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8-2、ハーフフェアリー2

 帰宅して、さっそく受付をしながら帳簿をつけているピコに裏を取った。

 イザニの言っていることは、多少の誇張はあれ、ほぼ間違っていなかった。その誇張もセールスマンとしては許せる範囲だ。


「そしたら、ごめんなさい。明日から野宿するから、いったん部屋引き払います」


「うえ!? 本気すぎでしょ、ルトナちゃん」


「でも、売れてしまうか気が気でなくて。ちゃんと奴隷と一緒に戻ってきますから」


「そんなに気に入ったのね」


 そう言うと、ピコは少し考えるような素振りをした。


「どのくらいの期間お金を貯めるの?」


「うーん、短くて一週間、長くて三週間でしょうか?」


 出ている依頼の質にもよる。

 それを聞いたピコは、にんまり笑みを浮かべて、


「半額でいいですよ」


「へ?」


「お客さんが少ない時期みたいでね。ほら、宿って、開いてる時は開いてるし開いてない時は開いてないのよね。しばらく半額で泊まっていいですよ。半額期間が終わっても、しばらくいてくれることが条件」


「……いいんですか?」


 正直なところ、野宿なんてできるかもわからないところで、不安だった。

 元々値段が安いこの宿が半額なら、貯金計画に少しの変更はあれど、問題ない。

 体力も考えると、良い話だ。


「良いに決まってます。ルトナちゃんは駆け出しの冒険者。この街の人間は、駆け出しの冒険者を支援する義務があります」


 そして付け加えるみたいに、「奴隷の子、私にも会わせてくださいね」と、ピコは笑った。



「貯めて……来たぞ……」


「これはどうも。本当に気に入ってらしたのですね。ありがたい限りです」


 ボロボロの服で、ルトナはイザニの奴隷商店に訪れた。


 一日三体グルオーク級の魔物を倒す作業は流石に手間がかかった。一体倒すのに半日かかるわけで、いろいろと時間が足りない。疲れもあって、たまにヒヤヒヤする場面もあった。魔力に限界が来た場合は、肉弾戦でなんとかした。かなり苦しい日々だった。


「では契約を致します。契約は魔法ですので、逆らわれることはあまり心配しなくていいですよ。もっとも、すべての命令に絶対服従というわけではありません。主人を直接は殺せない、くらいでしょうか。注意点などすぐに説明いたしますので、とりあえず少しお待ち下さい」


 イザニは機嫌がよさそうに部屋から出ていった。書類か魔法の道具かなにかを取りに行くのだろう。

 機嫌を見るに、一人と一匹は、よほど売れ残っていたらしい。



 奴隷と手をつなぎながら、帰り道をルトナは歩いた。

 外は暗い。星々が二人と一体を照らしはじめている。


「おー、星が綺麗だなあ」


 満天の星は何度見てもいいものだ。ルトナは心からそう思った。

 元奴隷の一人と一体は、無言でついてきている。


 彼女の首には重そうな首輪が嵌っていて、その身分を示している。

 取ってやりたい気分でもあったが、変に似合っているし、身分証明のためのものなので外では外すべきではないそうだ。


 竜はハーネスで繋いであり、口が開かないように固定されている。この二つが街中をこの竜と歩く条件らしい。


 契約は、イザニの仲介によって執り行われた。一人イザニの手伝いが同席して、彼女が魔力の補助を行っていた。またメイド服のようなものを着た10歳くらいの女の子であり、イザニの趣味は少し疑わしい。

 言われるままに、ルトナが契約書に親指を押し付け、奴隷の少女も契約書に親指を押し付けた。すると、奴隷の少女が付けている首輪に光が灯って、それで契約は終了とのことだった。

 竜については、何か奴隷家畜のような立場があるわけではなく、ただの家畜のようで、普通に買った。



 宿に帰宅した。もうだいぶ遅い時間になっており、日は沈んでから少し経っている。

 料理周りは二人いるお手伝いに任せているのか、受付にいたピコが、奴隷の少女を見るなりカウンターから出てきて頭を撫でた。


「かわっ可愛い~~~!!!」


「私の奴隷です。触らないで下さい」


「堅いこと言わないで下さい。この子はうちの子にしますので!!」


「本気でやめて下さい。人の二週間の苦労を何だと思ってるんだ」


 奴隷を抱きとめてピコから離すと、ピコは「うあーん」と声をあげて手を伸ばした。そういう小芝居をしているようだ。

 話を修正する。


「それで、この宿って竜は……走竜は泊まれますか?」


「竜? 竜も買ったんですね。いいですね。脚は大切。……そうね。基本はうまやに入れてもらってます。ただ長くはいさせられないかな。馬が怯えるの。知り合いの竜舎を紹介しますね」


