目的の地へ
カーランバ王国の首都・カーランバへとたどり着いたカイウスたち一行のその後は、非常に慌ただしいものとなった。
検問所まではユウリの勇者としての権利をゴリ押しにし、カイウスたち人間三人は何も話すことはしなかった。
門の前に並ぶものが居なかった検問所をそうしてパスしたカイウスたち一行だったが、街に入ってすぐに四人の前に影が落ちることになった。
その影は真っ白な毛で全身を覆われ、頭に二つ生える特徴的な長く白い耳とスラリと伸びた足が特徴的な獣人だった。
ユウリにはその正体がわかったようで、影をに向かって告げる。
「……天秤宮、ローザか」
「……平の奴らにゴリ押しは通じても……アタイには通じないよ、勇者」
カイウスたち一行の前に音もなく舞い降りたのは、ウサギの獣人のローザだった。
赤く光った瞳を警戒するように細めて、自然体でユウリとカイウスたちを視界に入れている。
全身を和服のような着物で身を包み、腰には一本の刀を差している。
ローザは続けるようにして、ユウリに言う。
「一応、警備担当でね……幾らあんたと言えど、不法侵入かもしれない奴らをおいそれと見逃しちゃ、部下に示しが付かないからね」
「それはわかるが、今は見逃してほしいところだ……一刻も早くこの者たちと獣王様とを引き合わせたい、わかってくれ」
「説明もないとさすがにな……アタイもこの国を守る支柱の役割を”頼む”の一言で譲るわけにはいかない」
「平行線か……」
「そうだね、そうなっちまうね……」
ユウリ、そしてローザの視線が交錯し、あたりの空気が張り詰めた物に変わりつつあった。
ローザは腰を落とし、腰に下げられた刀に手をやり、ユウリが半身となり背中にある長剣に手を掛ける。
一触即発。
その言葉がカイウス、そしてナナの脳裏に浮かぶ。
正直二人はこの場の状況に付いていけていなかった。
ユウリに導かれるまま入ったカーランバの地で、音もなく降り立ったウサギの獣人と狼の獣人のユウリが急に戦いそうな雰囲気になっているのだ。
あたりに人通りはない。人の気配もしない。
_いったい何が起こっているんだ
カイウスが二人の様子を見ながら心の中で一人呟く。
カイウスの横にいるナナも混乱している様子で、困ったような表情でカイウスを見ていた。
ナナとカイウスがそうして混乱している中、空気を読まないようにして一人の男が二人へと声を掛ける。
「おうおう、ローザじゃねぇか! 久しぶりだな! 俺だよ! レイだ!」
「……ぇ」
不用心に、武器を構えた二人の中を突っ切る様にしてカイウスの兄、レイが嬉しそうにローザへと声を掛けた。
幸か不幸か、その瞬間あたりの空気は弛緩し、息の詰まるような雰囲気は霧散した。
それよりも、ローザの反応だ。
これがまた劇的に変化した。
警戒していた赤い瞳は、驚いたようにして丸くなり、そしてその表情を真っ赤にしたのだ。
迫ってくるレイに、アワアワと焦ったように首や手を振り、ローザとレイの距離が残り一歩となったところで真っ赤になったまま固まってしまった。
ユウリから安心したように息が漏れる。
「ふぅ……鉢合わせたのがローザでよかった、今回はレイがいるからな」
「……どういうことですか?」
落ち着いた様子で呟かれたユウリの言葉にカイウスが疑問に思って聞く。
その視線の先には再開を喜ぶようにして嬉々として話すレイと、先ほどまでの勢いはどこへやら、大人しそうに体を委縮させ、視線を逸らしながら頷いてみせるローザの姿があった。
ユウリがそんな二人の様子を優しい笑顔で見つめながらカイウスに、先ほどの発言の説明をする。
「色々あった……そう言えたらいいのだが、あの様子を見たら誰でもわかってしまうだろうからな。……前回レイがカーランバを訪ねて来た時にローザを救う機会があってだな……簡単に言うと、惚れ込んでいるのだ、ローザがレイに、それも一方的にな」
「へ~」
「しかも、面白いことに当事者であるレイがそのことに気づいていない……クックック、気の強くガサツなことで有名な天秤宮のローザが、レイの前でだけはああなる……気づかぬレイはある種のバカだな」
「超鈍感系主人公ですか……しかもS級冒険者で、貴族の血統……わが兄ながら末恐ろしい」
楽しそうに笑うユウリを尻目に、カイウスは口を押えて思わずそう呟く。
視線の先では、いったいどうしたらそこまで気づかないのかわからないほどの初々しいウサギ獣人の恥ずかしがる姿と、楽しそうに話しかけるレイの姿がある。
「いやあ、十二宮の誰かには会えるとは思ってたがまさか最初がローザだとはな! 嬉しい限りだぜ!」
「そうか、嬉しいか……アタイも、な。嬉しいぞ」
「お、マジかよ! 良かった良かった! もしかしたら久しぶり過ぎて忘れた、とか言われるかと思ってたから、一安心だ」
「そんなことは……いや、そうだな。アタイも忘れられてなくてよかった」
大きく頷きながら明るく話しかけるレイに、もともと小さな口を一層小さくしたローザが頬を染めながら答える。
素晴らしき青春の一ページがカイウスたちの視線の先では刻まれていた。
ユウリがそんな二人を見ながら、首を振り告げる。
「ローザ、これから城に向かうがともに来てはくれまいか? ……レイと積もる話でもあるだろう?」
「まぁ、アタイが着いて行けば問題ない、か……わかった、着いて行く」
「よし、では行くぞ」
コクッと頷いたローザを見て、ユウリは笑みを我慢して先導するように歩き出す。
カイウスとナナもすぐにユウリの後ろに続く。
後ろからは、弾んだ声を出すレイとローザの遠慮した声が聞こえてくる。
「ハハハッ、またガラドのおっさんも交えて楽しく宴会してぇな! な、ローザ」
「ああ、そうだね……」
「ガラドのおっさんの秘蔵コレクションはうめぇからな! 楽しみだ」
ウキウキ気分のレイの大きな声が街に響く。
通りには誰も見当たらないが、建物の影には人影のようなものが見え隠れしていた。
獣人特有の危機察知能力が働き、一時的にこの場から離れていたのだろう。
カイウスは後ろの甘酸っぱい雰囲気を無視しようと、少し残念そうな声音で告げる。
「あ~あ……入った瞬間、モフモフの桃源郷にたどり着いたッ、とか言いたかったのに……影しか見えないし」
「ん、そんなこともあるよ、カイウス様」
「……はぁ、ありがとうございますナナさん」
隣でカイウスの呟きを聞いていたナナが、励ますようにして少し明るめにカイウスを慰める。
それでも、期待を斜め下に外されたカイウスの気は重く、若干肩を落としながら進むこととなる。
ユウリを先頭に進む一行の直線状に見えるのは、白く白銀に輝く城。
予定にない乱入者と言う少しのハプニングがありながらも、一行はしっかりと目的地へとたどり着き、後は獣王への謁見を待つばかり。
白く光る道の上を、一行は確かな足取りで進んでいくのだった。




