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竜と人の町~レコリソス~

 

「それで、何がどうなったか……話してくれるか? レイ」


 

 モグモグと口いっぱいに詰め込んだサンドイッチを食べ終わった三人。

 その中のユウリが、最後の一口を飲み込むと同時に口を開いた。 


 

「あ~、それはだな……」


「あ、その話は僕からしたいです」


 

 話し出そうとしたレイの言葉をなんだかソワソワしているカイウスが遮る。

 どうやら、これからのことをカイウス自身で話したいようだ。



「何、カイウス殿が?」



 ユウリは予想だにしなかったカイウスの介入に、怪訝そうな表情を浮かべていた。



「はい。僕が考えて、僕ができることなので……聞いてくれますか?」



 笑顔で語り始めるカイウス。


 おそらくだがこの時点で、一度でもカイウスの被害おどろきにあっている者たちが居れば、すべてを察して遠い目になっているに違いない。


 その証拠に、すでに兄はそっぽを向き、我関せずと言った態度を取り始めている。



「何? カイウス殿が考えた……? しかもできること……? そんなまさか、その年齢で龍にでも知り合いがいるのか?」



 残念ながらユウリはまだそんなカイウスの被害にあったことがない。むしろ獣人国に連れていくという被害を広げた側であり、共犯者であるともいえるのだ。

 

 多くのことがあり、改心した。というよりはおとなしくなった、という印象を家族に抱かれつつあるカイウスとしか接したことがなく、今回が初めてその片鱗を味わう機会になるのだ。


 だから、ユウリは純粋に、ただただ純粋に「自分たちの知り合い以外の龍がカイウスにいるのではないか」としか考えることができず、この場で唯一カイウスの被害にあっているレイの様子に気づくことがなかった。


 その考えが、カイウスを知る人間からすればあまりに浅はかだ、と言われるに違いない事であることを、ユウリは知らなかったのだ。

 

 そっぽを向いていたはずの兄がピクリと反応する。

 もしかしたら、ユウリに対して何か言いたい事でもあるのかもしれない。


_そうじゃないんだユウリ……そうじゃないんだッ。


 と、そんなことを思っていそうだが、結局口にすることはなかった。



「いいえ、違いますよ。非常に残念なことですが、龍に知り合いはいません」



 苦笑い交じりにカイウスが答えた。

 カイウスの内心で、『龍の知り合い良いな……』と思ったことは置いておくようだ。


  

「……では?」 



 ユウリは自分の考えがやんわりと否定されたことで、その疑問を浮かべる表情を一層濃くする。


 ユウリが助けを求めるようにチラリとレイを見るが、もう遅い。


 残念ながらそこにいるS級冒険者はすでに使い物にならないと思ったほうがいい。



「今日は冒険日和のいい天気だな!」


「兄さん、うるさいです」


「……はい」


「レイ……」



 助けを求められた視線に耐え切れず、今日の天気を能天気に語り始めたレイの様子に、ユウリは見切りをつけることにした。

 視線をゆっくりとカイウスに戻すと、そこには、何やら柔らかな表情を浮かべるカイウスがユウリを待っていた。


 それだけならまだよかったが……。


_素直に聞いたほうがよさそうだ……ゾクッ


 カイウスの浮かべるその微笑みを見ると同時に、なぜかユウリの獣としての本能が反応した。


_ゾクッ


 続けざまに、二回も。


_まただ、また反応した……なぜだ

 


 まるで、聞いてしまえばお前はもう戻れない。

 見塚らの本能にそう言われているかのように。

 獣の本能は、ただ忠実にユウリに警戒を促す。


_勘違い……そう、何かの間違いだ、これは。サンドイッチを語り合ったカイウス殿に対して、なぜ警戒する必要がある?

