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派閥

少し休むつもりが、いつの間にか……遅れてしまい申し訳ないです。


「ハハハッ、いやぁ、めでたい。あの噂の三男様も、とうとう六歳ですか」  


「うむ、今回も傑物とのうわさを聞いたが……どうやら、事実らしいな」


「百聞は一見にしかず、ですかな? 確かに、あのスピーチは、大人も顔負けでしたからな」



 会場のあちこちには、三人から四人のグループを作った者たちが談笑しており、その中の話題のほとんどは、やはりカイウスに関することだ。


 多くの者たちがそうして話す中、一際大きな塊を作る人だかりがあった。

 


「こちら、モーリス・ボナ子爵。さっき紹介した伯爵の子にあたる人だよ」 


「初めまして、カイウス様。モーリス・ボナと言います。どうぞよろしく」


「こちらの人は、マーラス・ヴァン騎士爵、帝国との国境線を守るこの国の偉大な盾の役割を担う方だ」


「これはこれは、光栄ですルヒテル様。我ら国境線を守る貴族が盾とするなら、あなた方は偉大な矛であり、我らの希望だ」


「ハハハ、マーラス様にそう言ってもらえるとは、光栄です。これからもどうぞ我ら一族と、本日の主役、カイウスをよろしくお願いいたします」


「……」 



 目まぐるしく次から次に、巻いて紹介されていく貴族達。優雅に挨拶をしては去っていく彼らに、カイウスはかろうじて礼をし、失礼ならぬように佇むのが精いっぱい。


 基本の対応はカイウスの父ルヒテルが行い、その補助に母のアリーが相槌やにこやかな話術で参加する。 


「おやおや、少しご子息はお疲れのようですね、ルヒテル様?」 


「うっ、ロブレンス……さん」


「おやおや、うっ、とはまた嫌われたものですねぇ。まぁあなたと私の関係を考えれば致し方ありませんね、ルヒテル様」



 それぞれの紹介も終わり際になったころ、ある恰幅のいい優しそうな雰囲気の中年男性が、カイウスたちの前で挨拶をする。


 するとどうだろうか、今まで、無難に対応してきた父の反応が、仮面でも剥がれてしまったかのように、一瞬崩れる。


 しかし、その中年男性、ロブレンスは、そんな父を咎めるよりも、まるで、その反応を楽しむような口調で、父に話しかけ、意味深かな声音でそう言い切った。

 

 そんな父の動揺を感じ取ったカイウスだったが、父と、ロブレンスとの関係の密度や内容を知らず、ロブレンス自体もよくわかっていない。

 

 とりあえずの静観を決め込むしかなかった……もちろんこの時、カイウスは忘れていない。


 自分たちの後ろには、家族のヒエラルキートップに君臨するお方が、そばにいることを。



「……フフフ、ロブレンスさん。今日はそこまでにしてあげて。今日の主役はルヒテルではなく、この子ですから」



 泰然自若の姿勢で余裕をかましていたカイウス。


 しかし、彼の『母の援護射撃で沈むがいい!』という何とも人任せな予想に反して、任せたはずの母の行った行為は、カイウスにとって予想外の出来事だった。


 カイウスは、母に背中を押され、ちょうど、ロブレンスと父の間に来るような位置に押しやられる。

 

 そこでは、いまだに人のよさそうな笑みを浮かべたロブレンスと、仮面が剥がれてしまって、ちょうど付け直し中のほほの片方が、若干ひきつった父の姿があった。


 

「母様?」



 これは何の真似ですか? 


 そんな副音声が聞こえてくるような声音と、母へと振り向いた時の雰囲気で、訴えるカイウス。


 カイウスが振り向いた先にあるのは、笑顔の母の顔。ただそれだけ。


 カイウスはそんな母を見て、少しだけ悟った。


 ああ、これは……人身御供ならぬ、話題転換の材料か、と。


 

「おっと、これはいけない。私としたことが、ついつい旧友との久方ぶりの邂逅で舞い上がってしまっていたらしい。カイウス様、初めまして。王国、公国、帝国の三国で商いをさせていただいている、ロブレンスと申します」


