#007. 勇者の素質2
勘弁してくれ。
夢にしちゃあ出来過ぎている。
さっさと目覚めたいのだが、起床の気配はどこにも無い。
やるしかないのか? 嘘だろ?
いくつもの感情が込められた深い息。
「なあ、おれは生きてるんだよな。事故で死んじゃいないんだよな?」
「ああ。あんたは確かに生きてるよ。
今もその身に血が通い、他人を思いやる心をもった人間のままさ」
「……助けたら帰れんのか?」
目を醒ます、とは言わなかった。
「帰りたいのかい?」
心底意外だという顏をする。意外もなにも、これだけがおれの願いだった。
「質問を質問で返さないでくれ。
話は聞いたし、事情は分かった。
けど全部が全部を受け入れられたわけじゃない。で、どうなんだ?」
あんたらにとっちゃ自分の世界、日常、命が今にも尽きようとしている窮地なのだろうが俺にしてみりゃ――冷たい表現になるが、他人事だ。
何しろあんたらと俺が出会ったのは……ええと、二十分前のことだ。
携帯の画面が嘘を言っていなけりゃ正しい時刻のはずだ。ただし表示は地球の時刻だがな。
この世界で過ごした記憶が無ければ、命を張って助けるなどというアツい思い入れは、それこそ手入れをしたばかりの爪先の白い部分ほどもない。滅ぶ間際だなんて不運だな、と同情を覚えるぐらいさ。
俺にしてみれば人助けをしたと思ったら異世界に連れ込まれて助けてくれと懇願されているって状況だ。はい、了解しました。なんて二つ返事を口に出来るわけがない。
心に引っかかった疑問と懸念はたったひとつ。
俺は、日本に帰れるのか?
「帰れるよ。今すぐには無理だけれどね」
提示された希望に浅ましくもおれはすぐさまに飛びついた。
どうすりゃいい。そりゃあ内容によるが大概のことをやる覚悟はあるぜ。
「率直に言うんなら、敵である魔族を倒せばいいってだけなんだけどねえ……さてどこから説明しようかね」
「必ず理解するから教えてくれ」
「やれやれ、さっきとは比べ物にならない真剣さだ」
おうとも。今のおれは保健体育の授業並の高い集中力を見せている自信がある。
「――……ルヴェリアに生きるものは誰しもが魔力を持っている。
生きとし生ける全員が、だ。それこそ植物から我ら人間、憎き魔族までね。
例外は無い。
これらの生物は死する時、魔力は肉体を離れ、宙に漂う自由なものとなる。
これらの所有者の確定していない魔力を集めればいいのさ」
「何故だ?」
「あんたの帰り道を作るのに必要不可欠なんだ。
日本から来たあんたに分かりやすく言うんなら……」
老婆がまぶたを閉じた。言葉を探しているのだろう。
「魔力ってえのは機械を動かすのに必要な電力だ。理解できるかい?」
的確で分かりやすい例えでありがたいね。流石、賢者らしい風体なだけはある。
「ありがとうよ。実際賢者なんだけれどねえ……まあいい。
それで、あんたがこのルヴェリアから日本へ帰るには、世界と世界を繋ぐ門を開く必要がある。こいつはデタラメな量の魔力が必要になるんだ。
今この場どころか、世界中を歩き回ったところでそうそう見つからないような膨大な量がね」
「……で、魔族を倒せと?」
「飲み込みが早くて助かるよ。
そうとも、生物が死んだ時に自由になる魔力を集めて回るのさ。
けどね、木っ端な雑魚を散らすんじゃあいつまで経っても貯まりゃしないよ? 狙うなら大物だ」
大物ね。脳裏にラスボスという文字が浮かぶが、この世界の魔王は封印されていて今は居ないんだったか。
……なんだかよくある話だな。終盤にさしかかる辺りで復帰して何もかもを台無しにしてくれそうである。
「魔力というものは存在が強大であればあるほどに濃密にして多量。巨大なものとなる。魔王の解放を大義に見立て、ルヴェリアの光に住まう人間種族を滅ぼそうと企む七人の大魔の魔力ならば申し分ないはずだ。
大魔のうち一体でもあんたが殺せたのなら、帰還の門をその場で開くことも可能だろう」
「そうか!」
希望が見えた。敵を倒して帰還に必要なエネルギーを得る、か。
わかりやすくて助かる。問題は倒せるかどうかだ。
「その七人の大魔ってのは俺で――勇者でどうにかなるのか?」
大魔。字面にあげてみると相当に強そうな文字である。
四天王程度ならやられ役なイメージと相まってなんだかちょろそうにも思えるが、七種それぞれを率いる七人の大魔族となるとデタラメな力の持ち主に思えてならない。音に馴染みが無いからか?
これがロールプレイングゲームの冒頭のシーンだったのなら、今後のレベルアップやら装備の充実でどうにかなりそうなもんだが、俺が置かれた状況は国の滅亡まで残り一時間という崖っぷちギリギリ。瀬戸際である。
出掛けにどうにかしろというのはさすがに無茶な話だと思うのは俺だけじゃないだろうよ。
しかし老婆は何の心配も要らんと不敵に笑うだけだ。
この婆さん、実行するのはどうせ他人事だからと思ってやしないだろうな。
「むしろ勇者であるお前でなくては奴らを倒せない。並の人間では傷ひとつさえつけることが出来ないのだ」
根拠はさっぱり不明だが老婆には随分な自信があるようだ。
当事者であるおれには何のことだかさっぱり分からんがな。