「ありがとうございます」


 ピコはお手伝いさんを呼び、竜を厩に連れて行くよう指示した。まだ懐いていないはずのペットがケガをさせては困ると自分でやろうとしたのだが、慣れているこちらに任せてくださいとの一点張りだ。


 わがままを聞いてもらった件といい、口調や外見と違ってピコはずいぶんと姉御肌のようで、少しずつ頭が上がらなくなっていくのを感じる。

 何度も思うことだが、借りばかりが無限に増えていく感じだ。


(あるいは、どんな仕事を始める時もこんなもんなのかもしれないな)


 前の世界でも、事業を始めるときは銀行に頭を下げて大量のお金を貸してもらうのが基本だったはず。ルトナはなんとなくで現代社会の授業を思い出した。それに、銀行からお金を借りた上でも、ろくに実績のないはじめのうちは、知り合いから仕事をもらうしかないだろう。

 それに比べれば、冒険者を始める時に、ちょっとした借りが否応なしに積み重なっていくのは理解できた。


(返済が怖ぇ)


 ところで、奴隷の方からのリアクションが何もない。うつむくばかりだ。気になるのは、無表情というより、覚悟が決まったというような表情をしている。

 感情がないわけではないし、喋れないわけでもない。イザニに契約を仲介してもらった際、イザニには話していた。お世話になりましたと、お礼まで言っていたのだ。

 なのに、ルトナに彼女から話しかける素振りはなかった。


(……まあ、何されるかわかんないしな)


 当たり前といえば当たり前なのかもしれない。ルトナは、ルトナより頭一つか二つ低い身長まで目線を下げて、


「とりあえず、風呂でも入る?」


「……はい。ご主人様」



 この宿の風呂は、時間の予約をして入る大浴場だ。

 予約で独占できるとはいえ、しばらく風呂に入っていないらしい少女の後に誰かを入れるわけにも行かない。ピコと相談し、遅めの時間に入り、入った後は湯を入れ替えるようにしてもらった。


 湯は、魔法の道具で出るらしい。もっともタダではなく、それなりにしっかりした設備なのだとか。

 やけに客に女性が多い(半分くらい)と思ったが、この風呂のためなのかなと初日あたりにぼんやり思った。


 もそもそとタオルと石鹸を使って奴隷の少女が体を洗っている。タオルが垢で酷いことになっている。

 シャンプーのたぐいはなく、女性は石鹸で髪を洗った後油を塗り込むらしい。これはミルから聞いた。


「洗ってやる」


 やけにもたもたとしていたので、手伝おうとした。

 いやらしい気持ちがないではないが、流石にこんな状況の、こんな年下に、この状況で手を出すような人間ではない。


「……お願い致します」


 一瞬奴隷の少女がビクッとして、受け入れる言葉を放つ。

 よし、と答えて、体を丹念に洗っていった。

 男だった頃はともかく、今は女なのだから問題はないのだ。



 自室で、髪に香油を塗り込んで、しっとりとさせて、丁寧にタオルでなじませていく。

 今、昼まで主人を持たない奴隷だった少女の全身から、ほかほかした湯気が立っている。


 服は、ピコに貰った。簡素なパジャマ……というかゆったりしたガウンで、彼女の子供のお古らしい。ガオーと口を開いているかわいらしい龍の刺繍が飾りとしてされている。

 子供。そう、経産婦、出産済みなのである。ピコは経産婦らしい。あんなに若々しい経産婦がいるのか。どこか恐ろしいものがあった。


「おっし。見違えるくらい美人になったよ」


 自分で言っててその通りだと思った。

 改めて奴隷の少女をよく観察する。


 金色の瞳は黒目がちで大きく、染み付いた悲壮な表情もあって、尋常じゃないほどに引力がある。顔の形は整っているし、おそらくもっと成長したら恐ろしいほどに美しくなるはずだ。

 体は子供らしく起伏はないし、最低限の食事であったのだろう、痩せているが、ちょっとずつ育ち始めているようにも感じる。

 ケア用の薬品を塗り込んだ黒髪は艶を放っていて、ほかほかの湯上がりであることも合わさって、いっそ毒々しいほどに色気がある。

 それが子供用のふわふわの寝間着を着ていて、同時に自分の奴隷なわけである。


(ロリコンになりそうだ、俺)