「三……国で……え?」


「ええ、はい。その通りでございます」



 カイウスは目の前の商人の一言に、驚愕する。  


 この三国間で商いを行うというのは、それだけ難しく、大きな危険が伴うからだ。


 その危険には、魔物、盗賊、それぞれの場所での利権争いが含まれ、時に国家を揺るがすような黒い思惑にも関わってしまうことがある。


 それゆえ、三国間での商売をしているものは多くいれど、貴族の催しに招かれるということは、それだけの成功者ということであり、様々な意味での実力の持ち主であるということだ。


 ということはだ、カイウスの目の前にいる人物は、それだけの者、今この場所にいるのだ。


 その事実を前に、カイウスの目にはその姿が大きく感じられた。

 


「カイウス様。わたくしロブレンスは、あなたの御父上とは腐れ縁でしてな。よく無理難題を押し付けられたものです」


「ハハハ……まぁ、ね。父さんも若いころは、いろいろあったんだよ」



 ハハハッ、と父の苦笑いとロブレンスの楽しげな笑いが重なり合い、ロブレンスは父を見るが、父は気まずそうに眼を逸らした。



「ふふふ、ロブレンスさんは所謂、御用商人なのよ、ノムストル家のね」



 母がカイウスの頭をひと撫でし、二人の様子を見ながら少しうれしそうな声音でカイウスに言った。


 その様子はロブレンスと父の間には、ビジネス関係以上の親しいの関係があるのだろうということを容易に想像させた。 


 今もまだ、ロブレンスがカイウスの父であるルヒテルに皮肉に近いことを楽し気に話し、ルヒテルは苦笑しながらも、どこか今までの対応とは違い柔らかい雰囲気をまとっている。



「さあ、ロブレンスさん。そろそろ音楽も終わりますのでこのあたりで許してあげてください」


「ああ、もうそんな時間ですか。誰かさんがあまり催し物に出ず、その息子ばかりと会うものですからな……ついつい話過ぎてしまいました。カイウス様、ご無礼をどうぞお許しください」


 

 会場中を流れる音楽がクライマックスに入り、その音色が響き終わるころ、母がいまだ話続けるロブレンスを止め、父が安心したようなでも少しもったいなさそうな表情をする。


 

「いえ、お構いなくロブレンス様。今後ともよろしくお願いします」 



 少し演技かかった仕草で、カイウスはロブレンスにそう返す。


 そうでもしなければ、父の仮面が剥がれたように、自分の虚飾も剥がれてしまいそうだったのだ。


 多くの初対面の人間、それも油断ならない相手との会話を続け、さすがに疲労が蓄積していた。 


 

「……ええ、私もぜひ、あなた様とは仲良くさせていただきたい。……あなたにはそれだけの価値がある」



 カイウスが頭を上げると、少しの間を置き、柔和な笑みを携えたロブレンスがカイウスのほうに少し近づき、ボソッとした小さな声でそう言うと、優雅に礼をして離れていった。


 

「いったい誰から聞いたのかしら……まぁ、身内にはあまり隠していないことだからいいのだけれど……」



 少し気を付けておかないとね、とロブレンスが去っていったほうを唖然と見つめるカイウスに、母は言った。


 カイウスに対し、”価値”がある。それはひとえにカイウスが姉に丸投げしたあのことを言っているのだろう。


 商人がカイウスに価値を見出すと言ったら、その他は、あまりにも実績とも言えなければ、広がるような話ではないからだ。


 もちろんそこには、ノムストル家の異常性、他を頭一つ以上飛びぬけた話題性も加味されている。


 要するに、他では尾びれなどがつくような噂になるのだが、この家ではそれが当たり前、もしくはそれ以下だったりするのだ。


 カイウスは、ロブレンスという存在に興味を持たれたことに、少し唖然としながらも、進行していく会場の雰囲気にはしっかりと体を動かしていくのだった。





 



 そこは、会場の端ともいえぬ、中央ともいえぬ、何とも中途半端な位置であった。


 そこに集まっている貴族の一人が、ボソっと呟く。


 

「所詮、この程度よ。ノムストルなどな……」


「……」 


 

 近くにいた使用人がその一言を聞き、一瞬立ち止まるが、すぐに何事もなかったかのようにその場を離れる。


 

