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閑話~紅蓮の魔女アリー~


(side アリー)


 私の名前はアリー・ノムストル。

 他国からは紅蓮の魔女と呼ばれ恐れられ、五人の子供を持つ母です。

 今日はとても天気が良い日なので、メイド長のサリアに言って少し優雅に中庭でお茶を楽しむことにしました。

 暖かい日差しがとても心地よくて、これだけでも外に出て正解だったと感じます。

 それから少し後、緩やかな時間を過ごした私のもとへ、この屋敷の主が優しく語り掛けてきました。



「やあ、アリー。お茶の時間かい?」   


「ええ、そうよルヒテル。……あなたもどう?」


「ハハハ、うん。お言葉に甘えさせてもらおうかな」



 そう言ってこの屋敷の主にして、私の夫であるルヒテルは用意されていた椅子に座りました。 


 今日はそこまで疲労していないようで、珍しく目の下に隈もなければ、力ない表情を浮かべていない。

 たぶんちょっかいを掛ける人がいなかったから集中して仕事に取り込めたのだろう。

 

 最近はカイウスもレイも獣人国への旅でいないし、レイヤは自分磨きに夢中で大人しくなりつつある。そして上の子たち二人は、それぞれ自分の責任の下、やりたいことをやっている。


 

「良かったわねルヒテル。集中して仕事に取り組めているようで、安心できるわ」


「まぁね。……でもちょっと寂しいかもしれない。なんていうのかな、言葉ではなかなか出てこないけど、張り合いがないというか、物足りないというか……」


「フフフ、何よそれ。あなたは何も変わらないわね。 出会う前からずっと」



 そうかなぁ、ルヒテルは小さくそう呟いて照れたように頭を掻きます。

 その仕草も、その表情も、その声音も、まるで初めて会った時のままのようで、私は思わず笑ってしまう。


 私がルヒテルと初めて出会ったのは、まだ紅蓮の魔女なんて名前では呼ばれていない時、貴族の子女としては考えられない冒険者生活をしていた時に出会った。 


 ソロの冒険者として一定の評価を経て、偶々懇意にしていた商会の物資の輸送の護衛依頼を受けた時だったと思います。


 輸送先は国境付近のベギス砦と言う場所で、ルヒテルはそこで小隊を率いる隊長の一人でした。


 私が砦へと入るために通った検問所の担当がたまたまルヒテルで、その時の印象はただの一軍人以上の印象は抱だきませんでした。


 でも、そのあと起こった『ベギス砦の奇跡』を伴に生き抜いて、ルヒテルの性格と力を知ってからの私の行動は早かった。

 自分でも思い出す度、すごい行動力だったと笑ってしまう。


 ルヒテル曰く、人生を平和に緩やかに、そして少しの豊かさで老衰できたら最高だ。と思っていたらしい。

 でも、あの戦いでルヒテルは祭り上げられることが確定していたし、いくつかの貴族からはさっそっく取り込まんとする動きが始まっていた。


 だから私は……おいしく頂きました。


 苦悩で潰れそうになっている彼を放っておけなくて、命を懸けてともに戦った戦友を守りたくて、いつの間にか食べてしまっていた。


 言い訳をするようでなんですが、初めはただの相談に乗るだけでした。

 はい、言い訳です。

 目的はルヒテルの周りの地盤固めと、他の好敵手おんなたちへの警戒をしていたからです。

 

 そして相談に乗っていくうちに……後はわかると思います。


 国軍を辞めたルヒテルとともにノムストル領に駆け込んで、ゴリ押ししました。

 


「お父さん、私この人と結婚する!」


「……おお、アリーお前はなんてことを」



 そう言って頭を抱えたお父さん(オルキリア)です。

 それでも、結局は諦めたようにしてルヒテルと私の結婚を取り持ってくれて、今の生活があります。

 

 未だ注がれていないルヒテルのティーカップに紅茶を注ぎながら、私は微笑みます。



「あなたは気が弱すぎるんですよ……もっときっちりとした態度で接すれば誰もあなたにちょっかいを出すこともなく、すぐに仕事も終わらせられるでしょうに」


「お、ありがとう。うんうん、確かにそうなんだけどねぇ……なかなかね」


「フフフ、なかなかですか」



 ルヒテルが「頂くよ」と言って、注いだ紅茶に口を付ける。

 まぁ、この人があまり自分の意見を言わず、なぁなぁで済ませてしまう人だということはわかっている。

 そういうところも踏まえたうえで一緒になったんだから。


 その後、お互いに紅茶を注ぎつつ、夫婦水入らずの心地のいい時間を過ごた。

 

 二人とも静かに座って、紅茶を飲み合うだけだったが、この時間が決してつまらないものであったとか、不快であったとは感じられなかった。


 最後の一杯を飲み終えたルヒテルがゆっくりと腰を上げる。



「さて、行かないとね。とてもいい時間だったよアリー、また来てもいいかな?」


「もちろんよ。いちいち許可なんて取らなくても、私はいつでも歓迎するわよ。知っているでしょう?」


「ハハハ、それでも君相手に礼を失することはしたくなくてね。いつまでもこうしていたかったけど……もう行くね」


「ええ、頑張ってね」


 

 私は立ち去っていくルヒテルの背中にエールを送る。

 初めは私のために、少ししてからは領民たちのために、子供が生まれてからは子供たちのために、そう言って必死で貴族社会に精通しようと努力して、日々戦っているルヒテル。


 私には今、一切の後悔はない。

 自分で選んで自分で決めてきたから……でも、そうしてこれたのは父と母のおかげで、今はルヒテルのおかげ。


 私はそう思うからこそ、今日もしっかりと自分の仕事をしようと思います。


 すぐに、外に出していたティーセットを片付けると、リビングで掃除をしていたメイド長のサリアに声を掛ける。



「サリア、今度調べてほしいのは帝国との国境の北側……山岳地帯よ。それと、各地の状況の報告書を一度まとめたいから部屋に持ってきて」


「かしこまりました、奥様」



 掃除の手を止めたサリアが丁寧にお辞儀をしてすぐにその場から離れていく。


 私も、サリアとは反対方向に進み、自室兼仕事場の部屋へと足を向けた。


 部屋に入ってすぐ、机の上へと目を向ける。そこにあるのは、少ないながらも重要な情報が載った幾枚かの報告書の束。


 さぁ、休息は十分とったことですし……今日も頑張りましょう。


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