早馬の到着と面会前
「……急報! 急報!」
春が来たには少し肌寒く、太陽がまだ顔を出して少しした時間帯。
朝霧に包まれた街道を三人の人影を乗せた馬が駆け抜け、ここノムストル領に駆け込むように訪れる。
街には朝から働く必要のあるもの、今日たまたま目を覚まして散歩をしていた者たちがポツリポツリと出始めていた。
街と街道の間に置かれた検問で、三頭の馬が止まり、うち一人の男性が検問係に駆け寄るように走る。
「クリスト様からの、早馬です! 至急当主に伝えるよう書状を預かっております……こちらです」
「……確認した。確かにノムストル家の、クリスト様が使われる印だ。……早急にいかれるがよかろう」
男性は、はっきりとした口調で、少し焦るように門番へと告げ、流れるように綺麗丸められた一枚の紙、その中央に押された真っ赤な印を見せる。
門番は、その書状を見て目を鋭く細めたが、すぐに男性の方を向いて道を開けるように男性の正面から逸れた。
「では!」
それを見た男性は短くそう発し、馬に華麗に飛び乗ると、風のようにノムストル家本邸へと3騎で駆け抜けるのだった。
カイウスが、朝の日課_兄レイとの訓練を終わらせいったん家に帰ると、珍しいことに現在家にいる家族(兄レイを除く)が勢ぞろいで一枚の紙を見ていた。
「……あの、何かあったので?」
大人たちが眉間にしわを寄せ一枚の紙を見つめる状況に、カイウスは何か察したのか遠慮がちに声を掛ける。
できれば声を掛けずに、冒険者ギルドに行ったり、街の子たちとコミニュケーションという名の魔法訓練に勤しみたかったのだが、カイウスの何かが声を掛けろと囁いた。
そして、その何かが囁くとき、人は大抵懸念ごとが当たる。
「……早いな。まだ接触はないと思っておったのだが……そこまで厳しいのか」
「オルキリア様。……ここ五年のカーランバの大体の雨を調べましたところ……減少の傾向が見て取れました」
「……そうか。あそこは雨が命綱じゃからのう……仕方ないか」
「義父上。今回は勇者の独断っとなっていますが……これは黙認では?」
「ああ、あちらも何かアクションを起こさねばならなかったのだ……そこにあの暴走坊主が入ったのじゃろう」
「……」
カイウスの声は届いていないのか、祖父と父は頷きながら紙と睨めっこし、そこにノムストル家の秘書が追加の情報を加えていく。
母と祖母、そして姉はその輪にはいないが、近くのソファーでお茶を飲んでいた。
カイウスはそんな家族にキョトンとなりその場に立ち尽くす。
すると、母と祖母と一緒にいる姉がチョイチョイ、と静かに手招きでカイウスを呼び寄せる。
カイウスは今だ真剣に話す父と祖父をチラッと一瞥した後、小走りに姉のもとに向かった。
そして、カイウスが姉の下に着くなり、姉はポンポンっと自分の隣のソファーを叩き笑みを浮かべる。
カイウスは姉の意図をため息交じりに理解し、仕方なくもそこに座り、小さく、伺うような声で尋ねる。
「姉様。何かあったんですか?」
「ふふふ、ええ、とびっきりのがあったわよ!」
帰ってきたのは、花のように咲く満面の笑みと弾んだ声だった。
ここでカイウスは、いやな予感が早くも当たったことを理解する。
そして、普段は退屈だなんだとカイウスに構ってくる姉の少し興奮した表情で、何が関係するのか心当たりがあった。
「……僕、ですか?」
自意識過剰ともとれるこの言葉。カイウスもそのことは分かっていても、姉の向けてくる表情、そしてキラキラした視線が自分に向いてることから……言いたくなくても言ってしまった。
姉は、カイウスの問いに何も言わない代わりに、小さくサムズアップを見せることでこの問いの答えとした。
”よくやったわ!”
