5、冒険者登録と受付嬢
「いい度胸じゃねえか? ええ?」
「ヤグルさんを馬鹿にしてんのか?」
受付女性に見とれていたところ、結果として無視することになり、お決まりのイベントは最悪の心象からスタートした。
ヤグルさんと呼ばれている(と思われる)、絡んできた一番図体のでかい男はハゲている。腰に大剣をぶらさげており、鍛え抜かれていると思われる筋肉を全身にまとっている。
他二人はほとんど中肉中背といった風情だが、片方からは、酒場の魔法使いっぽい人と見比べて、平均程度の魔力が見えた。
さて、ルトナは元の世界ではこういった絡み絡まれのコミュニケーションを知らず、かといってファンタジー小説では、期待のルーキー(主人公)に粋がった自称ベテランが秒殺される場面はよく見ている。
二つのやり口が矛盾するみたいにルトナの中でせめぎ合って、どう出ていいかさっぱりわからなかった。
(……一応、コミュニケーションを取ってみるか?)
そういった場面では、よく主人公は強気な態度で出て、ヤラレ役を一蹴している。
でも、いざ自分がそういった立場におかれた時、居丈高に出ていいものだろうか。
魔力大龍は最初の一体目から超強力な魔物レベルの強さを持つと、神は言っていた。それを一人で殺した自分からすれば、その辺の冒険者に引けを取るとは思われない。また、魔力量を比較しても、ルトナの魔力量はすでにどうやら、この場での最高クラスだ。
けれど、たとえば、こいつが歴戦の冒険者だった場合。あと反則みたいな武術とか。例外はいくらでも思いつく。
「何か、ご用ですか?」
下からにらみ上げるようにして、巨漢の目を睨みつける。目線が合わないな、と思った。いちいち私の顔を見やしない、街中ですれ違った相手も、たまに子供の男の子も――
ははは、ご用だってよ、と、三人は笑い合う。
その目は目の前にいるルトナを、見ておらず。
「ひあぁっ!」
すごい声が出た。全く未経験の感触が。
三秒くらい目をまわさざるをえなかった。
何が起きたかもわからなかった。
他人に胸を揉まれるという経験は、“前世”の15年以上の人生の中でも、ついぞしたことがなかった。
自分の声を録音して聞いたら、……きっと、喘ぎ声にでも聞こえたのかもしれない。
ハハハハッという笑いが三人に起こる。ひあっだってよ、とヤグルが茶化した。敏感だな、と隣の腰巾着が笑った。
ぞわっという悪寒がした。ぞくぞくした感触もしたし、それ以上に不潔に対する嫌悪感が爆発しそうになり、それら全てが不快。ルトナの心臓はドキドキという音を立て始めた。前世のように心臓に爆弾を抱えていなくてよかった、と思う。
体を見知らぬ他人に性的に触られることが、ここまで不快だったとは知らなかった。
助け船があるなら求めようと周りを見渡すが、酒場の人間は誰一人こっちを見ないし、受付の人間は全員目をそらす。一人だけ、さっきの羽耳の女性は(バレないようにはしているが)こちらの動向を伺っているのが伝わってくる。だが、気配を伺っているだけで、何も行動を起こさなかった。
なるほどこれはなかなか絶望的な状況だ。
(俺がただの女の子であったなら。だな)
「なあ、お前その耳エルフだろ? エルフなのに全然やれないんだな。歩き方がさあ、素人なんだよ。俺らには一発で分かる。そんなボロボロで、はじめての依頼に討伐でも選んだか?」
「だから、そんなお前にこちらにおわすヤグルさんが指南してやろうって言ってるんだ。ちゃんと聞けよ。いや、ヤグル様かな、お前にとっては。当然ヤグルさんだけじゃなくて俺も指南する」
「股間でだろ?」
「フヘヘ」
ヤグルと会話を広げて、にやにやと笑う腰巾着A。腰巾着Aのほうが多少アグレッシブなようで、ルトナは腕を掴まれている。Bはただヤグルの傍で笑っているだけだったが、魔法を使うと思われるのはこっちだ。