 

 ユウリはその感覚を、勘違いだと切って捨てた。サンドイッチについて心を一致させたカイウスに対し、自らの獣の本能が警戒しているはずがない。

 ましてや、勇者である自分が二度警告されるほどの危険があるはずがないと。


 だが、残念なことにその感覚は決して勘違いでも、間違いでもない。


 本能は確かに警戒し、察していたのだ。


 カイウス・ノムストルという人物がどういう者であり、これから先ユウリはカイウスに振り回される未来が待っているということを、本能は確かに感じ取っていた。


 だが、ユウリはその警告を受け入れない。受け入れることができなかった。


_こんな優しい表情を浮かべる、我が国を救ってくれるかもしれない良き人物に警告とは……フッ、珍しいこともあるのだな、私の本能が間違えることがあるとは……。


 勇者と言われるほどのユウリの獣の本能は、獣人国でも屈指であり、戦闘中であれば少し先の未来すら予測しうる。

 

 だからこそ、ユウリの本能が間違う、ということは起きないはずで……そのことをユウリはすぐに知ることになる。そして、これから知っていくことにもなるのだ。


 カイウスが語る龍浸病の解決方、その解決の仕方を聞いて、自分の本能に謝ることになるとは、この時のユウリには露ほど察すことができなかった。


 そんなユウリの内心の葛藤が起きていることなど、全く気にもしていないカイウスがとうとう口を開く。

 カイウスによる被害者が増えた瞬間である。



「空間魔法の転移で龍の鱗を買ってきます」


「は?」


「えっと、聞こえませんでしたか? 空間魔法の転移を使って龍の鱗を買ってくると言ったんですが」


「……」



 聞こえていなかったのだろうか、と疑問に思ったカイウスの二度繰り返された言葉に、ユウリはそれでも信じることができなかった。


_この少年が、まさか? 熟練の空間魔法使いでも扱うことが困難な、転移を使うと、そう言ったのか? ……そんな、バカな。


 そう考え、ユウリがカイウスの言葉を信じられないのも無理はない。それだけカイウスは六歳の人間としても、一魔法使いとしても規格外になってしまっていたのだ。


 一般的な魔法使いたち、特に魔法を覚えたての六歳の子供(ノムストル領の子供たちは除く)ができることなどたかが知れている。

  

 魔力を感じれれば、上々。自分の適性の属性の魔法が少しでも使えれば、天才の仲間入り。


 それが六歳の基準であり、一般的な見解だ。


 ユウリもその見解の例にもれず、カイウスのことを普通とは思わないまでも、適正属性は操れる程度ではないだろうか、と言う予想をしていた。


 が、結果はユウリの予想をはるかに超えるどころか、ユウリの常識そのものをぶん殴ってきたのだ。


 混乱するユウリを誰が攻められようか。


 心なしか、ユウリとカイの状況を見つめるレイの眼差しが生暖かく見えるのもそのせいであろう。  



「大丈夫です、お金はあるみたいですし、龍の鱗の伝手も兄さんに教えてもらいました」



 カイウスは続ける。


 ユウリが何に混乱していて、何に常識を殴られているのか知らないまま。 



「い、いやそういう問題ではなく……カイウス殿は、空間魔法を、しかも転移を使えるのか?」



 確認するように、生唾を飲み込みながら告げるユウリ。


 その様は慎重に慎重を重ねているように見え、見つからない言葉を探しているかのようにも見えた。

 


「はい。もちろんです。転移は一番得意な魔法かもしれませんね」


 

_使い勝手がいいですし、何より便利です。


 即答したカイウスの言葉を、ユウリは聞かなかったことにしたかった。

 だが、それはできない。


 獣人ゆえの非常に優れた聴覚が、カイウスの告げる一言一句に間違いがない事を知らせてくるのだ。


 ハイスペックな身の上を嘆いたことなど、ユウリにとっては初めての経験に違いない。


_空間魔法、それも転移を使えるなど……どこの熟練魔導士だ? 


 もしここで熟練の魔導士でも使うのが困難な転移を、ペット(ポロロ)と遊ぶために使ったり、魔の森を行き来するために使っていると知ったら、ユウリはさらに頭を抱えることになったであろう。



「どうかしましたか?」


「……」



_私の本能よ……すまぬな、これからは疑わぬよ……。


 ユウリの内心のことなど露にも考えていないカイウスが小首を傾げ、ユウリは黙したまま天を見上げた。


 不条理な存在を目にしている。そのことを自覚し、先ほどの本能の警告の意味を理解したのだ。


_ああ、なんだか覚えのある感覚だなこれは……。


 ユウリはここにきてようやく先ほどの警告が、身に覚えのある感覚であったことを思い出した。


 確かに一度経験したことがあるのだ、先ほどと似たような感覚を。



「わかるか、これがカイだ」


「……ああそうか、お前か、レイ」


「なんのことだ?」



 覚えのある警告のレイに、軽く肩を叩かれたことで、朧気だった感覚を明確に思い出した。


_俺も通った道だ


 肩を叩いてきたレイの仕草はそんな言葉が聞こえてきそうなもので、そのあまりの余裕のある態度にさすがのユウリもイラっとするのだが、確かにレイが先達者であることに違いはないという事に気づいた。



