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6-1、いろんな意味で冒険者生活のはじまり1

 手続きには少しかかった。登録自体は簡単なものだったが、冒険者になるにあたっての説明があったのだ。

 特に問題なく進行した。


「では、名前の署名をお願いします」


「署名。あ、署名ですね。署名……」


「……?」


「えっと、はい……字とか代わりに書いてもらうことってできますか?」


「??? 可能ですよ。冒険者の方々には書けない方もたくさんいらっしゃいます。しかし、エルフなの、に……というのは失礼ですね。ではお名前をお願いいたします」


「はい。ルトナっていいます」


「ルトナさんですね。綴りは普通でよいですか?」


「綴りっ? ひゃ、はい、だいじょうぶです」


「……? では、苗字ですが……」


「……」(苗字……)


「……?」


(うう、沈黙が怖い……答えたほうがいいか。……)「……ス、ステファニエ。名前は全部でルトナ・ステファニエっていいます」


「あ、あれ、おありなんですか。その、苗字?」


(どっちだよ!?)「ちょっと、名乗る、ことにしてまして……」


「ああ、そういう。はい。かしこまりました。では……綴りは普通で良いですね。ルトナ・ステファニエ……さん。素敵な名前ですね」


「ありがとうございます」


 このあたりがちょっと危うかったのみで、他は問題なく完了できたようだ。


 こつこつと音を立てて、二つの足音が暗い廊下に響く。


 ギルドの建物は三階まである。ここは二階の廊下で、簡易宿泊室が並ぶ廊下らしい。

 照明の類は、おそらく魔法で明るくなる照明があると思われるのだが、今はもう切られている。既にこのギルドは入り口が閉まる時間帯のようで、館内のほとんどが消灯されているのだ。そこまで付き合わせてしまったことを、ルトナは申し訳なく思った。


「簡易宿泊室と言っても、ただの会議室をそう使っているだけですが……」


 先導するアコルテが、そう説明する。


「すみません、ホントに。こんな時間まで」


 そう謝ると、いえいえ、とアコルテは手を振った。


「正直な話をすると、遅くまで残ったら明日は遅刻して出ても良いんですよ。そういう暗黙のルールなんです」


 内緒話をするみたいに、くすっと笑いながら応えが返ってくる。


「ルトナさんのおかげで、明日はゆっくり二度寝ができます」


 ルトナは軽く笑った。気を使ってもらっているようだとはっきりわかった。


(……これは頭上がらないな)


「では、女性の部屋はこちらです。男性の部屋は反対側なのでご安心下さい。いちおう、お気をつけて。全く何も無いというわけではありませんので。……明日から、お会いできるのを楽しみにしてますね」


 お礼を言って、アコルテが立ち去るのを見送った。おそらく、これから帰るのだろう。



 扉をそっと開けて部屋に入る。中は暗い。暗いこともあって、アコルテの言う通りに誰かがいるようには見えなかった。一応確認のために魔力を見ると、一人の女性の魔力が視えた。

 相場はわからないが、一定の量だ。

 その魔力は、床で毛布にくるまっている。


 部屋は、なるほど会議室を使っているだけという言葉は本当のようだ。家具などがあるようには見えない。ただ、簡易なソファーが据え置いてあったり、書き物をするためか机が一個だけ置いてあったり、忘れ物と思われる鞄が置いてあったり、全くものがないわけではない。絨毯も引いてある。「ホテルの一室というよりは会議室」、という感じである。


 とはいえ、冒険者は野宿で当然と考えられる中、屋根があって、地面が土じゃないというのはきっといいことに違いなかった。


「……こんばんわ」


「……ああ」


 迷いながら挨拶をするルトナに、女性が返事を返す。そして返事を返してすぐ、また目をつむった。疲れているのか、あるいは人付き合いをあまり好まないのか。


 女性はなぜかソファーに寝ずに床と壁に座り込むようにして寝ている。入り口からは遠い場所で、いくつかの遮蔽物で影になっていて、そのためにルトナも魔力で見るまでわからなかった。毛布にくるまっている上暗闇でよくわからないが、小さくはない。体は大きいはずだ。髪は黒髪か暗い青の髪と思われる。暗い赤かもしれない。せめて窓があれば耳と顔と髪色が分かるのだが、窓はない。


(まあ、後から来たわけだし、静かにしないとな)


 音を立てずにいったん床に座る。床はちゃんと掃除されているみたいで、ゴミの類は落ちていない。枕がないことだけは残念だ。ソファーで寝た経験はない。ちゃんと寝られるだろうか。

 そんなことを考えていると、女性が口を開いた。


「キリエラだ」


「は? ……ああ。名前。ルトナです」


 声は綺麗な声だったが、刺すような鋭さを感じた。魔力の量が平均以上なこともあいまって、おそらく強力な冒険者なのだろうと感じられる。そういう風格があった。


「ルトナだな。お前、さっき、ヤグルに絡まれていただろう」


「……ああ。うん」


「アレはもう大丈夫なのか?」


「ちゃんとケリをつけたかって話か? なら問題ない」


「そうか。そいつはいいことだな。ギルド構成員間の私闘は合法だ」


 そう言って、再び口を閉ざす。

 何を聞きたかったかはよくわからなかったが、ルトナはソファーに寝た。心配してもらったのかもしれないな、と眠りながら思った。



 ごそごそ、という音がした。腕と脚に変な感触がある。

 ずいぶんと眠った気がする。

 だが、まだまだ寝足りない。


(ん……? なんだ……?)


