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魔の森へ


 カイウスがこの世界に転生してから、四年。

 四歳となったカイウスは、スキルや魔法が自由に使えるようになるまで後一年となっていた。


 後一年。

 たった360日程を我慢すればいい。

 最近のカイウスの頭の中にあるのはそればかりだった。


 まあ、今更カイウスが、実は『スキル、使えました!』『魔法、覚えました!』と言ってもこの一家では驚かれることは会っても”異常”と奇異の目に晒されることはない。

 それが分かっていたからこそ、普通の子供だと思われることは一歳には諦め、不慣れなこちらの言葉を人目を憚らず必死に勉強したし、分からないことはどんどん聞いた。


 なんせ自動翻訳のスキルなどもなければ、検索エンジン先生や動画配信サイトなどもこちらの世界ではないのだ。


 学習するには、自分で努力するした上で知っている人に聞くことでしか正しい知識は得られない。


 そこで立ちはだかったのが、言語の壁だ。

 日本語や少しの英語ならまだしも、全く聞いたことのない言葉・言語である。


 言語とは、意思疎通を図り、普段の生活を行うためには必須の技能だ。


 暮らしに密接している、と言って言い変えても良いかもしれない。


 必死の勉強の始まりだった。


 何せ体は赤ちゃん、頭脳は大人状態だったから言語を自然に覚える、なんてことはなかった。常に日本語が頭に過って、そこから物(例えばリンゴ=アッポル)に例えた翻訳を経て、理解する。と言う、ひと手間多い学習の仕方だった。


 効率が悪い、と言われるのは甘んじて認めよう。

 しかし、生前から褒められるほどの頭の良さを持ってなかったカイウスにとってはこの勉強法しか思い付けなかった。


 カイウスも内心、何回、『超、めんどくせぇー、パッと翻訳スキル起動してくれェェ』と何回嘆いたことか。

 だが、ない物はない。

 辛くめんどくさくても、我慢して、勉強し続けた。


 もちろん転生して嫌だったことは、勉強の苦しみだけではない。赤ちゃんならではのトイレ垂れ流しの刑や自分で自由に動けない強烈なストレスなど、挙げればキリがない。

 だが、だからこそ、一人で歩ける自由を手に入れた彼は____欲してしまったのだろう。 

 この世界を見て回りたいッ。と言う外出という名のご褒美を。


「……おぅふ」


 そして、外に出て見た景色はカイウスにとっての想像をはるかに超越して____最悪だった。


「どうした、カイ? ここが父さんの治める街だよ? どうだ? 立派だろう?」


(あえて言おう、クソであると……)


「辺境にしては賑わっている方だよ。ここは、資源が豊富なんだ。北の森からは良質な木材が、西の湖からは綺麗な飲み水が、南の草原では安全に狩りができる。 って、言ってもわかんないかぁ」

 

(そんなことは良いんです、お父さん。よくはないけども、今は良いんです)

 

 カイウスはここにきて、異世界転生という現実を味わった。


 文明レベルは、聞いていた通り戦国時代とか中世ヨーロッパくらいのもの。

 

 それは建物や街道を見れば十分すぎる程わかる。


 分かるのだが。


 魔法やスキルと呼ばれるものがあるのだ、少しはマシ、くらいには思っていた。 


 「父上、父上」


 「おお、なんだい息子よ」


 「臭いです」


 「‥‥‥」


 その理由は簡単だ。

 

 街の大きな通りなどにはないが、少し家の裏に入ったり、狭い街道にはいくつかの糞尿がそのまま残っている。


 臭いの原因は糞尿それ


 「はは、家の領土はまだマシな方さ、しっかりとした対策をしてるし、取り締まりだってしてる。酷い所ではそれすらしてないんだよ? まったく、疫病の原因にもなるって言われているのに」


