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竜と人の町~レコリソス~完


 龍の鱗を兄であるクリストから渡してもらったカイウスがレコリソスに着くと、レイとユウリを伴ってすぐに治療院へと向かった。


 レイが一人、三人の中から代表してすぐに受付へと龍の鱗を手に入れたという説明をする。



「この袋に龍の鱗が入ってるんだが、ヨルト先生に直接渡したい。起こしてもらえないか」


「先ほどの……かしこまりました、少しお待ちください。ヨルト先生は先ほど仮眠から目を覚まされたとのことをお聞きしたので、事情を説明してまいります」


「ああ、頼む」



 受付嬢はそういうとすぐさま裏へと入っていった。

 残された三人レイ、ユウリ、カイウス。

 その中でレイがカイウスの頭を乱雑に撫で始めた。



「よくやったな。結構酷い状態だったから感謝されると思うぜ」


「痛いです兄さん、止めてください。私はただ、やれることを考えただけですよ」


「ハッハッハ、いやいや……よくできた弟を褒めるのは兄の役目の一つだろ?」


「くっ……クリスト兄さまで間に合ってますから」


「えッ、いや、それとは別枠だろ? 素直に照れていいんだぜ?」


「……」


「ああ、はいはい。わかった、悪かったよ、だからその無言の圧力は止めてくれ」



 乱雑に撫でていた手を止め、レイは両手を挙げて降参っといったポーズを取る。


 レイのその様を見たカイウスは視線の圧力を外し、顔をレイから隠すよう下げホッと一息を吐く。


 レイがその様子をニヤつきながら見ているのには気づいていたが、カイウスはそのことを気に留めることはなかった。


_カイが照れてる  


 カイウスにはレイがそう思っているのが手に取る様にわかったからだ。

 

 今は、兄のそんな思いを気にするよりも龍の鱗を無事届けることができた、そのことへの安堵の気持ちを優先したかったのだ。


_よかった、考えてた通りに何とか解決できそう……ナナさんを助けることができる 


 一安心だった。


 身近にいるものが、死に至る病を患って、しかも治療の手段がと乏しいと言われた時、カイウスは心臓が張り裂けそうな思いを感じていた。


 だが、それももう終わりだ。


 今、その問題の解決の糸口がたどり、解決策への重要なピースを自分自身の手で用意できたことで、その思いは消えていた。


 何か肩に重い荷物を持ったような体の重さから、カイウスは解放された気分になった。 


 二人の様子を見ていたユウリが、さもおかしそうな声音で話し出す。



「弟に頭が上がらぬとは、なんとも威厳のない兄だなレイ。まぁ、仕方ないか、レイだからなぁ」


「それどういう意味だよユウリ」


「日ごろの行いってやつですよ、兄さん」


「ああ、その通りだ」


「うぬぬ……はぁ、ヘイヘイ、どうせ俺はめんどくさがりの堕落屋ですよーだ」



 不満げな表情を浮かべながら拗ねてみせたレイを見て、カイウスとユウリは二人揃って笑う。


 三人とも冗談だということがわかっているからこその気安いやり取りだ。



「いやだが、確かに今回は素晴らしい働きだったと思う。……一瞬で終わってしまったのはいささか苦労のないように見えるが、君ができることをして多くの人が苦しみから救われるという結果に変わりはない……いささか私から見ても理不尽な気がしないでもないが……カイウス殿は、よくやったぞ」


「は、はい! ありがとうございますユウリさん。そう言ってもらえるだけで私は満足です」



 ひとしきり笑ったユウリから、混じりけのない賛辞がカイウスに送られ、カイウスは謙虚に答えてみせた。

 内心は普通に嬉しかったようで、その表情には少し赤みがさしている。



「ハハハッ、その心意気、素晴らしいな……おい、本当にお前の弟かレイ?」


「ああ、間違いなく俺の弟だよ……文句あんのか、ん~?」


「いや、確かに。顔の造りこそ面影があるんだがな……ククク」


「喧嘩売ってんなユウリ? いや、確実に売ってるな。今なら格安で買ってやるぞ」


「いやいや止めよう。ここは治療院だぞ。……さすがにけが人を増やすような行いは避けようじゃないか……ククク」


「おうおう、わかったぜ。後でだな、後でやり合うんだな……覚悟しとけよ」



 笑いを堪えようとして堪えきれなかったユウリに、レイが頬を引きつらせながらドスの効いた声を出す。

 

