竜と人の町~レコリソス~
またまた日を開けてしまい申し訳ないです。
今後は週に一回はあげたいなぁと思っています。基本不定期の七時にあげていきます。
この世界では、竜についてどの地方でも語られる、とある神話が存在する。
題名は『始まりの竜』というもので、様々な脚色が地域ごとに追加・削除されていたりするが、どこの地方でも大筋は変わらず、白き竜、その一頭についてのお話だ。
登場人物、場所、物語のこまごましたところに地方の特色は見られど、唯一その一頭の姿形は変わらない。
神話について研究したであろう書には、こう記されていた。
『この世界は一頭の白き竜から生まれたと思われる』
『白き竜は、始原竜と呼ばれ、竜たちの祖であるだけでなく、生きとし生ける生物、すべてに恩恵を与えているらしい』
『月明かりを超える美しさであるらしい』
『見たものは存在しない』
『神話上、この世を去ったとされているが……明確には存在したかも怪しい存在である』
『多分、いないかもしれないし、いるかもしれない』
『信じる心に、重きを置くべきである』
と。
正直、作者の考えが多分に詰め込まれているように見えるが、この世界において一番真実に近い考察をした書であるだろう。
どこに行っても、何を調べても、それ以上の事は書かれてもないし、見たものもいない。
虚言・妄言の飛び交う中、程よく取捨選択できたものである。
著者自身の迷いが見て取れ、考えに考え抜いた結果が、最後の一文に表れているといっていい。
……と、そんなことは参考程度で良かった。
ここで言いたかったのは、その神話の原型にもなった、とある石碑に書かれた碑文がこのレコリソスの町にあるということだ。
レコリソスという森林地帯にある町の中心に、一か所だけ不自然な、一際大きい広場があった。
石碑は、その広場の丁度中心に立つ石塔の中、その中にポツンと置かれており、わずかな光しか差し込まぬその石塔の中で、レコリソスの町の歴史的象徴として手厚く管理されていた。
ところ変わって、カイウスとナナのいる馬車の中……未だ馬車の中。
陽は完全に沈んでおり、外は街灯で照らされている。
「……陽が落ちましたね」
「ん……」
馬車の中で、だらーんと項垂れるカイウスとナナ。
心なしか馬車の中の雰囲気も、そして空気も、どんよりと淀んでいるような気さえする。
そんな重く淀んだ空気をお互い察してか、示し合わせてもいないのに、二人はお互いに視線を合わた。
「おなか、減りましたね」
「ん、滅茶苦茶減った」
「時間って早いですよね」
「ん」
お互い、短くポツリポツリと、呟く。
宿に行かなければならないことは頭では分かっているカイウスとナナだったが、不思議なことに動くのは口であり、言葉であった。
お互いの視線の先には、じっくりと見らずともわかる消耗しきった子供の姿が伺えた。
「どうでした? 初めての長旅?」
「……カイウス様と一緒だったから、大変だった」
「うッ……それは、何とも……すいません」
「うんうん、いいの……今のは冗談」
身構えるように手を出し、謝るカイウスに、ナナは冗談だと、感情表現をあまり出さないいつも通り平坦な声音に、少しの疲労を滲ませながら、首を振って見せた。
「カイウス様は? どうだった?」
「私は……」
一拍の呼吸を置き、ナナが首を傾げながら、今度はカイウスに聞いた。
自ら自らの地雷を踏み抜きに行き、どう考えてもそう返ってくるだろう、返答をナナにされたカイウスは、それでも落ち込んだ様子はなく、苦笑交じりに対応しようとしている。
少し顔を下げたカイウスは、思い出すように言葉をためた。
「どうだったでしょう、か……きつかった、ような。吐いていただけだった、ような……でも、そうですね。……これてよかった」
「? ……どうして? 介抱してた記憶しかない」
苦笑いを止め、顔をあげて言ったカイウスの表情は少し楽しげなものとなっていた。
旅の途中、介抱ばかりしていたナナにとっては、その表情と答えに疑問が浮かぼうものであり、ナナはカイウスに答えられてすぐに首を傾げ、疑問を呈した。
その様は、まんま心に浮かんだ言葉であったため、カイウスに対するデリカシーというものは当然のごとく何処かに捨て去ってしまったものになっている。
「……遠回しに抉ってきますね……おほんっ、これも経験であり、僕の血となり、肉となるものですから。大事なのはここから何を学ぶか、なんです」
旅に出てからというもの、ガラスのハートではないのか? という、自分のメンタルに不安を抱きつつあるカイウスは、ノムストル家の男児が心にダメージを負った時にする、『傷つきました、私』という胸で手を抑える格好を取る。
が、今回はあまりダメージのなかったようなので、咳払い一つで対応して見せた。
「……カイウス様、嘔吐から学ぶ? 私、介抱から学ぶ?」
ナナ、驚愕の一言。
短いながらも、まるで韻でも踏むかのような言葉を発するナナ。
惜しいのは、その表情と声音にリズムというものが皆無ということだけだ。
「ええ、きっと僕たちは今……すごく貴重で大切な経験しているはずです。……ナナさん、考えてみましょう。考えて、考えれば、それだけでもワンステップ上に行ける気がしませんか?」
