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IF1、雪降りしきる調停者

「フィーラーから伝達です! 緊急!!」


 戦争の最中、走り込んできたエルフ。

 緊急という言葉はよほどのことがなければ使うなと言っているため、本当に緊急の話に違いない。


「なんじゃ!!」


「人口の計算を間違えています!!」


「……は?」


「既に人口が一割を切り、調停者、顕現します!!!!!」


「――――――おいおいおいおいおいおいおい!!!! 何やっとんじゃ! 敗北決定じゃろうが!!」


 ウガラガルタはパニックに陥った。


「あががががどうすればええんじゃ。負けるぞこれ。負けるというか? え? 調停者? 嘘でしょ? そんなものこの大陸にいてはならんのじゃ」


「落ち着いて下さい首長おかあさま


 一度パニックに陥ってから、深く深く深呼吸して、ウガラガルタは自分を取り戻す。


「……………………一度出たもんは仕方があるまい。なるべく迅速に事態を把握しよう。通常通り一般人に発現した場合は今速攻で殺せば我々でも間に合う。万一著名人に発現した場合は……仕方がない。魔王に連絡する。ああ困ったのう……なんとか向こうの落ち度にできんじゃろうか……」


 調停者。

 以前の(人口リミッターが成立していなかった頃の)呼び方は勇者。

 魔族からの呼ばれ方はあわせて人王。あわせてというか魔族は区別をつけられていない。


 また、魔王も全く同じ理由によって生まれる存在である。


 魔力は想いの力である。

 魔力は想い、想いは魔力。

 人族の魔力を一つに束ねて誰かに託した結果生まれるのが人王であり、

 魔族の魔力を一つに束ねて誰かに託した結果生まれるのが魔王である。

 人族は願う。誰かがこの世界を救ってくれと。

 魔族は願う。俺が殺すべき/全てを殺すべき最強の個体がこの世界に存在すると。

 その願いが集まり、集合する無意識が(魔力を)託されるべき個人を決定し、人王と魔王は生まれる。


 魔王は言うまでもなく強い者や、強く在ってほしいと願われた者がなる。

 たとえば殺された前魔王の娘とか。

 では、人王はどうであるかというと、――二つのタイプに分かれる。


 一つ目のタイプは、無名の少年や少女が調停者として覚醒するパターンである。

 「勇者が現れてほしい」。「勇者は絶大な力を持っている」。そして、「勇者は誰もがなれるもので、今回も名前のない誰かであってほしい」。

 この願いによって無名の少年少女に全人族の魔力の一部が託され、絶大な力を持つようになる。

 百回調停者を選出するとしたら、九十回くらいはこのパターンになる。

 ウガラガルタが「通常通り一般人に発現した場合」と呼称しているものである。


 このタイプの調停者は最初はそこまで強くなく(強いが)、だんだん魔王レベルに力を強めていく。

 なので今のうちに発見して殺せばなんとかなるという彼女の対処法は正しい。

 調停者が殺されたということを広く知られないようにすれば再び調停者が現れることもない。


 だが、問題になるのは二つ目のタイプである。

 無名の少年少女が調停者として覚醒するパターンとは違い、このタイプでは既に有名な人間が調停者として覚醒する。

 「勇者が現れてほしい」。「勇者は絶大な力を持っている」。そして、「きっとあの人が実は勇者なんだ」。

 この流れで英雄のうちの誰かに魔力が託される。

 珍しいパターンであるが、無視できる確率ではない。


 そして、このタイプの調停者は初めから完成された強さを持つ。

 そうなれば、魔王以外の誰にも、この大陸では対処できない。

 あるいは人族世界のすべての力を結集すればなんとかなるかもしれないが、その人族世界は今まさに滅ぼしているところだ。


 以上のことについて、エルフの魔力学は把握している。

 ウガラガルタは歯噛みした。


「頼むからマジで頼む。一般人パターンであってくれ」



 ヘルヴェスティルは這いつくばった。


 彼女は今、本気を出している。

 ヘルヴェスティルが戦場において本気を出すと片目が黒くなる。これは周囲の魔力を自己に取り入れて用いているためで、ちょうど自分で擬似的に魔力大龍を作り出しているような状態だ。

 そしてゆるくウェーブをえがく髪の毛が、帯電してもっと少しくるくるする。

 この美しくも恐ろしい見目で戦争において敵を蹂躙するその姿を、いつか誰かが狂乱のエルフと呼んだ。


 それでも、ヘルヴェスティルは満身創痍の状態で這いつくばった。

 左足は完全に凍りつき、引きずりでもしなければ歩けない。

 左手が、雪となって永遠に崩れ続ける。敵の魔法攻撃による特殊な傷だ。ヘルヴェスティルは自己の体を魔力によって紡ぎ直しているが、敵の特殊な傷の侵食と完全に均衡してしまっており、気を緩めると全身が雪となって死んでしまいそうだ。

