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竜と人の町~レコリソス~

皆様お久しぶりです。


_竜と人の町_


 モーリタニア王国辺境の地、レコリソス。


 豊かな自然に囲まれたそこは、原初の竜が生まれた町であり、人と竜が唯一共生する世にも珍しく、希少な地である。

 

 その特殊で特別な土地柄から、レコリソスは、モーリタニア王国の一領土というよりは、実質、独自の文化と価値観を認められた一つの自治領と化しており、特に、この地にしかないであろう『とある資源』はモーリタニア王国の貴重で数ある国の中で唯一安定して得られる資源として知られる。 


 それが、



「古の町レコリソス……ここでしか取れない竜月草は、万能薬で欠かせない素材であり……珍味として上級階級の貴族や皇族・王族たちに人気の高い品だ」



 ガタガタと揺れる馬車の中、オオカミの獣人であるユウリがぽつりと呟く。


 馬車の外から見る眺めには、すでに、モーリタニア王国国境付近の地であるレコリソスが見えており、豊かな自然の中にある、ある程度の大きさの街並みが存在しているのは、一種の違和感を見るものに感じさせるはずなのだが。


 山の中腹部にあるレコリソスは、斜面をうまく活用し棚田のような作りの街並みであるため、まるで始めから山の一部であったかのような一体感を見るものに感じさせた。


 そして何より、レコリソスという都市には誰の目から見ても異様だと感じる点が存在していた。


 それは、魔物という脅威が非常に脅威であるはずのこの世界で、魔物たちへの対策は必須であり、どこの都市でもその存在が欠かされることはない。


 むしろ魔物たちへの対策がされて初めて人が住めるようになるはずなのだ。


 しかしここ、レコリソスという都市は、ほかの都市とはその魔物への対策そのものが他の都市とは異なっており、レコリソスには必要な城壁や堀、柵の存在がほぼないのだ。


 ほぼない、ということは少しはあるわけであり、しかしそれでも形だけ存在してるようなものだった。


 一体なぜ山間部という魔物が生息しやすい場所にあるにもかかわらず、城壁もなく、柵もない都市が存在できているのか。



「あ~、あれな。ユウリは濁して言ってるけど、要するにお世継ぎ問題とかに使ったりする興奮剤ってやつだぜ」



 少し言いよどみ気味だったユウリに、知たり顔したカイウスの兄、レイが、頷きながらユウリの発言に楽し気に茶々を入れた。



「はぁ……カイウス殿たちはまだ子供だぞレイ。そのような下世話な話は濁すくらいがちょうどいいのだ」


「へっへ、お前がこういう話が恥ずかしいだけだろ? 純情だからなぁ、お前は」


「……否定は、せぬが……もう少しオブラートに包め、馬鹿者たわけ


 

身内には遠慮という言葉と、クールという仮面を脱ぎ去るレイの楽しそうないじりに、ユウリはため息交じりに否定しつつ、しかし嫌悪の感情は全く見えない。

 

 むしろ、少し楽しげだ。



「へー……そのような貴重なものがあるのですか……まぁ、僕的には早くついてもらうことが一番なんですがね~」


「ん、カイウス様はよく頑張った……」 

 

「はは、ありがとうございます、ナナ。介抱してくれて助かりました……本当に」



 そんな友人関係良好な二人の対面に座るカイウスとナナ。


 この旅の間、恐ろしくひどい目にあっていたカイウスだったが、幾分か体調も調子良さげに戻っており、嘔吐する回数も格段に減っていた。ただ、顔色だけはどうにもならず、悲壮感漂う戦士のような死相感漂うものとなっている。


 それに比べ今回が初めての遠出であり、厳しい旅路のはずのナナの様子は、それはもうカイウスとは比べるのも烏滸がましいくらいに良好のように見え、カイウスの世話係として、十二分の働きをしている。 



「あ~あ、ナナちゃんも初めての長旅で不安なはずだってのに、カイと来たら……はぁ~」


「……なんですか、そのため息は……ブッ飛ばしますよ」


「なっさけねぇ……」


「うっ」


「あ~ぁ」


「クッ……それは、ほんとに言われたくないやつで……」



 わざとらしい仕草と、顔を下げることで隠した笑みで実の弟を煽っていくスタイルの兄、レイ。


 カイウスも兄が煽ってきているのは承知しているのだが、ぐぬぬ、と悔しそうな表情を浮かべるだけで、カイウスにできたのは顔色が悪いことを利用した、人様にはお見せできないほどの表情。ただそれだけで、レイを睨めつけることだ。