 「父上、父上」


 「なんだい?」


 「うちうち、外は外ですよ? 現実を見ましょう。そこに糞があることを」


 「うッ、まさか息子から言われるとは、最近アリーにも同じようなこと言われたよ。街が臭いって」


 「母上の言う通りです。すぐに改善することを強く、強く勧めます」


 それからも、父とカイウスは、その街を回り、回り終えると家へと帰る。


 「どうだった? いい街だったろう? 君の父はこんな大きな街を治めている素晴らしい人物である!!」


 「おお!‥‥‥ところで今日はおじい様がいませんでしたけど、良かったんですか?」


 「‥‥‥そうだね、今日は僕と、今は見えないけど護衛がいるから大丈夫だよ。次からはおじい様にお願いしてるから、きちんと自分で言うんだよ?」


 「そうでしたか、わかりました。きちんとお願いしてみます」


  (見えない護衛…‥‥‥‥‥?)


 そう言って家に入る父に続く前に回りを見渡してみるが、不自然なものは何もない。

 

 カイウスは一抹の疑問を抱えつつも家へと入って行くのであった。



 



 翌日、カイウスはいつもより機嫌良く、ある家の前に立っていた。


 「おお、カイや、なんとも楽しそうだの」

  

 「はい! 今日は北の森に行きたいのでおじい様にお願いしに来ました!!」


 「おお、おお。聞いておるよ。ワシの準備もできておるから、すぐ行くかい?」


 「はい、是非お願いします!」


 昨日の街は、確かに最初は残念だったが決して楽しくなかったわけではない。  


 個人の商店や出店、大道芸をしている人など、とても活気があり、この時代にはこの時代の楽しさがあることを実感できた。


 だから、もっと見て見たい。もっと知りたい。


 昨日の夜からカイウスの頭の中はそれでいっぱいだ。


 もはや、そこに大人としての考えなど一抹もない。


 「では行くか」


 「よろしくお願いします」


 それからカイウスと祖父は、少し臭う街を歩き、街の入り口であるちょっとした城壁を抜けていく。


 「あそこに見えるのが北の森じゃな、他にも不帰かえらずの森、死の森などと呼ばれておる」


 「おお、デカいな」


 街の門を出て体感で15分くらい歩いただろうか。


 そこには、一つ一つの木が地球で言うところの巨木と呼ばれるほどの大きな木たちが大量にひしめき合う大自然が展開されていた。


「さて、カイよ。次いでじゃし挨拶にでも行くか。見るだけと言うのもつまらんしのう」


「え? おじいちゃん?」


 祖父はそう言うと、呆然とするカイウスをそっと抱き上げ、躊躇することなく森へと入っていく。


 「なに、安心せい、ワシがおる限り安全じゃて」


 そう言って、入って行った森の中は、薄暗く、少し不気味な場所。

 

 時折、何か獣の遠吠えや虫の羽の音が鳴り、より一層その不気味さを際立たせている。


 そんな場所にも関わらず。

 進めど進めど、何かによる襲撃も、それどころか、小型の生き物すら見ない。

 小さな虫などの他には何も出てこないのだ。


 「ほっほっほっ、ここの森の魔物は自らより強い者には極力近寄らん。ましてや、魔力に殺気を混ぜてやれば、賢い者達はもちろん、本能だけの者達だって、決して近づけはせんよ」


 彼の祖父は普段、とても物静かで、全身から優しいオーラが滲み出ているような人だ。


 とてもではないが人を殺したり魔物の命を奪ったりする人には見えない。



 けれど、今は違う。


 彼から感じるのは今までのような優しい雰囲気ではない。


 軍人の殺気それである。


 何重にも重ねられたベールのような、底の見えない竪穴のような。 


 本能が感じる殺気それは、祖父が過ごしてきたであろうこれまでの人生を現していた。


 「‥‥‥」


 驚きはした。

 しかし、それと同時にカイウスが感じたのはとてつもない安心感。


 この殺気を向けられているのは自分ではないという、この上ない自分よがりな安心感である。


 「少し早いかと思ったがのう‥‥‥カイや、お主は賢い。その年にして勉学に興味を持ち、理解できるものなど数えるほどしかおらぬであろう。しかしな、覚えておけ。どれだけ賢かろうが、どれだけ強かろうが、死ぬのだ。命あってこそ、それが生きる。ゆめゆめ忘れる出ないぞ」