 そして霧のように降りしきる雪が、ヘルヴェスティルに継続的に魔力によるダメージを与える。


「はっ――、はァっ――、その子かラ、今すぐニ離レロ……!!!!」


「無駄だよ。“狂乱のエルフ”。できれば君とはこんな形で戦いたくなかったけれどね……」


 相対するのは“雪降らし”。共和国最強の戦力にして、大陸にて指折りの実力者、戦略個体の一人。

 否、今は……彼本人が、“雪降りしきる調停者”と名乗った。

 調停者として、覚醒を果たしたのだ。


「僕はもう存在の桁が違っている。それに、……ずっと寒かったけれど……今は暖かいんだ」


 彼、“雪降りしきる調停者”ウォルケにもいろいろ背景があり、たとえば大切そうに今手を添えた何重にも巻かれたマフラーは、彼の恋人がこの戦争による死の間際に彼に託したものである。その恋人は初代冒険者ギルド所長の系譜である。

 とはいえ今は省略する。

 背が高いが、童顔なためそこまで威圧感はない。

 服装は身分ある魔法使いのものである。羽織っているマントとマフラーの先の部分は強すぎる魔力で雪になって崩れているが、いつまでもその崩壊が収まることもないし、布の全てが雪になって崩れ落ちてしまうこともない。永遠に雪になって崩れ落ち続けるように見える。

 左目に発生している調停者の魔力の光の紋様は、雪の結晶を示している。


「さあ、シュー様。ともに行きましょう。貴方を中心に人族を取りまとめる。僕が調停者になったからにはこのままでは終わらせない。絶対に」


「シュー。いイ子だカラ、私ノ言うコトを聞いテ? 私ガ……貴方ヲ守ルカラ」


 手を伸ばす二人の間でおろおろとするのは首相の子息、シューだ。

 彼は周りの大人の言うことを聞くように、完膚なきまでに徹底的に教育されている。

 ゆえに、この状況で判断はつかない。

 「意見の違う大人が周囲に二人いる時」、「どっちの大人の言うことを聞けばいいの」?


 それでも、やがて、やや時間があったあと、シューは歩き出した。

 ヘルヴェスティルとの生活で、選ぶことを覚えたのかも知れない。

 シューは歩き出した。

 ウォルケのもとに。


「あ……ア……」


 ヘルヴェスティルは頭の中の冷静な部分で当たり前だ、と思った。

 自分が何をやっていたか、自分は知っている。

 それでも、ショックは拭いきれない。

 このまま調停者とやって勝てるのだろうか?

 全身が傷だらけで、

 魔力も大部分を使っていて、

 降り続ける雪によってありとあらゆる魔力操作が阻害される。


 ……それでも、戦わなければ。

 シューは渡さない。

 絶対に。


「人族ニ、シューは渡さなイ……!!! その子ハ……人形ナんカジャ無イ……!!」


 ヘルヴェスティルが“狂乱のエルフ”と呼ばれている理由はもう一つある。

 彼女は戦場で出会う存在に向けて過度の愛着を向ける。

 過去、戦争において魔族を保護し、その魔族の殺処分を求める将校を、殺した事件があった。

 事件というほどのものにもならず、ウガラガルタが余裕で庇って余裕の表情で済ませたのだが、それでも「何を考えているのかわからない、狂っている」という印象は全人族に刻みつけられた。


 ヘルヴェスティルの人格も、充分に瑕疵が生じ始めている。

 脳が焼けているというほどではないし、魔力量を考えると極めて強く自分を保っているほうだといえるのだが(ヘルヴェスティルよりもずっと魔力量が少ないウガラガルタやルートルートシーダは、ヘルヴェスティルよりもはるかに強く魔力の影響を受けている)、魔力による脳への影響は、この世界の人族が等しく受ける責務である。


 その姿を見て、調停者は鼻で笑った。


「ははっ。……何を言っているのかよくわからない。噂は聞いていたけど、……本当に目が黒くなるし、本当に頭がおかしくなるんだね。まあ、どうでもいい。シュー様、僕の背後に」


 ウォルケとシューはよくやりとりがあり、お互いにお互いのことを理解している。

 シューは黙ってその後ろについた。


 ウォルケは現在の与党の有力な政治家一族の傍系にあたる。

 ウォルケは政治家としてもそれなりの振る舞いを理解している人間であり、シューの立場を利用して速やかに人族統一政府が作られ、エルフと魔族に対する反撃が開始されることになるだろう。

 魔王と双璧の実力者たる調停者の存在も加え、戦況は、全く違ったものになっていくことが予想される。


「さあ、僕という英雄が現れて状況はすべて整った。


 想いを束ね、思いを重ねる。


 ――人族世界の、反撃だっ!!!」

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