5、アナザーワンプレイドフォーユー・スターリースタートエルフズライフ
果てしない透明な青白色が広がる神の領域。
その神の領域には、一人ぼっちの神がいる。
けれど、ある日そこに二人目が現れた。
訪れた、来訪者だ。
滅多にないことであるが、おかしなことではない。
なぜなら、呼んだのは神様本人であるから。
「おはよう、はじめまして」
「? ……ここは?」
「異世界の神の領域」
「……ってことは貴方が?」
「神様」
「……ふむふむなるほど?」
訪れた女性の影。
彼女の名前は鷺坂 恋。
異世界からの転生者。
「一人目」の。
☆
話をすると、わりとすんなり女性は現状を受け入れた。
「ふむふむなるほど。つまり私は世界を救うことになる。そんな感じの理解であってる?」
「合ってる」
「っしゃあああ! いえす! いえっす!! 来た! ついに世界が私に追いついたな!!」
女性は全身で喜びを表明する。
姿は、彼女が死んだ時のままだ。
着古した汚いジャージで、頭にヘアバンドで冷却シートを固定している。
綺麗にすれば綺麗な女性なのかもしれない気がするのだが、
多分この様子だと風呂さえろくに入っていない。
「毎日のネトゲ生活がついに報われたって感じ? この日のためにこれまでネトゲをやってきたって感じ? やばいなー。やばいわー。私勝ったって感じ? うーん。百点!!!」
女性はびしっとポーズを決めて、神に向かってウインクをした。
(ノリが少し痛い……)「よ、喜んでもらえて良かったよ」
神は困惑しながら応じる。
たとえ不眠不休で電子ゲーム遊びをやり続けた結果脳卒中でぽっくり死んだ女性であろうと、招聘して来ていただいたお客様だ。これから面倒を押し付ける相手でもある。丁重に接しなければ。
「それで……やっぱりその世界は、最後幻想14の世界か、それに準ずる世界なんだよね?」
「え?」
「へ?」
☆
会話したところ、彼女は熱心に、とある「えむえむおーげえむ」の世界に入り浸っていたらしい。
そして、その世界への転生でないなら、興味もないという。
つまるところ、一人目の候補者は、転生拒否。
「そ、そんな。でも、魔法もあるよ? 剣と魔法の世界だよ?」
慌てて食い下がる神に対して、女性は申し訳無さそうな顔をした。
「うーん。ごめん。やっぱり、最後幻想14以外に興味持てないから。……代わりいるんでしょ? そっちを当たって」
「な、なら、」
神は食い下がる。なにせ彼女がこの世界を最も救う可能性が高いということになっている。救世主候補に代わりがいるとはいっても、彼女一人の代わりはいない。
「この世界の科学を一人で千年進めて、ネトゲエを開発すればいいじゃん!!」
「……え、それいいの? まじで?」
正直やめて欲しい条件を切り札として切ってまで追いすがる神。
けれどやっぱり、一瞬悩む素振りを見せたが、彼女は拒否する。
「ごめんなさい。……やっぱり、私はいいや。……私は、あの世界だけでなくて、あの世界に関わる人達が好きだった。それが欠けてるネットゲームをわざわざ開発しようとは……思えない」
「……そ、そっか……そっか……」
元より無理なお願いをする立場だ。
神は引き下がった。
(仕方がないことだ。……こういうこともあるのか)
神は自分で納得した。
理屈が完全に把握できているわけではないが、
魔力の存在しない世界で脳が焼かれたような精神を所持した者がこっちの世界に来ると、
脳が焼けないまま(=人格がずっと(あんまり)変化しないまま)脳が焼けている状態と同じくらいのペースで魔力が伸びる。
それが、神が最優先とした、この世界を救う英雄の素質だった。
だから、こういう事態があるのだと、学習できたと思うしかない。
「まあ、二度死ぬのは確かに怖いけどさ? ネトゲーでデスルーラとか何千万回とやってるし、それと大して変わんないよ! 全然! うんうん」
「あ……」
女性の言葉に、神は絶句した。
そうだ。
そういうことだ。
わざわざここに呼び出して、けれど転生は拒否させてしまう。
それは……即ち。