もはや聞かなくても、聞こえてくる姉の言葉。
カイウスは二度サムズアップを見た後、天を仰ぐようにして天井を向いた。
ため息が漏れそうだったが、それを飲み込むことで我慢し、何とか心当たりを探そうとする。
”何やったっけ、僕” と。
最近は余り心当たりはない。基本的にギルド長の代理をやったり、似非勇者君をからかったり、魔法を教えたり、街の清掃活動をするように活動をしたりぐらいだ。
”よし、何もない”
カイウスは安堵するかのように何度か頷く。その異常さに気付かず。
カイウスは、本来ならば子供ではあり得ないことがいくつかあるにも関わらず、もう少し思い出すことにした。
姉は考え込むカイウスを面白そうにジッと見ている。
カイウスは心当たりを探る。
目立つことと言えばやはり六歳の誕生日会、地味といえば収穫作業の手伝い、かと頭を悩ませるカイウス。
少しの間悩んでいたカイウスだったが、突然、何か典型でも得たかのようにああっと言い手を叩く。
そして、口元が笑みに染まる。
”ポロロが帰ってきましたねぇ”
カイウスの口がどんどん緩くなっていっている。
ポロロというのは、ノムストル家の付近にある通称死の森に住まう魔物、ヘルウルフのことであり、カイウスが四歳の頃同じく死の森に住むブラティーベアから救い出した個体だ。
その後いろいろとあり、育ったポロロが一時期カイウスの手から離れたが、その原因をカイウスが解決した。
が、解決後もポロロはカイウスの下には戻らなかった。
少しの間、落胆していたカイウスだったが、六歳の誕生日会を終えた翌日の朝。カイウスはただ何となくポロロのために作った犬小屋にフラッと足を運んだ。
もしかしたら……という思いを込めて。
「ふふふ、ポロロのことですね?」
カイウスはそこまで回想をして、勢いのままドヤ顔で答える。
悩み始めたかと思いきや、いきなり納得し、ニヤニヤし始め、挙句全く関係のないことを言う弟に、姉レイヤは爆笑するのを抑えるかのよう体制になる。
むしろ爆笑寸前だった。
「っち、ちっがう、わよ…プッ…ちょっと、お腹痛い……」
「……そう、ですか」
自信満々だったカイウスだったが、先ほどまでのドヤ顔はなく、今は爆笑する姉の前で引き攣った笑顔を見せていた。
ポロロだと思ったんだけどなぁ、と内心で呟くが、違うことは姉の反応からして確かなのはよくわかる。
では一体何だというのか。
何が問題で父たちが眉間にしわを寄せる事態に陥っているのか。
カイウスは、お茶を飲みつつも途中からカイウスへと視線を向けていた母と祖母の方を見る。
「ふふふ、まぁ安心しなさいカイ。叱られるようなことでもなければ、あなたが何かしたというわけではないの。あなたはいつも巻き込む側だけど……今回は巻き込まれる側よ」
「そうねぇ。この人ばっかりはどうしようもなく他人を巻き込む……違うわねぇ、人を幸せにするのよ」
祖母と母が、それぞれとても落ち着いた口調と声音で話す。その雰囲気は男連中とは全く異なった態度であった。
母はそっとカイウスの頭を撫でる。
「聞きたいならお父さんに聞いてきなさい」
母は諭すようにそう言うと、ソファーの上からカイウスを立ち上がらせ、父の方へカイウスの背中を押す。
カイウスは押されるまま、いまだ話し合いを続け、時に使用人に指示を出す父と祖父の下に歩く。
父も近づいてきたカイウスに気付いたのか、あっちゃ~、とでも言いたいかのような表情になり紙を祖父に任せると、屈みこむようにしてカイウスと目線を合わせた。
「父さま、僕に関わりがあることと聞きました」
カイウスはそんな父に対して、意を決するように目と目を合わせて聞いた。
父はそんなカイウスにやさし気な笑みを向けると、ポンッポンッとカイウスの頭を優しく叩き言う。
「今朝、王都のクリストから早馬が来たんだ。……今日の昼頃、カーランバ獣王国の勇者殿が訪れる。……どうやらお前と会って話をしたい、らしい……正確には、上下水道の発案者に会いたいと言ってきたんだがね」
