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パーティー・とある公爵家


 夜が更け、きれいな満月が顔を出した深夜。


 豪華絢爛、多くの財を費やしたと思われる屋敷の中で、一人の巨大な男と、初老の男性が二人で密会をしていた。



「……ユンケル子爵は、約束を果たしたようです。旦那様」


「ほう……こちらにつく決心がついたか……単なる暇つぶしだったが、あの男には嫌がらせ程度にはなろう」


 

 巨大な男性はそう言うと、真っ赤なワインをグラスで回し、香りを楽しむように鼻孔に近づかせる。 


 そして、香りを楽しんだ巨大な男はそのワイングラスを何の唐突もなく投げ捨てた。 


 初老の男性は、ワイングラスが割れるのをまるで予期していたかのように、動揺を一切見せず、懐から呼鈴を取り出し人を呼ぶ。


 それだけで、ドアの外に待機していたと思われる三、四人の彼の同僚たちが物音一つ立てず、速やかに片づけていった。



「これではないのだ……この酒ではまだ到底及ばぬよ……口惜しい、なんと口惜しいか」


「申し訳ございませぬ、旦那様……お次のを御注ぎいたしましょうか?」


「いらぬ。所詮自称一流のものばかりであろう……今、私は本物が飲みたい気分なのだよ」


「……ノムストル家の入手している……美酒のことですかな?」


「……そうだ。あやつらめ……一向に産地を言わんのだ……英雄か何か知らんが……今のこの国があるのは私の手腕だというのに……なんと、傲慢な奴らか」



 巨大な男は嘆くような口調の中に、大きな怒りを滲ませ吐き捨てる。 


 その瞳に映っているのは深夜に輝く美しい満月だが、初老の男性は、巨大な男の瞳にはまったく別の物が映っていることを容易に予想させた。それだけのことが分かるほど、二人の関係は長いらしい。 


 今にも拳をたたきつけんばかりに握る巨大な男を、初老の男性は諫めるべく、よくよく言葉を選んで声を掛ける。

 


「だからこその圧力であり、彼らの派閥の縮小化でしょう……彼らは王の派閥ですので、なかなか崩れませぬが、彼らを屈服させれば、旦那様がこの国の王となることも夢ではありますまい……そうお考えではなかったですかな?」



 ここで安易に媚を売れば、初老の男性の目の前にいる男は、すぐにでも初老の男性を切り捨てるだろう。的外れなことを言っても結果は同じ。


 初老の男性は、ただ自然と、自らの考えを混ぜた、己の主人の思想を語る。


 それがいつもの常とう手段であり、怒りに打ち震えた主人の頭を覚ます一番の方法であった。



「……そうだ、そうなのだ、愛する我が国を……我が民の王に……すまない爺、少し感情的になり過ぎた。いかんな、大事を為すには常に冷静に、冷徹に、と亡き父に教え込まれたのだが……フゥーー、すまぬ、少し一人にしてくれ」



 堅く握っていた手を、ゆっくりと開きながら巨大な男は自らを戒める。


 眉間に寄っていた皺をほぐす為に左手で眉間を撫で、長く深いため息を吐く。


 それでもまだ、冷静になり切れていないと判断した彼は、少し一人になる時間を得るために、彼の背後に立つ初老の男性に声を掛ける。



「畏まりました」



 初老の男性は短くそう答えると、浅く一礼をし、静かに巨大な男のいる部屋を去る。



「今宵は格も美しい夜か……我ら一族の悲願、必ず果たさねばなるまい……多くの犠牲を払おうとも、それこそ我が生まれてきた意味なのだから」



 初老の男性が去り、誰もいなくなった部屋の片隅で、巨大な男性__ノーシウス・ダン・ファブルス公爵は春の温かな夜風にあたりながら呟くのだった。




 


 ファブルス公爵が一人夜の風に当たっている頃、部屋の外に出た初老の男性は薄暗い通路を歩いていた。


 先程まで初老の男性がいた場所とは打って変わって、装飾の類などは必要最低限にしかされておらず、同じ屋敷にいるとは思えないほどの場所であった。


 

「……」 



 ある一室のドアの前で立ち止まる。


  

_トントン


_はーい


 初老の男性が三回ほどノックをすると、扉の奥から元気な声が聞こえてくる。そのすぐあと、扉の奥からパタパタと少し慌ただしい足音が扉に近づく。


 そして、勢いよく扉が開かれる。



「やあ! 爺や! もう食事の時間かな!」


「ええ、そうでございます坊ちゃん。もうすぐしたらいつものメイドがつくでしょう」


  