神が二度目、この女性を殺すということにほかならない。
「ご、ごめん。ごめんなさい。全然気付かなかった。どうしよう私。……すごく、自分勝手なことを、やってるのかも……」
「え、気づいてなかったの!? え、いや、……いやいや全然大丈夫! ヨユーヨユー! むしろさあ、最後にこんな体験が出来て良かった! みたいな? だいたいすぐ死ぬんなら臨死体験と変わんないし……うむうむ、川より花畑より、転生させてくれる話のほうがよっぽど私らしい臨死体験だよぉ」
「リンシタイケン……?」
「人が死の間際に見る夢のこと! 河原でいつまでも石積んだりね。ねえねえ、それよりさあ、この世界に何が起きてるのか教えてよ。最後に謎解きゲームだけして帰るから」
鷺坂恋はこの世界の情報について知りたがった。
だから、知ってる限りのことを教えた。
すると目つきが鋭くなり、ひどく冷静な表情になる。
データ上では、頭も良いし、運動もまあできるということになっている。容姿の客観的評価は無理だが、別に変な顔じゃないはずだ。
すると、痛い態度はなんらかの彼女なりの人間関係における手段なのかもしれない。
その彼女が、黙考した後、呟く。
「……………………………………教会。いつからか貢物が来なくなったって?」
「え? うん。……!!! 何かわかったの!?!? 教えて!?!?!?!?」
「…………や、わかんないや。ごめんね」
「そっか……」
☆
そして、鷺坂は「ごめんね、何もわからなかった。もういいよ」といって、会話を切り上げる。
「じゃあ、私そろそろ行くから。送ってよ。そういう感じなんでしょ?」
「うん……今回は本当にごめん」
「謝らないでよ。面白かったよ! これほんと! マジのマジ! 祈ってるからさ。いろんなことがうまくいくように。こっちの死後の世界でさっ」
「あ……そっちの世界に死後の世界は」
「ちょいちょいちょいちょいちょいちょい!?!? やめて!?!? 私これからどうなるかとか聞きたくないよ!?」
「あるかどうかはわからない、って続けるつもりだったんだ。安心して。違う世界のことは知らない。神様がいるかどうかすらわからないんだ」
「あ、そうだったんだ。ごめん……あ、そうだ、ハンカチ持ってる? また一人になるんでしょ?」
「ハンカチ?」
「……いやごめん。軽いジョーク」
「? そう?」
そんな会話をして、
「ばいばい、神様」
「ばいばい……」
あっけなく、鷺坂恋は二度目の死を迎え、元の世界に戻った。
(……どうすればいいんだろう。私は)
神は、思い悩む。
思い悩んでも、相談に乗ってくれる人はいないが、だからこそ思い悩むしか無い。
(……次の人が……受けてくれるといいけれど……もしだめだったら……私はどんなつらをして謝ればいい?)
☆
☆
二度目の死、薄れゆく意識の中で考える。
なんとなく問題の見当はついた気がする。
まあ、直接降りてみないとわからないけどさ。
だけど、転生もしない自分が、次の人の仕事を取るのはまずいかなと思った。
思ったから、言わないでおいた。
次のやつがなんとかするだろう多分。そこまで難しい問題じゃない。
そしてあの一人ぼっちの神様のことも、なんとかするだろう。
さて、意識は転生についての話に戻る。
(あーあ……ぬか喜びだったかぁ……)
可哀想になるので本人には言えないが。
実は、転生者だと言われた時、すごくすごく嬉しかった。
ずっと昔から幻想の世界のことが好きだった。
イタいキャラを作って誘いを避けて、
虐められそうになったらボスと話をつけて対処して、
社会人になってから小遣い作って投資を当てて、ずっとネトゲーをしてられる状況を作った。
全てはネトゲーの中、ネトゲーで作った仲間とともに、世界の果てまで冒険するため。
いろいろな事情とかくるしい状況とかもあったけど、画面の中の無限の世界を旅することさえできれば、幸せだった。
VRとかあるし、いつかこの中に入るのだと、本気で思っていた。
……ままならないものだ。
欲しいと思ったものはいつも偽物。
物欲センサーというやつか?
