四歳の日常~前編~
四歳。
それはスキルや魔法と言った、カイウスにとっては魅力的でこの世界で生きていくには必要不可欠なものが使えない、そんな歳。
「カイ、もっと慎重に、それでいて大胆にだ」
「は、はい! 兄様」
「あ~、脇閉めろ、脇。それじゃあ狙ってくださいって言ってるようなもんだぞ」
「わ、脇ですか? む‥‥‥」
しかし、カイウスには前世の知識がある。木村竜太としての知識だ。
この先、必要になるであろうものは大体予想済みである。
「ほいっ、次はそれで打ち込んで来い」
「はい!! 胸を借ります、兄様!!」
「おう」
やれる事、やりたい事などそれこそ星の数ほど思いつくし、試みている。
しかし、そこはどんなに特殊と言っても貴族家。
家長の許可が必要なのである。
「おうりゃ、ッ、シッ」
「おいおい、四歳児からは決して聞こえてはいけないものが聞こえて来たぞ」
「空耳です」
カイウスはそういったことは分別のあるというか、癖であったというか。
とにかくだ。
カイウスはその一つ一つを家長である父に求めた。
それは先ほど言った通り、星の数ほどである。
父は泣いて良い。
「父様、右の資料。税をごまかした形跡があります。もはや、過去の資料と照らし合わせれば一目瞭然ですよ。これは完全に舐められてますね」
「う、うん。分かった、わかったから。カイ、ここはもういいよ? 父さんが手伝わせたのが悪かったから、これ以上仕事を増やさないで」
「父様、今見てる資料は‥‥‥‥‥‥‥ほほう、開拓許可申請ですか。む、ここは場所が悪すぎますね、これはどう考えても失敗前提のものだ。予算だけをかっぱらおうとする気満々ですね。ボツッと」
「ああ、それは良いんだよ、お願いだから破ろうとしないで。その申請者は数々の開拓を成功させてきた御仁で、信用できる人なんだ。だから、お願いだからジッとしてて」
「‥‥‥」
カイウスが思いついたのは、まずは内政だった。
と言ってもがっつりではない。撫でる程度。
所詮お手伝いである。
カイウスはこのように父を誠心誠意手伝いつつ、お願いしてきたのだ。
しかし、彼の希望が通ったのは僅か二つ。
カイウスは、何がだめだったのだろう? と頭をひねりながら考える。
木村竜太の時は、進んで仕事をすればするほど喜んでくれたものである。
彼にとってはこの程度、仕事にも入らない。
僅一、二時間程度のお手伝いだ。
しかし、現実に通った要望は二つである。
そう決まった以上、カイウスがやれるのは二つなのだ。
「はいはい、いったん休憩にしようや」
「くっ、殺せぇぇぇい」
「いやどうしたッ!?」
一つ目は護身のための、より実践的な訓練。
この世界にはスキルや魔法と言った便利で恐ろしい武器がある。
その他にも魔物と言った危険生物たちが野放しにされている。
少しでも命を守る手段が欲しい。
そう考えて提案したのが、今やっている訓練という名の扱きだ
「き、気にしないでください。一種の病気です、兄様」
「そ、そうか、いきなり叫び出したから少し驚いた。病気か、病気ならいいのかぁ‥‥‥??いやいや良くない。もし、姉さん達に知られたら殺されるぞ、主に俺が」
「そうですね、確かに‥‥‥では、このことは姉様達に報告ですね!」
「止めろ、本気でやめてくれ。俺の唯一のパトロンを消す気か!!」
「兄様なら大丈夫。どこででも生きて行けますよ。なんせ暴風の異端児の二つ名で呼ばれる凄腕冒険者ですもんね」
「ぐ、ぐはぁッ」
ノムストル家。いや、この場合はノムストル家の男たちであろうか。
彼らは、ほぼ全員が二つ名を家族に呼ばれると、何かに殴られたかのように胸を抑え始める。
その姿はまるで、何かに耐えてるよう。
そう、これは恥ずかしさのあまり悶絶しているのだ。
しかしこの現象。
実は男性にしか現れない。むしろ女性の方々は誇って来る。
その度に男性陣は悶絶であるのだが‥‥‥。
「頼む、家が女性に弱い家系であるのはお前だってわかってるはずだ」
「え? 兄様何言ってるんですか?お母様達はみんな、お強いですよ?」
「てめぇ、こんな時ばかり純粋な子供の振りするんじゃねぇ」
「‥‥‥やっぱり今日は終わりにしましょう。なんだか、酷く疲れました」
「おい、待てッ。この気分屋が!! 今日はまだ半分も終わってねぇぞ!!」
「ポロロッ!! ゴーゴーゴー!!」
「グルゥゥゥゥ!!」
「てめぇッ、ポロロはダメだろ!! くそッ、こいつお前のいう事しか聞かねぇだろ!!」
「いえ、お母様を筆頭に、お姉様達とメイドの言うことはよく聞きますね」
「家のヒエラルキーを本能で理解してんだよ!!」
カイウスが一声発するだけで、一匹の黒狼と一人の男が対峙する。
カイウスからその黒狼を見れば、どこからどう見ても立派な狼なのだが。
この狼、まだまだ幼生である。
その黒狼はカイウスにポロロと呼ばれ嬉しそうに駆け寄り、彼の指示通り男へと襲い掛かる。
その姿はまるで忠誠心の高い犬のよう。
