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春の冒険者ギルドにて


 寒冷の冬が過ぎ去り、温かな風と生物で賑わう春がやってくる。人々の往来が活発になり、各領地や国では、旅の商人や冒険者、国々の使者の姿が見られるようになる。


 それは、ここノムストル辺境伯領も変わりはない。  


 多くの商人が馬車を率い商品を売り、武器を持った冒険者が魔物を狩りに行ったり、酒場で騒いでいる姿が見られる。


 ただ、ノムストル領は、他の場所とは少し街の雰囲気が違った。



「……ここが噂のノムストル領か……」


「へぇ、活気が違うって言ってたが、マジでこりゃすげぇな……平民の顔色がひでぇとこと天と地の差ぐれぇあるな」


「……」



 剣と槍を持った男二人、弓を背負った女一人の三人。見るからに冒険者然とした彼らは、今しがたノムストル領の街に入ったばかりだ。


 権を持った男が少し目を見張りながら呟き、槍を持った男が感心しながらすれ違う。そして、女は無言で、しかしその表情は驚愕に染めながら街を歩く。 


 

「とりあえずギルドに行こう。そこで宿を紹介してもらって……少し街を見よう」


「だな。何をするにもまずはギルドに顔出さねぇと」


 

 三人の内、リーダー格である剣を持った男_マックが首をコキリ、と鳴らしながら提案する。


 それに、槍を持った男_ライゼは口笛を吹きながらも同意するようにその話題に乗った。 

 

 そして、



「……」


「カイネ、そろそろ戻ってこい。さっきから顔が見るに堪えないぞ」



 弓を持った女性だけが、先ほどから二人の会話に反応しない。先ほどまでは驚愕で目を見張っていたのだが、今は、何かを探すかのように、視線ををキョロキョロと彷徨わせている。


 マックの放った少し失礼な冗談も、聞こえてはいないらしい。 



「ククク、言うなよマック。せっかく心の中で爆笑してたのによ……まぁそんな顔になるカイネの気持ちもわかんなくねぇからな」



 ライゼはそんなカイネの様子がおかしいのか、先ほどまでの口笛は、彼なりの堪えであったらしい。今では少しずつ漏れ出すような笑い声が聞こえてくる。


 と、そこでふとカイネが立ち止まり、彷徨わせていた視線を二人へと向ける。そして、意を決したような様子で、二人に告げる。



「だって……だってぇ……汚らしいゴミが、そこら中にあるはずの糞が、でこぼこの地面が……全然見当たらないんだよっ!? そんなの絶対おかしいよ!!」


「「……確かに」」



 意を決して言い放ったのは、他領では考えられないほど清潔然とされた通り道、街並みの姿へのカイネの最後の抵抗だった。


 こんな街あり得ない! と、純粋に住みたい! というカイネの心の中の否定と期待の入り混じった結果の心の叫び声だったのだ。


 そんな曖昧なニュアンスの叫び声を感じ取ってか、はたまた彼ら自身もそのことに対して整理がついていないのか、一拍の時をおいて、ザ・苦笑いの表情で彼女の叫びに同意する。 



「お前だって噂は知ってたろう? 俺たちと一緒にいたんだからな……『ノムストル領を自らの常識で、決して図るな。唯々、順応するべし』ってな。俺たちの仕事じゃ順応ってやつは一番大事だしってことでここに来たんだったろ?」


 

 両の拳を握り、二人に訴えかけるような視線を送るカイネに、ライゼが少し得意げにそう語って見せる。


 しかし、ライゼが言ったことは、ここにノムストルのことをよく知る第三者がいれば、必ず止めたであろう言葉であった。


 その証拠に、立ち止まるライゼたちを追い抜くように足早に冒険者ギルド、もしくは酒場に向かう冒険者の一人が、とても哀れな瞳でライゼをチラ見していった。


 その哀れな瞳は、一瞬であったがこれから彼らに起こることを予期する非常に重要なヒントのようなものだったが、彼ら三人がそれに気づくことはなく、通りすがりの冒険者は何も見なかったように先ほどと変わらぬ速さで過ぎ去っていった。


 冒険者は知っているのだ、この領に入った時点でもう遅いと。


 初心者とは言わないまでも、なかなか年若い彼らだ。この領を到着地にしてれば、路銀で財布の中はかつかつ、何日かの滞在は避けられぬであろう。でなければ、冒険者などやっていない。それは、冒険者自身がよく理解していた。 