 さっきまで見ていた夢の中では、エルフの女の子に腕を拘束されて性的な意味で襲いかかられていた。

 加藤は元々あまり夢見がいいほうではないが、性的な夢を見たことは数多くある。

 それを中断されて、非常に腹が立った。


 が、事態はそれどころではなかった。


「んむっ……んむ!?」


(……猿ぐつわだ)


 間抜けにも、そんなことを考えた。そして、すぐに目が覚めた。異常事態だ。


(縛られてる!)


 口の中には布か何かで詰め物がされていて、その上で口を布で固定されている。手は後ろ手に縛られていて、胸を突き出す格好になっているのがわかる。ここまで厳重に縛られていると力ずくでは無理だ。

 足はもう少し簡単な拘束だが、それでも膝、足首をきっちり固められていて、力を入れてもどうにもならない。


「おい、起きたかよ、オマエ」


「ヒヒヒ」


 残りの一人は無言。

 ついさっき恨みを買った、ヤグルたち三人組だった。


(ちゃんと再起不能なケガにしたつもりだったんだがな……)


 目を凝らしてみれば、彼らの全身には治療の跡さえない。幻を見せる魔法の類を使われていなかったとしたら、治癒魔法だろう。


「ぐっすり寝てたな。よほど疲れてたか? 気配も読めねえで冒険者やれるつもりかよメスガキ」


「普通気配なんて読めませんって」


「お前だって、同じ部屋に誰か入ってきたら起きるくらいするだろうが」


「……まあ、そのくらいはしますが」


「さて。拘束完了だ。疲れてるところ悪ぃが、これからもうちっと疲れてもらう。気持ちよくもなるから、良いことだろうが? なあ?」


 下卑た笑いを浮かべて、腰を振る素振りをするヤグル。腰巾着A(やりとりをしているほう)も、腰巾着B(魔力があって、言葉が少ないほう)も、おこぼれに預かれるのが嬉しくてたまらないようだ。


 余裕を見せている場合じゃない。全力で拘束を解こうと努力した。木を素手で揺らせる今の腕力ならあるいは。

 だが、現実はそう甘くはなかった。


「無駄だよ無駄。フエルトの縄だ」


 ヤグルは抵抗を見るのが楽しくて仕方ないとでも言うように、肩を揺らす。

 その後、一気に顔を近づけてきて、髪を掴まれた。


 ここで、ルトナはようやくわかった。この街の門番や、街を行き交う男が、ルトナのどこを見ているのか。

 胸だ。あと、腰だ。

 だから、視線が下に向く。話している時も、しょっちゅう。

 彼らの視点に、ルトナという個人の人格は関係ない。神様の手で作られた、スタイルの良いエルフの身体があるだけだ。


「いいか、お前はこれから俺らに犯されるんだ。ナメた態度を取ったツケだ。その後ボコボコにして、死体は残らないようにする。エルフと揉めたら面倒だからな。まあ全裸で土下座して命乞いして、奴隷契約に合意するなら生かしてやってもいいが、……その場合は毎日精液漬けで、絶対服従。で、飽きたら同じようにするだけだ」


 現実を受け入れるのに十秒くらいはかかった。その間のルトナが浮かべる表情の変化をじっくり楽しみながら、ヤグルは笑った。

 低くて気持ちの悪い音だ。声を聞いているだけで、胃がムカムカしてくる。


(……え。マジで、どうしようもないのか。これ)


 ルトナは何度ももがくが、縄は一向に解ける気配がない。

 気持ちばかりがあせっていく。


(キリエラは……いや、巻き込むわけにはいかない。逃げたんだろう。名前も呼ばねえようにしないと。巻き込む。でも、……ホントに、どうしようもないのか、これ……)


 犯される。レイプをされる。強姦される。言葉は様々あるが、やられる行為は一つだ。

 想像するだけで鳥肌が立ち、吐き気がする。犯されるとはすなわちこれとの子供を生む可能性があるということにほかならない。根源的な恐怖があった。自分の存在が揺るがされるような感覚だ。自分が白い粘土であって、子供が自分に色の付いた粘土を押し付けて遊ぶ。混ざれば二度と白い粘土には戻らない。


 これは女なら誰でも感じる恐怖だ。むろん男だって「やられる」ことはある。けれど、白濁によって生殖器官を塗りつぶされるようなことは……


(嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!)「んむ~~~~~ッ!!! うう~~~~~~ッ!!!」


「ハハハ。ここ会議室だってアコルテちゃんから説明受けただろ。防音完璧だ」


 ルトナ以外の全員が笑った。


 心臓が嫌な音を立ててバクバク言う。体から嫌な感じで力が抜けていくのがわかった。ものすごく強烈な不快によって、体が打ちのめされていっている。


(ダメだ)


 ルトナは覚悟を決めた。


(戦う)


 イメージするのは、自分が犯されている場面じゃない。

 こいつらを全員殺している場面だ。


 魔力大龍と戦っていた時、魔法はどうやって使っていたかを思い出す。指先から出したり、手のひらに出したり。で、あれば、肘から先全体を発火させることもできるのではないか。

 試してみると、縄は炭になって焼け落ちた。


「ヤグルさん、なんかこの部屋焦げ臭くないっすか?」

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