お察しの通り、この黒狼が魔の森で拾ったヘルウルフの子供である。
拾われた当初のボロボロだった体はそこにはなく、その姿はどこからどう見ても大きく立派な一匹の狼だ。
「クッソ、俺だって伊達や酔狂で二つ名貰ってるわけじゃねぇんだ。今日は本気で行くぞ、ポロロぉぉぉぉぉッ」
「ハッ、ハッ、ハッ‥‥‥グラァァァ」
「ナチュラルに魔法を避けるな!! 弾くな!! ‥‥‥そして魔法を使うな!! もう止めろ、やめてくれ、これ以上近づくんじゃぁ‥‥‥」
「ウォオオオオオオオンッ」
「言うこと聞けよォォォォォ!!」
次男、レイ=ノムストル。
それがカイウスの兄にして、今現在ポロロにボコボコにされている人物である。
レイ=ノムストルは、この家の次男にして、先程言ったように凄腕冒険者であり、一流の冒険者である。
”暴風の異端児”
それが兄の二つ名であり、この国では有名な二つ名である。
兄がその名をつけられたのは風魔法のスペシャリストであることはもちろん。
兄自身の性格が大きく関係している。
レイ=ノムストルは貴族だ。
貴族とは、優雅で傲慢な人間であるはず、それが大多数の平民の認識であり、それは間違っていない。
間違ってはいないが、兄はその普通の貴族ではなく、何よりも自由を愛する男だった。
兄のしたい様に振る舞い、したい様に行動する。
それがレイ=ノムストルという人間である。
そんな兄に、冒険者という職業はまさに天職であった。
行きたい街に行き、やりたい事をして生きていく。
そんな中で、たまに依頼を受ければいい。
兄の心は踊り、貴族ということなど忘れ、ガンガン進んで行った。
進んでいった結果が暴風と異端児の二つ名だった。
平民からは親愛の籠ったその二つ名だが、貴族たちからは少し、いや、だいぶ嫌われている。
貴族らしく振る舞うことはせず、ただ粗暴に、荒くれに、振る舞う。
兄が冒険者として行動している限り変わらないそれに、貴族はここぞとばかりに嫌悪を示した。
____これじゃ質の悪い平民と同じじゃないか!!
____我らの誇りを汚す存在であるな。
____フッ、所詮は冒険者風情よ。
貴族たちはこぞってそう罵った。
しかし、それは言葉だけ。
言うだけで手は出さない、いや、出せない。
出したら最後。
出した者の手だけで終わればいいが、その周囲一帯がどんどん嵐に呑まれてしまう。
レイ=ノムストルとはそういう存在だ。
決して触れてはいけない存在。
後ろ盾はもちろん、兄自身も頭は良いし、何より強い。
お手上げ、この国の貴族の認識はそう言ったものであった。
「頼む、頼むからよ、ぺろぺろすんな。遊んでやるから、な? 頼むよ、これ姉さんに貰ったものだからさ」
「報告の二つ目ですね、これで兄さんは死にます。ポロロー、よしよし。よくやった。ハウスだ」
「ウォン、ウォン!!」
ここで助かったのは兄の性格が捻くれなかったことだろう。
いや、捻くれる事なんかできなかったのかもしれないが。
兄が粗暴で、荒くれだというのは貴族達であり、平民達ではない。
なんせ兄は自由を愛してるだけで、非道は愛していない。むしろ嫌ってすらいる。
そんな兄の性格を地球で表すなら、一匹オオカミのどこか優しいヤンキーであろうか。
大きな問題は起こさず、無駄な争いはしない。
それでいて雰囲気は近寄りがたく、少しトゲトゲしている。
困っている人がいれば助け、それを恩に着せることは決してない。
そして、一人の行動を何よりも好む。
それが兄だ。
「‥‥‥弟は絶対に男じゃねぇ、妹だ。お前は妹のはずだ!!」
「僕は男ですよ、兄様も昨日一緒にお風呂で確認したではありませんか」
「いや、家は女が強い。戦闘も日常でもそれは変わらない。だからこそ、さっきの敗北感。そして手練手管。‥‥‥お前は確かに妹だ」
「兄様が欲しかっただけですね‥‥‥どうやら、これは重症のようだ。レイヤ姉様を呼んできます」
「あ、すまん!! マジ、すまん!! 呼ぶな、あいつだけは呼ぶな!!」
兄を含め、この家で女性に勝てる者はいない。
それは精神的にも正しく、こと戦闘においても正しい。
要するに家の男たちは、この家の女性に対して頭が上がらないのだ。
それが妹であっても変わることはない。
「ポロロッ、ゴーゴーゴー!!」
「ウォーーン。ウォン、ウォン」
「く、来るなァァァァ!!」
「さて、行きますか」
兄はあいつだけは呼ぶな、そう言われたから違う奴を呼んだに過ぎない。
カイウスにとって、兄とは優しく、親しみやすい、尊敬できる兄であった。
であったが、それだけでもなかった。
兄とはこの家で一番暇で、体のいいポロロの遊び相手でもあったのだ
なんせ自分はやりたいことがたくさんある。それこそ星の数である。
自分がやらなくても良いものは、できるだけできる者に任せる。
それがカイウスであり、木村竜太が第二の人生で学んだ、とても大きなことだった。
血でしょうか?
『暴風はその後、美味しくいただきましたワン』BYポロロ