五歳の誕生日と王都行き
五歳。
とうとうこの日がやって来た。
「さて、カイウス。五歳の誕生日おめでとう、父としてとても嬉しく思うよ、そして君が無事にこの日を迎えられたことを、感謝しなければね」
息子へと父が優しく笑い。
「はい、父様。これもひとえに温かく見守ってくれた家族や使用人達のお陰です。ですが、それらの方々の力は全て父様の物。私が一番感謝しているのは父様です、父様、ありがとうございます」
「うぅッうぅぅ、カイウス様、なんとご立派なお姿でしょうか、このサリヤ、感激の極みでございます」
メイド長は目頭を押さえながらそう言い。
「うぉおぉぉぉぉ、とうとうぼっちゃんが五歳に、それもこんなに俺たちに感謝してるなんて‥‥‥。おりゃ、おりゃ、幸せもんだぜ」
門番兼護衛は握りしめた拳を地面に叩きつけ。
「なに言ってんのよ、あんただけじゃないんだから。カイウス様は皆に感謝してるの、そこらへん間違ったらだめよ」
影から守る系の護衛はそんな門番を殴りつつも、目頭からは少しの汗が。
「ラミアの言う通りです、皆ありがとう。これからも誠心誠意頑張っていくよ」
「「「「「か、カイウス様ーーーー!!」」」」
使用人全員が感激で叫び出す。なんだこれ。
誕生日会、特に五歳を迎える貴族の少年少女たちのそれは盛大に行われることになる。
その趣向は家々、または領地によって異なるが、この家、ノムストル領ではそれはもう盛大に行われる。
家族、使用人、使用人の家族はもちろん、領の有力者、その家族、そして領民達、多くの人が街に集まり、騒いで、今年の五歳の少年少女たちを祝う。
要するに領全体で祝うのだ、それはもう盛大に。
この日はどこもさながらお祭り騒ぎ。
「ふふふ、皆大変な思いをしていたから、純粋な喜びとこれからへの不安が混ざった複雑な表情をしているわね」
「お母様、笑い事ではありません。カイウスのお陰で私も苦労しました」
「あらあら、てっきりあなたは喜んでいるのかと思ったわ。何て言ったって必ず儲かる話をいち早くに知りえて、 準備までしたじゃない。‥‥‥実際、儲けてるって聞いたわよ?」
「はい、儲けてはいますよ、儲けてはね。‥‥‥けれど、それ以上に厄介なことの方が多いです。ゆっくりと着実に儲けるのが信条でしたのに、次から次に依頼が入り、周りを嗅ぎまわる者たちが増えましたので‥‥‥それに婚期の方も‥‥‥はぁ」
「良かったじゃない。どうせそれを一つ一つ潰していってるのでしょう? 今後商会が大きくなったら避けては通れない道だったでしょうから、そういった者達をあぶり出せたと思ってあきらめなさい。婚期の方は、気長にやればいいのよ、気長にね」
少し離れたところでは母と姉が少し不穏な会話をしていた。
「弟たちは優秀で何よりだね、この家の長男として誇らしい限りだよ。‥‥‥そこで相談なんだが、どちらか僕の代わりに次期領主にならないか? 何、そこまで難しいことはないよ、自由で頼れる家族や親族、それに知り合いたちに頼まれていろいろな揉み消しや対応に追われて、中央の貴族たちの嫌味を淡々とそれでいて笑顔で乗り切ればいいだけさ。な?簡単な仕事だろう?」
「兄さん‥‥‥ごめん、もう少し大人しくしてるからさ、それ以上は飲まないほうが」
「ふはっはっは、レイ、俺のかわいい、かわいい弟よ。君からその言葉を聞いたのは今日でちょうど百回目だ!! いやぁ~~、めでたいッ、めでたいッ!! こんな日は飲むに限る!! ぷはっ~~~~」
「「「「クリスト様‥‥‥」」」」
いつもは優しそうな、それでいて超絶イケメンな長男、クリスト=ノムストル。
人呼んで、ノムストル家の『良心』。
特別で特殊なこの家において、唯一王都に居を構え、貴族同士の付き合いをそつなくこなし、東で問題が起これば東へ、西で騒乱が起これば西へ、北で敵国の侵攻があれば北へ、南で騒ぎが起これば南へ。
