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#005. 滅びの事情


 携帯もある。スクールバッグもある。頬をつねっても痛みがある。

 生きてはいる。ジェネレーションギャップのありすぎる冗談は分からない。


「いやいや、そうは言っても帰りたいんだが」


 もしくは目を醒ましたい。

 ここは夢ではないぞと否定をされた直後だが、夢の中の人間が自分の世界を現実だと思うのは当然だろう。だから俺は突っ込まなかった。野暮だからな。

 

 もし逆の立場だとして、だ。

 考えてもみろ。

 初対面の野郎に『お前が暮らしてる日本は空想の世界ッスよ』などと面と向かって言われたらどうする?

 参考までに俺ならば全力のスプリントをもってすぐさまに場を急速離脱し、ヤバげなそいつと今後何年残ってるんだか分からん人生において金輪際接触しないよう、八百万の神々に心底からの祈りをささげる。

 

 しかして眼前の老人は俺の返答なんぞは真剣に聞いちゃいないらしい。

 老婆は「はいはい」と同じような文句を散々に聞き飽きたような面をして肩を竦めてくれる。


「帰ると言ってもねえ。今すぐは無理なんだよ」


 彼女はやれやれと首を左右に振った。

 

「グエン王。彼に事情を説明してやってもいいかね?」

「ああ、頼む。勇者には知る必要があるからな」


 国王はうなずくと老婆に場を任せ、暗がりに隠れていた自分と同じぐらいに偉ぶった装いの男たちに近付くと仲良しこよしにお互いの顏を寄せてヒソヒソと話をはじめた。

 権利者が内緒話をする場面なんて映画とかでありがちだが、まさか目の前で見る日が来ようとはな。

 

「まずは世界について話した方が良さそうだ。何しろあんたが呼ばれた理由はまさにそこにあるんだからねえ」


 ああそうかい。

 生返事を返しながらに俺はポケットから取り出したスマートフォンの画面をちらりと見た。バッテリーは半分以上。電波は一本入っている。


 おい待て。異世界なのに電波があるだと?

 どこかにアンテナが設置されてるってのか?

 どこの携帯会社が時空を超えてアンテナを立ててると言うのだ。ユーザーが居るわけないだろうに。


 人の動揺に気づきもせずに、怪しげな壺の前で正体不明な薬物を調合していそうな老婆がゆったりとした口調で語り始める。

 頼んでもいないのに始まる辺りは、まるで授業で流す道徳のビデオ教育のようだな。やれやれ。ま、事情という名目の設定ぐらいは聞いといてやるとする。


 曰く。

 この世界、ルヴェリアは地球とは存在する場所が違う世界。

 人間以外の姿形をした人類種族が大勢あり、魔法が当たり前に存在し、俺の認識で言うところの中世的、もしくはファンタジー的な社会だという。

 

「最初は面食らうだろうが、あんたが居た日本とそう大して変わりゃあしないよ」

「いやいやいや、だいぶ違うんだが」


 既に突っ込みどころが発生している。

 老婆も俺の疑わしげな面から雲行きの怪しさを察したのだろうが、ともかく今は事情の説明が最優先らしい。

 彼女はしわだらけの手をこちらに向けると、「黙って聞きな」と冷たく言い放った。


 スケジュール表に則って動いているわけじゃあるまいし、随分せかせかと話を進めるもんだ。終わったあとに質疑応答の時間はあるんだろうな?


「ルヴェリアは長らく平和だったが――」


 無視である。


「――……二百年前に世界を二分する大戦があった。

 魔族が大挙をして人間世界に攻め込んだのだ。

 率いるは魔王と七人の大魔。

 光の大地と闇の大地。それぞれの領域でそれぞれに暮らしていた二種族の均衡がいったいどのような切っ掛けで破られたのかは、今もって明らかになってはいないが、とにもかくにも魔族連中は人間世界を制圧し、徹底的に蹂躙したのだ。


 人類種族は滅びの際に追いやられた。

 しかし、滅亡の淵に立った我ら人類の中から数人の英雄が現われた。

 彼らは共に世界を救いに旅立つとそれぞれが一騎当千の活躍を果たし、最後には魔王を封印、無力化をすることに成功したのだ。

 そうして魔王を失った敵の隙を狙い仕掛けた人類軍の攻撃は成功し、我らは勝利を得た」


 喜ばしい話じゃないか。

 だがしかし、周囲に立つ現地人たちは打ち沈んだ。重たい本題はここかららしいな。

 

「だが事態は完全な収束をしなかった。

 魔族の結束は固く、首魁である魔王が失われたが彼らが瓦解をすることはなかったのだ。

 元々暮らしていた闇の領域へと退いた魔族と、光の領域にある文明の復興に尽力する我ら人類。二種族の小競り合いや小規模な会戦は戦後の二百年のあいだにも度々起こっていたが、大きく発展することはなかった。