「獣王国の勇者が、ですか?」
カイウスは父の言ったことに少し不安そうな表情を浮かべながら、確認するように呟く。
父はそんなカイウスを苦笑い交じりに見つめ、また口を開く。
「宮廷魔導士たちの転移でこちらに来るらしいが……クリストと王太子殿下がともに来るらしい。まぁ、安心していていいからね。基本は僕と義父上と対応するから……でも、勇者はねぇ……ちょっと破天荒な気質があるからもしかすると、僕の手には負えないかもしれない。……でも、大丈夫」
”一人、心当たりがあるんだ”
父は最後に付け加えるようにそう言うと、カイウスから視線を切る。
そして、まるで誰か来るかわかっているかのようにリビングの出口、玄関のほうに視線を向ける。
すると、数瞬の間をおいて父の視線の先からドタドタとした足音が聞こえ、一人の人影が入ってくる。
「おいおい、ユウリが来るんだって!?」
入ってきたのは、朝カイウスと訓練をしていた兄のレイだった。
レイは表情を喜色に染め、声も弾んでいる。
その姿はまるで、長年離れていた恋人にでも会ったかのような嬉しそうな表情だった。
父はそんなレイに対し頷くと、レイは嬉しい雄たけびを上げる。
「よっしゃッ! 久しぶりに楽しくなりそうだぜ!」
「レイ……勇者殿はカイに会いに来るんだ。あんまりはしゃぎすぎてはいけないよ」
父は浮かれ気味のレイを静めようと、少し注意する。
レイは少し罰が悪そうな表情になったが、肩を竦め首を左右に振る。
「ハハハ、分かってるって。殿下も来んだろ? 余計な事したら兄さんにぶっ飛ばされちまう」
あ~あ、というため息を吐きながらも、その瞳の期待は隠せていない。
父は目を逸らしながら答える兄に短いため息を吐いたが、それ以上何かを言うことはなかった。
「……兄さま、獣人の勇者様とお知り合いなのですか?」
カイウスは、先ほどの父が言っていた言葉を思い出しながら、おそらくそうであろう事実を一応の確認のため聞く。
兄は、そんなカイウスに得意げな表情を浮かべ、はっと何かに気付き、少し気障っぽく言葉を発する。
「ああ、あいつは俺の友さ」
「「……」」
きっと、いつもはなかなかかっこつけれないから、ここではつけたい。という気持ちだったのだろう。
カッコをつけようとしたことが見え透いてしまっている。
少し、斜めを向いたって、渋い声で言ったって、少し前まではしゃいでいた者が何を言ってもあまりカッコよくは見えない。
カイウスと父は、視線を宙に向けたままの兄を残念なものでも見るかのような視線で見るのだった。
それからすぐ後、家族と使用人は殿下と外国からの貴賓である獣人の勇者を迎えるべく準備に入る。
今回は急だったのでそこまで準備はせずとも罰されたりはしないはずだが、そこはノムストル家も貴族。
最低限の体面というものがある。
普段はあまり使わない迎賓館に皆を集め、歓迎の準備をする。
そして、太陽が一番高いところに上る時間帯。
そこに王太子たちの出迎える使用人が、先触れとして父に一言告げる。
「旦那様、王太子殿下、勇者様、並びに宮廷魔導士様、クリスト様がご到着なさいました」
「うん、分かった。ではお通ししてきてくれないかい?」
「畏まりました」
使用人は丁寧に一礼すると、入って来た扉の向こうへと再び戻っていく。
「じゃあ、みんな集まって、しっかりお出迎えしよう」
父がそう言うと、この場にふさわしい服装に着替えた家族全員が横に並ぶ。
カイウスは本来ならば端で迎えなければいけなかったのだが、今回はカイウスに用があってきたと初めからわかっているので、父と母に挟まれ、家族の中央で少し緊張気味に姿勢を正していた。
『……トイレが欲しかっただけっだったのになぁ……どうしてこうなった』
緊張気味に立つカイウスは、内心どうしてここまで大事になってしまっているのか、そのことに頭を悩ませているのだった。