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竜と人の町~レコリソス~

本日二話目です。


 翌朝。

 カイウスは一人、四人部屋のベットの上で目覚めた。

 キョロキョロとその寝惚け眼であたりを見渡すと、並ぶように設置されてある他三つのベットの上にナナ、レイ、ユウリが未だ寝ている姿が朧げに映し出される。



「うぅ……朝、ですか……」

 

 

 カーテンの間から差し込む光がカイウスに当たり、カイウスはその目を細くする。

 そのまま、被っていた布団をはぎ取ると他の者を起こさぬようにゆっくりベットから降り、朝日が覗くカーテンの隙間へと指を通す。


 

「ずいぶん遠くまで来ましたね……山が見えます、そして……龍が見えます」


 

 カイウスがカーテンに顔を埋めるようにして宿の窓から見た景色は、豊かな自然の姿となんともファンタジーな光景である巨大な龍が、空を優雅に泳いでいる姿だった。 


 朝日とともに映るその龍が、まるで幻であったかのように、上り行く陽光と伴にその姿を宙に消していく。


 まるで夢でも見たかのような気分のカイウスは、何度も瞳を擦り外を見るが、そこにあるのは綺麗な青空と自然にマッチするかのような街並みのみ。


_夢、なのかな……?  


 小さく呟いた言葉は、まるで自分に言い聞かせているかのようで……。


 カイウスは首を振りながら、切り替えるようにして宿の外の景色に目を向け、ゆっくりとその瞳を閉じた。

 景色を見た後に、瞳を閉じることでここまで来た事に対する感慨を感じるとともに、昨日までの後悔が少しずつ浮かんできていた。


 カイウスにとっての昨日は、思い返せば思い返すほど後悔の連続であった。

 旅の途中では、吐き気のせいで存分に旅路を楽しめず、不完全燃焼。

 街に着けば、散策する余裕などなく。

 馬車の中ではナナとともに無駄ともいえる問答を繰り返し疲労を蓄積させ。

 宿に着けば、ひとまずの安心からか、食事を摂ったらその後すぐに寝落ちしてしまい、どうやって部屋に戻ったのかすら記憶にない。



「はぁ」



 カイウスから嫌なことを吐き出すかのような溜息が出る。

 思い返せば思い返すほどに散々な旅であることは、明白である。

 正直ここまでで良かった思い出は、この目の前に浮かぶ綺麗な景色くらいだけであろう。

 

 それでも、カイウスにとって、ちょっとした旅の道中でのことなど気にする必要はなく。

 カイウスが、この旅の本質を見誤ることもない。 



「馬車の旅がここまで辛いとは……でも、困っている人たちが待ってるんだよなぁ」  



 カイウスにとってこの旅が、どんなに不快なものであろうとも、辛いものであろうとも、それは覚悟の上だ。

 カイウス自身が希望を押し通し、家族から背中を押され、ユウリの同胞たちを救うために旅をしているのだから。


 決して楽しむためのプチ旅行などではないことなど、カイウス自身が良く理解していた。


 だが、異世界での初めての旅に何も期待がなかったかというと、そうではない。



「もうちょい、楽しいものだと思ったんだけど……護衛が強すぎなんだよなぁ」 



 未だ寝ている三つのベットの上を見つめながら、カイウスは自分自身のベットに腰掛け、四つ並んだベットの内、向かい二つを見る。


 ユウリとレイが寝るそのベット側からは、少しのお酒の匂いが漂ってきていた。


 昨日の夜は、二人で積もる話でもあったのだろう。


 腹を盛大に出して眠りこけるレイに、布団をかぶり丸まっているユウリを見て、カイウスはそう察しをつけた。



「瞬殺してくれるのはいいんだけど、少しは戦いたかった」



 二人を見つめながら言うカイウスの表情には、苦笑いが浮かんでいた。

 旅の道中を思い返してみても、ユウリとレイの二人の瞬殺劇を眺めていた記憶しかない。 


 カイウスは正直、どんなに気分が悪くとも、それがずっと続く状態では決してなかったのだから、気晴らしに戦ったりしてみてもよかったのだが。

 気分が良い時も何か言う前には魔物は綺麗さっぱり処理された後だった。

 戦力過多にもほどがある。


 片や獣人国勇者。

 片や冒険者Sランク、暴風の二つ名を持つ者。


 護衛される身としては、絶大なる安心が得られるのだから、助かるには助かるはずなのだが……。 

 