「……そうか、そうだな。この子も立派なノムストル家、そういうことか」



 それはもちろん、カイウスの先達者としてだ。



「いや待て、なぜそこで俺を見て納得する」


「我が国でしでかしたことを、胸に手を当てて、よーく考えてみると言い。きっとそれだけでわかるだろう?」



 不満そうに言うレイだったが、心当たりでもあったのだろう、すぐにその表情を引きつらせた。


 たったそれだけの仕草で、レイもカイウスのことで何かを言うことができないほどのことをしてきたことがわかろうというものだ。



「……」


「ほらな」


「……こいつよりかはマシだ」



 レイは負け惜しみのようにユウリに言ってそっぽを向くが、その行動は、自分がカイウスと近いくらいには規格外であることを暗に告げているようなものだった。



「何がですか?」



 話題の規格外カイウスが二人のやり取りを見て、不安そうな表情をする。


_もしかして、何か問題が! 


 そう感じてユウリとレイに問いかけたカイウスだったが、返ってきたのは渋々首を振りながら言った二人の言葉だった。



「何でもねぇ」


「ああ、何でもないよ、カイウス殿」



 これ以上は墓穴を掘ることになると考えたレイと、少年に気を遣わしてしまったことに少しの罪悪感を感じたユウリが力なく告げる。


 それもこれも、カイウスが規格外で、魔法について意味わからん訓練をしたのが原因なのだが……今の現状を考えると、良い解決策には違いないので、二人は無理やり自らを納得させる。



「そうですか、なら僕の案でいいですかね、ユウリさん」


「……本当に、心の底から信じがたいが、カイウス殿が転移を使えるのであればそのほうが早いだろう……私に異論はない」



 確認するように告げたカイウスに、何か言いたそうに異論はない、と言ったユウリ。

 解決策に異論はなくても、カイウスの存在そのものには何か言いたいことがありそうで……。


 だがそれを口に出すことは、今はしなかった。

 今この場での優先すべきことは、龍浸病で苦しむものを少しでも早く助けることだからだ。


 決して理不尽に対するぶつけ様のない言葉を口にする場ではない。



「そうですか、ならよかった……。では、レイ兄さんに言われた通り、ちょっとクリスト兄さんにお願いしに王都に行ってきますね」 


「……」 



 ちょっと散歩に行ってきますね(最低でも馬車で二日以上の距離)とでも言いだしそうなカイウスの言い方に、黙って目を見張るユウリだが、ここでも声に出すことは何とか堪えた。


_そんな簡単に言えることではないはずだッ。


 ただし、心の中では、しっかりと不条理なカイウスに対しての叫び声をあげる。


 ユウリはカイウスのことを、もしかしたらレイ以上にヤバい奴かもしれない、とこの時から思い始めていた。



「魔力量は問題ないのだろうか? だいぶ距離があるが……」



 それはただの純粋な疑問だった。


 空間魔法は上位の魔法とあってその適正者も少ないが体中を流れる魔力の消費量も多いことで知られる。

 おいそれとは使われないし、使えない。はずだが……。


 提案しておいて、魔力が足りません……そんなことを言うカイウスではない。

 


