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獣人勇者の来訪


 _ガチャ


 迎賓館の扉が、ゆっくりと開かれる。


 太陽の日差しが差し込み、少し生暖かい風が室内を循環する。


 扉をあけた使用人はそのまま脇に控えると、丁寧に一礼して見せる。



「……」 



 三つの人影が、光に照らされた状態でその姿現す。


 カイウスは目を細めながら、ジッとその光景を見つめ、目が慣れてくるとだんだんと輪郭が、姿形がはっきり見えてくる。



「ようこそノムストル家へ、殿下……そしてカーランバ獣王国勇者殿」



 カイウスの父が一歩前に出て、三つの影へ歓迎のあいさつをする。


 ゆっくりと扉が閉じられていき、影だった三つは、三人へとなり、そこには貴公子然とした爽やかなイケメンに、その隣に並んだ人の平均より圧倒的に大きく、けれど人に似た毛深い青年、少し後ろに控えたろころには、カイウスの見知った優男が少し疲労の感じる表情で後に続いていた。


 父の簡潔な挨拶に、貴公子然としたイケメン_王太子殿下が一歩前に出て挨拶を返した。 



「急な訪問にも関わらず、受け入れてくれて感謝するノムストル辺境伯。こちらカーランバ獣王国勇者殿だ。今回の訪問は勇者殿の希望を叶えるべく、王命で私、そしてクリストで動かせてもらった。その由、くれぐれもよろしく頼む」



 王太子は目線と仕草で勇者の存在を紹介し、自信満々といった笑みを貼り付け、『王命』を強調した上で最後に綺麗な一礼をした。


 父はそんな王太子を見ながら苦笑いを浮かべ、頷きながら言った。



「もちろんです王太子殿下。王命つつがなくお受けいたします」


「……ああ、よろしく頼む。ユウリ殿、ノムストル家辺境拍へ自己紹介を……」



 威厳と風格を保ったままの王太子。そんな王太子に、父は優し気な笑顔を浮かべ包み込むような雰囲気で王太子に臣下の礼を行う。

 

 王太子はそんな父を見て、少しの間を開け、安堵の声音だったっと誰もがわかる声で父に頷き、その後隣で黙って立っているユウリに向け、自己紹介を促した。


 ユウリは促されるがまま、王太子と並ぶように一歩前に出て堂々とした態度で言葉を発する。


「獣王国勇者、ユウリだ。いきなりの訪問に応えてくれて、感謝の気持ちで絶えない。この度はどうかよろしくお願いする」



 ユウリは、言い終えるとかがむ様にして父と視線を合わせ、右の手のひらをゆっくりと差し出した。


 父はニコニコとした笑みを絶やさず、その手を取る。


 

「こちらこそ、勇者ユウリ殿。歓迎します」



 お互いが握手をしたあと父が流れるようにカイウスたちのほうへと振り向き、一人一人丁寧に紹介していく。 


 母が物腰柔らかく一礼し、次女レイヤも母に倣うように礼をした。

 

 それに対してユウリは、よろしくお願いするの一言を言って、父の指した次の人_次男のレイの時に目をまんまるとさせ、驚きを露わにした。



「……おぉ、おぉぉ。レイ、レイじゃないかッ」


「へへッ、気づくのおせぇよ」



 驚くユウリにレイが少し子供っぽい仕草で笑顔を向ける。



「……す、すまない、柄にもなく緊張していたらしい。まさか見知った顔の者がいるなどとは思はなくて……だが、レイ、言わなかった君も少し意地が悪いではないか」


「ハハハ、それはしゃぁーねぇ……うちの家だと威光とかがあってなぁ、ちょっと煩わしいんだ。だから、あんま言いふらさねぇようにしてんだよ」



 不服そうに見るユウリに、まぁ、大概の奴は知ってるんだけどな、とレイは肩をすくめながら答える。 


 

「それはともかく、だ。君は私と剣を交えることができる数少ない好敵手。……また会えてうれしいよ」


「おう! 俺もだぜ。まさかこんな形で会うなんて思ってもなかったが……これも縁ってやつかねぇ」



 二人はお互いにうれしそうに笑いあい、握手を交わす。


 そうして握手を終えた兄は、意味深そうにそう呟くと、チラッとカイウスのほうに視線を向ける。


 これで兄の紹介が終わりなのだろう、ユウリも兄の視線に気づいてか、ゆっくりと視線を兄からカイウスへと変える。

 

