閑話~賢者オルキリア~
(side賢者・オルキリア)
最近、滅茶苦茶可愛い孫が生まれたので、儂はそのことを弟子に自慢しに行くことにした。
弟子がいる場所は王宮の中なのじゃが、儂にとっては領地と王宮を行き来するなど朝飯前よ。
今はとにかくこの喜びを一方的に誰かに伝えたいんじゃ。
「実はの、孫が生まれたのじゃ」
「はぁ、そうですか」
「これがまた、滅茶苦茶可愛いくての、目に入れてもいたくない」
「……それはまた、良いお孫様が生まれたのでしょうな」
「うむうむ、どんな風に育つかわからぬが、ノムストルの名に恥じぬ立派な男児に育ててみせよう」
「それは……はい」
場所は王宮の中庭。
弟子はちょうどそこで優雅な休憩をして居ったようで、すぐさま捕まえてともに茶菓子などを楽しむ。
それにしても、反応が薄いのう……もしや、可愛さが伝わってないのではッ。
「……弟子よ、もしや儂の話した孫の可愛さ……わかっておらぬな?」
「師匠、十分伝わっています。私が言葉少ないのは、単に疲れているからでありましょう。師匠に対し、心地よい反応を返せず、心から申し訳なく思います」
「……それはそれでなんじゃか言わせているような気がしてくるのう」
「……」
「黙るな」
この弟子は、先代と比べて魔法の才はそこそこじゃが、変に頭が回るからのう……まぁ、良い治世を歩んでいるのだから何も言うことはないが……もう少し愛想が良ければのう、儂にだけ。
そうして少しの間、儂はお茶と菓子を弟子とともに楽しんだ後、その場を後にした。
(side賢者・オルキリア END)
賢者オルキリアのいなくなった王宮中庭。
そこでは遠い目をして、紅茶を楽しむこの国の王の姿と、何やら器を抱えて側に控える騎士の姿があった。
「師匠、お願いですから休憩中は来ないでくれないかな……」
「王様。薬の準備はできておりますが?」
「いや、いい。今回は何事もなくただの自慢話に付き合わされただけの平和なやつだ。問題ない、下がってくれ」
「ハッ」
王がそういうと、騎士は器を持ったまま数歩下がった。王はそれを確認するまでもなく、自らを落ち着かせるようにしてティーカップから香る紅茶をの香りを楽しむ。
「ああ、休憩とはこういうものだ……賢者オルキリア、いえ師匠。お願いです、次来るときも孫の自慢のような平和な話題を持ってきてください」
賢者オルキリアが消えていった虚空に向けて、叶うことのない願いを述べる王の姿は、どこにでもいる悩める者のようで……。
側に控える騎士は、その光景を見なかったことにした。
(side賢者・オルキリア)
あれから、何度か弟子の元を訪れては孫の自慢をしていくことに、儂は嵌った。
正直、自分でもここまで楽しめるとは思っていなかった。
自分の子供の時は苦労した記憶しかないからな……反動でも来たか。
それにしても、クリスト、クリミア、レイ、レイヤの四人の可愛い。
スクスクと育っていくし、何よりその純粋な笑顔は儂の心臓を容易く打ち抜いていく。
くッ、恐ろしい……いつの間にか、四人ともに激甘な祖父像を抱かれてしまっている。
しかも、それでいいと思っている自分が何と情けなくも……しかし、嫌われたくないと思ってしまっている。
儂は、いったいどうすれば……。
自室で領の運営のための書類を捌きつつ、悶々としていたが、そこでコンコンと、扉を叩く音がした。
「お義父さん、報告があるのですが……今、よろしいでしょうか」
扉の先から聞こえてきたのは、あの暴れんぼ……儂の可愛い娘を娶ってくれ、ノムストルの養子になってくれたルヒテルの声だった。
儂は一も二もなく頷いた。
「ん? うむ、入って良いぞ」
「失礼します」
……どうしたのだろうか、日ごろ疲れ切った表情を浮かべることの多いルヒテルの表情が、心なしか嬉しそうにしておる。
確か、同じような時が幾度かあった記憶がある。
あれは確か……。
儂が思い出そうと首をひねっている間に、ルヒテルは意を決した表情で告げてきた。
「お義父さん、アリーが五人目を身籠りました」
「おおぉ!」
ルヒテルの優しい満面の笑みで告げられたのは、嬉しい、儂にとっては一際嬉しい報告であった。
五人目の孫!
