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1-1、エルフズライフの始まり1

「ああ……眠い……」


 加藤一拠はごく普通の高校生だ。

 ただ、一点普通とは違う場所があった。何かの特技とかではない。それは、病弱というか、極端な虚弱体質であることだ。


「……何もやる気起きねえ」


 彼が平日の昼間に家の布団の上にいるのも、弱音がつい口をついて出ることも、彼の意思によるものではない。


 まず、彼の脳はかなりやる気が低い。こまかい説明は困難だが、常時心の病のような状態なのである。


 心の病は脳内物質の状況によっておこる疾患である(といわれている)。酷い状況に置かれ続けた結果、脳内物質の作用がその状態で固定されてしまうわけだ(といわれている)。が、彼の場合生まれつきのハードウェアの問題でそれがずっと続いている。彼自身にはどうしようもなかった。薬は(あんまり)意味をなさない。ある種の特異体質であって、そして全く役に立たない特異体質だ。気分の波があるので、調子がいい時は立って飯を食って学校行って帰るくらいは問題ないのだが、酷い時はこうしてベッドから一歩も出ることができないのであった。心の病気のつらさは少しだるいとかそういう状況ではない。低血圧の人間の朝のだるさが、数十倍になって襲い掛かってくる。当然、何かしたくても初めからできるはずがない。何かをしたいという気持ちすら起こらないので、当然何かしようとする努力さえできない。


 そして、心臓にもハンデを抱えている。


 これは生まれつきか後天的なものか加藤自身は知らないのだが、物心ついたころから心臓が弱く、彼は運動することができない。運動してもいいが、それはいつ気絶or即死するかわからない紐なしバンジージャンプのような真似になる。普通にしていればいちおう心肺機能は平均程度はあるのだが、運動できない以上鍛えられることもなく、疲れにくい体とは完全に無縁だった。


(……あ゛~~~~~)


 今日はマジで調子が悪い。頭のなかでさえうめき声しか出てこない。


 そんな彼の唯一の楽しみが、ライトノベルやマンガだった。今彼がもくもくとめくっているのは、エルフが出てくる人気ライトノベルだ。完全に現実と切り離された小説の中で、主人公がさまざまな場所を駆け抜ける冒険譚を読んでいる時は、少しだけマシな気分になった。


 今日は特に気分の沈みが酷く、朝起きてから五時間一歩も布団から起き上がれていないが、枕元にあったこのライトノベルを繰り返し繰り返し読んでいるだけなら、問題ない。

 気分がかなりのレベルで死んでいるため、何度同じところを読んでいても、特に何も感じることはない。


(ハハハ……可愛いなあ……)


 小説の中では、エルフのサブヒロインと主人公のシーンに切り替わっている。エルフのサブヒロインが主人公に笑いかけているところを想像すると、胸がぽかぽかした。

 いつだって、ライトノベルやゲームだけは、どんなにひどい気分の時も、一拠の心を癒やした。縦横無尽に駆け巡る主人公に、寄り添う自然の中の可憐な美少女。主人公にだけ自分に触れることを許している、芸術品のような存在。全部、加藤一拠が手に入れられないものだ。


 これまで彼は、空想の生活に憧れて、その空想を抱えることで、なんとかこれまで、学校までのろのろと出てはのろのろと帰る人生を続けてきた。脱出するための努力は全て、体が絶対に許してくれなかった。


 エルフの少女とのシーンから何ページかをめくったのち、ふと、どくんという一つの大きな鼓動を感じた。

 何かの覚醒か? 不思議な力でも手に入ったか? なんて冗談を頭のなかで呟いたあと、痛みを伴うそれが、なんらかの緊急事態の知らせであることが加藤にははっきりわかった。


 いっっっったい。心臓が、痛い。

 そして、「ごめん疲れました。そろそろ止まります」なんて声が聞こえてくるみたいに、鼓動が不規則になっていっている。


(うっそだろ、オイ……まじで……何、これ)


 慌てて布団から飛び起きて助けでも呼ぼうとするが、目の前が明滅している。目の前が黒くなったり白くなったりして、起き上がることさえできない。五時間前から起き上がれていなかったので当たり前だ。でも、こんな酷い死に方があるか。エルフとイチャイチャできなくてもいいが、大学生活とやらだってまだ経験してないし、社会に出てウザい上司とやらの愚痴を飲み会で言うことだってしていない。せめて病院で。誰かと。


「ふざけんな……」


 ふざけんな、と言っても誰もその言葉を聞く人間はいなかった。

 何度も似たようなことがあったので、すぐにまた回復するだろうと思いたい自分もいたが、今回に限っては、どうもこのまま誰も通りがからなければ、このまま現世からさよならしてしまいそうだ。

 自宅にはいちおう母親がいたが、間の悪いことに二十分ほど前に買い物でちょうど出ていた。


「ふざけんなよまじで……」


 走馬灯のようなものは出なかったが、それでも簡単にこれまでの人生を回想した。

 ろくな思い出がない……。

 すべての体育の授業も、修学旅行も、友達とはしゃぎあうときだって、いつだってこの体は一拠の人生の邪魔をした。なにしろ、いいか悪いかでいえば、ドキドキしただけでよくないのだ。それは厳重な檻みたいなもので、英雄みたいな冒険譚とは完全に隔絶されている人生だった。


「くっそおお、ふざけ、な、ふざけんなよ、ホントにろくに仕事しねえ心臓がこの、ぐ……」


 それ以上は言えなかった。彼の心臓が一つ目のふざけんな辺りで停止して、遠くなる意識がその後を追った。





「おはよう、はじめまして」


 目が覚めたら、透明な空間の中にいた。

 透明な中に幾何学的な光る平面が大量に浮いている。それらは情報の奔流であるらしく、時折それらに目を通さなくてはならないようで、透明な空間の中に浮かぶ少女が、自分の反応を待つ傍ら、眉をひそめたりびくっと反応したりしていた。


「……ここどこ」


 三十秒くらいぼけっとした後、加藤の口からはそんな四文字しか出なかった。初対面の相手だから敬語を使うべきだと、口に出してから思い直した。


「異世界の神の領域」

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