取るべき態度を決めて、ルトナは覚悟も決めた。
自分なりにか細い声というか、「そそる」声を作り、
「……外で、お願いします」
「あ?」
「そういうことをするのなら、外で……」
言うと、一瞬あっけにとられた顔をしたが、
「ハハハハッ、こいつ、ヤグルさんの筋肉に惚れてますよ~」
腰巾着Aが笑い、Bもあわせて笑った。
合わせてにっこりしながら、思う。何言ってんだこいつ。不快すぎる。殺そう。
☆
改めて、ルトナは、戻ってきたギルドの中を見渡した。音を立てないように、扉を閉める。
クソみたいな気分だ。だが、ようやく話をすすめることができる。
ヤグルら三人を片付けるのに一分かからなかった。魔法さえ使ってない。警戒しようと頑張って、何か仕掛けてくるんじゃないかと思っていたが、まずはじめから間合いの中だった腰巾着Aは真正面からぶん殴って一撃で沈黙させた。戸惑っているBは二撃目で処刑した。ヤグルと睨み合ってどうするか迷っていると、手加減しすぎたのか回復した腰巾着Aに、後ろからタックルされて押し倒され、マウントポジションを取られてヒヤッとした。が、なんてことはなかった。Aの体はルトナにとっては軽く、腰と腹筋を使って簡単に持ち上げられたのだ。Aの体が特別軽いとは思われない。中肉中背というのは、即ちルトナよりも身長が高いのだ。ついでの話だが、顔がわりと男前で、嫉妬もあって殺さないようにするのに努力が必要だった。ヤグルは、その時点で間合いの中だったので、一歩踏み込んでボディを打った。
全員足の骨を折ってケジメとした。
ものすごく不快な感触だった。
(ともかく、あんなカスみたいな連中はどうでもいい)
「あの、えっとこんばんわ」
受付に向かって歩いていき、挨拶をする。入り口に一番近い、羽耳の女性の窓口に向かう。
さっきの、誰も助けにこない対応に少し嫌気はさしていたが。
たとえば、冷静に考えて日本のなんかの窓口の目の前で、お客同士でトラブって、店員が助けにこないのは当たり前だ。
それを考えれば、ちょっと気にしてくれていた彼女はまだマシなほうだ。別に仲良くなったら一言文句を言えばいい。それで済む問題だ。
「はい。何かご用件でしょうか?」
改めて見ると、異常に美人だった。顔全体の印象としてはクールな感じにも思えるのだが、まとった表情に親しみやすさがある。
セミロングの茶髪はつやつやだ。他の受付嬢と同じ制服を着ているが、彼女だけ別の服を着ているんじゃないかと思うくらい気品がある。胸はルトナほどではないが、ある。腰から下は受付の影に隠れていて見えないのだが、全身のシルエットも間違いなく綺麗なのだろうと思われる。
あと、羽がまばたきするくらいの間隔でぴこぴこと動いて可愛らしい。
ぼーっと見ているルトナに、どうされましたか? と、問いかけてくる。その顔はきれいな笑顔で、このギルドの高嶺の花というやつなんだろうなと思った。
「えーっと、うーんなんというか」(……どう話せばいいかわからんな)
「ごゆっくりで、構いませんよ」
「なんとも言い難くて」
「あ、それじゃあ私から聞いていきますね。どちらの支部の方ですか? こちらの支部にはどういった理由でお越しに?」
「うん? うーんそれが……」
何か勘違いをしているらしい。おそらく、別の街のギルドの人間と思われているのだろう。
なぜそう思われているのかはあとで聞くとして。
どう答えるか迷った挙句、ルトナは一つの言葉をなんとか紡ぎ出した。
「実は冒険者になりたくて」
「? ?????」
言われた瞬間、フリーズして、数秒後にその顔は疑問と不思議そうな表情でいっぱいになった。
事情を説明していく。どこでボロが出るかわからない。慎重さが求められた。最低限の言葉にまとめることを心がけた。言葉にしなければボロは出ない。
