6-2、いろんな意味で冒険者生活のはじまり2
「ああ~? なんだ? 火事か? ここまで縛ったら問題なく運べるし、いったん場所移すか? おいガリゴ、ちょっと様子を見てこい」
足の拘束は燃える指先でなぞるようにして解いた。
「いや、その必要はねえよ。ここにいろよ」
どこかに行こうとしたガリゴ――腰巾着Bを、ルトナは言葉で制止した。
「……あ? お前、拘束は」
そして、左手で口枷を取りながら、あっけに取られるヤグルの首を右手で掴み、全力の回し蹴りで脚を蹴り、壁に向けて吹き飛ばした。
反応できない腰巾着二人を打破するのは簡単だった。
あとは、どうけりをつけるかの話で。
腰巾着Aの髪の毛を引っ張りながら、尋問してみる。
「いくら払って治して貰ったんだ、骨折は?」
「はあ? 誰が治療所なんざ行くか。ヤグルさんに、んな金ねえよ。ガリゴだよ! ガリゴの魔法、あがああああああああ!!」
今のはルトナがルトナなりの頭を使って作ったカマかけだった。普通の人間は骨が折れて数時間経ったあと平気で歩けるわけがない。だから、魔法があるということは確定。
では、次のカマかけだ。
腰巾着Bの魔力量は平均だ。そんな人間が、高度な技術を持つとは思えないが、一応。
「なんでも治せるんだな、ガリゴは。スゲエよ。ねえ、一つ取引しない? 腰巾着A」
「腰巾着エーってなんだよ、俺のことかよ。って痛い! 痛い痛い痛い! やめて、やめてください!!!」
「あのね、私、実は足の指が一本ないの。戦いで。ガリゴの魔法で治させてくれない? そしたら、見逃してあげるから」 大嘘だ。エルフになってから数えていないため、可能性はあるが。
「はあ? んなことできるわけねーだろ。司教に家が立つ金で頼むようなこと言いやがる。なあ、めちゃくちゃ言わねえで、頼むよ、助けてくれよ」
……殺すことだけはどうしても無理だった。
そんなことは、ルトナが求めていた輝かしい冒険ではない。
そういうわけで、ヤグルに対しては両足を、腰巾着に対しては片足を、魔力の炎で炭にした。
全てぺらぺらと喋ってくれて助かった。
「痛あああああああああああああ! 痛ェええええええええええええあああああああああああ!!!」
「脚が!!! 脚が!!!!!」
「なんて、ことしやがる、テメエええあ!!!」
三者三様の叫び声が響く。流石に欠片も同情心がわかなかった。
頑張ってこれから先の人生を義足で生きていってほしい。強いエールを心のなかで贈った。
「好きなだけ叫べよ。なにせこの部屋は防音が完璧なんだろ」
☆
まだ夜は暗い。ルトナは簡易宿泊室に戻ってきた。
「派手にやったな。どこに捨てた?」
キリエラの声だ。まるで、さっきの騒動の中もずっといたかのように話す。
「逃げたんじゃなかったのか」
「逃げられるわけがない。私は扉の向こうの気配なんて読めないからな。そして、同じ部屋からさようならは専用の技術か魔法の補助がないと無理だ。気配を消して縮こまっていた」
「……迷惑かけたみたいだな」
思うところはいろいろあった。なぜ助けてくれなかったのかとか。
でも、キリエラの今回の被害は「迷惑」以外の言葉では一切説明ができない。
「本当に迷惑だ。だが、無事だったのなら何よりだよ。で、どこに捨てたんだって聞いてる」
「どっかの路地裏だよ」
ボロ雑巾のようになった三人が仲良く眠っているはずだ。最悪永眠かもしれない。もうどうでもよかった。
「ああ。ここの目の前じゃないわけだな。ならいい。ちょっとは頭が回るようだな」
皮肉を言われたが、ルトナは甘んじて受けた。今回ばかりはある程度は言われても仕方がない。
暗い部屋が無音に戻った。ルトナはただただ疲れ果てた。魔力大龍とやりあったあとと比べられるものではないが。
キリエラはまだ起きている。魔力がゆらめいていることから、なんとなくわかった。
ルトナは自分で自分の肩を抱いた。
心細かった。初戦闘後とはまた違った。思い出したくなかった。かちかちと体が震えた。
一歩間違えていれば、男なのに男にやられていたのだ。どんな悪夢だ、それは。想像するだけで吐き気がした。本当に吐きそうになるのだ。
戦って、勝った、はずだ。でも、それは思ってた輝かしい戦闘とは全然違っていて。
ずいぶんと酷いことをしてしまった気がする。けれど……犯されかけた相手にそんなことを考えてしまう自分が、どうしようもなくて。ヤバかった、だから殺した、なぜそれで済ますことができないのか。
本当は犯されたかったんじゃないのか。ガツガツと、エロい漫画みたいに。だから自分の報復を後悔しているんじゃないのか。そんな思考まで飛び出して、ルトナは頭をかきむしった。
(ミルに貰ったサンドイッチ……吐きたくねえ……)
人の声が恋しい。
そのため、キリエラに、気になったことを質問をすることにした。
「なんで、あんなのが放置されているんだ? 受付の前で堂々と……」
答えが返ってくるかはわからなかったが、そっけなく見えるキリエラも、無視をする気はないらしい。