 そして、ノムストルの領地をしっかりと知るにはその何日かで十分なはず。


 冒険者は心の中で『幸あれ』と彼らにエールを送ってやるのだった。



「それにこの地は、Bランクに上がろうってものたちにとっては、ある意味登竜門的な場所で有名だ。辺境と言うものは往々にしてその気があるが、この地で成功すればSランク……人類最高峰も見えてくる」 


「最近だとかの”暴風”をはじめ、ここを中心にしてる猛者はたくさんいるからな! 俺らもその仲間入りってね」


「……そうよ、確かに三人でそう話したけど……ごめんなさい、今までのなかったことにして! _パンッ、全然私らしくなかったわ!」 



 マックが憧憬を思い浮かべるかのように熱弁をふるい、少しお調子者のライザが調子の良いことを明るく語って見せる。 


 カイネは、そんな二人のポジティブな姿に少し動揺していた自分に気づき、気合を入れ直すかのように両頬を叩き、力強い笑みとともに二人の間を元気よく駆け抜ける。



「冒険者ギルドまで、競争よ!!」



 抜いた二人のほうを振り向き、カイネは輝くような笑みで二人にそう告げ走り出す。


 そんなカイネの姿を見た二人は、お互いに顔を見合わせ、マックはあきれるように短いため息を吐き、ライザは肩を竦める。


 そして、二人は少し先にいるカイネめがけて走り出し、楽しそうな声で告げる。



「おいおい、いきなり元気になりすぎだろ! ま、負けねぇけどな!」


「……勝負なら負けんぞ、もちろんエール驕りだろ?」

 

「あはは!! あったり前じゃん!」


「「よし、乗った!!」」 

  


 少し先にいるカイネが半身だけ二人に振り返り、舌を出しながら二人に告げる。


 すると、二人は軽いジョギングのような姿勢から、一気にアスリートの、いや戦士の顔つきになり走り出す。


 ゴミ一つない、人の往来がある道を初めてこの地に訪れた三人は冒険者ギルドに向けて駆け抜けていくのだった。 









「……はぁ、はぁ、三人……同着かぁ」


「クッソ、カイネは、ズルだろう……」


「はぁ~? 意味わかん、ない。 はぁ、アドバンテージってやつよ」


 

 冒険者ギルドに着いた三人は、息の上がった呼吸を整えるように、大きく息を吸っては吐き、各々の一番楽な姿勢で呟いた。


 競争の結果はどうやら同着だったらしく、それに納得の行かないライゼが不満そうにカイネを攻撃するも、カイネはそのことを予想していたのか、すぐさま開き直ったような態度で、フライングをさも当然だったかのように語って見せる。



「……おい、やめろ。恥ずかしいだろう、見られてるんだぞ」


「「あッ」」



 そんな少し騒がしい二人に、マックは恥ずかしそうに近寄り、そっとした声で下唇を噛みながら言う。


 マックが言うように、入ってきたときは少しざわめきの聞こえていたギルド内が、シンっと静まり返っていた。


 そして、冒険者達はマックたちをジッと見るのではなく、一つの景色かのように視線に入れ、巧みに見てないように振舞うのだが、マックたちから見れば その光景は少しおかしく感じた。



「「「「「……」」」」」


「(おい、なんで誰も話さねぇ……)」


「(分からん。たいていは見知らぬ奴は顔役が来るはずだが……)」


「(にしても静かすぎよ! ……まさか、なんかタブーでも……)」



 三人は、いまだ話さない冒険者ギルドの空気に不安を募らせ、だんだんとその顔色を青くしていく。


 一歩に二歩と意識せず足が後ずさり、扉に背中がつくほどになったころ、ようやく一人の冒険者が彼らに歩みよる。



「あ~、ここいらではあんま見ない顔だが、新人か? それとも……むぅ、その身なりからするに登竜門としてこの街を選んだか……おっと、俺はベラージオ、顔役ではないんだが……一応よくここにいるAランク冒険者さ」


「Aランク……」


「もしかして、粉砕のべラージオ?」


「おいおい、マジかよ……」


 

 その男は、背中に大きな漆黒のハンマーを持った無精ひげがやたら似合うオジサンであり、彼は少しめんどくさそうに片手で頭をかきながら金色に輝く冒険者ギルドカードを見せてくる。


 三人は、そもそもが巨大なハンマーを持ったいかにもなオジサンに迫られて固まっていたのだが、そのカードと名前を聞いた瞬間、マックは茫然と、カイネは驚いたように口を両手で抑え、ライゼはひきつったかのような笑みを浮かべた。