すべての問題に真摯にひた向きに対処したその姿から、ノムストル家の『良心』と王族にまで呼ばれた。御年、21歳の貴族界きっての期待の新星だ。
「ふはっはっは、この間なんて、『お前の家はどうなっている!? 次から次に問題ごとを起こしているぞ!?』ッて、王太子様にまで言われたんだぞ? あの優しい王太子様にだぞ? 思わず天を仰いだ僕に誰が文句を言えようかッ、うッぅぅぅぅぅ」
「兄さん‥‥‥ホントにごめん、でもこれからもっと大変になると思うよ? 俺たちの弟はまだまだこれからなんだ、力を持っていないでここまでの事を起こしたんだから、もっと大変なことを起こすって、兄さんにだってわかるだろう? それに爺ちゃんにも何かしらの火が付いてる、元を正せば、あいつのせいだけど、ああなった爺ちゃんを止めるのは無理だって婆ちゃんが言ってた」
「レイ、レイよ。頼むから協力してくれないかな? 少しでいいんだ、なんなら先っぽだけで良い。あいつらを、止めてくれッ」
「‥‥‥」
クリストの誠意が詰まった頼みにレイはそっと目を背けた
「ふふふふふふふ‥‥‥もう良い、もう良いよ。何でも来いよ!! ドンッと来やがれ!! 全部揉み消してこの世から抹消してやるぜ!! フハハハハハハハハハハッ!! げほっ、げほっ」
「兄さん‥‥‥ホントごめん」
クリストの受難は続く、というかこれからが本番だ、カイウスのスローライフ計画はまだまだ始まったばかりで、まだまだこんなものでは済まない。
がんばれクリスト、君の明日はきっと光り輝いている。
それは唐突な父の一言から始まった。
辺りはまだ宴会中で、感極まって泣いてる人や、不穏な会話に興じる人、宴会芸を披露する人など、まさにカオスな状況での一言だった。
「カイウス、この宴会が終われば明日は王都に行くからね」
「王都、ですか?」
「今回五歳になった貴族家を集めて顔合わせをするんだ。貴族は祝福を受けるのも王都の教会しかいけないことになっているしね、ほとんどの家が祝福を受けてからその場に行くことになる」
「‥‥‥もしかして自慢でしょうか? 祝福を受けてからの、スキルや魔法適正、魔力の大きさで競い合い、自慢し合う‥‥‥違いますか?」
要は王都で自慢大会を行うのだ。それに出場する、それだけの話。
誰それが一番だの、珍しいスキルを持っているなど、集まった子供が嬉しそうに語った自慢を、家の自慢へと変えて行く。そういう場に行くだけだ。
この時のカイウスのいい分はおそらく正解だっただろう、その証拠に彼の言葉を聞いた父は少し困ったように苦笑いを浮かべている。
「貴族には体面というものがある。それは力であり、希少さであり、誇りでもある。そこにどこどこの貴族という違いはないんだ。すべての貴族が気にしなければならないもの、それが体面だ。‥‥‥うちも例外じゃないんだよ?」
「はい、理解してます、理解してますが…それとは別に王都は嫌いです」
「え、カイウスは王都に行ったことがなかっただろう? それなのに……王都はいいぞ? 人はたくさんいるし、綺麗だ。出店もたくさん出ているし、珍しい店だってあるんだよ? それなのに、何がそんなに嫌なんだい?」
カイウスにとって何が嫌か、それはどこまでも単純な理由。
「人が多すぎるのは少し‥‥‥この街ぐらいがちょうどいいです」
「はい?」
たくさんの人々、それだけである。
他の理由はない、本当にそれだけなのだ。
カイウスは少し遠い目をしながら、そう答える。
「う、うん。それだけなら何とかなるよね? 正直拍子抜けだけどね、カイウスがそこまで嫌な顔をするのは珍しくて少し身構えていたくらいだから、もっときつい理由かと‥‥‥‥‥‥」
「はい、まぁ何とか我慢して行きますから、安心してください」
こうして五歳、カイウス=ノムストルの王都行きが決定した。
『宴会で出た残飯はおいしかったワン』BYポロロ