 と、カイウスがそんなことを考えていると、もぞもぞとユウリとレイが同時に起きだす。



「おぉー……頭いてぇ……」


「……」


「おはようございます、兄さん、ユウリさん」



 頭も抱えて、渋い表情をしたレイが体だけを起こす。

 それに続くように、ユウリも無言で被っていたシートを剥ぎ取り、大きく背伸びをしている。


 カイウスはそんな二人の様子を見て、笑顔で挨拶をした。

 二人に心配かけないよう、昨日の疲労など感じさせないよう。



「ああ、もう起きてたのか、カイ。……おはよう」


「おはよう……」


「ユウリは朝が若干苦手だからな、もうちっと待ってやってくれ」


「へ~、そうなんですか」


「すまぬ……」 



 目を閉じては開いたりを繰り返すユウリが、小声で謝罪する。 


 船を漕いでいる姿のユウリから、決して今言われたことが嘘ではないことをカイウスは感じ取り、首を振りながら穏やかな声で大丈夫であることをユウリに伝える。


 

「ああ、とりあえず身支度な。んで、朝食食べ終わったら伝えることがあるから、そのつもりで」


「……何か、あったんですか?」


「ん~、昨日領主の館に挨拶に行ってよ。ちょっとヤバい情報があってな。予定を早めようかと思ってる。詳しい内容は後だ、早くそっちの嬢ちゃん起こしてやりな」


「は、はぁ」



 ベットから起き上がり、首を左右に鳴らすレイがあくび交じりにカイウスに告げると、顔でも洗いに行くのか、タオルをもって部屋の外へと出ていく。

 そして、レイが嬢ちゃんと呼んだナナは、カイウスの横のベットで未だシーツを深く被り、体を横にして寝ている状態だ。


 レイが出ていったのを見送ると、カイウスはレイに言われた通り、ナナを起こすためそっと声をかける。



「ナナさん、起きて下さい。朝ですよ~……?」  



 間延びするような声をかけながら、カイウスは不思議そうに首を傾げた。

 それは、寝息で上下するナナのシーツの間隔が少し早いことに気づいたからだ。

 

 もしかしたら、起きているのかもしれない。

 そして旅先の二度寝を楽しんでいるのではないだろうか。

 そう考え、楽観視したカイウスはやれやれといった表情を浮かべると、そっと上下するシートを二度叩く。

 


「二度寝はまた今度にしましょう、ナナさん……ナナさん?」 



 声をかけると同時に叩いたことにすら反応はなく、ただただシーツが上下するのみ。 


 あまりにも反応のないナナに、様子のおかしさに気づいたカイウスは、ベットの反対側へと周り、ナナの顔があるであろう位置のシーツをそっと捲った。



「はぁはぁはぁ……はぁッ……」


「……ナナ、さん。……まさかッ!」



 シーツを開けた先に居たのは、息が荒く、顔を赤くした少し苦しそうなナナの姿だった。

 すぐに、カイウスは自分の額とナナの額に手を置き、熱を測る。

 結果は言うまでもなく、ナナの体温は高いという事実がわかるものであった。


 

「え、熱っ……ナナさん、熱?」


 

 自分で理解した結果に、カイウスは唖然と呟く。

 頭の中に昨日のナナさんの強がる姿や、馬車での疲れている姿、そして旅立つときの決意に満ちた姿が思い浮かぶ。

 そんなものが浮かんでくるほどには衝撃的で、熱は高そうであった。


「……カイウス、様」


「な、ナナさん!」



 薄っすらと目を開けたナナが、霞む視界の中、手を伸ばしながらカイウスの名を呼ぶ。

 その声は、昨日と比べるとあまりに弱弱しく、病状がカイウスが考えているよりも酷いのではないか、ということを知らせるには十分であった。

 

