決意の確認
獣人国国王の前で大見得を切ってみせたカイウス。
カーランバ王国にとって不足のない水を引くことすら、常人からすれば難題であり、今まで誰も達成したことがない事だというのに……カイウスはさらに達成困難な、『広大な砂漠地帯を、鮮やかな緑へと変える』と言ってのけたのだ。
それも、自信満々に。
_それは、できないかもしれない
_それは、無理かもしれない
この発言をすると決めた時、カイウスの脳裏に過ったのは、いくつものネガティブな考えだった。
心の底のほうから浮かんでくる弱気になった自分に、負けそうになっていたのだ。
そんな時、一つの言葉が脳裏に浮かぶ。
『できる、できないかじゃない……お前がやるのか、やらないのかだ。すべてをお前の責任のもと、お前を信じてやれ』
それは、とても、とても懐かしく、耳にタコができるほどに言われたことのあるものだった。
何かを決断する時、何かを相談した時、何かに迷ってる時、よく背中を押してくれたカイウスの前世の時に受けた、大切な一つの教え。
転生してなお残る、前世の父からの言葉だった。
結局のところ、この教えにより、目を閉じ、考え、悩んでいたカイウスは、自らの責任の元、獣人国の根幹にかかわる重大な決断と、多くの命を救う覚悟をしたのだった。
時と場所は変わって、獣王国によって用意された白亜の城の一室。
獣王国によって用意された案内役により、幾つかの部屋へと案内されたカイウスたち一行は、それぞれ自分たちの部屋へと一旦荷物を置いたあとで、少ししてからカイウスの部屋へと集まった。
カイウスの部屋へと集まったのは、獣王の元に残ったユウリを覗く三人、レイ、ナナ、そしてカイウスだ。
それぞれ室内に用意されていた椅子やベットの上へと腰掛け、今後のことについて話合う。
「少し、街の散策でも……」
いきなり、カイウスから少し控えめながらも、欲望が透けて見える言葉が発せられた。
「お前は、あほか。……いいか、カイ? お前のここでの最初の仕事は、まず休むこと。そして次に、万全な状態でこの環境に慣れることだ、わかるか?」
「ハハハ、やっぱりダメです?」
「「ダメ」」
この部屋を割り当てられた主であるカイウスから、ありありと欲望を覗かせた言葉が発せられるが、他二人にすぐにダメ出しされ、がくりと肩を落とす。
レイの言ったこともカイウスには理解できたからだ。
慣れない環境と言うものはそれだけ体に負担を強いる。適応するためにいくらかの時間が必要であることをカイウスは知っていた。
それも、カイウス自身は子供の体であり、長旅を終えたばかりのカイウスとナナの二人ならば、尚のこと、休ませるという選択肢は当然の考え方であろう。
だが、しかし。
「そこに……そこに理想郷があるというのに……」
カイウスは口惜しそうに手を握る。
その濁り切った瞳からは、カイウスが諦めていないことが見て取れる。
このままでは、レイとナナが部屋から出ていったあとで、抜け出すこともあり得る。
そんなカイウスの様に、レイとナナはお互いに視線を合わせ、ため息を吐く。
「……落ち着け、カイ。理想郷は待っていない。待ってるのは、暑さと疲労にやられて倒れ伏すお前の未来の姿だ。いいか、カイ? 今日は何も言わず俺のアドバイスに従っとけ……これは、兄としてのアドバイスじゃなく、一冒険者としての警告だ」
「なッ……ズルいですよ、兄さん。そこまで言われて出ていけば、私はただの愚か者じゃないですか」
「ああ、だからさっきから言ってんじゃん。アホって」
「カイウス様……残念」
レイの小馬鹿にしたような表情とともに告げられた言葉に、カイウスはぐぬぬ、と顔を悔しそうに顰める。
レイの言い分に確かな正当性があり、自分の主張がただの我が儘に過ぎないことをカイウス自身が知ってしまっている。
理解しながらも納得のできなかったカイウスは、少し短いため息を吐きながらクルリと兄に背を向けながら言う。