 ……悲しいかな、馬車の中でカイウスが取れる行動は、睨めつけること、ただそれだけしかできないのだから。



「やめてやらないかレイ。……でないと……ほら、やられるぞ?」


「おぉぅ、ナナ。落ち着け、まぁ落ち着け、兄弟の戯れってやつさ。本気じゃあない。本気じゃあないからその高ぶった殺気と魔力……抑えていこう? な?」


「……カイウス様、がんばってる。褒めてあげるべき」

 


 ぐぬぬ、のカイウスの影というより隣から、赤く可視化される魔力のオーラが立ち上り、オーラの元凶であるナナの、それはそれは幼子には見えないような嫌悪感丸出しのまるでゴミを見るかの様な視線がレイに突き刺さる。


 ナナの突き刺さる視線にレイはあたふたし、その様子を御者をしながら面白そうに眺めるユウリ。

  

 顔色が絶望的に悪いカイウスは、その間に見事に挟まってしまっているのだが、浮かべる表情は微笑であり、何とも仕方ないなぁといわんばかりの雰囲気を醸し出している。


 カイウスたち一行が乗る馬車。


 そこから見えるのは目と鼻の先までに迫った古の都市レコリソスであり、これから訪れることになる場所だ。


 そして、カイウス達にとってはある一つの出会いをもたらすことになる土地なのだが。 



「何もないといいんだけどなぁ……」



 カイウスがそれを知ろうはずもなく、カイウスはレコリソスの慄然とした街並みをチラッと見つつ、これから入る都市へのかなえられないであろう希望を、ぼそりと呟くのだった。














「私とレイはここの都市の長と少し話をしてくる。二人は、ここで十分に休息を取ってくれ」


 

 レコリソスに入るための門を権力という名のごり押しで顔パスのような形で抜けてきた一行は、レコリソスの町に無事入ることができた。


 そうして入ることができたカイウス達一行がまず向かったのは、町のちょうど中心付近にある、この都市での宿屋だった。 

 

 御者をしているユウリ曰く、「行きがここで大変世話になり、とてもよい宿だったのだ……きっと三人とも気に入ってくれるはずだ」ということらしい。


 カイウスもレイもユウリがそこまで言うんだったら、と賛成し、ナナはお二人が言うならば、と誰からも否という言葉がでなかったため、今現在、カイウス達は件の宿屋の馬車を置けるスペースでユウリから今後の説明を受けているところだ。 



「私としては急ぎたいのだが……体が一番大事なことには変わりない。ここで急いてしまって、後々の事を仕損じてしまえば、まさに本末転倒だからな……三、四日ほど滞在すると思ってゆっくりしてくれ」



 そういって柔らかな表情を浮かべるユウリが見たのは、やっとのことで休める場所に到着し、安心で緩みきった笑顔を浮かべるカイウスの姿と、表情と態度には出ていないが、確実に疲れているであろうナナだった。


 聞くものが聞けば、事実上二人はユウリから遠回しにお荷物扱いされたようなものだが、二人は全く気にすることもなく、そもそもユウリが二人をお荷物だ、とかそういうことは思わない人ということは二人とも承知しているので、カイウスとナナは喜んで頷いた。


  

「まぁ、なんだ。俺が冒険者として行ってきた町でも一番目か二番目くらいには特殊で……何より面白れぇ場所だからな」


 

 ユウリの隣に並ぶレイが、いつも通り愉快そうに、そして少し含みのある声音ででカイウスに向かって言ってきた。



「特に、『アレ』……だな」


「『アレ』、ですか……」 

 


 レイはカイウスに向かってそういうと同時に、『アレ』と表現した場所に視線移し、カイウスも少し遅れて兄が視線を向けた方向へ目を向けた。  



「……」



 二人が目を向けた先は人も行き交う街路であり、きちんと整備された場所である。


 他の都市同様、普通に人が行き交い、普通に街路の端で奥様方が談笑し、普通にお店で商人たちが商品を販売している。


 活気あふれる風景だ。


 そう、ただの普通の街路……であればの話だ。


 ただそれだけのことで、レイもカイウスも注目し、『面白い』などとは言うまい。


 大陸中を旅し、数々の町や村、湖、森を探索、討伐に飛んでは帰ってを繰り返してきたカイウスの兄であるレイを持ってして、『面白い』そう言わしめる光景が、その普通の景色の中に紛れ込んでいた。