「そりゃ、冒険者を目指す女を弾くのにちょうどいいからだよ」
「いや、……ハジくって。じゃあなんだ、この辺だとアイツが女冒険者新人試験の面接官なのかよ。全員アレを倒して、それで一人前なのか。どんなんだ、それは」
「なわけないだろ。お前が変なことして火傷しただけだ」
キリエラは鼻で笑った。
「私の知り合いの子は、普通にあれと友達になって済ませたよ。ヤグルは可哀想になあ。ちょっとコナかけただけのつもりの女の子にボコボコにされて、リベンジに来たら魔法で焼かれて不具だ。冒険にはそうそう簡単には出られない。治療費貯めないとな。そして、ボサッとして年月が過ぎれば、聖女ミシェルカでもアレを治すことはできなくなる」
「……いや、友達とか普通に無理だろ」
「できるんだよ。やらないだけだ。お前それ、お前にできないことを無理っていうのはやめろ。その態度が許されるのは役人だけ。そのうち死ぬぞ。世界は無理と理不尽で溢れている」
「……」
沈黙がふたたび部屋を包む。
だんだんと、ルトナは腹が立ってきた。
キリエラの冷笑的な態度もそうだし、あんなものが許されてるこのギルドにもだ。
「口ぶりだと常習犯なんだよね。対処するべきだったんだ。ギルドは。ちょうどいいも何もないだろ。取り締まるべき、だった、って、……まさか、ひょっとしてもう黙認レベルなのか、アレの受け入れられ方は」
「当たり。冴えてるな」
キリエラは、今度は乾いた笑いを浮かべた。
「字面どおり、ちょうどいいんだよ。あの程度、対処できなきゃどっちみちいつか終わる。さっきはご愁傷様だったな。治療所の神官調べだと、強姦被害者の心的外傷症の発症率は七割だ。十人強姦されたら七人が、程度の差はあれ暗闇に怯える。痛ましい数字だな。同情するし、できる限り力になりたいよ。でも、冷静に考えればわかるはずだ……人間の男にトラウマを植え付けられるような七割のザコは冒険者にいらない」
「メチャクチャを……」
ルトナは怒りでぞくっと震えた。
彼女が言うことは、それはそれでその通りなのだろう。アコルテが登録の際にしてくれた説明によると、冒険者は連れ立って魔物を狩りにいくことが多いそうだ。そんな中で、素人の男に怯える人間がどうして魔物と戦えようか。
「奴は冒険者としてもそれなりで、中級の魔物ともやれる。それも合わせて、そういう感じでお目こぼしをもらって、新人にちょっかいをかけてまわってたってわけだ。職員にも冒険者にも味方はいないだろうからそこは安心しとけ」
でも、それをはっきりと言ってどうなる?
キリエラにも本気で言ってるつもりはないのだろうが、ルトナの心には反感ばかりが積もっていく。
「さっき。何かしてくれたって構わなかったんだけど? それとも、君こそ怖くて何もできなかったとか?」
自然、煽るような口調になった。
こっちが「温まって」いるのは向こうにも伝わっているはずだ。
大きな口を叩けるくらい冒険者として生きているのなら、年齢は大人だろう。大人なら、自分が悪くて相手が怒ってる時、鉾を収めることを知っているだろう。そうやって、この不毛な話し合いに区切りがつけばいい。
ところが、彼女が見せた反応は真逆だった。冷笑のような声を漏らして、言葉を続ける。
「一応、何もしないつもりもなかったよ」
そう言って手元から何かを取り出す。暗いが、包み紙のように見える。小さくて、何を包んでいるのかよく見えない。
「なんだよ、それ」
「避妊薬だよ。性交渉後10時間以内に飲めばほぼ問題ない。少し値は張るが……同僚だからな、もしお前が見逃されるようなら、このくらい分けて、」
もう我慢は無理だった。
「ふざけんな、お前!」
続けたはずのいい加減にしろよ、という言葉は激昂でぐちゃぐちゃになって、しろよ、まではっきりと発音できなかった。ルトナは全力で掴みかかる。
キリエラがこの速度に反応できるはずがなかった。強い冒険者にはとても見えない。言動もクソ野郎だ。
「てめえで! 飲んでろよ! 俺が今から妊娠させ、やッ!?」
けれど、キリエラは体捌きで、ルトナのタックルにもなってないタックルを綺麗にかわして、ねじ伏せた。何かの技術だ。武術なのかもしれないし、鮮やかだったから踊りか何かの芸の技術なのかもしれない。なら力ずくで持ち上げてやろうとも思ったが、両腕を綺麗にねじ上げられていて、力を入れようにも力を入れれば入れるほど痛いので、全く動けない。
ルトナは女が出すみたいな可愛らしい悲鳴を出してねじ伏せられた。
でも、なんとかしなくてはならない、こいつは、女でありながら女の敵だ。
全身で体重を載せられていて、密着している。キリエラの髪は暗めの青色で、少し長めな髪を、なにかでまとめてあるようだ。見える耳の形が綺麗だった。
首筋からは軽い汗の匂いと、何かの嗅いだことのない花の匂いがした。汗については諦めつつも、一応何かをつけているといったところか。
(縄と同じように焼くわけにはいかねえな。だが、このままやりこめられるくらいなら……!)
