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IF2、戦争を止める調停者

「グリムヴェールから伝達です! 緊急!!」


 戦争の最中、走り込んできたエルフ。

 緊急という言葉はよほどのことがなければ使うなと言っているため、本当に緊急の話に違いない。


「なんじゃ!!」


「グリムヴェールが!! 使い魔のプログラミングを間違えたそうです!!」


「……は? えっとそれがなんの緊急なんじゃ」


「つまり彼女が王国で殺しすぎていて、既に人口が一割を切り、調停者、顕現します!!!!!」


「――――――は? おいおいおいおいおいおいおい!!!! 何やっとんじゃ! あいつ!? 敗北決定じゃろうが!!」


 ウガラガルタはパニックに陥った。


「あががががどうすればええんじゃ。負けるぞこれ。負けるというか? え? 調停者? 嘘でしょ? 調停者なら死んだぞ。うん死んだ! はい死んだーーー!!!」


「落ち着いて下さい首長おかあさま


 一度パニックに陥ってから、深く深く深呼吸して、ウガラガルタは自分を取り戻す。


「……………………仕方があるまい。グリムを責められん。もともと一人で王国を担当させるのが間違っていた、きっと。なるべく迅速に事態を把握しよう。通常通り一般人に発現した場合は今速攻で殺せば我々でも間に合う。万一著名人に発現した場合は……仕方がない。魔王に連絡する。ああ困ったのう……なんとか向こうの落ち度にできんじゃろうか……」



「――あれ?」


 ぱちり、“戦争を止める戦争”は目を覚ました。

 土の味がまずい。

 ぐぐぐと体を起こして広がる草原の空を見た。


「あれ……?」


 たしか自分は、突如の毒の雨で全身が腫れ上がり出来物だらけになってその出来物が全て破裂してショック死のような形で死んだはずだ。

 けれど皮膚を見ても、その跡はない。

 水属性魔法だろうか。けれどその割にはこの辺りで魔法が行使された感じはなかった。遠隔からのものだろうか。しかし、そんなものができるものなのだろうか。ともかく自分では把握できない殺され方をして、死んだはずだ。


 しばらくして彼女は自分の中に広がる魔力に気付いた。

 それは彼女がこれまでに見たどの魔法使いよりも膨大な想いだった。


「あ……ああ……」


 立ち上がり、背中を魔力の眼で見る。

 日輪だ。

 魔力が日輪状の形を取って、自分の背後で輝いている。


 魔力のマントの端を見る。

 冒険者が着るような魔力防御のマントは、敵意ある魔力を通さないと同時に、持ち主が意思を持って魔力を通すと、自在に動かせたりするものである。

 そのマントは、動くどころか、端が燃えている。

 そしてこの炎は熱くない、どこか暖かい。

 燃え落ちず、永遠に燃え続ける。


 尾てい骨の先からは魔力でできた尻尾が伸びていて、鳥の尾羽根に近い形で、そこから伸びる先は四本指の手のような形になっている。

 触ると感触があって驚いた。ふにふにすると背筋にぞくぞくとした快感が走る。

 鏡か何かを見れば、きっとあるのだろう。

 おとぎ話のなかのお話が、眼前に。

 右目の周囲を取り巻いて、何もできなかったちっぽけな自分がこれからは調停者であることを示す光の紋様が――。


「私――選ばれたんだ」


 迸るような魔力。

 これまでもそれなりだったが――これまで見たどの魔法使いをはるかかなた平和な世界に置き去りにする魔力量だ。


 最早顔を隠す必要はない。“戦争を止める戦争”はローブのフードをぱさっと脱いで顔を隠さずに空を見た。

 あの戦争の日のまま体の成長の止まった、12歳の顔立ちが露わになる。


「私ッ!!! 選ばれたんだ!!!! 調停者に――――!!!!! 全人族から!!!!!!!」


 やったー!!!!!!