「言いえて妙とは、このことですか……『竜と人の町、レコリソス』その言葉通り、本当に竜が町を闊歩しているとは」


「ああ、ま、体の小さい種しか街中にはいないけどな。でかいのは……あっちにいる」


「『あっち』って、兄さん。指してる方向が三、四日後に通るって言ってた山だったような気がするのですが? 気のせいでしょうか?」


「さすがは俺の弟だな。どうだ? 楽しみだろ?」



 悪戯かドッキリでも成功させたような声音と、表情でレイはカイウスにサムズアップしてくる。


 どこに行っても悪戯好きの変わらない兄レイの姿。


 そんな兄に、カイウスは少しの呆れ顔を見せ、未だ親指を立てた状態を維持している兄からサッと視線を切る。



「でかいのとは、いかほどでしょうか。……ユウリさん」



 カイウスから視線を切られ、それでもなぜかめげずにグイグイと近づいてくる兄に、『反応するのも癪だなぁ』とカイウスは考え、隣でカイウスと同じようにレイに呆れているであろうユウリに聞いた。


 それは純粋な興味からだった。



「むぅ、どれほど、か……私が見てきた中でいいのならば、大きいといっても結構な差があったのだが……大体、二階建ての家と、その半分程か……一番でかいのはそれこそ小山ほどはあったぞ」 


 

 カイウスの予想通り、レイに呆れ顔を向けていたユウリだったが、カイウスが真剣に聞いているのだろうと察したのか、ユウリは呆れ顔を苦笑いに変えながらも、しっかりと思い出すように答える。


 その様子はただ遠巻きにたまたま見ただけ。


 とかでは決してなく、その身で戦ってきたであろうユウリだからこそ言えるものであろうことが、カイウスに対し、竜の体の大きさに正確に近いものであるサイズ感を既視させるような真剣みのある声と具体的な喩で感じさせた。


 『ああ、この人は知っているんだな……』


 カイウスは自分と目が合っているユウリの表情と、勘弁してくれ、とでも言いださんばかりの仕草からそう感じ取る。


 勇者と呼ばれるユウリにしてみれば、相対していても不思議ではない相手りゅうなのだから。

 


「ありがとうユウリさん。僕はまだ竜と呼ばれる存在をこんなに間近で見る機会がなかったから……てっきりここにいるサイズの竜が、普通なのかと思ったよ」


「ああ、竜になど偶然であろうとも会うものではない……怒らせた彼らは……もはや手におえない災害だからな」



 そういって話すカイウス達の視線の先には、人間サイズの大きさの四足歩行の竜や、浮いている細長い竜、そしてカイウスの前世でいう猫サイズの竜と、様々な種類の竜が人間達の間や頭上、足元を行きかっている。


 そしてそのことに町にいる誰もがあまり気にした様子がない。


 むしろ、隣人と同じように挨拶を交わしたりしている始末である。

 

 魔物として恐れるわけでもなく、神として崇めるわけでもなく、ただの隣人として接しているように見受けられるのだ。


 まさに住人達にとって、竜がいることは当たり前の日常の一部であり、竜たちにとっても人間が食料などに見えていないようなのだ。


 見えている限りの竜たちに、暴れるような雰囲気のある攻撃的なものはいない。みな、のんびりとした様子と、それでいて、動きや態度に理性を感じさせる者たちばかりだ。

 

 これがレコリソスという町の姿なのだろう。


 カイウスは、ただこの光景を見て、素直にそう感じた。

 

 噂以上に、人伝から聞く以上に、その目で見たこの真実こそがすべてなのだと。



「竜って魔物でしたよね?」


「ああ、その通りだ」



 それでも疑問は浮かんでくるもので、返ってくる答えがわかっていながらも、カイウスは聞かずにはいられなかった。


 それだけ、この光景は信じがたいことで、この世界の世界中を見渡してもないとは言わないが、稀有なことには変わりない。

 

 カイウス自身、理性ある魔物の相手をしたことがある分信じれるが、一般人には到底理解できないことであろうことは想像に難くない。



「おいおい、カイ。お前だってポロロとかと意志バンバンにすり合わせてられるんだから。魔物の中で最も賢いって言われる竜がこうして溶け込んでるのもそんなに驚かねぇと思ったんだがなぁ」