「このようなこじんまりとした会場で行うとは、程度と言う物が知れる」


「やめろ、少し声がでかいぞ……どうしたんだ、いきなり……酔っているのか?」


「ははは、酔っているかって? いや、私は正常さ、本気でそう思っている」



何とも居心地の悪そうな貴族達と、嘲笑を携えた貴族。


 声をかけた貴族の表情は困惑で染まり、辺りをちらちらと伺う。その様はまるで何かにおびえているようだ。


 

「あそこにいるのは、確か中立派ではなかったかな? バブロフ伯の紹介で来ていると思うのだが……紛れたか?」


「紛れた、ですか……確かにその可能性はありますね。ここまでするのはあの方ですかな? ……四大貴族のお一人も、よほどお暇と見える」 


 

 騒ぐ貴族たちを眺めるように周りの貴族たちも少しずつざわめきだす。


 

「……アリー、どうやらまた、公爵の派閥の人が来たようだよ? まぁ、来る予想はしていたからいいのだけれどね」


「ええ、わかってるわ。せっかくのカイの晴れ舞台なのだから、遠慮してほしかったのだけれど……」


「……あ、バブロク伯がすごく困ってる……助けないとダメかなぁ……」

  

「フフッ、ルヒテルいい機会だわ。……私を惚れ直させなさい!」


「そんな……はぁ、その目はずるいよ」


「ふふッ」



 多くの困惑と納得の行く顔が入り乱れる渦中へ、少し嬉しそうなアリーに背中を押され、ルヒテルは浅くため息を吐きながらは歩いていく。 


 ルヒテルが近づくと、渦中の人物を取り巻いていた集団が割れるように別れ、ルヒテルと問題の人物が向き合う形となる。



「どうもユンケル子爵、此度はご足労頂き感謝いたします」


「ハッハッハッ、このような貧相なパーティーに招かれるとは思いもしなかったよ、ルヒテル・ノムストル辺境伯。四大貴族に次、最も影響力ある家とは思えないほどだ。……まぁ、そう感じるのも仕方ないのかもしれないがね……なんと言ったって、つい先日ファブルス公のパーティーに呼ばれたばかりでね、つい比べてしまう」


「……」


 

 礼を欠かず挨拶から入ったルヒテルのこの姿勢だったが、見るものが変わればルヒテルのこの姿勢は、よく言えば謙虚に見え、悪く言えば舐められるような態度であった。


 目の前の貴族はもちろんこの態度を舐める、侮るような側の人間だ。 


 ルヒテルを見つめるその目には確実に相手を見下すような嘲りが見て取れる。


 ルヒテルはそんな傲慢な貴族に対し静かに一歩歩み寄ると、誰から見てもわかるような怒りを滲み出しながら堂々と言う。


「私たちノムストル家は確かに、見栄と言う物をさほど気にはしない……だがそのかわり、家族があなたのような人に見下されるのを、私個人は……非常に腹立たしく感じてしまう」


「なにをッ……」


 

 ルヒテルの言葉には一つ一つに重みが感じられ、その言葉をぶつけられた貴族だけでなく周囲にいた貴族も少したじろいでしまう。そのことを自覚した貴族が、顔を真っ赤にさせながらも何か反論しようと声を上げたが、ルヒテルがそれを許すことはなかった。



「ここは、カイの晴れ舞台だ。誰にも邪魔させるつもりはないし、カイに不快な思いをさせるつもりもない。あなたには、いち早く、そして静かにこの場から退出してもらうようお願いしたい」 

 

「私に……非があると? 真実を真実のままに言った、私に?」

 

「非であるかないかではないのです。もちろん、真実であるかどうかも関係ない。あなたの態度、言動はこの会にふさわしくない、そう私が判断したのですユンケル子爵」


 ルヒテルは多くの者が見つめる中、堂々とした態度で貴族に向き合いユンケル子爵へと圧力をかける。


 しかしユンケル子爵はその圧力をものともしていないのか、鋭い目つきをルヒテルへ叩きつけ言った。 



「……あの方の派閥の私を追い出す……その意味を分かっているな?」


「わかっているか、だって? そちらこそ、どこの誰に喧嘩を売っているのかわかっているのかい? あなたは今、ここに一人でいる、その意味をよくよく考えるべきだ」

  