だから、祈る。
祈るしか無い。
消えゆく意識の中で、
顔も知らない二人目の、
自分のそっくりさんに向けて。
自分は無理だったけれど。
自分に似たその人に、大切なものが見つかればいい。
そして、それでいいんだって思う。
……だから、どうか、次の人が。
この世界で大切なものを見つけられますように。
この世界で大切なものを守れますように。
死んでも恋い焦がれるような大切なもののために、戦える日が来ますように。
たとえ一度死んでしまっても、死んでしまったその後のこの世界で、大切なものと一緒にいられますように。
そう祈った。
☆
☆
☆
☆
「うう……痛ててて……」
ここは、夜の魔族大陸のある海辺。
砂浜である。
今にも降ってきそうなほどの量の星の中、そこに乗り付けた木のカヌーが一つあった。
そのカヌーから這いずるようにして出てくる影が一つと、軽やかに魔族大陸の地を踏む影が二つ。
「くそー、腕がぱんぱんだよ。エルフに筋肉痛って概念があるとは思わないじゃん……」
「ご主人様の意識に引きずられて、そういうふうに感じるだけなのでは?」
「さっきから自己暗示してるけど消えない」
「お揉みいたしましょうか? 旦那様」
「うーん。うん、それはいいや。大丈夫」
ルトナ・ステファニエと、
ユノ・ステファニエと、
アコルテ・ローズマだ。
ルトナは非常に疲弊している。原始的なな木のカヌーとオールを使って約一ヶ月間、大陸間の海を渡ったからだ。
アコルテの風属性魔法による補助等もあったし、休みを取る時は代わりに二人に漕いで貰ったが、やはり妻と奴隷に肉体労働を全て押し付けるわけには行かなかった。
海の上ではルトナの魔法能力は半減する。ユノのドラゴンインストールは、海上に現れる魔物との戦いのため、温存しなければならなかったというのもある。
アコルテのめちゃくちゃな容量のアイテムバッグのおかげで、水と食料には困らなかったのが幸いだった。
釣りをすれば、魚だって釣れた。
ルトナの火魔法で火を起こして調理すれば、充分なごちそうになる。
とりあえず、うっとうしいのでリボンで後ろにまとめた髪型は、気に入ったからそのままにしておこう。
「それじゃあ……この先であってる? アコ」
「ええ。合ってます。星で方角を見た限りはですが」
「よし。じゃあ行こう、チェリネが用意した隠れ家に」
☆
大陸において、エルフという集団は突如変貌した。
人族全てを飲み尽くさんとする集団となり、バルトレイほか、王国の全ての都市はたった一人のエルフのために壊滅したし、海に出る途中で通りがかった帝国もめっちゃくちゃになっていたし、大陸のほぼすべての領土の人族がとんでもない数殺傷された。
そして、ご丁寧にルトナ達には刺客が差し向けられた。
いまいち相手方の意図はわからないが、黙って殺されることだけはあってはならない。
ルトナ達は応戦した。
――けれど正直、敗北しかけた。
ルトナは大切なものを守れなくなりそうで、ユノは半死半生になりかけ、魔力の切れたアコルテが満を持してトドメを刺されそうになった瞬間……
「よう、“名無しのエルフ”。借りを返しに来ましたよ。この私がな!!!」
そこに魔法使いのローブを翻し助けに来た影があった。
「“白磁人形”……!! いや、……戦術個体にも満たんただの一冒険者が出しゃばるな! お前一人などどうとでもなる!!」
相手方の一人が、その二つ名を呼んだ。
たった今白磁人形と呼ばれた救いの手は、チェリネだった。
☆
「凄かったよな、アコ。チェリネの戦いっぷり。いや、私さ、正直ちょっと舐めてたんだ。先輩だから敬意を払うってだけで、実際のところはまあ殺し合えば余裕で勝てるかなって。……でも……やっぱ十年冒険者やってると違うな!」
チェリネは的確に敵のエルフ約十人の戦術を崩し、連携を崩壊させた。
それは極めて古強者的というか、いぶし銀の立ち回りで。
逆転勝利! とはいかなかったものの、こっちの三人が三人共なんとかこうして逃げ延びてこれている。
敵チームの唯一の弓兵は殺せたし、アコルテが死体を捏造する時間も取れた。「今度は、皆で一緒に逃げることができた」。
その上、魔族大陸に隠れ家を所持しているというのだからたまらない。
魔族領域において、向こうがこちらの力を頼りにしているという前提はあれ、助けてもらった大恩人以外の何だというのか。
そのことを、ルトナは目を輝かせながら語る。