 シーツを掻き分けるようにして伸ばされたその手を、カイウスは急いで、しかし優しく手に取る。


 若干震えているように感じるその手は、少しの熱をカイウスの手に伝えた。



「……む、カイウス殿。どうされたのだ……ぬッ、これはまさか……」


「ナナさんが、熱を出しているようなんです」



 ベットの上で船を漕いでいたユウリが、カイウスの只ならぬ雰囲気に当てられ、強制的に起こされる。

 そしてすぐにカイウスとナナのもとに寄り、ナナの様子を確認すると、その表情を曇らせた。



「……熱だけであればよいが……昨日のことがある。首筋を見てくれ、湿疹は出てないだろうか」


「昨日のこと? いやそれよりも、湿疹ですか……はい、ありますけど」



 ユウリに言われ、すぐにナナの首筋を髪をかき揚げ確認すると、赤い湿疹が二つほど出て来ていた。


 カイウスはすぐにそのことをユウリに伝えたのだが……。



「そうか……」



 カイウスの報告を聞いたユウリが、天井を仰ぐようにして虚空を見上げる。

 その様はまるでナナの病状について何か心当たりでもあるかのようで……。


 カイウスはその様子が気になり、詰め寄る様にしてユウリに問うた。



「何か、知っているんですよね、ユウリさん!! 何か知っているのなら、ナナさんの病状について教えてくださいッ!」


「……」


「ユウリさんッ!!」



 余裕のないカイウスに詰め寄られても、きつく目を閉じ何か考えているユウリ。

 ナナのことが心配でたまらぬカイウスはそんなユウリに答えを求め、必死に詰め寄る。

 

 そしてユウリがその瞳を開け呟いた時、カイウスとその一行にとって、この旅初めて降りかかる試練の実態が浮かび上がった。



「現在この辺りでは流行り病が発生し始めているらしい……それを、龍浸病というのだが……龍浸病の初期症状は発熱、湿疹から始まる。そして……発病から二週間で湿疹が背中全体に現れ龍の形を取った時、死に至るのだという……ナナ殿はまさにそれの初期症状であろう」


「流行り病ですか……治す方法は?」



 ユウリが厳かに告げた内容は、本来子供であれば慌てふためき、その場からすぐに離れてしまってもおかしくない状況であった。

 流行り病とは人に移るもので、普通はその手を放し病人から距離をとってもおかしくはない。

 しかしカイウスは、普通の子供ではなく。転生者である。

 それ以前に、震えた手で助けを求めるようにカイウスの手を握るナナの手を、カイウスは振りほどけなかった。

 気づけばカイウスは、真剣な眼をユウリへと向け、その手は一向にナナの手から離さず、ただ治療の方法を聞いていた。


 

「フッ、さすがだな……治す方法は二つ、万能薬か特効薬による治療もしくは高位回復魔法による治療のみ……だから治す方法はある、あるのだが……」


「どうしたのですか? 治す方法があるならそうしましょう。お金は十分持ってきたはずです」


「そう簡単にはいかねぇのさ、それが……残念なことにカイウス。万能薬と特効薬は俺達には使えねぇし、高位治癒師もどうなるかわからねぇ」



 カイウスとユウリが話しているところに、話に割って入るようにしながら顔を洗い終えたレイが部屋へと入ってくる。


 そして、解決に向かっていたその問題の解決策そのものを否定した。



「兄さん、どういうことですか?」



 カイウスは、おふざけ要素の全く入っていない兄レイからの言葉に、すぐに視線とともに疑問を投げかけた。


 

「ああ、そりゃあ簡単だ。万能薬は王都に献上したばかりで在庫がねぇし、特効薬は材料不足。高位治癒師はナナよりも先にかかって死にそうなやつの治療にてんてこ舞いだ。仕舞にはその治癒師はこの街に一人だとよ。……領主にも言われたぜ、『早めにこの町を抜けることお勧めする』ってな」


「……なんてことだ、ではナナは、ナナさんはどうなるのでしょうか?」



 言い終わると同時に心底困った溜息を吐いたレイに、状況が酷い、いや最悪なことを悟ったカイウスは、見開いた目を向けながら、ナナの今後についてレイ、そしてユウリに聞く。