 嬉しくなって、草原を駆け出した。



 “戦争を止める戦争”――マリー・アルカンサイラムは、共和国と王国の境目の辺りの孤児院で育った。

 アルカンサイラムの文字列はアルカン孤児院という意味に当てはめている。要するにこのフルネームは「アルカン孤児院のマリー」だ。通常平民は苗字を持たないが、マリーのようなありふれすぎている名前の場合、こうやってフルネームを名乗ることがある。


 アルカン孤児院は既になくなっている。

 共和国と王国の間の小競り合いのような戦争の、小競り合いの中の小競り合いに町ごと巻き込まれて略奪され消滅した。


 マリーはもともと魔法の素養がある少女ではなかった。あの日までは生まれてから一度も魔法を使ったことがなかった。

 ただ、襲撃のその夜だけは何か――第六感のようなものが働いて、街が戦火に包まれるよりも先に、地下食料庫に彼女一人だけで逃げ込んだ。友達、親友、シスター、全員ほったらかしにして。

 あとになって思うのは、きっと魔力おもいを感じたのだ。

 街を荒らそうとする、王国の傭兵達の。

 傭兵というものは初めから攻撃した都市の略奪を行う存在だ。それ込みで給料が計算されている。

 夜襲というのは軍人相手には少し出来の悪い手だが、民間人には最悪だ。


 光の一切届かない暗い地下。

 何故か勝手に足が走り出して、自分の体をここに逃げ込ませた。

 ばくばく言う心臓を落ち着かせる。なぜ自分がここに逃げてきたのか、わからなかったが、すぐにわかった。


 最初に悲鳴が聞こえた。

 そして、悲鳴は止んだ。

 その後聞こえるようになったのはうめき声、湿った肉と肉がぶつかりあう音、肉が耕される音。


 ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ――

 どちゃ。ぐちゃ。ばきっ。

 ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ――

 そして笑い声。下卑た、笑い声。

 仮に外で本当にこの音が鳴っていたとして、地下の倉庫にそんな音が聞こえるのだろうか。

 わからない。

 けれど、暗闇の中一人ぼっちでいた十二歳のマリーの耳には確かに聞こえていた。

 同年齢の男の子たちが、玩具として殺されるその音を。

 そして、きっとシスターと、女の子たちが、全員……。


 ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、

 ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、

 ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、


 暗く、明かり一つ無い地下倉庫の中で、手探りで食料を齧って、数日間そこに隠れるしか無くて、

 自分が一声かけていれば一人くらいは一緒に避難して助けられたかもしれない誰かの声を、悲鳴を、陵辱の音を、

 自分がそこにいたらどうなっていたかだけを考えながら、

 永遠にも思える三日三晩のなか耳に刻み込んで、――――――――


 ――マリーの脳は無事に焼けた。


 あと半日早く、たとえば助けが来ていたりしたら、彼女の人格が完全に荒廃することはなかったかもしれない。

 けれど、結局現実としては、脳が焼けて超強力な魔力を得ることがなければ、町から無事に脱出することさえ敵わなかったというのが正しい。町はまだまだ制圧されていた。


 マリーは全ての魔力をつぎ込んで、その街全てを燃やし尽くして、天に向けた手向けとした。


「……戦争を止めろ」


 焼失した街を背後に、マリーは顔を隠すローブを羽織る。

 鳴り止まない。

 脳に響き渡る。

 傭兵達の笑い声が。

 武器の音が。

 陵辱の音が。

 悲鳴が。

 許せない。

 許してはならない。

 永遠に鳴り響く。

 「戦争を止めろ」。

 まるで、教会の鐘の音のように、しつこく。


 だから止めなければならない。


「戦争を止めろ。その音を止めろ。戦争を止めろ。止めろ……家族と恋人を大切にしろ。


 うウ……止める……


 私が、止める!!


 私が止める、――戦争を止める戦争を止めて戦争を止めて戦争を――!!!!!」



 調停者になった“戦争を止める戦争”マリーは、頭の中に侵食する全人族の意思に対して、目を逸らさずにそのまま受け止めた。

 通常正当な調停者は、“六の星”のように心の声に侵食されることはない。

 だが、マリーはそれに頷いた。


「戦争を止めよう。戦争を止める。止められます」


 魔力を翼にして、広い草原の空に飛び上がる。

 ぶつぶつと呟いて、空を下から舐めあげるように睥睨する。


 彼女が憎むものが、今この大陸で、それを取り巻く海で、全面的に展開されている。

 ならば、――止めなければ。


「止めよう。ありとあらゆる戦争を止めよう。

 今の私ならそれができる。


 何が戦争で何が戦争でないかは私が決める。

 呼吸をするだけで戦争に繋がると判断した人間は私がしっかりと処分しよう。


 だって、私は調停者。

 調停者になれるのは誰かが調停者であってくれと望んだ者だけ。

 おとぎ話のなかではそうなっている。


 そう、私は調停者!

