竜と人の町~レコリソス~
治療院へ向けてユウリが先導し、進んでいった先。
そこには真っ白な三階建てくらいの建物が、建っていた。
進んでいくユウリが迷いなくその建物に入りっていき、カイウスたちもそれに続いていく。
どうやらここが、治療院で間違いなさそうだ。
「こっちだ、ついてきてくれ」
「わかった」
正面玄関から入ったであろう一行は、建物の内部に入ると、二人もの人間を背負うユウリとナナを背負うレイが、短く受け答えをし、進んでいく。
二人ともその表情は真剣そのもので、背負った者を労わりながらも急ぐように早足に歩いていた。
「……」
カイウスはただ、そんな二人に黙って着いて行く。
その瞳には心配の色が色濃く、映し出されているのは苦しむナナの姿だった。
治癒院の中は、病気の者はもちろん、けがをしているものや包帯を巻いたもの、他にもその付き添いの者たちが大勢おり、正面玄関付近は人がごった返しになっていた。
ユウリは正面玄関先にあった受付のような場所には見向きもせず、入ってすぐにあった階段を上り、二階へと上がっていく。
カイウスとレイもそれに続く。
やっとの思いで上った先の二階は、一階とは全く違う様相だった。あたりに人はあまりおらず、突き当りには一階と同じような受付が設置されていた。
ユウリは足早にそこへと近づくと、そこで待機していた受付の女性に話しかけた。
「ヨルト先生はいらっしゃるだろうか?」
「ヨルト先生ですか……はい、現在龍浸病患者の治療を終え、休憩中のはずですが……ヨルト先生をご希望ということは、その者たちはまさか」
「ああ、そうだ龍浸病の恐れがある者を連れてきた。まだ初期症状の患者たちだ。ヨルト先生に診てもらいたい」
「かしこまりました、少しお待ちください」
そう言った受付の女性は、一度受付の裏手にあるであろう待機室のほうに引っ込み、少ししてから出てきた。
「……誠に申し訳ありませんが、ヨルト先生の診察は現在出来かねないそうで……現在魔力回復中の先生を無理に起こせば、今後の龍浸病患者の治療に影響が出てしまうのです……ご理解のほどをお願いいたします。ですが罹患者の方々を病室のほうにご案内する許可は出ました、案内させていただいてもよろしいでしょうか」
「うむ……わかったそうしよう、案内してくれ」
「はい、こちらです」
女性はそう言ってカイウスたち一行を見渡すと、受付から出て病室へと先導していくため一行の前に出た。
女性にユウリ、レイ、カイウスの順で病室へと向かう。
移動する間の会話はなく、木製の床に人数分の歩く音だけが響く。
病室には、ほどなくして到着した。
受付からあまり離れていない通路の先にあったためだ。
病室の前には白衣に身を包んだこの場所のスタッフらしき男性と女性が立っていた。
「この先は一度龍浸病に罹った者、もしくは治療者以外立ち入りを禁じられております。どうかご理解を」
スタッフの間に立ち、そう言った女性が言い終わると同時に黙礼をする。
スタッフもその行動に続き、少し頭を下げてきた。
そんな三者を見て、一行の中でカイウスだけがビクっと跳ね上がる。
「もちろんだ……レイ」
「ああ……カイ、察している通りここから先は俺とユウリに任せて、受付で待っていてはくれないか……俺たちが責任もってナナを送り届けるから」
ナナを背負ったままのレイがカイウスと視線を合わせるようにしゃがむと、真剣な言葉でカイウスに告げた。
それは、レイがしゃがむと同時に着いて行くと言いだそうとしたカイウスにとって、その言葉を飲み込むだけの真剣みがあり、この時点でカイウスが何と答えるのかは決まってしまった。
だが、それでも食い下がろうと試みたカイウスは告げる。
「……どうしても、行けないのですよね」
駄々をこねる子供のように。
「ああ、どうしても行けねぇ……お前には早すぎる」
だがそれを兄は真剣な表情で切って捨てる。
お前にはまだ早いと。
「兄さんがそう言うなら、折れましょう……ですが少し待ってください」
「ああ」
いつもとは違う兄レイの真剣な姿に、カイウスは素直に頷いた。
そして、視線を兄レイからナナへと移すと、ナナのぶら下がった手をそっと握りしめ、言う。
