竜と人の町~レコリソス~
「やっぱり……あの素材が足りないんだな?」
「ええ、残念ながら。あの素材がないせいで、ここまでの事態になりまして……ご協力をお願いしてもよろしいでしょうか?」
兄レイと白衣を着た女性が真剣な表情で会話していた。
カイウスは近くまでたどり着くと、二人の邪魔をしないように黙って兄のそばに控え、二人の会話を聞くことにした。
「ああ、心当たりはあるからな。任せてくれ。ある程度の量は確保できると思う。」
「そうですか! ありがとうございます! これでヨルト先生にも余裕ができる!」
「……」
レイの返答に喜色を浮かべて反応する女性。
この会話から今回の流行病の薬の素材に関して、二人が話していることに気づくカイウスだったが、肝心の足りない素材がなんであるかは見当もつかない。
「ま、今日中には帰ってこれると思うから期待して待ってな」
「感謝いたします。レイ・ノムストル様」
「気にするな、連れのついでだ」
「それでも、あなた方の行動で多くの方が救われる。一職員の感謝の言葉くらい言わさせてください」
「わかったわかった……行くぞカイ」
真摯にお礼を言うスタッフの女性に、照れながら背を向けるレイは、隣にいるカイウスに一声かけて逃げるように室内を歩き出した。
どうやら、話はこれで終わりらしい。
「え、あ、はい!」
カイウスは一瞬反応が遅れながらも、兄の背に続いた。
「……よろしくお願いいたします」
そういって頭を下げる職員を尻目に捉えたカイウス。
その表情は少し複雑そうなものになっていた。
_あら? 僕、ついてきた意味あったかなぁ。
難しいことを考えている顔、というよりかは、純粋な疑問と何もすることなくあっという間に終わってしまった現状に、ただただ頬を掻くカイウスだった。
それから、室外で待っていたユウリと合流したカイウスとレイは、治療院の外へと出ていた。
太陽が真上にあり、昼時なのか風に乗って、美味しそうな香りがカイウスたちの鼻腔を擽る。
_いい匂い……。
呟いたカイウスが鼻をスンスンと鳴らす。
肉の焼ける香ばしい匂いだ。
それがわかると、カイウスのお腹が可愛く鳴った。
「……昼だな。飯も食いたいところだが……すまんが屋台の軽食で済ましてしまおう」
「ははは、すいません」
苦笑い交じりに告げたレイに、カイウスは恥ずかしそうに笑う。
「私も賛成だ。一刻を争う状況とは言わんが、腹が減っては何もできんからな」
「ああ……すまんがユウリ、どっか有名な屋台を知らないか? 知ってたらそれで済ましたいんだが……頼めるか?」
「フッ、任せておけ。良いサンドイッチを出すところがある。私が買ってくるから、その間にレイはカイウス殿に今後の説明をしておけよ、良いな?」
「ああ、もちろんだ。飯はすまんが、頼む」
任せておけ、そうレイに言いながら微笑むようにして背を向けるユウリ。
その背はすぐに見えなくなる。
この場に残ったのは浮かなそうな表情を浮かべるレイとそれを見るカイウスだけとなった。
ユウリが居なくなって少しして、難しい表情を浮かべていたレイに向かってカイウスが話し出す。
「兄さん。まずは今後の説明が聞きたいです」
埒が明かない。
そう考えしゃべり始めたカイウスは、自分が最も状況の把握ができていないことをヒシヒシと感じていた。
そもそも今の状況に対する知識、それが絶対的に足りてないのだ。
先ほどの白衣の女性とレイとの会話も、理解できたのは龍浸病に聞く特効薬の素材、もしくは万能薬の素材について話していたであろうことだけであり、レイの考えている足りない素材の調達方法や、素材そのものの名称など、わからないものが多すぎた。
「ああ、もちろんだ、カイ。少し行ったところに広場があるからそこで話そう」
「ええ、まぁ、僕はいいのですが……ユウリさんは?」
「あいつは鼻がいいからな、移動しても気づくよ。だから」
安心しろよ、そういってレイは肩を竦めながら歩き出す。
その表情はまだ浮かないものだ。
カイウスはそんな兄を見て、少しの間その場で葛藤していたが止まる気配を見せないレイに、ため息をつきながら着いて行くことにした。
_まずは知ること。それから自分の考えを兄さんに伝えよう。絶対助ける。
兄の後を追っていたカイウスが、治療院へと振り返り決意を固める。
治療院の中で考えた、ナナを救ういくつかの方策。