だが、アコルテは苦笑した。
アコルテはルトナよりチェリネよりも対人(?)の戦い(?)の経験値が多い。
だから、わかる。
チェリネはかなりいっぱいいっぱいだった。アコルテには膝が震えているようにも見えた。
それでも、いっぱいいっぱいで、それでも後輩の前で意地を見せるため、いくつもの無茶を通した結果、いろいろなことが上手く行ったというわけだ。
まあ、そのことはアコルテが口に出して言うことではない。
「そうですね。直接伝えてあげて下さい、旦那様」
こう言うにとどめた。
「さて、とりあえず生活を落ち着けて、一刻も早くエルフを探しに行きたいところだ」
カヌーをすばやく影に隠れて焼却して、三人は歩き出す。
「そうですね。お付き合いしますよ、ご主人様」
「私もご一緒します。旦那様」
アコルテとユノの二人は目線を交わし頷きあった。
「ね、ユノ」「ね、奥様」
何か船の上の一ヶ月間、ルトナが寝ている間に話し合いがあったようで、一度はギスギスしたものの、うまくやっているようだ。
……時折二人の視線が怪しくなるし、ルトナの下着がなくなったりするのだが、気にしないことにした。
出会ってはいけない二人を出会わせてしまったのはわかっている。
それでも、二人と一緒にいたい。
魔族大陸にはエルフが十人程度いるという。
現在の首長が派遣した者や、エルフの領域、ひいては人族領域から追放された者達が。
ミズリから聞いたことだ。
ミズリ・エルフズフィーラーは、自分の手で殺した相手であり、第二夫人であり、エルフとしての第一夫人である。
☆
「殺しなさい」「はあ? なんで」「私を殺してくれたら、結婚してあげる」
☆
激戦ののち彼女の最終奥義、天文学的星落としを破ったあと、単純化したらこんなやりとりがあって、ルトナはちょっとだけ迷ってから瀕死のミズリにとどめを刺した。
ミズリは僅かな言葉だけを残して死んだ。
ルトナは自分の薬指に適当にはめた二つ目の指輪を見ながら、景気づけのための大声を出す。
「結婚!! ハーレム!! セックス!! 一人でも多くのエルフに会うぞ。
……まあ、世界のことも気にかかるけど。
ひょっとして、これが、世界に訪れた危機ってことなのかな」
「かもしれませんね。千年前の一期聖戦もこんな感じの惨状だったようですが、天のみなし子が降りてきていますから」
アコルテの言葉だ。
「ご主人様、私はどこかしっくり来ないんですけど」
「うーん、実は私もなんだよね……まあよくわからないけど。とりあえず、エルフに求婚してまわることを考えよう。そうしたらわかるだろう。……エルフが何を企んでいるのか。
旧前進派のエルフは、一応協力を募って、無理なら、全員、証拠を残さず殺す」
「はい」「いいと思います」
☆
ミズリが残した言葉は二つだった。
「私を娶るのなら、死ぬな」。
そして、「ありとあらゆる敵から、必ずアコルテ・ローズマを守り抜け」。
☆
(一つ目はともかく、二つ目は初めから当たり前だ。舐めてんじゃねーぞミズリ。俺を誰だと思ってやがる)
さて、三人は歩く。
海から出てすぐの森のなかに、やがて、小さな明かりが見えてきた。
ルトナの脳が焼けつつあるかもしれないということについては、問題はない。彼女の脳はもう焼けない。もともと人格がおかしかったのが出ていただけだ。
このことは、アコルテの執拗な診断(ミトン族式)で、彼女たちも把握している。
ユノの脳が焼けつつあるかもしれないということについては(厳密には魔力型人格障害とは別の症状だが)、残念ながら人族大陸にあった解決策はもう使えなくなっている(全く使えないというわけではないが、相当努力しなければ、エルフが跋扈する人族領域には踏み込めない)。また、この先、魔族領域に解決策があるかはわからない。
だから、ユノが廃人になるかどうかは、彼女たちしか知らない。
現状ではユノとアコルテしかこの危険に気づいていないし、二人とも龍の魔力の悪影響を過小評価している。だから、本当にどうなるかわからない。
それでも二人は歩き続ける。
星空の下、二人で守り抜いた、大切なものの手を握りながら。
「見えてきたね」
「はい、ご主人様。次の、目的地が」
物語は終わらない。
たとえ終わったように思えても、
始めようとしさえするだけで、
次の物語が必ず始まる。
ルトナは新しい目的地を発見した。
(魔族大陸編、スタートってところか)
終わり。