。掘るべき穴は広い。

 ルトナは十回目の休憩とした。疲れがあるかといえば、全然疲れていなかったが。


「ユノ、交代してくれ」


 返事をして、ユノが大きなシャベルを手にした。ピコの宿で借りたものだ。

 けれど、ユノはそもそも動く気力さえないみたいで。

 ユノのシャベルは、かすかな音を立てて、土の表面だけをなぞるようにひっかく。


 首を向けて死体を見ると、実感させられる。

 今、二人は、街の外をしばらく行った先の、草原に生えている大きな木のふもとに。

 グドリシアを、埋葬するための穴を掘っている。



 六軒目の竜舎の医者の言葉が思い出された。

 若い女の家畜医だった。


「誰もが初めての家畜を失う際は特別に辛いです。どうか気を強く持って下さい」


 初めてルトナは自分自身を気遣われたなと思った。

 ただ、そんな言葉をそもそも聞きたくなかった。

 おおこれは派手にやらかしましたね。ですが安心して下さいね~~。私はここらでも特別腕のいい家畜医なんです。一瞬で治りますよ、一瞬で。こんな言葉を、笑ってかけてくれればよかったのだ。


 今度は別のものを思い出した。

 それは、前の世界のゲームだった。


(……なんでこんな時にこんな……)


 ネットでエルフが出てくるといわれてプレイした、ハムスターを育てるゲームだ。

 エルフの女は端役も端役で、そういった意味からプレイする価値はなかったが。


 そのゲームでは、プレイヤーは、小動物を育てる職人となって、特殊なハムスターを育て、戦わせる。戦いというのはスポーツではなく、ハムスター同士の殺し合いだ。闘犬のような感じ。舞台になっている街で流行っている賭け事、兼、実は古代から続く儀式、らしい。

 主人公は職人の卵だ。


 その中で、初めて育てたハムスターが賭け事の中で死んだ時、職人の卵は必ず取り乱す、という設定があった。

 ともに死と戦う仲間が死ぬのだから、当たり前だ、とのこと。

 いわく、そのゲームの主人公の父親も、酒に溺れ、周囲に迷惑を撒き散らしたらしい。



 ごっっっそりと、心の中の何かが持ってかれたような感じがする。

 女の医者が言ってたとおりで、あの主人公の父親が言ってたとおりだ。


(付き合いは短いが、まさに、……ともに死と戦う仲間が死んだ、ってわけかよ)



「ご主人様。もう無理です」


 ユノからの再度の交代宣言は早かった。五センチも掘っていないが、咎めることはしない。元からルトナが掘らなければならない穴である。休憩できれば十分だった。

 ユノは下がって、座り込んだ。そして、顔を隠す。

 頭の打撲は治療所で、回復魔法を使って治療済みである。ただの打撲に大げさだ、冷やしておけば治りますよ、と治療者に笑われたが、それでも頼まずにはいられなかった。


「ご主人様。あと二倍くらい、掘らないと……いけないです」


「……ああ」


 埋葬の仕方はアコルテに聞いた。

 しかし、ユノ自身もある程度詳細を把握しているようだった。


 妙に詳しいよね、のような話題を繋ごうとしてすぐにやめた。奴隷がお手製の埋葬に詳しい理由なんて、大体想像がつく。


 のろのろと、へたをすれば半日くらいかけて、墓を作った。

 竜の亡骸を埋め、……街の外で変なことをしてもすぐに魔物やらが踏み荒らしそうだったから、手頃な、目立ちすぎない石を置いて、それを墓標とした。場所だけわかるようにして。最悪の場合は、この木を墓標としよう。

 手を合わせた。


「ひくっ……っ……っ……ぅ……」


 ユノは、墓から目をそらすみたいに泣いていた。しゃくりあげるように、ずっと。



 帰る頃には、門は閉まっていた。

 夜明けが遠ければともかく、お墓を作る時間の長さから夜明けは近かったので、そのまま二人で門が開くまで待機した。



 次の日、二人は何もする気がおきなかった。

 朝食を食べに外に出ることもしなかった。

 誰もその間部屋に立ち入らなかった。


 ルトナは一睡もできなかった。一睡もできなかったというのは少し誤解のある表現かもしれない。正確には、睡眠に対する興味が湧かなかった。別に眠くもなかったので、寝なかった。