今ですら、孫に囲われて幸せでいっぱいであるのに……アリー、娘よ。ルヒテル、我が息子よ。
お主らは一体儂をどうしたいんじゃ。
このままだと嬉しすぎて死んでしまうぞ、儂。
「おめでとう、ルヒテル。そしてよくやった。まさかここまで子だくさんになろうとは思いもしなかった……ありがとう」
「そんな、お義父さん。私の方こそ感謝の気持ちでいっぱいで、今にも心が張り裂けそうなんです。やめてくださいよ」
「そうか、そうか……ならば一刻も早くアリーにこの気持ちを二人で伝えようではないか。きっと安心するはずだ。あの子はあれで心配性だからな」
「ええ、そうですね。二人でアリーを祝福しましょう」
儂とルヒテルはお互いに笑みを浮かべ、儂の部屋を後にする。
嬉々としてアリーの元へ、いざ赴かんとしていた時だった。
玄関の前に儂の妻アガサ=ノムストルが仁王立ちで立ち、有無もなく二人そろってしばき倒されてしまった。
そして、もっともなことをアガサに言われる。
「あなた、身籠った体はとても繊細なの……だからね? 少し遠慮して」
「は、ばい」
「……」
儂は膨れ上がった頬を撫でつつ返事をし、ルヒテルは一生懸命首を縦に振ることで応える。
かくも恐ろしき我妻よ……そろそろ手加減を覚えてもいいころでは?
「このくらいが、ちょうどいいのよ……オルキリア」
「ばい……」
自然と儂の内心を読んできたアガサに、儂はただただ頷くことしかできなかった。
それから一年後、無事に儂の五人目の孫は誕生した。
父親譲りの柔らかな金髪に、母親譲りの強気な赤い瞳を持って生まれたその孫の名前は、カイウスと名付けられた。
カイウスは、いやカイは、正直恐ろしいほどに可愛かった。
その可愛さは、歴代のクリスト、クリミア、レイ、レイヤを上回ったのだ。
儂だけじゃない、家族全員、家の者たちを巻き込んでそれはそれは歓迎された。
……嬉しい。とても喜ばしい事だ。
ただ、今回はライバルが多い。
孫同士の可愛がりもあるが、使用人たちがまた一層カイを可愛がる。
え? カイウス様はほかの御兄弟の幼年期と比べて、ヤンチャだけど気遣いができるって?
……否定はできないのう。
カイの上の孫たちは誰に似たのか、悪戯好きに育ってしまってそれはもう手を焼いた。
そこが可愛いんじゃが、使用人たちにはわからぬか。
違う? 悪戯の限度の問題だと?
確かに、魔法を覚えてからは行き過ぎに成りつつあったからのう……一度王都にいたキールに叩きのめさせて改心させたが……うむ、すまぬ、儂が甘やかしすぎた。
しかし、後悔はない。だって孫が可愛すぎるのが悪いのだ。
だから、今回のカイも私は見守ろう、ものすごく近くでな!