「わかりました、今日のところは、素直に寝ます……しかし、明日は少し街を見て回りたいです……これは、観光じゃないですよ? 遊びでもないです。……少し、そう、少しどういう街の構造なのか把握したいのです」
誰がどう見ても、苦し紛れの言い訳でしかない言葉を吐いたカイウスに、この場にいるメンバーからあきれたような視線が集まるが、とうのカイウスはその視線に気づきつつも無視することにしたらしい。
この場で正面からカイウスに呆れた視線を向けるレイは、めんどくさそうに首を振った。
「ヘイヘイ、まぁ、早く環境に慣れたかったら、その土地を歩きまわるのが一番だからな、別に反対はしねぇよ、明日は行ってこい」
「よしッ」
レイの言葉にカイウスが小さくガッツポーズをして、どうやら兄弟の言い合いは終わったらしい。
明日が楽しみになって機嫌のよくなったカイウスが、『部屋の中でも物色しようかな』と考えた時、トントン、と背後から肩を叩かれる。
「ん? ああ、ナナさんですか、どうしました?」
振り返った先に居たのは、カイウスの後ろで控えていたナナだった。
「そろそろ就寝……私、別の部屋だからお別れの挨拶」
「ああ、そうでしたね、お互い疲れてるはずですし、ゆっくり休みましょう」
「ん」
メイド服姿のナナはそういうと、カイウス、そしてレイへと軽くお辞儀をして部屋の外へと去っていった。
残ったのはノムストル家の二人の兄弟だけとなったが、その片方、兄であるレイもナナに続くようにしてカイウスの肩を軽く叩いた。
「お、じゃあ、俺も部屋に行くか……いいか? 勝手に抜け出さずに、すぐ寝ろよ、カイ?」
「ええ、分かってますって」
「……じゃあな」
カイウスの瞳を最後に一瞥だけしたレイが、カイウスに背を向けたまま手を振り、扉の先へと消えていく。
「……」
兄レイが去った後、カイウスだけが過ごす少し大きな部屋では、静かな時が流れた。
室内の物色を終えたカイウスは、部屋に設置されている大きめのベットの上に脱力した状態で飛び込む。
「イテテ……はぁ……疲れたぁ」
硬いとまでは言わないが、反発の少ないベットに飛び込んだことで、少しの痛みを腰に感じたカイウスだったが、痛みより疲れが勝ったのであろう、すぐに痛みなど忘れ、染み一つない綺麗な白い天井が目に入る。
「ああ、綺麗ってここまで快適だったんだな……」
今までが、綺麗でなかったわけではないが……時代が違うとやはりと言うべきか、多くの物が異なっていた。
その点、この城は大部分が大理石でできており、そのシンプルな美しさは時代を超えてなお好まれる。
だからこそ、カイウスの心を落ち着けさせることができたのだろう。
_さて、これからだな。
大理石の天井を見つめ、リラックスすること数刻。
心がしっかりと整ったことを自覚したカイウスは、これからのことについて考え始める。
それは、明日からの行動や、どうやって緑化していくかや、どのくらいこの場所に滞在するかだ。
(正直な話、転移できるから滞在期間についてはあまり考えないでいいのかもしれない……いつでも帰れると言えば帰れるし……それに、この地に水を引くことは何とかなりそうでも、緑化するまでならどのくらい時間がかかるかわからない……まぁ、何年か転移で行き来するしかなさそうかな)
実は、今回の問題の解決方法自体は、すでに考えていたのだ。
いくつか確認するものはあれど、カイウスが考えた解決策は単純だ。
カーランバ王国の立地も申し分なければ、懸念していた砂漠と言う部分もカイウスが考えていたよりも難題にはなりそうになかった。
「まずは、水だ」
城の外で陽が落ち、カーランバ国王城内での消灯を知らせる鐘が鳴る。
室内が数少ないランプとろうそくの光で灯される中、カイウスはその光をそっと消し、眠るために毛布に包まる。
長い旅の末、やっとたどり着いた砂漠の国と白亜の城での一夜。
未だこの地に住む住民たちとは会えていないが、カイウスの頭の中に浮かぶのは荒廃してしまった地域をどう変えて、ここに住む人々を笑顔にするかだった。
勇者ユウリの決意と覚悟から始まった長い旅は、ここから本番を迎えることとなる。