 ベラージオはそんな三人の様子をまるでどうでもいいかのように手をひらひらとした態度で流し、こっちにこいといったジェスチャーをする。


 三人は、お互いに顔を見合わせ、だが行くことに変わりないだろうとお互いの意志を読み取りベラージオに寄っていく。



「なぁ、始めてきたやつはギルド長に挨拶をする……お前らもそうだな?」


「「「は、はい……??」」」



 べラージオに近寄った三人に、彼は真剣な声音、真剣な表情で、冒険者としては当然中の当然のことを聞いてくる。


 彼ら三人はかろうじてその問いに答えることはできたのだが、頭の中にある疑問符までは消し去ることはできなかったらしい。三人そろって、困惑の表情を浮かべた。


 ベラージオはそんな三人の表情を分かっていながら話をつづけた。



「今は、時間がわりぃ……あと二刻遅けりゃ坊ちゃんも帰っていたが……あのサボりマスターさえちゃんと

仕事してりゃあな……おい! ザブロフ! マスター今日はどこだ!」


「必殺亭で酒盛りしてましたぜ!」


 

 ベラージオの大きな声に、一人の痩せた男が即座に答え、報告する。


 ベラージオはそんな男の答えを聞くと、天を仰ぐようにして眉間を抑えた。



「また、あそこかよ。……仕方ねぇ、あわねぇで済めばそれが一番だったんだが……お前ら、少し覚悟しとけ、聞いての通りマスターはいねぇ、いねぇが、今の時間はマスター代理がいるからその人に会わせる……」


 

 何か覚悟を決めたかのような口調と仕草で言うベラージオ。


 三人は、そんなベラージオの前で生唾を飲み込み、いったい自分たちはどうなってしまうのだろうと不安に駆られていた。


 そうこうしているうちにベラージオが三人に背を向け、手でついて来いといった意味のジェスチャーをするので、三人は慌ててベラージオの背を追うのだった。


 

 


_冒険者ギルド、奥の部屋。


 ベラージオについていった三人は、ある緑色のドアの前で待たされる。

 

 ベラージオは、「ここで待て」と言って、一人だけドアをノックして先に入ってしまった。


 その時、部屋の中から聞こえてきた声があまりにも若い……というより、幼かった気がするのは、彼ら三人の気のせいであろう。


 三人は、多くのギルドを回ってきたが、このような体験は初めて、しかも自分たちより経験豊富な、それでいて憧れの対象ともいうべき者のシリアスな雰囲気に、三人は呑まれてしまっていた。 


 

「こえぇ、ナニコレ、俺らどうなんの?」 


「え? 挨拶だけじゃないの?」


「いやいやいやいや、ベラージオさんの雰囲気見てッわかんねぇーのかよ! おめぇは空気読めなさすぎだろ!」


「えーー、でもねぇ……マックはどう思う?」


「……少し、ビビっている、が本音だ。 なんせこんなことは初めてだ、あのベラージオさんの真剣さから言って、マスター代理は相当な曲者なのかもしれん」


「曲者って、ふふッ」



 三人のうち、男二人は不安なのか、少し慌てた口調で話し、カイネは吹っ切れたのか、どうにでもなれとでも思っているのか、一人少しのんきな態度で扉を見つめる。


 そうして三人がそれからも同じような会話を繰り返していくうち、と彼らの目の前の扉がゆっくりと開けられ、ベラージオが出てくる。


 そして邂逅一番、べラージオは言った。



「お前ら、『ノムストル領を自らの常識で、決して図るな。唯々、順応するべし』この言葉、知っているな?」


 

 ベラージオの言葉に三人はすぐさま頷いた。



「よし、じゃあその言葉忘れんじゃねぇぞ。今からお前らを、実質今のギルドのマスターに会わせる」


 

 粗相したら……わかってんな? 


 三人は、そう最後に付け加えられた言葉に、先ほどよりも素早く反応し、先ほどよりも大きく頷いて見せる。


 そんな三人の様子を見て、ベラージオは納得がいったのか、彼が先ほど入った扉を開け放ち、三人に入るように促した。


 そして、三人が見たものは__。

 











「ようこそ! ノムストル領へ! 新たな冒険者を僕は歓迎します!」


「「「……こ、ど、も」」」

 


 ギルド長の席で、すっかり様になってしまった書類を片手に持つ、カイウスと邂逅するのであった。



ここから、新たな展開の始まりにさせてもらえばと思います

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