 ぎゅっと抱きしめたら、めちゃくちゃ柔らかい。相手がびくっと体を震わせたが、抵抗もされない。何か犯罪でもやっている気分だ。いったん離して、距離を取った。


「んじゃ、次は……」


「次は」


「飯。ご飯だご飯」


 ぎゅっと胸の前で腕を握り合わせた少女の、手を取り、廊下に出た。

 美味いものを食わせてやりたかった。



 食堂に行き、食事を頼む。この宿では、毎日二つのメニューから食事を選ぶようになっている。

 今日は豚の腸詰めがメインのスープと、魔物の魚の煮付けが食べられるようだ。


「私はスープかな。君は?」


「……あの、やっぱりご主人様と同じ席には座れません。失礼なマネをするなと、イザヤにも言いつけられております」


 昔のご主人様を呼び捨て!? とルトナは一瞬驚いたが、奴隷は購入元の奴隷商人をそう呼ぶものなのだと受け取った。

 あるいは、もともと、奴隷商はただの仲介人であってご主人様ではなく、敬意を払う対象ではないのかもしれない。


 まずこの食事場所に来て、彼女がやったことは床に座る事だった。

 そのことについてはルトナがよく親しんでいる小説でよくある場面だったため、戸惑わず命令して机に座らせるようにしたわけだが、奴隷の少女はすさまじい抵抗を示した。ご主人様命令だと二回言わなければ従わなかった。


(でも、ここはこうするよな。多分ここまで抵抗するってことは、相当常識はずれなんだろうけど。こんな可愛い女の子床に座らせて自分だけ飯はねえよ。んな感覚持てん、転生小説の主人公もそうだったけど、俺も)


「食事は……食事もです。ありがたく頂戴したいとも思うのですが、……ご主人様と同じ食事なんて」


「違う食事にすればいいんじゃない? 魚も美味そう。分けっこする?」


「そういう意味では……うう……」



 食事はやはり美味しかった。お手伝いさんの腕がいいらしいが、ピコが作ったらしい食事も全く不足なく美味かった。

 何もかもに不満がない。いい宿なのだ。


「そちらの奴隷のお客様ですが」


 トイレに行きたいという奴隷に退席を許した隙に、給仕のお手伝いさんが、歩み寄って小声で話しかけてくる。


「ん?」


「明日からはもう一人分の宿泊料を頂きます。部屋は同じなので、二倍ということはありませんが」


「あ、ああ。なるほどな……」


 値段を聞くと、ルトナ一人の宿泊料の二分の一くらい余分にかかることになる。

 これが狙いだったわけだ。結構しっかりしているなとルトナは思った。伊達に女主人をやっているわけではないらしい。


 少し思うところがないではないが、逆に考えれば今日のぶんは奢りだというわけだ。商人に対して金を払わないようにするのは間違っている。文句をいうより、今やってもらったことに感謝をするべきだ。


「金を取るのは明日からってこと、ありがとうって伝えてほしい」


「……はい、伝えておきます」



 自室に戻って、用を足して、前世の頃と形だけしか似ていない大雑把な歯ブラシで歯を磨いて、寝る準備は整った。


 しっかり摂らなければいけない食事と違って、睡眠に関しては、エルフはあまり必要としないようで、あまり眠くはない。眠くはないが、やはりふかふかのベッドでの睡眠は極上の快楽だ。体が求めている。


「んじゃ、寝るか」


「……は、はいっ」


「……?」


 マジで何なのだろうと不思議に思う。なんか、話しかけるたびに緊張されている気がする。

 ベッドに座って、今日の出来事を回想した。


「あの。このご待遇は、明日からも続くのですか。今日だけ、でございましょうか」


 奴隷の女の子が、はじめて彼女から話しかけてきた。

 仰々しい敬語で、普通にですますでいいのにと思ったが、どう異世界語が「翻訳」されているかわからないし、突っ込んでも仕方ないとは思う。


「もちろんずっとだ」


「そう、ですか……」


 目を伏せる。よく見ると、奴隷の少女の顔はみるみる真っ赤になっていった。

 あと、エルフの聴覚が、とっとっとっという音を拾った。疑問に思ってルトナが耳に感覚を集中すると、ドキドキドキドキと暴れ馬みたいな音がした。目の前の少女の心臓からだ。


(……? 眠いのに無理に起きててドキドキしてるとかかな。顔が赤いのは……寝る前で体温高いとか?)


 のんきなことを考えているルトナが、次の瞬間驚愕した。


「って、何、それは」


「手厚い待遇に、私は心より感謝しております。覚悟は既に決まりました。どうか、貴方の奴隷であるわたくしに、ご主人様のお情けを下さいませ」


 ガウンをつまんでカーテシー(裾をつまみ上げて礼をするアレ)したように見えたが、少々持ち上げ方が高すぎる。

 顔は真っ赤で、恥ずかしさからか顔をそらしつつも、上目遣いでこちらを見つめている。

 下着が、見えていた。

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