 ユノは泥のように眠って、少し経って泣きながら起きた。嫌な夢を見たらしい。彼女の言葉通り、眠っている最中の彼女は泣きながら何かにひたすら謝っていた。



 外はもう夕暮れになりつつある。


(結局、今日は何もしなかったな……)


 アコルテが心配しているかもしれない。なんだかんだで、ほとんど毎日会話をしている相手だったからだ。

 とはいえ、人の心配に気を回すような余裕は、今のルトナにはない。

 同じ部屋のユノのことさえ視界に入れてると辛いものがあった。無能を責められているような気がするのだ。事実として責められている可能性が高い。


(……そうだ)


 ルトナは顔を上げた。ギルドのことを思い出して、名案が浮かんだ。

 この街にはミルがいる。彼女の楽しげな声があれば、おそらく少しは気が紛れるだろう。むしろ彼女以外で、今のルトナを奮える者はいないのではないか。


 ミルはこっちに来た初日、最初にお世話になった女の子だ。彼女にはまだ、返せていない借りがある。だから、こんなところで立ち止まっていてはならないのだと思う。

 返せていない借りがあるからこそ、何度でも頼って、最後は全てを返せるよう頑張るべき。


 多分、乗り越えなければいけないものなのだ。これから先、何人も仲間が死ぬだろう。死ぬ気で頑張って誰も死なないようにしても、一人くらいは死ぬはずだ。何体も買い替えていく家畜なんかが死んだことで、行動不能になるようではやっていけない。


「冒険者ギルドに、行こう」


 外は既に夕暮れで、ミルが仮に依頼を受注していても、張っていれば直に報告にでも来るだろう。

 ルトナは一枚服を羽織って、ユノを置いて部屋を出た。



 ギルドの建物で、しばらく待った。飲食スペースではきっと楽しく飲んでいる奴らがいるので、そっちには行きたくなかった。意識を向けることもしない。受付スペースのほうのソファで待った。

 だが、ミルは、いつまで経っても姿を表さなかった。


 ちょっと自分が不審なことを自覚した。アコルテがちらちらこっちを見ている。十分前後ならここでもよいんだろうが、数十分いるようなところではないはずだ。そろそろ暮れ始めた日が完全に落ちた頃だし、多少思うところがあっても、周囲の目を考えれば飲食スペースに移動してそちらで張るべきだろう。

 どうせもっと遅くなって酒の入った連中が増えれば、耳を塞いだって喧騒は聞こえてくる。


 意を決して飲食スペースに移動すると、いつもよりは喧騒が少ない気がしたが、やっぱり酒を飲んでいる連中がいて、やっぱり見ていて辛くなる。

 これでミルがいればよかった。ミルがいたなら、少しはこの喧騒に紛れることもできるだろう。

 でも、やっぱりミルはいない。


(なんか頼もうか……? でも、流石になんか食うのはちょっと……)


 見渡していると、キリエラがいた。一人で酒を飲んでいる。対面の席に木製のコップの(たぶん)酒が置いてあるから、あるいは連れが離席したのか。

 キリエラの交友関係もいまいち謎だ。というか、どういうスタンスの冒険者なのかもよくわかっていない。

 ミルの会話術は異常なレベルだった。彼女ならすでに聞き出しているかもしれないなとぼんやり思う。


「キリエラ、一人か?」


「……お前か。ああ。一人だよ」


 少し安心した。ルトナは、キリエラについて、びっくりするほどドライな人間だと感じており、関係を深めたいとすら思っていない。でも、それだけ関係の薄い相手でも、見知った人間の声はどこか落ち着いた。


「ちょうどよかった。ミルを知らないか?」


 一瞬、

 酒場の喧騒が静まり返ったように思えた。


(……? 気のせいか?)