 私が……調停者であることを望まれたんだ!!


 調停しよう!!

 貴方達が望む通り!

 この世界に存在する全ての祈りを、――全ての、戦争を!!!!!!」



「……ダメだ。あれは」


 草原に展開する兵士達は、空を覆い尽くす火の球を見て、口々に諦めを呟いた。

 この兵士達は突如大陸全土に侵略を開始したエルフを食い止めるべく動き出した、王国の熟練の兵である。

 しかし、その前に立ちふさがったのは、エルフではなく、ましてやその使い魔でもなく、人族の希望であるはずの調停者だった。


 その調停者の姿は、何で誰が間違えたのか、危険人物とマークされている“戦争を止める戦争”の姿。

 珍しくフードを脱いで、眩しい赤色のツインテールをさらけ出している。

 魔力が見えるものは見ただろう。

 両手と尻尾の三つの先から、空に一つの恒星を作り出している姿を。

 空を文字通り、火が埋め尽くしている。

 まるで地上が土色の曇り空になり、空が赤色の海になったようだ。


 兵士たちは理解している。

 あれは本物の太陽ではない。

 本物の太陽であるなら、この地上は高温で焼け落ちている。

 太陽の炎は地上の蝋燭の炎とは比べ物にならないほど熱いのだ。中等学校の授業で習った。

 よく概念を理解はしていないが、重力などによる現象も起こるはずだ。

 けれど、同時にあれは魔法である。

 魔法はある程度世界法則を無視して結果を出すもの。

 空を埋め尽くすあの巨大な火の玉が魔法攻撃として開放されたら、きっと、自分たちは骨も残らないのだろう。


「戦争を止めろ! 家族と恋人を大切にしろ!


 止められないのなら――

 この世界から消えてなくなれ」


「待て日輪を背負う調停者よ! 私はこの兵団を率いる将軍である。貴様も人族だろう!! 今回に限っては我々も貴様と同じ立場だ!! 貴様が調停者として目覚めた意味は理解している。誰がどうやってこの戦争を起こしたか知らないのか!? 連携を取ろう! 共にエル」


「―― “全ての戦争を終わらせる太陽” 」」


 ぱん。

 手を振り落として魔法の火球を叩き落とすと、あっけない音を立てて、おぞましい言葉を発するあの傭兵達の同類は消え失せた。

 消え失せたというか……なんだろうこれは。

 地平線の向こうまで、一つの草原が焼失した。

 まるで火山の火口のようなクレーターが開き、溶岩がじゅうじゅうと大地を焼く。


 この一瞬で、大陸の面積の五パーセントがマグマの中に溶けて消えた。


 ――止まった。

 マリーは嬉しくなった。

 これでまた……一つ戦争を止めたのだ。

 喜びと悲しみの涙をはらはらと流す。


そらの果てのシスター! 皆!? 見てる!?!? わー!!!


 私、人族に選ばれたんだよ!!


 ごめん。ごめんね。ごめんなさい。私一人だけ無事で在ってしまってごめんなさい。


 でもねでもねでもね、これで皆大丈夫だよ。だって私が全ての戦争を止めるから!!


 私が、


 私がっ、


 私が、調停者だああああああァアアアアあッッ――――――!!!!」



 もともと調停者の力は魔王のそれよりも強力になる傾向がある。

 今代の魔王は果てなく自らを鍛え上げ続けており、未だ底が見えないポテンシャルがあったものの、

 この星を破壊することを一切厭わず戦い、かつ劇場型を発症している今代の調停者とは互角という状況だった。


 三年後、魔王が自らの命を使い果たして調停者を殺すまで、

 全ての世界から戦争は消えた。

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