 「はい、肝に銘じておきます、おじい様」


 「ならよい‥‥‥そろそろ着くかのう」


 こんな会話をしているが決してゆっくり歩いているわけではない。


 次々に、あの太い木々が現れては消えて行く。


 何かのスキルか、はたまた魔法か。


 本当にこの世界は不思議でいっぱいだ。


 「な~んだ、君か。殺気を振りまいて高速で迫って来るから何事かと思ったよ」


 「ほっほっほっ、近くまで来ましたからのう、挨拶にでもと。‥‥‥それから新しい孫ですじゃ」


 「え~~~、この間連れてきていたじゃあないか。もう新しいのができたの? ほんと、人族はすごいね」


 「そうですのう。数がなければ他の種族に対抗できませんから」


 祖父が止まったのは、森の中にあって少し開けた場所。

 

 その場所は明るい光も差し込み、不気味さが無くなった、とても綺麗で、幻想的な場所だ。

 

 そしてなんといっても、その空間内の圧巻は大きな木だろう。

 

 他とは比べ物にならないほど大きく、高くそびえ立っている巨木である。

 

 「ちょっとズルいよね~、そんな中に君みたいのがボンボン生まれるわけだしさぁ、魔王もやってられないよ」


 「ボンボンはないですな。そんなに出てきてはたまったものではないのは自分たちも同じです」


 そして最も驚いたのが、祖父が話している相手である。

 

 人の拳ほどの人が淡い光を放ち、祖父の正面で浮遊している。


 まさにその姿は、物語に出てくる妖精のよう。


 「ふーん、この子って少し小さいんじゃない? 良かったの? この森って人族にとって、すっごく危ないんでしょう?」


 「問題ないですじゃ、少しの間だけですし、ワシもいますので」

  

 「ふーん、まっいいか。初めまして、僕の名前はリッキー。ここで木の精霊やってます。あ、ついでに魔王も兼任してるから。よろしくね」


 「‥‥‥よろしくお願いします?」

  

 もはや彼には何を口にしていいのか、何に驚いていいのか、良くわからなかった。

 

 この森に入ってから、驚愕の連続である。


 もう父の治めている領地でのことなど、ここでの出来事に比べれば塵と消えてしまうほどの驚愕である。


 カイウスはかろうじて受け答えはできたが、それが果たして正解なのか、失敗だったのかすら分からない。

 

 この小さい少年は本当に魔王なのだろうか。


 次から次に疑問の濁流が彼に押し寄せてくる。


 カイウスはその濁流に耐えきれなかったのか、全ての答えを彼の祖父に求めた。


 「おじい様、これはいったい…‥‥‥‥」


 どういうことでしょう、とは聞けなかった。


 「オオオォォォォォゥゥゥゥゥ!!」


 カイウスの疑問の声は、突如現れた獣の荒れ狂った声にかき消されたのだ。

 

 「あちゃぁ~、北の鮮血熊ブラッティーベアか、東のヘルウルフと抗争してたはずなんだけど、どうしようか? なんか滅茶苦茶怒ってるや」


 「ほっほっほっ、きっとあれを追って来たのでしょうな」


 そんな中でも、彼らは慌てない。


 目の前に怒り狂っている化け物がいきなり現れようとも、それは彼らにとっては恐怖になりえないから、脅威とはなりえないから。


 しかしカイウス、いや、この場合は木村竜太と言ったほうが良いだろう。


 彼は違う。 

 恐怖に震え、その場に立ち尽くした。



 魔物を見るのはこれが初めてではない。


 ここまでくる道中や、それこそ街中にだって魔物はいた。

 

 しかしそれらは愛玩用であったり、暮らしの補助だったり、放牧だったり、様々な人との共生をしている姿だった。


 今は明確に敵意を剥き出しにし、ここで暴れまわる巨大な魔物からは恐怖しか感じない。


「まだまだ子供じゃて、無理するでない、カイ。‥‥‥安心しなさい、私がついておる」

 

 カイウスのその様子に、祖父は暖かくそっと、背後から彼を抱きしめる。


 たったそれだけだが、彼の恐怖は少しづつだが氷解していく。


 「‥‥‥おじい様。もう大丈夫です」

 