 ナナが龍浸病に罹ったと分かった時とは違った、いつも通りの雰囲気になった三人。 

 

 少しの間、二人がじゃれ合うようにして話し、カイウスがそれを眺める、といった流れで時間が過ぎていく。

 

_コツコツ  


 廊下から二人分の足音が聞こえてくる。


 一人はくたびれた白衣を着た初老の男性で、滲み出る優しい雰囲気を纏いながら歩いてきていた。


 もう一人は先ほどの裏に回っていった受付の女性で、白衣の老人の後ろを付き従う様にして歩いている


 初老の男性、この人がヨルト先生と呼ばれる人なのだろう。


 三人の元へとたどり着いたヨルト先生と三人の視線が交差した。



「レイ君にユウリさん。よく来てくれました」


「ああ、カーランバに行く途中に寄ったんだ……だから偶々だよ」


「いや、偶々でも今回は本当に助かった。魔力の大量消費と回復の繰り返しはきつくてね……よる歳波には勝てないもんだね」



 そう言って三人の元にたどり着いたヨルト先生はペコペコと頭を下げた。人の好さがわかるような柔らかい物腰だ。


  

「それで、龍の鱗はどこに?」



 一通り頭を下げ終えたヨルト先生が顔を上げると、早速カイウスたちに伺うようにして聞いてきた。



「こいつが持ってるよ、おいカイ」


「はい兄さん」



 三人の中からレイに指名されたカイウスが、ヨルト先生へと一歩寄る。



「? 君は……?」


「初めまして、ヨルト先生。レイ兄さんの弟のカイウス・ノムストルと言います。カイって呼んでください。今回は私が王都のクリスト兄さまから龍の鱗を預かってきました」


 

 カイウスはそう言って手に持っていた布袋を差し出した。



「ああ……ええっと、ありがとうカイさん。………こちらこそよろしくお願いするよ。私はヨルト、この治療院の長をしているものでみんなからはヨルト先生って呼ばれてるから、是非そう呼んでくれ」


「わかりました、ではヨルト先生とお呼びさせていただきますね」



 小さなカイウスから布袋を受け取るのに、少し戸惑い気味のヨルト先生がしゃがむ。


 視線が合うと、カイウスが純粋な笑顔を浮かべていたので、優し気な笑顔を返し、ヨルト先生は布袋を丁寧に受け取った。


  

「カイウス殿が転移魔法によって、王都とここを往復して手に入れてきたのだ。あなたにとっての救世主は、私でもなくレイでもないよ」



 お礼を言って立ち上がってもなお、戸惑いを隠せないヨルト先生に、ユウリから助け舟が出た。


 曰く、今回の立役者はカイウスであると。


 ヨルト先生はユウリからの言葉に一瞬目を丸くしてカイウスとユウリを交互に見比べたが、真っ直ぐに頷くユウリを見て納得したのか、再び腰を落とすとカイウスに向かって真摯に話し始めた。



「……カイさんが……少しというかだいぶ信じられないが、ユウリ君がそう言うなら、本当なんだろうね。ありがとうカイウス君。君のおかげでたくさんの苦しんでる人たちが救われるよ。ついでに私もね」


「いえ、私はできることをしただけです」


 

 少し照れてカイウスは首を振る。 

 カイウスにとっては、ただ身近な人を救いたい、その思いだけだったから。


 ヨルト先生はそんなカイウスに対し、両肩に優しく手を置き声を掛けた。 



「私は、どんな形であれ人を救うことに尽力したカイさんを讃えたいし感謝したい。私もあなたに救われた一人なのだから」


「ハハハ……いや、照れますね。そこまで褒められると」


「フフフ、純粋に受け取ってください。今私ができることはこうして感謝を伝える事だけですから」


「じゃあ……はい、受け取っておきます」



 優しく笑顔を浮かべるヨルト先生に向かってカイウスは愛想笑いを浮かべて返事をする。


_よい、しょっと


 再び腰を上げたヨルト先生が、カイウスから受け取った布袋の中身を確認にするようにして手を入れ、一枚の龍の鱗を確認する。  

 

 

「うん、これだけの質であれば……よし、これならすぐに薬が完成できると思うから、明日またここに来てくれないか? 特効薬を飲んでしまえば感染しなくなる病だから、君の従者の様子を見に来るといいよ」


「えええ、本当ですか!」



 ヨルト先生の言った言葉に驚くカイウス。


_特効薬と言ってもすぐに治るって……それは聞き過ぎなのでは?