しばらくためらううちに、言葉が返ってきた。
「お前だって『もう大丈夫だ』って言っただろう」
意味がわからなくて、戸惑う。
「……は?」
「お前が大丈夫だって、あいつらをちゃんと対処したって言ったから、私はここに残った。お前はそうやって私を不要なリスクに落とし込んだんだ。巻き込まれたーって思ったんだぞさっきは。というか、お前があいつらとグルである可能性すら疑った。むしろこれは私への借りじゃないのか。何か違いがあるなら言ってみろ」
「……いや、それは……」
キリエラの言葉で、ぐちゃぐちゃに煮えたぎっていた頭が、完全に冷えた。
何を被害者面をしていたのか。目の前のこの女性も、標的でないことなんてありえない。
キリエラは、力はあるが素人のルトナに余裕で対処できても、ルトナより力は劣るが冒険者としては熟練していると思われるヤグルに余裕で対処できるのか? もしルトナが魔法を持っていなかったら、一体どうなっていた?
彼女のドライなスタンスがどこまでこの世界の常識に沿っているのかは不明だ。ちょっとドライ過ぎるような気もする。けど、
(問題を持ち込んだ側がそれを言うのか……って感じだよな、これ……)
むろん無理もないことではあった。男にやられる寸前になる経験なんて、想像の範囲から完全に超えている。
「……そうだな。……ホントに、ごめん。簡単な、もんでいいなら、今度返す」
「ん」
一言一句言葉を選びながら、自分自身の感情にけじめを付けていく。キリエラは何も気にしたふうではなく、さらりと締めを解いた。ルトナの全身から、キリエラの柔らかい感触がなくなった。
(……やっちまった)
ルトナはため息を付いた。
多分、諭してくれていたんだ、もっと身の回りに気をつけろ、と。このことに遅れて気づいた。本来はしっかり詫びを入れなければいけないところも、簡単な借りで済ませてくれた。
借り、借り、借り。
借りばかりが増えていく。もっともこの貸し手は、なんとも思っていなさそうではあるけれども。借りといえば、アコルテさんも終業の時間を超えて付き合わせてしまっている。こっちの世界に残業代という制度はあるのだろうか。
明日からの冒険者生活で、一つ一つ返していけるといいが。
どうしようもないシステムは存在する。
変えられないものはいい。太陽が明日は登らないようにならないかなとか、そういうことは考えない。
けれど、一見変えられそうなのに、変えられないシステムというのは面倒くさいものだ。
どうやらその一つとして、この世界の冒険者界隈では、女はけっこう追いやられた立場らしい。彼女やギルドが、こういった考えをアリだと思っているのはそういうことだ。
どう考えても間違っている。キリエラのように、当事者たちさえ最悪だと思っている。でも、変えるのは難しいはずだと思う。既に女であるルトナでさえ、「女の子は守るべきもの」という考えが消えないし、ルトナが男だった頃、こういうコンテンツで欲情していた。
ただ、意味は薄くても、あるいはもっと酷くて何もできなくても、何かをしたいと思うのなら、
(何かをする権利はある。はずだ。きっと)
何をすればいいかもわからないが、
(……何か、してやるさ。人の気持ちのいい大冒険の初日を、クソみたいにしやがって)
ソファーはゴツゴツしていて寝にくかった。
☆
ルトナの冒険者生活が始まった。
初日の翌日は階段を降りて、二日目以降は朝早くに宿屋を出て、依頼のボードを確認しに行く。
宿屋はギルドで会ったミルに紹介してもらった。ミルとは違う宿であって、その点は残念だったが、快適な宿だった。
ともかく依頼の話であるが、ルトナは受ける依頼に困らなかった。
というのも、ルトナは既に強力な冒険者である。熟練の冒険者が何人かでパーティを組んで討伐する強力な魔物を、ルトナは一人で魔法を連射してるだけで倒せる。
また強力な魔物を相手にする討伐依頼は、危険が大きいため、受ける人数も必然減る。冒険者という供給が少なければ需要が満たされず、依頼の報酬はかなり高い。
二つの要素が合わさると、経験不足もあって戸惑いながらのもので、簡単に大金持ちになれる儲けではないが、しっかり依頼をこなしていけば生活の心配は全くない。まとまった金はいつになるかわからないが、必要となるのもいつになるかわからない以上、心配の必要はないだろう。
異世界に来て数日目の夜、ルトナはふかふかのベッドの布団にくるまって寝た。