そして、その上で、泊まる場所を世話して欲しい旨を伝える。最悪の場合、今から何かの依頼をこなすことだって行うとも言い添えた。
依頼という概念があることは、三人組の会話から知っている。
(うう、仲間がほしい……この世界出身の仲間が……)
「なるほど……依頼は今からでは行かせられませんが、問題ありませんよ。そういった状況の方のために、ギルドに簡易宿泊室があります。そちらで一晩明かすとよろしいでしょう。他の方はいらっしゃいますが……今日は一人かな。一人いますが、ちゃんと男女別室ですよ」
ひとまず、野宿ということにはならなさそうで安心した。
安心して、ルトナは大きく息をついた。受付嬢はそれを見て微笑んだ。
この世界に来て、自分の浅い考えのせいとはいえ街を一日さまよって。かなり厳しいかなと思ってたところを、ミルという女の子に助けられて、ギルドによりかかって、少しずつ足場を踏み固めていけている。
「ミルにお礼しないとな」
「ミルちゃんですか? ここまでは、彼女の道案内ですか」
「ああ、はい。かなり分かってると思いますが、ホントにこの辺疎くて」
「わかります。でも、エルフの方は結構こちらの事情がわからないことが多いですから気にする必要はありません。私だって、エルフの皆さんの事情はわかりませんから」
これを聞いて、ルトナは少し安心した。多少世間知らずだとしても、種族のせいにしてしまえばいいのだ。
「そう言って頂けるとありがたいです」
次に引っかかったのは、「ミルちゃん」という言葉だ。ただの知り合いというよりは、顔なじみに近い関係を感じる。
「ミル……彼女って有名だったりするんですか?」
「そうですね。人当たりがよくて、素直です。きっとすくすく強くなりますよ。期待のルーキーです」
羽耳の受付嬢は、すくすく強くなりますよ、のところでぐっと拳を握った。
思えばそういう仕事なのだから、冒険者とは繋がってて当然ではあった。
「といっても、期待のルーキーといえばきっと、そちらもすぐにそうなりますよ。身のこなしは何かに熟練しているということはなさそうですが……筋力、ありますよね。てっきり別の街の冒険者かと」
「筋力……(三人組を全員倒したところを)見てました?」
「? 何をでしょうか?」
「……いや、なんでもないです。えっと、立ち振舞いとかで力の強さとかわかるんですか?」
「それはもう。冒険者ギルドの受付嬢っていうのはそういうお仕事です」
そんなもんなのかとルトナはなんとなく納得した。
全く疑問に思わないわけでもないし、隣にまだ人がいたら視線でも向けて確かめるところだが、説明していく中で窓口の新規受付時間が終了したらしく、隣に並ぶ二人はすでに、お疲れ様でーすと適当に荷物を持って奥に引っ込んだ後だ。
ちなみに、ルトナが来てから受付終了までその間ルトナ以外の受付希望者はゼロ。三人並べる必要ないのではないかと思ったが、何か意図があるのかもしれない。
あと、不思議な点といえば魔力については何も聞かれなかったことだ。さっきの三人組もノーリアクションだったし、この世界では魔力が見れないのが基本と考えたほうがいいのかもしれない。エルフという種族は目まで規格外らしい。
あとは反則技なのか、魔法使いなら誰でもできる程度のことなのか、見極めて口に出す必要がある。
そこで会話が一旦途切れ、特に意味もなく見つめ合う時間が一瞬すぎる。
長すぎず短すぎない程度の間を取ってから、受付嬢が話を続けた。
「さて、簡易宿泊室を、使うということは、とりあえずギルドへの登録が必要です。それか先にお食事を済ませますか?」
「食事は……いいです。金がないし、一応腹は持たせられます。今の時間からでも可能なら、登録の受付お願いします」
言うと、受付嬢はもう一度花の咲くような笑みを浮かべて、
「かしこまりました。アコルテ・ローズマが、あなたの担当をさせて頂きます」
名乗った。