カイウスはすぐにでもその方策を打ち明けたかったが、知識の足りない自分の考えより、この病を知っている二人に従うほうが良いだろう。そう考えていた。
その考えはとてもカイウスらしいもので_。
浮かない表情を浮かべるレイの表情が驚愕に変わるのも、時間の問題であった。
広場に着いた二人。
「よっと、まぁ座れよ」
「はい」
レイが言ったように、広場は本当にすぐ近くにあった。
カイウスが広場の存在に気づけなかったのは、来るときとは反対の方向にあったからであろう。
二人は広場に設置してあるベンチに腰掛けた。
そしてレイは、隣にカイウスが座ったことを確認すると、今後の説明を話すために口を開く。
「カイ……今後の予定だが、大まかに言えば俺たちは今日中にナナを救うつもりで動く」
「はい?」
「というより、今日ダメだったら一週間は待たないとたぶんダメなんだ」
「えぇ……」
「ちょっと条件があってな」
と、苦笑交じりに言うレイ。
カイウスはレイから簡潔に告げられる内容に一瞬、意味の分からない、そんな表情を浮かべた。
レイはそんな弟の様子に気づきつつも、説明を続けた。
「俺とユウリの知り合いに、とある龍がいるんだ……今回はそいつに頼って、龍浸病を治すための素材の一つを提供してもらおうと考えている。というか、思いつく限り解決方法がこれしかねぇんだ」
はぁ、あいつかぁ、と言い終えてからため息をつくレイ。
レイの言うあいつとは、たぶん今、レイの言った知り合いの龍のことであろう。
表情を嫌そうに歪めていることから、あまりレイにとっては良い相手ではなさそうだが……。
「え、えっと、待ってください兄さん。話が急すぎます……まず、確認ですが龍浸病を治すための方法は万能薬と特効薬、どっちですか」
「あ、そっからか」
「はい、そっからです」
そっからなのだ。
何やらレイの中では解決までの方法が頭の中で完結していたみたいだが、カイウスには全くと言っていいほど伝わっていなかった。
もちろん、龍浸病に効く薬のどちらかでナナを治すのは予想できていたが、それがどちらかまではレイから教えられていなかった。
カイウスは困ったような表情をレイに向けながら、質問をした。
「もう一回言います、まずは、どっちを使うのかからです」
大事なことですから、二回言いました。
そう言いたいのが伝わってくる雰囲気でカイウスがレイに迫る。
「いや、まぁ落ち着け、今回使うのは特効薬だ。万能薬はちょっとな……無理そうだ。素材が貴重すぎていつ手に入るのかわからねぇんだ。そして都合のいいことに、特効薬がなぁ、今回は素材が一つ以外揃ってる状態なんだよ……まぁその一つが問題ではあるが、さっきも言ったが俺たちなら今日中に手に入れる伝手があるからな」
俺たちならな、と少し遠くを見ながら言うレイ。
視線の先は、大きく聳え立つ山脈。
昨日ユウリが言った、大型の龍種が住む場所だ。
「で、その素材とは?」
「……龍、もしくは竜系種族の鱗。それを細かく砕いたものを使う」
「龍の鱗、ですか」
「ああ、龍だ。竜系のでも代用できるが、そうすると鱗の必要枚数が跳ね上がる」
いったん溜息を吐いて、言葉を止めるレイ。
気になるカイウスが、首を傾げながら問うた。
「どのくらいでしょう?」
「そうだなぁ……ざっとだが……」
_100倍。
バカバカしいだろ? そういって肩を竦めるレイに、難しい顔をしながら頷くカイウス。
だが、これは二人だからこその反応だった。
一般的には竜の鱗など、滅多にお目に罹れるものではない。
竜種はほかの魔物に比べ、その価値も高いが、討伐もしくは手に入れる難易度もけた違いなのだ。
倒すことができるのは、一部の人間を辞めていらっしゃる方々で、そんな方々でも竜など滅多に遭遇しないため、竜の素材が市場に出回るのは必然的に、珍しい。
そして今回の目標である龍がそれ以上に貴重で希少なのは間違いなく。竜の上位種を狩ることができるものなど、世界で見ても両の手で数えることができるほどだ。
ましてそんな龍が知り合いがいる、などその時点で一般的に見れば頭おかしい案件で……正気を疑われることは間違いない。
だがここにいるのは、残念ながら人間を辞めていらっしゃるS級冒険者様と、子供ながら一部界隈では怪物と恐れられている麒麟児である。
残念ながら、会話内容に一般常識は通じないし、反映されない。