 脅すような口調でルヒテルへと言ったユンケル子爵だったが、ルヒテルはそんなユンケル子爵に少し憐れむような視線を向ける。



 「私が、捨て駒……そう言いたいのだろう? ばかばかしいッ」



 今まで嘲りの表情が多かったユンケル子爵だったが、ルヒテルの表情と言葉ほんのり赤かった顔を、真っ赤に染め上げて吐き捨てた。


 

(そろそろ、仲介に入ってほしいんだけどなぁ……バブロフ伯) 



 イライラとしているユンケル子爵を視界に入れながら、ルヒテルは内心助けを求めて視線を漂わせ、少し青い表情をしたバブロフ伯で視線を止める。



「あなたは、私を舐めている。私はあの方にとって欠かせない人材であり、ほかの有象無象とは__」

 

(誰か一言バブロフ伯に声を掛けてくれないものか、できればあの人に仲裁してもらいたいのだが……アリー)


 

 目の前で、自分がどれほどすごいのかご高説を垂れているユンケル子爵を軽く無視しながら、チラリとこちらを見てるアリーと視線を合わせる。 


 アリーは、それだけでルヒテルの言いたいことを察し、ルヒテルへと了解の意の頷きを返し、バブロフ伯へとそっと声を掛けに行く。


 その後バブロク伯がアリーに声を掛けられ、少し焦ったような態度をとってしまうが、アリーが耳打ちをすると、そんな態度が嘘のように消え去り、少しほっとしたような表情でルヒテルとユンケル子爵のもとへと歩んでくる。


 

「私領地には、多くの鉱山があり、平民も多く暮らしている。税収も完璧だ……そんな私が捨て駒だと、ノムストルには見る目、と言うものがないのか]

 

「ユンケル子爵、そなた少しは言葉慎まぬかッ、誘った私が恥をかくのだぞ!」


「バブロク伯、恥なのは私ではなく、このような貧相なパーティーに招待したノムストル家だ。そこを間違えないでいただきたい」


「ユンケル、この際お前が中立派でなくなっているのは誰の目から見ても明らかだろう……明日には友とも知れぬこの世界だ、深くは聞かぬ、聞かぬが、我ら旧知の仲で相談もないとは……私は悲しいぞ」


「……」



 焦りながらおのれの重要性、価値を必死に説いていたユンケル子爵だったが、バブロク伯が仲裁に入るとユンケル子爵はさも来てほしくなかったかのような苦い表情を浮かべ、ついには引き結ぶかのように口を閉じた。



「ノムストル辺境伯、この度はご子息の晴れ舞台に招待してくれて感謝する。失礼をしてしまったのが私ではないとはいえ、我らが派閥の者であることに変わりはない。……宰相殿には何かしら便宜を図ってもらうようお願いしておくので、今日のことはどうか、お許しいただきたく」 


 

 バブロク伯は、宰相、というくだりをルヒテルにだけ聞こえるよう小声で言い、静かに頭を下げる。



「了解しました……ですが今日のところはお引き取りをお願いします」


「うむ、この雰囲気では仕方ありませぬな……くれぐれもユンケル子爵の行動が、我々中立派の意向だと思わぬよう」


  

 会場全体が、冷たくバブロク伯とユンケル子爵を見ており、もはや二人がこの場に残るのは会の進行上、迷惑にしかならない。


 バブロク伯はルヒテルからのフォローともいえる提案を少し悩むそぶりをして、さも残念そうな声音で快諾した。



「……」


「くッ……ユンケル、よくもバカなことを」



 先ほどまで饒舌だったはずのユンケル子爵だったが、バブロク伯に睨まれ、周りの冷たい雰囲気にさらされ、険しい表情のまま黙り込んでしまう。 


 そして、



「……ここは、帰らせてもらう……だが、くれぐれも忘れるな、あの方の代行である私に恥をかかせたこと、必ず報告させてもらう」



 ユンケル子爵は、険しい表情に少しの悔しさ、そして何か自らに言い聞かせているかのような口調でそう語り、きびつを返す。



「……」



 ルヒテルはその背に向かって何もしなかった……いや、正確にはルヒテルはユンケル子爵へと壮絶ともいえる無言の圧力をかけ、何も答えることはしなかっただけだ。この行為はもちろんマナー違反だったのだが、ルヒテル敢えてその行為を選んだ。


