#000. プロローグ
『行方不明者。
氏名、高橋凜子。十四歳、中学三年生。
肩口までの黒髪に中学指定のセーラー服を着用。
かばんにはピンク色のクマのぬいぐるみ。
失踪日時は四月十日の午後十五時頃。
最後に目撃をされた場所は商店街。
どんなに小さな情報であっても構いません。
心当たりのある方や目撃をした方は下記の連絡先まで。
電話番号は――……』
ビニールスリーブの隙間から染み入った雨水によって、所々のインクがすっかりにじんでしまったA4プリントが貼りつけられた電柱の前で、ひとりの女がぴたりと足を止めた。
彼女は薄汚れたプリント用紙を行頭から末行まで丁寧に読んで、それから行方不明少女のモノクロ写真をじっと見つめた。
年頃の少女らしい、無垢で、少しだけ生意気な笑顔をカメラに向けている。夕方の商店街を見渡せば、似た顔立ちの少女が何人でも見つかりそうな――それこそどこにでも居そうなありふれた少女。
彼女がトラブルに巻き込まれずに中学から高校、そして大学に就職、最後には結婚と。平凡な――それ故に難しいのだが――レールの上を順風満帆に歩いていたのならば、きっと心配とはおよそ無縁の平穏無事な人生を歩んでいたことに違いない。女は少女の前にあったであろう未来をいくつか想像し、やがて尽きたのか、つまらなそうにふんと鼻を鳴らした。
「心配しなくってもどっかで元気にしてるって。そりゃあ世の中には女の子を連れ去るような悪いやつも居るわよ? 人を持ち上げて良い気にしたうえで騙したり、良心につけ込んだりね。けど同じぐらいに良いやつも居んのよ。何事もバランスよ、バランス」
女の言葉を聞く者はいない。電柱は黙々と立ち続け、頭上でぎらつく太陽はじりじりとアスファルトを灼いている。
女は肩からずり落ちていたかばんのストラップを正し、進むべき道をまた歩きはじめた。
緑の匂いが濃く、セミの声が聞こえている。
六月二十日。初夏だった。