 そう言った疑問がカイウスの内心で浮かぶ。



「危険な病だけど、素材さえあればそう難しい病じゃないんだ……今回はなぜか悪いことが重なってね、龍の鱗が無くなってしまっていたんだけど……カイさんのおかげで本当に助かったよ」


「そうだったんですか……」



 悪い事というものはカイウスにはわからないが、何とか助けになれたのならそれでよかったと思った。


 再びお礼を言ったヨルト先生が、首を傾げるようにしてカイウスを見た。



「それで、明日は来るかい?」


「ええ、是非。明日朝一で伺わせていただきます」


「それは良かった。きっと従者の子も喜ぶんじゃあないかな」



 そう言ったカイウスを見てヨルト先生は、優しげだった視線を一層緩ませ、頷きを繰り返す。


 そしてそのまま視線を上へ、カイウスからレイとユウリの方へと向けた。



「いい子だね、レイ。君の弟とは全くもって思えないよ」


「ハッハッ、ヨルト先生から見ても、カイウス殿は良き心を持つ人に見えたか」



 茶目っ気交じりにレイに言うヨルト先生に、ユウリが同意するように頷いていて続く。



「なんだよ……ハンッ、どうせ俺は暴れん坊の一匹狼だよ」


 

 二人から板挟みされたレイは、頭を掻きながら心底めんどくさそうにいい捨てる。


 ここ最近、特に旅立ってからユウリに弟であるカイウスと比べられることが多かったためだ。


 そのことに対して別に他意あるわけではないレイだが、さすがに何度も言われるとめんどくさくもなるというものだ。


 ユウリとヨルト先生はそんなレイに対し、お互いに視線を交わらせると楽しそうに笑った。






 





 翌日の朝。

 太陽の光が差し込む窓際のベットの上で、青い髪の少女が静かに瞳を開けた。



「……」

 

 

 覚醒した少女は少し気怠く感じる体を起こした。


 寝惚け眼のまま、ゆっくりと上半身だけを起こすと、太陽の光が丁度瞳に入りこんだため、眩しそうにその目を細めた。



「ここは……」


「おはようございます、ナナさん」


「!?」



 太陽光の差し込むベットの隣とは反対側、そこから少女を呼ぶ声がした。


 目を見開いた青髪の少女_ナナは聞き覚えのある声音を聞くと、急いで視線をそちらに向けた。


 そこにはナナの予想通りの人物、笑顔を浮かべる金髪の少年_カイウスがいた。



「カイウス様……」


「はい、何ですか?」

 


 掠れるように呟いたナナに、カイウスは首を傾げて答えた


 

「……私、わたし」


「……」



 カイウスはただ黙ってその様子見る。

 言葉を選ぶようにしてているナナの邪魔をしないようにだ。


 一旦目を瞑ったナナが、再び真っ直ぐにカイウスと視線を合わせる。



「信じてた……信じてたよ、カイウス様」


「はい」

 

「だってカイウス様が助けるって、治るって言ってくれたから」


「ハハハ……聞こえてたんですか」


「少しだけ」



 カイウスとナナ、お互いが穏やかに話す。


 病魔を乗り越えた後の時間は、まるで嵐の後の穏やかな天気のようで、二人からはホッとした雰囲気が伝わってきていた。



「ナナさんは今日中に退院できるそうです。でも、獣人国のカーランバに行くのは三日後くらいを予定してます。その間……観光し放題ですね」



 そう言ってあえて楽し気に今後の予定をカイウスは告げる。


 本当なら『ナナの回復を待って』、という言葉を三日後の前に使う予定だったのだが、カイウスは元気になったばかりのナナが気を遣うのではないかと考え、言わなかった。 


_今はただ、病気から快復したことを喜ぼう


 ナナの元気になったであろう姿を見てそう思えたのだ。



「……うん。楽しみにしてる」



 少しずつ太陽が上がり光が室内に入り込む中、その眩しい光とナナの綻んだ笑顔が重なった。眩しい。

 


「はい、楽しみましょう」 



 その輝かしい笑顔前にカイウスは、嬉しそうに、そして弾むようにしてナナへと頷きを返すのだった。


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