「兄さん。それとこれとは別ですよ。ポロロ達は、ポロロ達。竜は竜。……ね? 違うでしょう?」


「すまねぇ、ユウリ。俺には弟の中で何が起こってこういう発言をしたのかがわかんねぇ」


「安心しろ、兄弟にもわからんことが、私にもわかろうはずがない」


「……ん。確かに、ポロロはポロロ。私は私」


「いや待て、ナナ。理解できてるようで、なんか違う気がするぞ、それ」



 謎の理解を求めるカイウスに対し、ユウリとレイはお互いに首を傾げながら、『こいつは大丈夫か?』と小声でささやき合う。


 きっと疲れたんだろうと、かわいそうな目をしつつカイウスに返答していたのだが、なんとカイウスの従者まで、壊れてしまったようだ。


 日頃突っ込みということをされる側のはずのレイが、たまらず突っ込んでしまうほど、不思議なことを言ってしまっているカイウスとナナ。



「いえ、理解できてます。さすがナナさん。私の幼馴染兼従者です」


「……フフ、それほどでもない。カイウス様と一緒にいれば、わかるはず。多分あの筋肉オバケも理解できた」


「筋肉オバケとは、スフィアさんの事ですね。ナナさん、確かにあの筋肉は驚愕ものですが、オバケなんて馬鹿にするようなことは言ってはいけませんよ。スフィアさんはスフィアさんの努力で筋肉スフィアさんを作りあげてきたのですから。そこには確かな努力があり、それを馬鹿にしてはいけません」


「……大丈夫、馬鹿にしてない。とても誉めてる。すごく尊敬する」


「今、少し目を逸らしませんでしたか?」


「……む、カイウス様……意外にしつこい」



 未だ馬車の中、褒め合っているかと思えば、絶妙な言い合いを始めるカイウスとナナ。 

 

 旅の疲れが出ているのだろうか、日頃はあまり追求しないようなところまで追求し、言わないようなことまで呟いてしまっている両者。


 馬車から降りてしまっている例とユウリはそんな二人を見つつも止めようとはしなかった。


 それは、二人とも知っていたからだ。


 疲労がたまった人間の口は驚くほど軽く、そして今現在思う本音に近い部分が、理性を超えて口から出てしまうことを。



「あー、ま……行くか、ユウリ」


「……そうだな、部屋の位置は伝えているし……もし遅くまで言い合うようなら宿の者に声をかけてもらえるよう、私から頼んでおこう」


「おう、さんきゅ」


「ああ」



 そういって馬車の中の二人を眺める二人は、幾分か懐かしいものでも見るようなそんな表情をしている。



「あったなぁ、こんなこと」


「ああ、確かにあった。懐かしい」



 お互いにお互いの表情は伺い知れず。


 そもそも見ようともしていない。


 はたしてそれは、見るまでもないのか、それとも気恥ずかしさでもあるのか。はたまた、その両方か。



「なぁ、ユウリ。今日はちょっと飲んでから宿に帰ろうや。ここまで結構忙しくて話せなかったからな。昔の話でもしようや」


「ふっ、そうだな……お前と昔を懐かしむのも、いいかもしれん」



 そうして二人は、未だ微妙な言い合いを続けるカイウスとナナを尻目に、馬車の扉をそっと閉め。


 仕事だ仕事、というレイの声を音頭に、領主の館へと歩を進めるのだった。



「ええ、感謝していますとも。道中の吐しゃ物処理には本当に感謝しています。でもそれとこれとは話が別です。さぁ、今すぐ肩を貸しなさい。揉んで労らわせてください」


「いや、メイドに触っていいのは主だけ」


「……いや、僕が主ですよね?」


「……そもそも先に肩を揉むって言ったのは私。それに主に尽くすのは従者としての特け……務め」


「特権なんですね? しかも、露骨に話を逸らしましたね?」


「……務め」



 馬車の閉まる音にも気づかず、レイとユウリがいなくなっていることにも気づかず。


 カイウスとナナは次から次へと出てくる揚げ足取りのような言い合いを馬車の中で日が落ちるまで続けるのだった。


書き上げられてよかった……あとは続けていくだけ……。




(それが、ほんとに難しい……)

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