「大丈夫です……これでも僕、なかなか鍛えているんですよ?」


「そうか、それはいらぬ心配をした」


「ふふっ、心配してくれてありがとうございます」


「そうじゃ、ない。そうじゃねぇよなユウリ……わかるぞ」



 笑顔でそう言ったカイウスに、自分は何を悩んでいたのか、なぜ葛藤していたのか……そのすべてがバカバカしく感じられたユウリは……止めた。 


 カイウスの底知れぬ潜在能力に対しての自らの常識を当てはめることを止めたのだ。


_鍛えて六歳児で……熟練の魔導士に、か……宰相がどんな顔をするか……。


 ユウリが最後の思考で思い浮かんだのは、多くの問題に頭を痛めながらも獣人国と王を支えるヤギの獣人の姿だった。 


 そんなユウリの諦観にも似た思いを察したのか、レイが再びユウリの肩に手をかけてきたので、今度は軽く払いのけた。


 それでもレイはユウリに生暖かい目を向けるのだから、相当重症、もしくは何かを共有する仲間意識が芽生えていることは想像に難くない。


 今のレイは、ユウリに何をされても怒りはしないだろうし、それくらいには広い心を持って弟の非常識さを目の当たりにするユウリを迎え入れようとしていた。


 ベンチから立ち上がった三人。その中からカイウスが一歩二歩と離れ、振り返る。



「では行ってきます」


「ああ、クリスト兄さんによろしくな。王都の屋敷に行けば会えると思うから……王城にはいくなよ?」



 一歩進むごとにとカイウスの周りに魔力が高まり、練られていくのがレイとユウリには感じられた。


 レイは慣れてしまっているが、ユウリは初めてカイウスが魔法を使うところを見て、目を丸くする。

 

_冗談ではないとは思っていたが……賢者殿並みか……いや、それ以上?


 感じられるのは膨大を通り越して莫大ともいえる魔力の量。そしてそれを制御する六歳児の姿。

 転移の魔法を発動するのが久しぶりなため、カイウスにとっては少しの(一般的には驚くほどの)魔力を無駄に放出してしまっているのだが、それでも驚愕に値する魔力量とその制御技術だった。

 

_鍛えなおさないとなぁ


 そうカイウスが思っていることを知れば、きっとユウリの表情は一周回って無表情になるに違いない。


 それほどの才と、圧巻ともいえる魔力量なのだ。


 転移を発動するのに、十分すぎるともいえる魔力がカイウスから発せられ、魔法発動時特有の光がカイウスから発せられる。 



「あははは、行きませんよ。おとなしく屋敷で待っておきます」


「……ならいい、気を付けてな」


「はい」



 本当に簡単な会話をして、あっという間にカイウスは転移していった。

 まるで初めからカイウスなどいなかったかのように消えていった。


 残されたのは、遠い目をしているユウリと、笑顔を引きつらせたレイ。


 二人は転移していったカイウスがいた場所を見つめ、どちらからともなく話しだした。 



あいつに会わなくてよくなったな……」


「ああ、そうだな」



 いなくなったカイウスの話題を避けるように話だした二人の雰囲気は、まるで部活などである特有のルールや理不尽を受け入れたときの新入部員そのもののようであった。



「でもなんでだろうな、なんか釈然としねぇ……」


「ああ、私はただただ驚いているよ」



 照付ける太陽を見上げ、再びベンチに座る二人。


 レイはまだ余裕がありそうだが、ユウリには少しの整理する時が必要であろう。


 理不尽を受け入れるのには、少しの時間が必要だから。


 気を使ったレイが黙って広場を見渡し、ユウリはボーっと一点を見つめている。

 


「とりあえず、待つかぁ……」


「そうだな。少し休憩しよう……」



 そう話したっきり二人のいる空間は少しの間、静かに過ぎていくこととなった。


 





 二人の眺める場所から少しズレた場所がある。

 そこでは広場に行き交う人や小型の竜たちが一切通ることのない不思議な空間が出来上がっていた。

 しかもそのことにユウリやレイはもちろん、その場にいる誰もが気づいていない。

 いや、気づくことができないのかもしれない。



「……今朝の人の子か……あの子ならいつか……」



 誰にも認識できない場所から、カイウスの転移した場所を眺めていた白髪の少年が呟く。


 その一言を告げると、白髪の少年は一陣の風と共にその姿を溶かすようにして消した。

 まるで初めからそこには誰もいなかったかのように。


 呟きは誰にも聞こえず、存在は誰に認識されることもない。


 白髪の少年がいなくなり、不可侵のようだった場所にはすでに広場で遊ぶ子供たちが楽しそうに走りまわっている。


 呟いた白髪の少年が消えた後で、誰もが認識することができない一匹の白い巨竜がレコリソスの町の空を泳ぐ。

 その姿はカイウスが朝に見た、朝日とともに消えた巨竜と寸分違わぬ姿であり……。


 巨龍は鳴く。

 その咆哮が届く存在がごく一部だけであることを知っていても。 


_グオォォォォォ


 孤独に耐えかねるその悲痛な叫び声は、ただむなしく空へと消えていくのだった。


長い旅で立ち寄っただけなのに~。


でも、もう終わる。 

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