 ここまでの情報が出ていれば、カイウスも答えは出るのだが、それはこの旅に支障をきたすか、はたまた中止も検討しなければならない内容だ。


 カイウスにとって急ぎの旅だが、欠員が出てまで強行したいわけではない。


 カイウスに聞かれたレイとユウリはお互いに顔を見合わせると、代表するようにレイが告げた。



「ま、何であれ、まずは患者の集まった治療院に行く。そこに行かなきゃ始まんねぇ。今のところ治癒師の活躍で死者は少なく抑えられているし、できるだけ早く治療を受けさせることはできるから……ナナは助かるはずだ」


「良かった……」


「ああ、だが万が一と思って領主に聞いておいたんだがな。昨日の時点で治療できるのは、早くできても一週間前後と言っていた……それまでは旅は延長だな」


「そうですよね……ほかの患者さんがいますから」



 治療にかかる時間と旅の思わぬ延長を言い聞かされ、その事実に渋い表情をしたカイウス。


 この時、カイウスの頭の中には問題を解決するためのいくつかの選択肢が思い浮かんでいたが、それは今はなすことではない。


 今後の方針を語るレイの話を聞きながら、カイウスの瞳は心配そうにナナのほうを向いていた。



「ああ、だからとにかくナナを治療院に連れていくと同時に……この宿の奴らも確認しなきゃならん。多分だが昨日の食堂で感染しているはずだからな」



 そういってレイはユウリを見る。

 宿屋への確認はどうやらユウリに行ってほしいようだ。

 


「そうだな他にもいるだろう……私が主人に報告し、そのまま病人をおくり届けよう。そちらは頼むぞ、レイ」


「ああ、了解した。気を付けろよユウリ」


「フッ、安心しろ。私は病気にかかったことはない」



 二人はお互いにわかりあったように話、拳を突き合わせた。


 ユウリはそのまま室外へ、レイはナナの様態を心配そうに見守る弟を見る。


_自分に病気がうつるとは、考えんもんかねぇ……これも血筋かな。


 フッと笑顔を浮かべるレイの先にいるのは、病人を真剣に見守り心配する末の弟の姿。

 レイの瞳には一瞬であるがそんな必死な姿が、いつかの父であるルヒテルの表情と被って見えていた。


 流行りの病とは、人に感染するもの。だからこうしてナナは発病している。

 同じ部屋にいた、もしくはいる、今の状況はいつ感染してもおかしくないはずなのだ。

 そのことにこの賢らしい弟が気づかないはずがない。

 だが、それでも病人を前に手を握り続け、汗を掻くナナの額を一生懸命に拭っているその姿は、兄として誇らしく感じる。



「……ナナさん」 

 

「カイウス、様。ごめんな、さい。足、引っ張ちゃう……」


「いえ、そんなことお気になさらず。今は早く治すことを考えましょう。ゆっくりお休みください」


「……ごめん、なさい」



 弱弱しいナナの謝罪の声が室内で何度か呟かれる。

 意識の朦朧としているナナのそんな謝罪に、カイウスは何度も何度も首を振り、大丈夫だよと安心させるように言い、そっとその頭を撫で続けた。



「……」


「どうやら寝たようです」


「そうか、じゃあ慎重に運ぶぞ」


「はい」



 少しの間、撫でて拭ってを繰り返す内、ナナは意識を失う様に眠りにつく。

 それを見届けたカイウスとレイは目を合わせ頷きあうと、静かに言葉を交わし、二人掛かりで慎重に、そっとナナをレイの背中へと移動させ、治療院へ行く準備をする。


 この日、宿屋から見つかった龍浸病患者はナナを除外して、二名。

 いずれも食堂にいた者たちだった。


 ユウリはその大きな体にその二名を担ぎ上げ、治療院へと向かい、レイとカイウスもそれに続いた。


 宿屋での感染の事実から、ナナはたまたま旅の疲れで免疫が弱っていたところに、付け込まれたのだろう。

 それがカイウスであったとしてもおかしくはなかった。

 


「……僕がしっかりしないと」



 治療院へナナを運んでいく途中、その苦しそうなナナの表情を伺いながら、カイウスは力強く頷き、そう呟くのだった。


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