そんな浮世離れした会話であるのだ。
「はぁ」
「……」
ため息をつくレイに、何やら考え込むカイウス。
実は、先ほどの会話で、カイウスにとっての必要最低限の情報は揃ったと言えるのだ。
知ることから始める、そんな作業が終わったカイウスが次に取る行動は……。
_よし、行けそうだ。
考え込んでいたカイウスが顔を上げる。
これから始まるのだ、カイウスのターンが。
この旅の中、今までずっと兄であるレイが主導し、ユウリがそのフォロー、サポート役兼介護役にナナといったところだった。
ついでにカイウスは、ほぼ荷物と一緒の扱いである。
だがそれも終わりだ。
サスペンションのない馬車に苦しめられる旅は途中休憩に入り、カイウスの体調は万全の状態。
兄であるレイは、龍に会うのが憂鬱なのか、ため息を吐き頭を抱えている。
ユウリは買い出しに行きおらず、ナナ言わずとも知れたもの。
そして、今ここには、自分に尽くしてくれた従者を救うために少し自重がなくなったカイウスがいる。
下地は確かにできていた……破天荒の。
カイウスはため息を吐き俯くレイの肩をトントンと叩く。
もちろんその顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
きっとこの場に祖父であるオルキリアが居れば、その笑みに見覚えがあったに違いない。
_おお、その笑みは、魔力を鍛えるときに見た……と。
もちろんオルキリアはいないのでそんな警告とも言える言葉を発するものはいないのだが。
「兄さん、一応自分の意見を考えてきたんだけど、伝えてもいいかな?」
カイウスが言葉を発する。
それはここまでのすべての出来事を無に帰す始まりの言葉。
これからカイウスが告げる案は、カイウスだからこそでき、とてもカイウスらしく発想の、何よりノムストルらしい力業な案だった。
「……マテ、嫌な予感がする」
レイがブルッと震える。
血のつながりが警告を発したのか、はたまたポロロを嗾けられた日常を思い出したのか。
だが、今のカイウスは『待て』を聞く状態ではない。
すでに主導権はカイウスにあるのだから。
「酷いなぁ、多分だけどすぐに解決できる方法なのに」
「あぁ、だめだ。その顔で何考えてるか何となく感じた。なぁ、知ってるか? 普通はそんなやり方できないんだ、な? 頼む、今までの行動を無駄にはしないでくれ」
「無駄ってことはないでしょう。足りない素材とかを確認できたのですから……兄さん」
兄にとっても見覚えのある顔表情を浮かべるカイウス。
その表情が他のノムストル家の家族たちのヤバい行動をするときの表情に重なって見え……レイは表情を引きつらせる。
「ええ、まぁ、僕も大概ズルいなぁとは思いますよ」
「ズルくない、人はそれを規格外と呼ぶんだ」
いいな、と言い聞かせるように告げるレイに帰ってきたのは、あはは、と言って頭を掻くカイウスの笑い声。
_ああ、聞いてねぇな
レイはこの後の展開をすべてを悟ったか、仰ぐようにして天を見上げる。
手に負えない、自分の弟ながらある意味自分以上の提案をカイウスは持っているのだから。
「……ということで、ちょっと転移してきていいですか? 龍の鱗買ってきます」
「どうして、ということでとなるのかはさて置き……すごいよな、そういう解決策ができるんだから」
お前はすげぇよ、と言葉とは裏腹に心底うんざりそうな表情をカイウスに向けるレイ。
自分が弟のために、弟の従者のために必死になって考えた案も、その弟であるカイウスにとってはどこか散歩にでも行くかのような感覚で代替え案を用意されてしまう。
だから、レイがうんざりっといった表情を向けても、残念ながらカイウスはそんなレイの表情を気にするることはない
だって、それはノムストルの邸宅でいつも見ていた、見慣れている兄の表情だから。
「ええ、だって救う能力があってそのためのお金だってあるんですから、普通そうしません?」
恥ずかしげもなくそう言ってドヤ顔を浮かべるカイウスに、兄は……。
「安心しろ、普通は転移なんてできねぇし、龍の鱗を買おうなんて絶対に思わねぇ」
比較的一般的な常識を言うのだが、カイウスにそんな言葉が通じるはずもなく。
「そこは、だって……」
_僕もノムストル家の一員ですから。
輝くような笑顔とともに告げられたカイウスの言葉に、レイができたのは苦笑いを返すことだけだった。