 今出て行ったユンケル子爵は、彼の中で確かな敵となり、それも家族を人一倍大事にする彼にとって、今日の出来事は余りにも許容できないことだったからだ。


 外見は冷静、しかし、心ではマグマのような怒りをユンケル子爵へと向けていた。


 ユンケル子爵、そしてバブロフ伯が会場から退室し、会場内には少し気まずげな雰囲気が流れる。


 ルヒテルはその雰囲気を察しつつも、ルヒテルがいの一番にしたのは、今日の主役に声を掛けることだった。



「カイ……すまない。私の管理が甘かったせいで、君にひどいことをしてしまった。せっかっくの晴れ舞台だったというのに……すまない」


「父様……」


「ルヒテル……あなたって人は……ふふっ」



 ルヒテルは、本当に悲痛な面持ちでカイに向かって頭を下げ、唇を噛み締める。


 その姿で少し会場がざわめくが、当人たちにその声が入ることはなく、カイは頭を下げる自らの父親を前にして目を丸くし、いつの間にかカイのそばに寄り添っていたアリーが少しうれしそうに微笑む。


 会場の各それぞれに散っていたノムストル一家はその光景に参加するのではなく、何か懐かしいものでも見るかのような表情で三人を見守っている。   

 

 ルヒテルが下げていた頭をゆっくりと上げ、カイ、そしてアリーを見る。



「……」



 ルヒテルは二人にしっかりと視線を合わし、一度目を瞑ると、いつもの優しくやわらかな微笑を浮かべ、二人に背を向ける。


 ルヒテルが向いたのは、会場全体。


 多くの注目を集める中、一言告げる。



「皆さま、会も終わり際に、何ともあまり快くない者の邪魔が入ってしまいましたが、どうぞ引き続きお楽しみいただければと思います」


 ルヒテルはそう言い終えると、一番近くにいた使用人に声を掛ける。



「今ある一番良いお酒を振舞ってください。これは、今日参加していただいた皆様に対する最低限の礼儀だ……よろしくね」


「かしこまりました、旦那様」



 使用人は短く丁寧に了解の意をルヒテルに伝え、静かに厨房のほうに去っていく。


 耳ざといものが、ルヒテルと使用人の会話を聞き、それが少しづつ伝播していく。


 あっという間に会場の雰囲気がどんどん明るいものへと変わり、その会話の中心はどんな酒が出るのかの話題で持ちきりになった。


 ルヒテルはその光景を見て、ほっと一息つく。



「あらあら、いつからあなたはそんな策士になっちゃったのかしら? ねぇ~、カイ?」



ほっと一息ついたルヒテルの後ろから、冗談染みた口調でアリーが話しかけ、そのアリーに手を引かれたカイの姿もある。



「ははは、策士だなんて、ぼくには持ったない言葉だよアリー。だろ? カイ?」


「えっ、そこで二人とも僕に聞くの!?」



 アリーとルヒテル、二人とも楽し気に、からかうような口調でカイウスへと尋ね、カイウスはいきなり振られて、困惑の声を上げる。  


 そんなカイウスを見ている二人のうち、ルヒテルが少し思案げな表情を浮かべ呟く。



「さて、カイのこの反応もずっと見ていたいけど……そろそろ締めの時間だね……はてさて、レイはしっかりできるだろうか」


「大丈夫よ……たぶんね」


「……兄さん」


 

 ルヒテルのこの呟きで、三人の間には少し悲壮な、心配するような雰囲気が流れ、自然と三人の視線は会場の隅で腕を組んでいる兄に向けられた。


  

「……」


 壁際に一人、腕を組み立っている兄のレイ。


 関わるなオーラに、鋭い目つきも相まってか、レイの近くには誰も寄り付かない。、



「あらら……あれは相当緊張してるわねぇ」


「兄さん、若干震えてません?」


「レイは武者震いだって、言い訳しそうだけどね?」


 