 「そうかそうか、カイは強く、良い子じゃのう。他の子がそなたと同じ頃にブラッティーベアを見てなんというか‥‥‥いや、今でも泣き叫んで必死に逃げるじゃろうな」


「当り前だよ。あいつらはこの森の北の覇者だ。君のような英雄クラスや、上位の冒険者、騎士団なんかくらいじゃないと一体だって討伐できはしないんだから。こんな子供が腰を抜かすくらいで済んでるのは本当にすごいことだよ?」


 彼らはカイウスの事を絶賛しながらも、決して熊からは目を離さず、注意深く目を細めている。


 ここまで来て、カイウスはやっと熊以外の存在に気づく。


 熊のあまりの存在感に対してあまりにも小さく弱弱しいその存在。

 

 「幼生体かな? ‥‥‥ん~~、ていうことは今回はヘルウルフの負けかな? 最近のヘルウルフは北に南にと、敗北が続くねぇ」

 

 「ほう、あのヘルウルフですらここでは負け続けるのですか、なんとも言えませんなぁ」


 「うん。負けるよ? 勝つときもあれば負ける時もある。ここの森はいつ、だれが勝ったっておかしくない。それほどみんな力が拮抗してるね」


 そんな話をしている間にも少しづつ少しづつヘルウルフは追い詰められ、ついには熊の大きな一振りを避けることができず、大きく吹き飛ばされてしまう。


 「‥‥‥」

 

 「‥‥‥」


 満身創痍なヘルウルフが吹き飛ばされてきたのは、カイウスのすぐ近く、今の彼の歩幅で5歩あるかないかくらいの距離。


 自然と、ホントに自然と目が合った。


 カイウスが見た魔物の目はどこか懐かしく、毎日のように見ていた気がする、そんな瞳。


 その時、その瞬間。

 カイウスが何を思い、なにを感じたのか、それは誰にも分からない。自分自身でも分からなかったが、彼は行動した。 


  「「!?」」


 驚愕したのはカイウスではない。


 祖父と淡く光る妖精。


 いや、彼自身も実は驚愕していたに違いない。

 疲れきった自らの心に若く、年相応の思いが芽生えたことに。 

 

 「オォォォォォーーーーーーー」

 

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 動機が止まらない。


 体中から血の気が引き、常に全身が震える。


 呼吸も荒く、カイウス自身、吸っているのか吐いているのか分からなくなるほど、頭の中が混乱している。


 「グオォォォォォォ」

 

 「‥‥‥!?」


 端的に言うと、カイウスがしたことはただ立っていただけ。


 しかしそれは、世間一般的に見て、自殺行為というものだ。


 今にも死にそうな犬を庇い、ダンプカーの前に立つ。


 人はそれをなんというのだろうか?

 

 偽善というのだろうか? 勇気というのだろうか?

 

 いや、勇気とはいってもこの場合は蛮勇か。

 

 とにかく何でも良い。

 そのどれであっても、どれでなくとも、カイウスはそこに立っている。

 

 それが変えようのない事実であり現実だ。


 ダンプカーはもう目の前。大の大人であろうとそれを受ければ死ぬのは避けられない。


 彼のような子供であれば万が一もないような状況。


 カイウスはゆっくりと体全体の力を抜き、瞳を閉じる。

 

 来るはずであろう衝撃に備えて。


 …‥‥‥。


 「お主はほんにバカなことする。あやつの突進など受けようものならお主は死んでいたぞ? 年寄りをあまり心配させんでくれい」

  

 「‥‥‥」

 

 結果から言おう、いつまで待っても衝撃は来なかった。 

 

 なぜなら、目の前にいるはずのダンプカーはなく、代わりにあるのは、高くそびえる土の塔。


 カイウスはここにきて思い出す。

 カイウスの祖父は、他国の万という軍団すら裸足で逃げだすほど強く、


 この国では史上最強の英雄と呼ばれていることに。






じいちゃんは強い。ただそれだけの事さ(キリッ)

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