「ミルの話、か。……お前、わざとやって、ないんだろうな……」


 呆れ返っているキリエラ。ルトナは、当たり前だが意味がわからない。何かミスをしてしまったようにも思えたが、ただ人を探しているというだけの言葉に、何かのミスがあるとでもいうのか。

 三秒考えてもわからない。構っている暇はない、無視して会話を進めた。


「……いや。何言ってるか意味がわからない。ちょっと彼女に会いたいんだよ。キツイことがあって」


「間が悪いとしか言いようがないな。だが、普段からちゃんと周囲とコミュニケーションを取る努力をしていないことも罪悪の一つだ。空気を読むというのは、少なくない状況で、情報さえあればなんとかなる」


「あぁ? ……おい、お前人と会話しろって! 説教好きなのはわかったけどさ、友達なくすぞ」


 せっかく見つけた糸口であるキリエラに、はぐらかされるような真似をして、ルトナは少し怒った口調を作った。

 だが、この言葉を聞いて、怒られる立場であるはずのキリエラこそ苛立ちを増したような表情になる。


(……? なん、だ、これ? なんで、ミルを見かけたか聞いただけで、俺は怒られてるんだ?)


 キリエラは大きくため息を付いた。


「やれやれ。無知というのは正義だな。何ッの役にも立たない正義だ。いっそ死ね」


「なに言ってるのかさっぱりわからん。無知なのはお前だろ。私は、つい昨日、大切な竜を……」



「ミルなら死んだよ」



 は?


 何も答えることができなかった。唐突で、えぐりこまれるように放たれた言葉だった。


 「ミルなら、死んだよ」?


「私は知り合いが死んだら時間を作って一日何もせず酒を飲んで喪に服す。今日のこの酒はミルのためのものだ」


「……どうして」


「数日前に、大したことない連中と組んで、中級の魔物に挑んで、パーティごと全滅した。この場の誰でも知ってるぞ、ザコ」


「……」


 冒険者はペットを十体殺してやっと一人前なんだ、お前の竜なんざ知るかよ、とキリエラは続けた。

 言葉がうまく頭に入ってこない。きん、と耳が遠のいて、周囲の話し声がどこかはるか別の場所のようだ。


「………………なんで止めなかったんだよ」


「止めるわけがないだろう。挑戦と冒険は大事だ。しなければ死ぬんだ。冒険者は冒険が仕事なんだ。いいか、一切一度も無茶をしなければ、いつか格上に遭遇した時為す術もなく死ぬんだ。私は、……ミルの力を、……信じたんだ」


 その言葉は自分に言い聞かせているようでもあった。

 そして、言い切ってから立ち上がり、ルトナの胸ぐらを掴んで、


「次無責任な口を開けば殺す。私は気が立っている」


 殺意を向けた。


 ルトナは事実に圧倒されて何も言うことができない。立っていることすら精一杯だった。


「消えてくれ」


 だから、キリエラの言葉に従うだけだった。


「八つ当たりしてしまってすまん」


 去り際の言葉に、こいつも人に謝るんだなとぼんやり思った。



 自室には、ユノはいなかった。探す気も起きない。失踪することはないだろう。今は構っている心の余裕がなかった。


(……ミルが、死んだ)


 ミルが死んだ。


 死ぬというのはどういうことだ。

 それは、二度と会えないということだ。


 そしてそれは、彼女に約束した、お礼を履行できないということを意味する。


 お礼。借り。借り。借り。借り借り借り借り借り借り。恩と言い換えても良い。一つ一つ返していこうと思っていたはずのそれが、ルトナの背後に重くのしかかるのがわかった。

 二度と返せない借りが、ここまで重いものだったとは。ルトナは目を覆ってベッドに倒れ伏した。心理的なものってレベルじゃない。体に力が入らなくて、ものすごく重くて。心に物理的に潰されそうだ。


 星の光が窓から入ってくる。

 今回、ルトナはどうすればよかったのか。

 どうすれば、……でも、どうすればって言ったって、何をすることで、何をするんだ。

 グドリシアにも、ミルにも、できることなんて何も――


(……それは、嘘だ)


 グドリシアについては言うまでもない。自分の判断のミスで、彼女を死に追いやった。


 ミルについても、やれることはあった。


(ミルと、パーティを組めば良かったんだ)