 カイウスは、自らに視線が集中したことをすぐに察した。

 

 次は自分の番か、と少し逸る心臓の音を聞きながら意を決するように一歩前へ出て、父の隣に並ぶ。

 


「ノムストル家三男、カイウス・ノムストルです。ユウリ様。ぜひお見知りおきください」



 カイウスの自己紹介だが、カイウスが話すことはなかった。


 カイウスの隣に立ち、優しくカイウスの背中に手を置いた父が柔和な笑みを浮かべながらユウリへと紹介する。


 カイウスはただタイミングよく一礼するだけ。


 それだけして、カイウスの自己紹介は、つつがなく終えるはずであった。


 あったのだが、カイウスが一礼して頭を上げた先には、モフモフとした、しかし美しい艶のある毛の塊が目前に迫っていた。



「えッ…」



 カイウスはいきなり正面に現れた毛の塊に驚愕の声を漏らし、ビシリッ、と音でもなったかのように硬直してしまう。


 周りの大人も、目を丸くしたり、首を傾げるばかりであまりに急に、そして何より自然に起こった出来事にまだ動けないでいた。

 

 すると、カイウスの目の前にある大きな毛玉の塊__ユウリから落ち着いた、それでいて決意の秘められた声が聞こえてきた。   



「カイウス・ノムストル殿……私があなたの前に突然伏した無礼、どうか許してほしい。……そしてさぞ疑問に思っていることだろう……だが、私にはわかるのだ。ここが私の瀬戸際だと。本能が感じるんだ、あなたにこそ、頼むべきなのだと」



 カイウスは目の前で平伏するユウリに対し、困惑しか抱くことができない。


 彼がなぜほかの誰でもなく、自分にこうして頭を下げるのか、縋るような掠れた声で苦しそうに言うのか。


 カイウスは他国からの重要人であり、ノムストル家の賓客であるユウリが、自分の前で頭を下げるという現実に、少し気が遠くなりかける。


”自分が思っていたより、あの技術には影響があったのか”


”ただ、トイレがあれば……それだけだった”


”でも今、目の前で他国の有力者が六歳児に頭を下げている”


”……いや、そもそもなぜ私だと分かったんだろうか”


 時間にして数秒、カイウスは沈黙し、物思いにふける、という名の現実とのすり合わせを行う。

 

 最近のカイウスの周りは、カイウスの努力?のかいあってか、何か大きな影響を与えることはあまり起きなかった。


 影響を与えているとすればノムストル領の一部の子供たちの魔法くらいで、あとはギルドマスターの代理をしたりだとか、時々魔の森に遊びに行くだとか……基本、きっと、周りに影響のない行動だった。


 しかし、今のカイウスが何もしなくても、転生したばかりの少し浮ついたカイウスの時限式爆弾が今、爆発してしまっている。


 カイウスは、オロオロと家族を交互に見つめるが、帰ってくるのはなぜか暖かい笑顔。


(あ、これ知ってる。クリスト兄さんがいつも向けられてるやつだ) 


 簡潔に言えば、家族からのこの場での援護はないということだ。


 今現在最も頼りになると思われた父ですら、力なく首を振るばかり。


 カイウスは、一度ガクッと肩を落としたが、すぐさま切り替えるように小さく深呼吸をする。


”声をかけるだけだ” 


 己にそう言い聞かせ、カイウスは意を決して未だ頭を下げるユウリへと声をかけた。



「……ユウリ様、どうか頭をお上げください。何についてなのかお話しいただけなければ、私は何も答えることができません。そのためにも、どうかお願いします」


「……そうか。それもそうだったな。子供に対し突然……いや、誰に対しても無礼であったな……カイウス殿、と呼んでもいいか?」


「……親しいものにはカイと呼ばれております。ぜひ、そう呼んでいただければ」


「……感謝する、カイ。どうやら、私の行動は君の家族、そして王太子殿を困惑させるには十分だったらしい。私のような巨体に恐れず話しかけてきてくれた勇気、心から感謝しよう」