「早く良くなるよう、動きます。心配いりませんからねナナさん。すぐに治ります」
握りしめた手は熱く、少し震えている。
眠っているのか反応もないが、それでも気持ちを込めるように手を握った。
「……」
「初めての旅、よく頑張りました。後はゆっくり休んでいてください」
「……カイ、ウス、さまぁ……」
「……大丈夫ですよ。兄さん……行ってください」
ナナの目が開いていないことから、たまたま出た寝言であろう。
それでもその声音は助けを求めているようで、何もできないていないカイウスの心を締め付けた。
そっと握っていた手を放したカイウスは、すぐに力強く兄に頷く。
「すぐに戻ってくるから受付のところで待っとけ、良いな? 勝手に出ていくなよ? 振りじゃないからな?」
「はい」
それから、ユウリと兄レイの病室へと入っていく姿をカイウスは見送ることはできなかった。
病室の扉が開かれる前にはカイウスは受付の女性とともに、来た道を戻っていたからだ。
どうやら、扉の先を見ることすら駄目なようだ。
女性そしてカイウスが去ったあと、スタッフ二人によってその扉は開かれることとなる。
ユウリが二人、レイが一人を担いだままその扉を潜り抜けていく。
二人が扉の先に出た後、少ししてそっと扉は閉められ、二人の前には一人のスタッフが二人を待っていたかのように立っていた。
「新しい患者様ですね、第十二ブロックに二人分の空きが、すぐ隣の十三ブロックに一人の空きがあるので御案内いたしましょう」
「ああ」
「よろしく頼む」
「では、ついてきてください」
病室の中は、多くのベットが置かれ、その上に苦しそうな患者たちが病と闘っていた。
幾人もの患者を診るためのスタッフが足を止め、もしくは歩き回りながら患者の世話をし、患者個人個人の体調や病の進み具合などをチェックしている姿が見受けられる。
ユウリとレイはその間を縫うようにして先導するスタッフに着いて行き、指定された場所に患者を寝転がしていく。
患者をベットに置けば、すぐさま別のスタッフによる検査などが行われるため、二人はすぐにその場所をどくこととなるのだ。
しかし、ナナの時だけは少し時間を貰っていた。
「すまないが連れなんだ、少し話させてくれ」
「わかりました、終わりましたらお声かけください」
「すまない、感謝する」
スタッフが一歩下がり、ナナへの道を開ける。
ベットの上に息苦しそうに身悶えるナナに、その隣でレイが言った。
「聞こえてねぇかもだが言っておく。一つお前を救う方法がある……が、それはカイ次第だ。方法は提案するが、やるかは……あー……ま、あいつはやるだろうな。だから待ってろよ、ナナ。 自分の従者くらいあいつは自分で救うやつだ……そもそもそれくらいできなきゃ、ノムストルは名乗れねぇ。名乗らせねぇ」
「フッ、厳しいな。だが、お前の家は規格外だからな……いろんな意味で」
「ああ。救われるために待っとけよ、ナナ……じゃあな。もういい、あとは頼む」
「わかりました。治療に移らせていただきます」
スタッフに場所を譲るレイ。その様に悲観の雰囲気はない。
まるで助かることを確信しているかの雰囲気だ。
残念ながら、熱にうなされ瞳を閉じるナナに先ほどのレイの声は聞こえてはいないのだが……。
二人は検査を受け始めたナナを少しの間見守ると、病室を後にする。
二人が向かった先は、ナナを救うために手ぐすね引いて待っているカイウスのもとだ。
「大丈夫、私、負けない……」
「……はぁ、高熱なのですよ、起きないで安静にしていてください。これからがきついですよ、この病気は」
「……ん」
二人が居なくなった病室で、検査を受けるナナの瞳が微かに開き、たどたどしくも病気に対する宣戦布告をしてみせる。
しかし、ナナの目の前にいるのは、検査をするスタッフのみ。
ナナは微笑を浮かべながら忠告してくるスタッフに素直に頷き、ゆっくりとその瞳を閉じる。
ガンガンと鳴り響く頭痛と高熱を自覚する中、ナナの脳裏に過ったのは真剣な表情でナナを見守るカイウスの姿。
_助けるから。
聞きなれた声でそう言われた気がしたナナは、安心するように眠りに落ちた。