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聖者の力


 ノムストル家。


 それはこの国の貴族では、絶対に手を出してはいけない存在とされている。

 彼らの一族は、ひとたび戦場に出れば圧倒的な戦功をあげ、大量の血で戦場を染め上げてしまう。


 そんな彼らの事をあまり知らない者達は、良く彼らの事をただの武人だと、野蛮だ、と勘違いしてしまう。

 

 だから、単純な武力で叶わぬならば絡め手では? と思う貴族が出てもおかしくはない。


 おかしくはないが、その選択は彼らに破滅をもたらすこととなるだろう。

 




 単純な武力でも絡め手でも駄目。


 それは、ノムストル家がその二つを他のどこよりも持っていることの証明であった。


 そして、そんなノムストル家にまた新しい力が加わるという。

 

 その名も聖者。


 この世界での戦場の回復要員は、とても貴重で重要な存在。

 

 その者の活躍次第で戦場の状況が一変すると言われるほどである。


 なぜなら戦場という場所では、どうやったって負傷者が出る。

 軽傷、重傷関わらずだ。


 そんな彼らを効率よく、そして早く戦場に送り出せれば、死なない限り何度だって戦うことができる。


 それは戦力が減らないことを示し、強敵を何度も相手しなければならないことを強いていた。





 千人対一万五千。



 聖者が率いたのは千人。


 その千人の中でも、精鋭だったのは百にも満たない数。


 他は新兵や義勇兵だった。


 ‥‥‥体のいい嫌がらせ。平時だったならそう考えれるだろう。

 

 しかし、聖者の戦場はどこからどう見ても末期の籠城戦に他ならなかった。


 周りは敵に囲まれ、聖者の上司はさっさと中央に逃げ出した。


 皆が死を心に決め、最後まで抗おうとする中、獅子奮迅の活躍をしたのが聖者と呼ばれる、まだこの時は無名の彼だった。


 負傷者が出るたび的確な指示と、その技量で次々治しては送り出していく。 


 敵の指揮官から言えばたまったものではない。


 千人弱と聞いた砦からどんどん人が出てくる。



___え? あそこ千人くらいじゃなかったけ? どう考えても3倍以上いるよね?



 ここまで軽くはなかったが、言っていた意味は同じである。


 どんどん出てくる。

 敵指揮官はこの時、すでに半泣き状態である。


 いくら守りが堅いと言っても、こちらは15倍の戦力で攻めて、相手は指揮官もいないと聞く。


 このままではよくて無能の烙印を押されてさらし者にされるか、最悪死刑である。それも一族郎党全員死刑の可能性だってある。


 

 しかし、聖者はそんな指揮官を本気で泣かせに来る。




 聖者は考えたのだ、いくら負傷者を治しても、死者というのは出てくる。

 

 しかし、戦場では即死する者もいるがそうでない者もいるはずだ、と。


 この時の彼は、そうでない者達に目を付けた。


 この決断が彼を味方から聖者と呼ばせ、敵からは畏怖を込めて死神と呼ばれることになるのだった。

 

 この決断に、敵指揮官はがち泣きである。


 一人の青年が城壁に上がると敵の士気は向上し、勢いは三割増しである。


 それだけならまだよかった。

 決してよくないが、まだ指揮官の誰もが持っている資質だと片づける事が出来た。


 しかし青年は、指揮官をがち泣きさせたのだ。

 そんな普通など、もちろん天元突破である。


 『瀕死の敵が光に包まれたと思ったら、次の瞬間には元気に立ち上がっている』


 この光景は伝令が来る前に敵指揮官自身の目で確認していた。



__もう無理、こんな奴に勝てるわけない。お家帰る。



 少し幼児退行したが、言っている意味は同じであった。 


 なんせ、光の原因はあの青年が起こしているとの報告が上がったのだ。


 しかも一人で。


 化け物か!! と敵側は思う余裕もない。


 なんせ敵の士気は満ちてこちらの士気はダダ下がりである。


 それでも数という有利が働いており、こちらは崩れることはなかったが、指揮官にはあちらを落とすことは不可能に思われた。


 すでに三割の味方を失っており、すぐにでも撤退せねばならないのも彼らの頭にはあっただろう。


   

 

 『べギス砦の奇跡』

 


 その戦いは近年の戦いでは最も記憶に残る、そして一人の傑物を見出した一つの奇跡であった





 「‥‥‥はい、これで傷はいいはずだよ? 血液はまだ小さいから戻さないようにしたから、しっかり食べさせて、元気になるまで世話するんだよ?」


 「ありがとうございます、父さま。父さまはとても素晴らしく尊敬出来る人です!!」


 「‥‥‥おぅふ、なんだろうか、息子の息子らしさを初めて体感した気がする」


 そして、現在。

 その聖者様は息子に顎で使われていた。


 一時は信仰の対象にもされかけ、他国に死神と恐れられた姿は今は見る影もなく、そこにあるのは、辺境で日々を過ごす、少し遠い目をした聖者であった。


 「やはり、聖者の異名は伊達ではありませんね!! 他にも死神、不死者、神、など様々な尊敬すべき呼び名が父さまにはありますからね」


 「ぐふッ……グハッ」


 何も知らない者から見れば息子の純粋な言葉に聞こえただろうが、それは間違いだ。


 カイウスは父が名前以外で呼ばれると心に鋭い一撃が入るのを知っていた、知っていて言ったのだ。


 満面の笑顔での右ストレートからのワンツーフィニッシュである。 


 『カイウスはジャブから会心の一撃を繰り出した』

 『ルヒテルは倒れた』

 

 この光景が出来上がるわけである。


 「ホッホッホッ、ワシは屋敷に戻るとするかのう」

 

 祖父は何事もなかったかのようにその光景を眺め、自然に出た言葉がこれだ。


 「あ、あと、お母様がお話することがあると言ってましたよ?」


 「え」


 「『街の清掃の件、と言えばわかると思うから。お願いね?』らしいです。では私はこの子を世話するので‥‥‥失礼しました」


 ドアを閉めるときにカイウスが見た父の姿は、床に四つん這いになり、体全体を小鹿のように震わせている。なんとも情けない姿であった。

 

 そんな父に、カイウスは少し同情の視線を向けたのだった。


 父、聖者。母、炎獄の魔女。


 どちらが責めで、どちらが受けなのか、ここまで明らかな夫婦というのはそうはいまい。


 ノムストル家。


 それは武力と絡め手、二つの支配者でありながら不要な権力を持たず、辺境でひっそり暮らす変わり者の貴族家の事だ。


 賢者をはじめとする、数々の有力な者達を有し、異常を普通だと言えるだけの彼らを前に。





 父、ルヒテル=ノムストルは無力だった。







ち、父上ェェェ!!


『聖者はその後、美味しくいただきました』by母 

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