 それを見た三人はそれぞれ楽しそうに話し、笑顔を浮かべる。 


 その後、会場では多くの紳士、淑女たちが、ルヒテル秘蔵の酒に舌鼓を打ち、話題に花を咲かせた。誰それの、どこそこの酒が最もうまい、まずい、と会場中から和気あいあいとした会話が聞こえてくる中、とうとうこの会の締めの時間がやってくる。     


 会の進行を告げていた司会が壇上に上がり、最後の挨拶を促した。

 


「どうやら皆様、名残り惜しくはありますが時間のほうが来てしまったようでございます。今回この会を締めていただくのは、なんとこの方ッ! ノムストル家が誇る風雲児! 冒険者ギルド史上最年少でSランクに上がり、つい先日には、公国で暴虐の限りを尽くした邪龍を激闘の末、討伐いたしました」



 司会の力のこもった紹介に、会場の至る所から『おぉ』というどよめきが起きる。  



「では、御登壇していただきましょう! レイ・ノムストル様! どうぞ、お上がりください!」


「……」


 

 司会者がレイをの名を呼び、壇上にレイが上がっていくのを、多くの者達が盛大な拍手で迎える。


 一歩、また一歩とレイは歩いていくのだが、その姿は見るものが見れば頭を抱えてしまうくらい、緊張でガチガチであった。



「父さま、兄さん右手と右足が一緒に出てます……」


「あれは……すごいね、自然と歩いているように見える」


「ふふふ、身体能力はすごく高いのよね、あの子。 多分、気づいてないわね……ふふふ」



 悠然と堂々とした態度で歩いていくのだが、やはり不自然さは拭えない。


 会場の幾人かがそれに気づくが、もはやそのことを教えることは叶わない。今言ってしまえば、レイが笑いものになってしまい、その後のレイの行動に予想がつかない。


 救いがあるとすれば、まだ多くの者は気づいていない、ということ。


 気づいた者たちは、気づいたことをなかったことにして、にこやかに拍手で礼を迎えるのだった。



「……」



 レイは壇上の真ん中たどり着くと、まず主催者・主賓に一礼をし、次に参加者へと優雅に一礼をした。


 そして第一声を発する……。 



「本日は、お日柄もよく、大変良い日にこの日を迎えられたこと、お慶び申し上げます」



 堅かった。  


 もはや棒の中の棒読みと言っていいほどの堅さ、不自然さでレイの挨拶が始まった。


 会場の空気が一瞬凍り付き、多くの者の顔がキョトンとした表情になる。


 ミスをしない使用人が、手に持っているグラスを落としかけ、歩いている使用人がその状態のまま固まる。そして家族は悩まし気に、そして噴き出すのを我慢しながら頭を抱えた。



「ああ~、と。大変忙しい中、参列された皆さんに感謝を……我が弟のためにありがとうございます。……ああ~、ええ~っと……名残惜しいですが、この会も終わりになります皆さん、今日はありがとうございました。これにて、ノムストル家三男カイウス・ノムストルの六歳誕生会を終幕にさせていただきます」



 乗り切ったとは言えないだろうが、所々止まりながらもなんとか最後まで言い切ったレイ。


 会場からは温かな……本当に温かい拍手がレイに贈られる。


 そして拍手がやんだ頃に、レイは壇上から降りる。



「……くっそ……なんで俺がこんなことを……絶対姉貴の役だろこういうの」



 壇上から降り、再び適当な壁に寄り掛かったレイはこぶしを震わせながら、唇を噛み締め、俯き加減に呟く。 


 先ほどまでの壇上のことを思い出すたび、悶え、転げ回りそうになる。


 それを何とか抑え込む、抑え込むために思い浮かべるのは壇上の上でチラリと見えた姉の今にも笑い出しそうな表情であった。


 ぶん殴りてぇ、という思いを胸に秘め、己の黒歴史たる先ほどの挨拶を自分の中から追いやろうとする。


 が、会場中からの温かい拍手が今も耳から離れない。


 レイはその後も俯き、仰ぎを繰り返しながら、己の中の何かと戦い続けるのであった。


今回は、なぜか長くなってしまいました、すいません。


誤字脱字が、多かったので、来週までには見直そうと思っています。


これからもよろしくお願いします。




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