 ユウリは、カイに言われて頭を上げたはいいが、片膝をつき、カイウスと目線の高さを揃えるようにして会話を続けた。


 ユウリは子供相手だとは思えないほどの真剣な声音と瞳をカイウスに向け、カイウスはそんな瞳に真っ直ぐな光を感じていた。


 怖くもなく、気圧されるわけでもない。


 ただ真摯に、カイウスという個人とユウリは向き合っているのだと、カイウスはそう感じた。



「すまないカイ、私は駆け引きなどがあまり得意ではなく、こうした使者の役割も片手の数ほどしかやったことがない……だから、単刀直入に伺う。貴方が『上下水道』いや、今は『治水事業』だったか、あのアイディアを生み出したのは」



 裏全く感じさせない単刀直入な質問が、ユウリからカイウスに問われる。


 カイウスは、半ば予想していたユウリの言葉に、少しの沈黙を挟んで、真剣で真っ直ぐなユウリの目を見返すようにして答えた。



「……はい。私が祖父に提案したものを姉が広めたものです」


「やはり、そうか……」



 ユウリは納得したような、少し安堵したような表情になり、ホッとしたような息を出す。

 

 さすがのユウリも不安だったのだ。そもそも、カイウスが治水工事にかかわっていることはユウリ自身、全く知らなかった。ただ、今まで多く救ってきた彼の直感、本能がカイウスという子供の仕草の不自然さ気づいたに過ぎない。


 だが、彼はその直感を信じ、カイウスと話すことに成功している。 本番は今からだが、カイウスの口から直接事実確認が取れたのは、ユウリを安堵させるには十分なことだった。


 ユウリは短く息を吹き、気合を入れなおし、続けた。



「……カイ、我が国は砂漠にある。厳しく、険しい場所だ……正直生物が住むには適してないと私は常々思っている、思っているが、我々獣人の多くはあの場所から離れたがらない」 


 

 私もそうだ、と付け加え、ユウリはいったん言葉を切った。


 ユウリは、演出家ではない。この溜めは演技などではなく、自らの言葉を大切に、真摯に伝えたいと思う心からできたためであった。


 ユウリは慎重に言葉を選んでいく。



「それは、あの場所には私たち獣人族の誇りと歴史が多く……それは多くあるのだ。あの場所だからこそ私たちは私たちでいられる。そんな気さえする……だが……」



 ユウリは自分の心をすべて伝えきれていない、と自覚する。


 もっと、よい言葉がある。

 

 もっといい伝え方がある。


 もっと、もっと、もっと……と心に渦巻くそれを抑え込む様に、ユウリは、彼自身の言葉で、そして思いでカイウスへと発言していく。


 それがここまで無理を押して来た自分の責任であり、小さい体で、集中を切らさずに聞いてくれている少年への最低限の礼儀だと思っているからである。


 

「私の仲間たちは……家族たちの中には……自然の猛威に負けてしまう者たちが未だ多くいる。魔物しかり、自然災害しかり、そして生活資源の枯渇しかりだ。この三重苦に苦しめられ、亡くなっていくのだ。そのなかでも、生活資源の枯渇……私はこの問題を迅速に解決したいと願い続けてきた」


「……」



 目をそらさない、ただそれだけだが、ユウリにはカイウスのその行為がとても、とてもうれしく感じられた。


 子供にとっても大人にとっても面白くもない話だ。その自覚はある。


 だが、それ以上に大切な話なのだと、それをわかってくれているのが、カイウスの瞳を通じて、ユウリには十分すぎるほど伝わっていた。


  

「……手の届かない救いというのは、確かに存在する。世界中のすべてを救いたいとは言わない。だが手の届く範囲は、悉くを救いたいのだ。……カラカラになっていく同胞を私は多く見てきた。魔物や自然災害なら、今の私ならば全身全霊をもってすればなんとかできる……だが、私は守ることはできても生み出すことはできない。救ったはずの者たちが、手から滑り落ちていく感覚……私は二度と味わいたくないのだ」



 それは、決して大きな声ではなかった。


 だが、ユウリの発した悲痛な叫びには声量以上に、相手の魂に訴えかけるそんな力強さが備わっていた。


 カイウスもユウリの話を聞いていくうちに、だんだんと眉間にしわが寄って行った。


 自然災害や魔物はどうにかできる。これは通常なら驚愕し、少し引くような言葉だ。だが、この時ばかりはユウリの実体験であろう悲しい出来事に対してのインパクトのほうが圧倒的に強い。