 我らは戦争と日常が入り交じる日々にあったのだ。まったく、お前の暮らしていた日本が羨ましいね」


 無言をもって意趣返しを決めてやった。

 それからおれは腕を組み、話に聞き入っている顏を向ける。意味するところは続きを頼む、だ。


「以前のような平和にはほど遠いものだったが、青空を仰ぎ、愛する者たちと森や丘を歩き、国々が交流を維持することがかろうじて出来る世界だった。

 希望を抱き、かつての黄金時代へと我々は前進していたのだ。しかし今や何もかもが失われてしまった。


――……始まりは半年前。


 魔族が再度の攻勢に出た。

 これまで散発的に発生していた戦闘ではなく、少なくとも五十万を超える大軍勢が一斉に進軍を始めたのだ。魔王を欠いた暗黒の軍勢を率いるのは、七つある大魔族を束ねる七人の首領たち。彼らは封印に囚われた魔王を解放せんとして人間世界の七つの大国に狙いを定めた」


「そりゃ何故だ?」

「魔王の大封印には七つの鍵が掛けられているからさ。

 鍵は人の形をしてそれぞれの王国に存在している。

 フィンス、ボルゲン、ダイン……その内の一国がここリーンワール。

 そしてこの方が――」

「私が封印の鍵、エヴァ・ヴィッケバインです」


 言葉を継いだ少女を俺は見下ろした。

 こんな小さい女の子がそんな大層な役を担ってるってのか?

 掛ける言葉を探しているあいだ中誰もが無言だった。


 少女は自分の重責を。俺は気まずさに。周囲の貴族は救いを求めて。

 老婆は一切を無視して「続けるよ」と言った。


「魔族の攻勢は凄まじいものだった。

 戦場の規模は油の線をたどる火のように素早く広がり、失われた魂とエーテルが天へと還る輝きは、月の無い夜空に光の河を築いたほどだ。

 人界の英雄は失われて久しく、また再度の出現も無い。


 我ら人類は滅びの寸前へと再び追い詰められた。

 今、この時代は人類の黄昏時なのだよ、勇者。

 鍵を所有する他の六国とはもはや連絡は取れず、暗黒の軍団はここリーンワールの目と鼻の先に迫っている。

 リーンワール国最大にして最後の大要塞、リトーデの目前にて布陣を広げた魔族どもが我らに通告した開戦日時は……」


「――今日なのだ」


 国王が重々しい口振りで言った。

 国のトップである王があらためて口にした事実に外野の意識は現実に呼び戻され、ざわめいた。


 もう逃げ出したい。

 だがどこにも行けない。私たちはここで運命を終えるのだ。

 貴族連中の誰しもが衝撃を受け、諦めた顏をしていた。そして王が口にした衝撃的な事実は俺にもヘヴィな一撃をくれていた。


「今日だと!?」


 いくらなんでも急すぎんだろ!?

 だが現実は非情である!

 国王は冷厳な面もちと勿体ぶった口調をもって流血と破壊が始まる時刻をふたたび告げた。強調するように、俺に強く認識させるように。


「正確に言えば本日の正午である」

「おいおいおい今何時なんだ?」


 嫌な予感がしてならない。

 誰が決めたんだか知らないが、こういう場合は嫌な予想ばかりが当たるもんだからな。


「午前十一時だ、勇者よ」


 やっぱりな!?


「あと一時間しかないじゃねえか!?」

「いかにも」


 もうすぐ戦いが始まろうってのにこいつらはどうしてこんな暗い部屋に集まってるんだ?

 天国へ行けるよう、神に祈りを捧げているのだろうか。

 なら聖堂だとか教会だとかでやるだろうに。

 こんな陰鬱な部屋で祈っても聞き届けてくれるのは邪神か悪魔ぐらいのもんだ。


「三十代続いた我がリーンワールの滅びはもはや眼前である。

……我が国は強くはない。

 民は平穏を愛し、鳥と歌い、自然と生きる牧歌の民なのだ。

 騎士団はあるがそれは守備のためで、単独で戦を……それも魔族の中で最も血肉に飢えた鬼共と戦い、ましてや勝てるなどとは……」


「陛下。それ以上はいけません。砦に居る騎士らをお思い下さい」

「ああ、すまない。我らが苦境を生き延びるには勇者、御身の助力が必要なのだ。どうか我らに救いを……」


 そうして老婆が、エヴァ王女が、国王が。全員の目がおれの目を射った。

 彼らはおれの答えを求めている。

 目の前に選択肢が表示されるのなら、大きく強調のされたイエスと小さなノーだろうな。

 よし、言うぞ。俺は言うぞ。

 言ってやるからな!


「タ……」

「タ?」

「タンマ……ッ!」


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