 扉から出てきたのは、扉の取っ手ほどの背丈の小さな少年。幼いながらも、魅せられるような容姿をしており、中でも金色に輝く美しい瞳は、より一層その魅力を引き立たせている。


  そのことを知ってか知らずか、少年は無邪気に初老の男性に笑いかける。



「じゃあ、いつもみたいにお話する時間があるね! 入って入って!」


「畏まりました」


 

 心の底から嬉しそうに初老の男性の手を引く少年。


 初老の男性は苦笑いを浮かべながらも、少しうれしさを滲ませ少年の為すがままに部屋へと入っていく。


 少年と初老の男性の入った部屋は、初めて入ったものがいれば目を疑うほどの”本”で埋め尽くされていた。


 最低限の家具、気持ちばかり片づけられた通路のほかは、すべて本。


 少年はその中を楽しそうに初老の男性の手を引き進んでいく。



「今日はね、新しく戦術書に読めない字があったんだ! そこを教えてほしいんだ!」


「……もう国々の歴史書はよいので? 国々の興亡に大変興味を持っていたようですが?」


「うん! あれらもすごく面白いんだけど、何回も読んじゃったからね……たまたま近くにあった戦術書を読んだら面白くって!」


 本が部屋のほとんどを占めるこの空間で、ポツリとだけあるただ一つのベット。


 あまり豪華とは言えないそのベッドに、少年は足早に座り、花が咲くような笑みとうきうきとした手の動きで初老の男性へと語る。 


 その姿はとても微笑ましいものであり、初老の男性も少年の動作・語りに一つ一つ相槌を打ち、優し気な微笑を浮かべる。 

 

 少年は、手近ににあった一つの分厚い本を手に取りキラキラとした目で初老の男性へと手渡す。


 初老の男性はそれをそっと手に取り、少年の隣に座る。そして、その本の適当なページを開き、少年の膝に置く。


 

「ちょうど真ん中の……そう、そこそこ!」


「これは……暗号、ですか……坊ちゃま、これは読手あなたに対する、作者からの挑戦状ですね……マーカス・ロータリーが作者ですか、故ハーヴィン国の英雄の……坊ちゃん、暗号のヒントはこの本の中に隠れているはず。科の英雄は多くの本を書き残していますが、時々このような他者を試すのを楽しむ、いたずら好きな面でも有名です。私が解いて……これは愚問でしたね」



 少年は膝の上で開かれた本を楽しそうに指差し、初老の男性に該当ページへの指示を出す。初老の男性はそれを苦笑いしながら聞き、該当のページに行き着くと目を丸くした。  


 そこには今までのページにあった男性の知っている文字はなく、ただの落書き、もしくは意味のない文字の連続が書かれていたのだ。


 ここにきて、少し焦った初老の男性は、巻末にある作者名を該当ページを開いたまま見る。そして、そこにあった作者の名を見て一瞬で理解した。


 これは作者の挑戦状だと。


 初老の男性が一瞬で理解するほどに、この男性は有名であり、数多くの挑戦を後世に投げつけた戦術家であるのだ。


 数多くあるこの作者の本の挑戦を解けた者はごく一握り。それらはいまだ国家の最上機密、あるいは今の戦場で使われる常とう手段となっている。


 初老の男性は、すでに自分の言葉が少年に届いていないことに気づく。


 少年は、ただただ本の暗号をジッと見つめ、そこから微動だにもしない。


 初老の男性はそれを見届けると、そっと少年の横から立ち上がり、静かに礼をしてこの部屋から去る。



「……メアリー、お食事はあと一刻ほど遅らせなさい。今の坊ちゃんには何も聞こえていないでしょうから」


「了解いたしました、執事長。一刻後再び訪れます」


「よろしくお願いします」



 初老の男性が部屋から出ると、男性に受かってお辞儀をするメイドに出会う。


 二人は極力小さな声で話、迅速に会話を終わらせる。


 そして、二人はそのまま自らの仕事に戻るべく、この地下の空間を後にする。


 あとに残されたのは、酷く淀んだ空気と、その空間に佇む黒い扉だけ。



「……スキルがこの世界の趨勢を決める……旦那様はそうおっしゃっていらしましたが……私にはどうも……」



 そうは思えないのです、という執事長の小さな声が地下の空間に反響し、地下では不自然な風が彼のほほを撫でる。


 それはまるで自分の発言が、何者かに同意されたような少し不思議な風であった。


 執事長はその風を少し気味悪く感じつつも、あまり気にすることはないと、自分に言い聞かせ、地上への扉をくぐるのだった。


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