 カイウスは、そういったっきり口と目を閉じてしまったユウリを見て、今回の話の終着点を見た。


 自分の頭も、心も、その終着点に行き着く。


 カイウスは、チラリと家族一人一人に向け、今回の終着点を思い浮かべた、意思のこもった瞳で見る。


 父は頼もしく、背中を押すように頷いてくれた。


 クリストも苦笑いを浮かべながらだが、しっかりと頷いてくれた。


 母は柔和な笑みを浮かべるだけ、しかしそれはカイの意見を尊重するという意味だ。


 レイヤは小さくサムズアップしてくれた、すぐに母に柔らかく下げさせられたが、一瞬でも十分すぎる。


 そして最後に、レイを見る。


 

「……安心しろ、こいつは誰に仕込まれようが腹芸はできねぇし、利用されることもねぇ。そういう星のもとに生まれてるやつさ、こいつには常にそういうのが付きまとう。たっくよぉ……カイ、すまねぇが助けてやってくれ」



 カイウスが見たレイの表情は今までで見た中でも一番穏やかなものだった、だが、その片方の瞳からは一筋の雫が零れていた。


 答えは決まった。  


 家族の後押しがあるならば、カイは全く困らない。この目の前の勇者の力になろう、そう思える。


 ただ、カイウスの中で一つだけ懸念があるとすれば……。


 カイウスが視線を向けると、その懸念だった相手_王太子も視線をカイウスに合わせていた。


 カイウスの視線に気づいた王太子が、一歩、二歩っとカイウスに近づいてくる。



「……安心するといい、カイウス・ノムストル。私はこれでも優秀でね、ここに君への王命が書かれている書状がある。見てみるといい」



 王太子は小声でカイウスに優しくいうと、懐から出した一枚の封書をカイウスへと渡す。


 カイウスは丁寧にそれを受け取り、優しく紙を開く。



「……ありがとうございます」



 中に入っていたのは王命が記された命令書。


 カイウスはそれを読むと、王太子に向かって感謝の言葉を伝えた。


 

「気にするなカイウス。現在の国としても獣王国に対し恩が売れることはうれしいのだ。……さぁ、あとは君がどうするか、だけだ。……答えは決まっているようなものだがな」



 カイウスの目を見た王太子はフッと意味深な笑みを向けると、元の位置へと戻っていく。  


 カイウスはそれを見届けると、いまだ沈黙を保つユウリを見た。 



「ユウリ様、続けてください。貴方の気持ちは痛いほどこの身に伝わりました。……家族も、そしてこの国の意思もきっと今の私と同じ気持ちなんです。……もう一度言いますユウリ様、続けてください」


 

 カイウスは子供の少し高い声ながらも、意識して低く、そして力を込めた言葉でユウリへと語りかける。


 果たして、その言葉はユウリに届いたか。


 カイウスの言葉を頭を下げながら聞いたユウリが、ゆっくりと顔を上げる。 



「カイ。いや、カイウス・ノムストル殿。貴殿の考えた『治水事業』どうか私たちカーランバ獣王国に与え、多くの同胞を救ってはくれぬであろうか」



 大きな巨体をと小さな体が向き合っている。


 種族の異なった二つの影が向き合っている。


 救うものと救われる側、第三者が見ればカイウスが救われる側、もしくは襲われる側だと思うだろう。


 しかし、頭を下げているのは大きな巨体であるユウリのほう。


 迎賓館のホールで、ユウリの切実なそれでいて期待の込められた声が響く。


 カイウスの答えをこの場の全員が暖かく見つめながら待つ、その応えるであろう答えを知りながら。


 

「私は_」



 カイウスから、予想通りの言葉が紡がれた。 


 だがそれと同時にカイウスの家族にとっては少し予想外の言葉とともにだった。


 父が笑顔のまま固まり、母が目を見開く。


 クリストは苦笑いで頷く。


 レイとレイヤは面白そうにカイウスを見て笑い、王太子は耐えるように口を押えていた。


 良い笑顔で言い放ったカイウスの前には、ポカンとした表情のユウリがいる。


 カイウスはそんな周りの人を見ながら、満足したかのように満面の笑みを浮かべるのであった。


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