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#006. 勇者の素質1


 背中の曲がった弱々しい老婆の話をここまで聞いて、これが舞台だとか演劇の話では無いんだろうなとはぼんやりと分かったし、彼らの事情は把握した。

 そして俺という人間が今この瞬間にも地に足をつけているこの国――リーンワールだったか?――とルヴェリアなんて名前のこの世界の末路も言っちゃあなんだがハッキリ分かる。


 この国は六十分の後には間違いなく破滅する。

 バッドエンドだ。


 俺と同じような世間一般の日本人が週刊誌を読みながら昼の弁当を腹に詰め込んでいるのと同じ時間に、見知らぬ世界が滅びを迎えている……と。


 マジかよ、よく分からないけどすげえ。


 今こうして机の上で頬杖突いている瞬間にも世界ではおれの知らない誰かが生活をしているんだよなあ、なんていう、授業中にぼんやり想像していたようなマクロな視点をさらに上回ってくるとは恐れ入った。

 

「勇者……勇者ね。分かるよ。あいつは強いって相場が決まってるからな」

 

 目の前の老婆に国王陛下と王女さま。

 貴族らしき身なりの連中に姿の見えないがどこかに居るであろう王国の民たち。

 異世界ルヴェリアの人々は滅びから救われたいと願っている。


 だからこそ彼らは崖っぷちぎりぎり……どころか、片足が宙ぶらりんに陥っているような瀬戸際から抜けだし、あわよくば一発逆転をかませる手段として勇者を呼んだのだろうさ。


 これまでに何作もプレイしたロールプレイングゲームや、散々読みふけったファンタジー小説を脳裏に思い描いた。


『おお、勇者よ、待っておったぞ。この世界をどうか救っておくれ』。


 棍棒と小遣いと呼ぶにも馬鹿らしいみみっちい金を寄越すポンコツ王が決まって口にする定番テキストだ。

 そうだよな。

 世界を救うポジション名は『勇者』以外にないよな。俺だってそう思うともよ。


「だがな」


 当然の疑問がある。

 俺はこの疑問に気付かないままで他人に持ち上げられて、勇者になったぜ! などと万歳三唱ををするような男ではない。


「――どうして俺なんだ?」


 ガタイがいい奴とか頭がキレる奴とか正義感のあふれる奴だとか、自分より優れた人間は大勢居るのは知ってるさ。ここは意地を張ったって何の意味もないところだ。


 自分は凡庸な一般人であり、世にありふれた男子高校生であることを俺は自覚している。


 勇者として呼ぶんなら、もっとすごい人間を呼ぶべきだ。

 それこそ、五輪代表候補になっちまえるような人間とかさ。

 彼らなら期待以上の活躍をしてくれるに違いないぜ。


 君坂京一には特技という特技は無い。

 俺という人間のことは俺が一番よく知っているんだ。

 無いものはどうやったって出てこない。


 もしあるとすればそれは、やたらに昔話をするようになった祖母の話にせっせと薪をくべるように相づちを打ったり、人に頼まれごとをされやすい人の良い性格、あるいはこいつは断りそうにないなと思われるような甘っちょろい顔だろうさ。

 なんてことはない、俺は普通の男だ。

 

 理由が知りたかった。どうして自分が選ばれたのかを、だ。


 自分が王様率いるバッドエンドワールドの人間たちの語りに引き込まれ、のめり込んでいるのは分かっている。首を突っ込みすぎだというぐらいに考え込んでいることも。

 それでも知りたかった。

 一度走り出した好奇心は止めがたいもんだ。

 答えを知らないままではもう落ち着けないのだ。


 老婆はそんな君坂京一のつまさきから頭までをじっくりと舐めるように見つめ、


「お前の良心が素晴らしいものだからだ」


 喉から手が出るほどに欲していた答えを口にした。

 彼女は細い腕をさすりつつ、色褪せた唇で続きを語る。


「勇者に必要な素質は一騎当千の力の強さでも天地の理を知る頭の良さでもない。


良心(・・)〟だ。


 自分の身を呈して他人を助けるような心根の清さこそが勇者たりえる素質にして資格。あんたは自分の心の清さをこのアタシに証明してみせたじゃないか。覚えているだろう?」

「証明……? 交通事故のことか?」


 俺は無自覚に力なく笑った。あんなのはな……。


「目の前で車にひかれそうになっている人間が居て、それを助けられるのが自分以外に居ないんなら誰だってそうするに決まってるだろ!?」

「情があるんなら誰しもがそう考えるだろうよ。

 けれどねえ、そいつを実行できるかどうかというのは別の話さ。

 大概は尻込みをするなり、我が身かわいさに身を竦ませてカカシになっちまう。

 たったの一歩であっても前へと踏み出せたんならいい方だよ」


 白黒の横ストライプ柄の横断歩道のど真ん中に立つ老婆の姿を脳裏に思い出した。

 おれは駆け、必死に伸ばした腕で老婆を弾くように押し出して助けた。

 だが自分自身はもうどうしようもなかった。

 おれの最期は……轟然と迫る大型トラックのナンバープレートを見て――。


 鳥肌が立った。

 記憶を振り返るだけで身がすくむ。

 もう一度同じことをしろと言われたって難しい。

 もっとハッキリ言うなら無理で、不可能だ。

 こちらの心中を知ってか知らずか、老婆は口元をにんまりと歪ませて言う。


「あんたはそいつをやってのけたんだよ。

 勇者の適性をあたしに見せたあんたをこちらへと許可無く引っ張り込んだのは悪いとは思っている。けれどねえ、時間が無かったんだよ。

 滅びの時は迫り続けていて、他の人間を選ぶ時間があたしらにはこれっぽっちも無かったんだ。

 勇者よ……どうかあたしたちの事情を分かっておくれ。

 こちらの一方的な願いを押しつけているのは分かっているよ。

 だけどねえ……どうか……どうか、助けてくれないか」


 老人がただでさえシワだらけの顏をくしゃくしゃにし、目を潤ませ、地元でご利益があると評判の地蔵に、家内安全と健康祈願を願うように両手の平をすりすりと擦り合わせている。

 目の前でこんなことをされて『そんなもん知ったこっちゃねえ! おれァ帰るぜ! そこを退きな!』と突っぱねるような真似は……畜生、俺には出来ない。

 

 俺は目元を手で覆い、かつてないほどに深い溜息を吐いた。


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