カイウスは、言葉を発しながら自分に言い聞かせるように、それでいて目の前のナナに演説でもするかのように立ち上がり、ナナとの温度差も気にせず語りかける。
これで、ナナも盛り上がり、同意でもしようものならば、確かに良い気持ちで熱く程よい演説にでもなったであろうが、前に書いてある通り、この空間には温度差というものが存在している。
もちろん、それは気温の事では決してなく、ここでは熱い心で疲労をごまかそうとするカイウスと、そんなカイウスをいつも通りの瞳で見るナナである。
そう……二人の間には、心の温度差という小さくはない隔たりがあった。
「カイウス様……向上心、高いね」
「……えっと、誰から教わりましたか、それ」
「「……」」
馬車という狭い空間で立ち上がっているカイウスに、下から見上げるようにジト目らしいジト目を向け、発言するナナ。
お互いが、お互いをジッと見つつも、次に出てくる言葉がないという不思議な空気になる。
「……別に」
そんなジッとした空気もすぐに終わりを迎える。
先に口を開いたのは、ナナのほうだった。
言葉を探すように、言いかけた言葉を何度か飲み込み、しっかりとカイウスと視線を合わせたまま言ったのだ。
カイウスの意図したであろう解答を濁すような、そして少しナナ自身の視線をそらしてしまうような解答を。
「……わかります、そのジト目対応のは他ならぬメイド長直伝ですね?」
「……否定はしない」
少し溜めて放たれたカイウスの言葉に、一瞬目を見開いたナナは、そっと、本当にそっと視線を逸らした。
「……」
カイウスはそんなナナの様子を見て、『ああ……メイドの教育が早すぎる』とナナの目線を逸らした様子をみつつ、無言の圧力という名の重圧をナナに与える。
これは今後、父や兄達と同じ轍を踏まないようにするためだ。
カイウスがメイド長という、越えられない壁を……克服するためだ。
「……そう、メイド長……」
カイウスの重圧が効いたのか、はたまたそうでないかはともかくとして、どうだ? これでどうだ? といわんばかりにナナの正面で百面相をするカイウスを前に、ナナは多少うざったそうな仕草でポツリと白状した。
明らかにカイウスからの重圧とかではなく、そのしつこさに負けているような感じだったが……。
それでも言質は取れた。
後、カイウスにできるのは、まだまだメイド長に染まっていないであろう新人メイド(ナナ)の情に訴えかけるだけ。
「やめましょう、ジワリときます。主に私の心に」
「ふふっ……そういう対応だから」
カイウスの真摯な訴えた。ただただ、真摯に訴えた。
い・や・だ! と。
それに帰ってきたのはわずかな微笑と、理解されたノムストル家の男に対するマニュアルの答えのような対応。
多分だが、すでにナナはカイウスにとっては手遅れでしかない。
すでに、マニュアルに楽しさを覚えてしまっているようだ。
カイウスは、ナナのその答えと表情を見て、なんとなく、そう、なんとなくそのことを感じ取ってしまったのか、話題を変えるように、少し遠い目をしながらポツリと呟く。
「……ナナさん。……疲れ、ましたね」
「ふふ……認めたくはなかった」
あまりにも露骨で、どうしようもないほど露骨な話題転換。
それにナナも気づいているのか、少しの微笑を浮かべながらカイウスの話題転換に乗るように答えた。
馬車の外はすでに真っ暗闇。
時折、山間部ならではの冷たい風が街の間を吹きぬける。
そこに、闇夜の中、カイウスとナナが乗る馬車に一つの光源近づいてくる。
宿の馬車の駐車スペースであるここには、カイウスとナナの乗る馬車以外にもいくつかの馬車が並んでいるが、その光源は、一直線に、何の迷いもなく、カイウス達の乗る馬車へと向かっている。
馬車にいるカイウスとナナは気づかない。いや、気づけない。
馬車の中、ということもあるのだろうが、何より二人の疲労がその原因の多くを占めていた。
カイウスとナナの談笑している声が馬車の外まで聞こえてくる。
ふ~……。
少しのあきれたため息がその光源から漏れ、そっと馬車へと影が伸びる。
_コンコン
「「……」」
音が鳴った方向に、二人は一斉に振り返り、一瞬の夜の静寂が二人を包む。
「……ど、どうぞ?」
混乱したカイウスが、一拍の間を開け、入室の許可を出す。
ナナがその声に合わせて、カイウスと入室者との間に立つ。
「しつれーしまーす」
元気で明るい声が馬車の中で響く。
入ってきたのは兄である例と同じくらいの年齢のお姉さんであった。
馬車の扉からこちらを覗くような体制でカイウスたちの前に現れた。
「そろそろ、呼びに行けって、言われたから来たんだけど……あら、お楽しみ中だった?」
「「ちがう」」
「息ぴったりね」
迎えに来たと語るお姉さんの突飛な物言いに、二人は息をそろえて否定したが、むしろドツボに嵌る一方であり、お互いに顔を合わせるも、それすら、お姉さんのペースに乗せられた気がして、どちらともいわず、顔をそむけた。
「あらあら、お熱いことで、フフフ」
「「……」」
長髪のようなお姉さんの物言いに、二人は無言という回答で返す。
突然の訪問者による所謂一種のいじりはそこで終わりを告げ、付いてきて、と一通り楽しんだお姉さんの楽しそうな声音だけが闇夜に響いた。
お姉さんか、少女にするか……三日くらい悩んでなどない。