 まさに本人からその誘いは受けていた、何度も、複数回にわたって。全て断ったのはルトナだった。その誘いを断ったから、名前も知らない奴らと組まざるを得なくて、そして。

 少しばかり傲慢な考えだと分かっていても、一定の理があるようにしか思えない。


(俺が、ミルと組んでいれば……)



 星の光が窓から入ってくる。当たり前だが、光は一秒たりともそこに存在することをやめようとしない。たとえ、一人にしてほしいときであっても。

 この部屋に帰ってから、ずいぶんと時間が経った気もする。けれど、夜の食事の催促に来ていないから、客観的にはおそらく半時も経っていないはずだ。


 困難にぶち当たった時、何をすればいいのだろうか。

 ルトナは加藤だった頃、何もできない困難とずっと直面していて、何もできないままにその困難にぶちのめされて死んだ。


 ミルと組んでいればよかったという考えは早々に捨てた。

 おそらく、組んでいたところでグドリシアの代わりにミルが死んだだけだろうと思ったのだ。


 小賢しい選択肢でどうこうなるような話ではない。

 力が足りなかったのだ。

 ルトナは女の子座りで強く目の前を睨みつけた。



 力が足りなければどうするべきか。



 そんなこと、決まっている。



「戦おう。戦う、必要が、ある」


 前の世界とは違う。今は戦う手段がある。

 大好きなエルフという存在の体が、ルトナにはある。

 その体は、この世界においておあつらえ向きに最高の力だ。


 あるいは、前の世界でも戦おうと思えば戦えたのかもしれない。飛び級で海外の大学の医学部に入れば、一応心臓発作以前に世界に対して抵抗を振りかざせた。とはいえ、そんなことは実質的に無理だ。実質的に無理なものをできると信じてもしかたがない。戦う機会さえ許されずに死んだと言っていい。


 戦う手段がある人間が、戦わないことが許されるのか。

 そして、戦うことこそ、今ルトナがやれることにほかならない。


 大したやりとりがあった相手じゃない。ミルも、グドリシアも、たった数日の付き合いだ。

 それでも、返すことの出来ない借りができてしまった相手で。グドリシアは直接殺してしまったし、ミルは借りを返す前に死んだ。何かしなければならない。


「戦う、戦う。俺は、戦う……戦う……戦う」


 自分に言い聞かせる。自分を奮う。


 本当に辛い時に、周りに誰かがいるということはありえない。

 物語の中の英雄みたいに、打ちのめされた時に誰かがいてくれるなどということはない。大切な誰かがいて、言葉で自分を肯定してくれて、もう一度立ち上がれるなんてことは……「無い」。

 前世の心臓発作の時も一人だった。そしてこの世界でもミルは死んだ。


 一人で立つしかないのなら、


 まずは一人で立ち上がる必要がある。


「戦う。最後まで。ありとあらゆる手段を使う。血の一滴まで振り絞る。全ての選択肢を検討する。無限に分割されていく未来の、全てに対応できるようにする。全身全霊をかけて、普段からできることは全てやって、どんなに汚い手だって使って、何千万回でも立ち上がって、そして……周囲にあるものを、一つ残らず守れるようにする」


 逆に、そうしなければきっと、今回のように守れなかった時に、絶望的な苦痛を味わうことになるのだ。


 まだ一人残っている。仲間と言えるはずの存在が。

 彼女を、守る。


 言い切ってから、顔面を手のひらで覆いながら、ルトナは立ち上がった。


「気持ちのいい大冒険でもしているつもりだった」


 うめき声のような声。

 気持ちのいい大冒険なんかではなかった。それはいつからだろうか。多分最初からだ。ある程度上手く行っていて、上手く行ってしまっていて、何かを勘違いしていたのだろう。

 だが、今ならまだ間に合う。自分を信じてくれた奴隷の少女も、気にするような相手じゃないがキリエラも、あとはピコだってアコルテだって生きている。逆に、今戦いを始めなければきっと――


 だから。


「せめて、今からもう一度始めるんだ」

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