「ああ、少し前までの儂を殴りたい……孫は可愛がるものじゃなかったんじゃ……儂の希望、そのもの」
カイウスが五歳になる前、儂はとある報告を弟子に上げるため、王宮を訪れていた。
儂にとって孫と言う言葉の表す意味が大きく変わったからだ。
報告はついででしかない。
弟子はいつものように王宮の中庭で一人お茶会を楽しんでいた。
弟子が諦めた表情で問うてくる。
「……あの、師匠、大丈夫ですか? 転移した時、頭でも打ちましたか? あなたの末の孫は五歳になるばかりであったように思うのですが……いったい何があったのですか」
「……弟子よ、未来を見るのだ」
儂は伝えたい、この気持ちを、この決意を、今代の王に。
「ええ、大丈夫です。私はしっかり国の未来を見据えていますとも」
「弟子よ、それでは足りん、もっと可能性を見るべきだったのだ。儂らの様に考えることをあきらめてしまった者に目を向けるのではなく、新たなる意識と、柔軟な思考を持つ者を育てることこそが急務。 儂はそこに未来を見た」
「嘘だ……師匠が、ちゃんとした教えを与えるなんて何年ぶりだ……あ、ヤバいちょっと泣きそう」
「ほっほっほ、何。隠居して少し間抜けになっていたがな……やはり、孫とは偉大なものよ。儂の魂を蘇らせてくれた」
「師匠」
弟子は短くそう言って、深く頭を下げてくる。
そして言った。
「いや、賢者オルキリア。あなたが腑抜けてしまって幾十年、なんとも久しい感覚だ。 知識を求めし賢なるもの、あなたの帰還を心待ちにしておりました。正直、余生は孫の話しかしないものかと」
その言葉の節々に嬉しさを滲ませ、王はそう語る。
儂も、その言葉に応えるように礼節を重んじた態度で、王へと向き直り、言い放つ。
「……そうだの、心配をかけた。あきらめかけた儂の夢を、どうか叶える手伝いをしてほしい……いや、お願いできませんでしょうか、国王陛下」
「もちろんです。いやもちろんだ、オルキリア。この国を治めるものとして、そしてあなたの一人の弟子として……魔法を殺傷のための道具ではなく、悲しみを断ち切り、文化を発展させるものとして使用する、していくためのお手伝いをさせてください」
王としての顔と、儂の弟子としての顔を交互に出しつつ、儂の提案に王は、力強く頷き返してくれる。
時代が変わる、儂はこの時、確かにそう感じた。
孫の考えた一つのアイデアが、時代を確かに加速させたのだ。
それも、儂の意に沿う形で。
嬉しい事この上ないとは、まさにこの時のことだろう。
「ありがとう……儂はこの年になってようやく、人に恵まれたようだ。かわいい孫たちに心を癒され、儂の心に火をともすものが現れ、そして助けてくれるものがいる……世のめぐりあわせに感謝しかないのう」
戦争と言う醜いものを体験し、そして世に絶望した時期もあった。
そんな時期を乗り越え、今、儂は、儂の心は希望に満ち溢れ、活気に息づいている。
どうしたものか、本当にどうしたものか。
……ふと、アガサと結婚した時のことを思い出す。
式の途中に言われた言葉があるのだ。
曰く、
「あなたの停滞した今の心を、いつか誰かが動かす時が来るはず……私はそれまで精いっぱいあなたを支えますね」
その時は、緊張した儂に普通に優しい言葉を掛けてくれただけだったのかもしれないが、今思い出したということに意味があるはずだ。
儂は、王へと手短にカイの発案した上下水道の話などをした後、深く頭を下げ言った。
「弟子よ、すまないが行くところができた……長年、こんな儂を支えてくれた者に少し礼を言わなければならないのだ」
「それは……行ってください師匠。私の方でも少し調整が必要そうですので、今日は是非その者のところに行って感謝の日にするとよいでしょう」
「うむ、すまぬな。では、後は頼むぞ」
「はい、お任せください」
微笑みながら言ってくれる弟子を尻目に儂は、この思いを伝えるべく転移魔法にてすぐさまその場を去るのだった。
その後は言うまでもないがな、儂は全力で妻であるアガサに感謝をし、その日一日アガサとともに過ごした。
そして就寝する直前、優しい声音でアガサが「良かったですね」と言ってくれたことを、儂はたぶん今後死んでも忘れることはないだろう。
(side賢者・オルキリア END)
正直最初は、カイウスに振り回されるオルキリアを書こうと思って書き始めたのですが……結局最後は全部祖母のアガサに持っていかれることに。
まぁ、これはこれでいいな、と思っています。
カイウスに振り回されるお話は、また別の機会にでも。