挨拶と、貴族との交流の始まり
お久しぶりです。待っていてくれた方も、新しく読み始めてくれた方も、お待たせいたしました。
これからもどうぞ、よろしくお願いします
父と母が登場することにより、会場内に大きな拍手が鳴り響く。
その圧倒的ともいうべき音の爆発は、静まらせていたカイウスの心臓に再び緊張の二文字を与える。
父と母が出て行けば、次はカイウスの番だ。
「ふぅ……」
カイウスは、短く深いため息をつく。
彼はそうすることで、緊張で暴れる心臓を落ち着け、緊張の二文字をいい意味で消化しようと試みたのだ。
視線の先ではすでに、父と母が順に参列者へのお礼の言葉を述べ終え、用意された椅子へと座っている。
カイウスの右手は、自然と彼の胸元を抑えるように居座っていた。
「……ん、大丈夫」
いよいよ、カイウスが出て行く番だと意識し始めた時。カイウスの肩に、優しく、そっと小さな手が置かれる。
カイウスは、その手の主を確認するため、振り返った。
「私が、見てる。……ん」
「……」
振り返った先にいる手の主は、多くは語らなかった。彼女は力強いサムズアップと、花が咲いたような頼もしい笑顔をカイウスへと向ける。
カイウスは、普段から感情表現の乏しいナナのその笑顔で、自らの早鐘を打つように鳴っていた心臓の音が、不思議と小さくなって行くのを感じていた。
「では、本日の主役に登場していただきましょう。栄えある我がモーリタニア王国が誇る、英雄一家ノムストル家三男。カイウス=ノムストル様! どうぞ、皆さま拍手でお出迎えください!!」
そうして暴れていた心臓の音が落ち着いた頃、会場からカイウスの名前を呼ぶ声と万雷の拍手の音が聞こえてくる。
いよいよ出番なったカイウスは、勇気づける笑顔を向けてくれたナナに短くも、感謝の念が多く籠ったお礼を言った。
「……ナナさん、ありがとうございます。……では、行ってきます」
「ん、ファイト」
先ほどまでの、緊張で張り裂けそうな心臓は、今はもうない。
少し震えていた体の節々の反応も、いつも通りに戻っている。
カイウスは笑顔で見送ってくれるナナに、サッと背を向け、力強く会場へと足を運んで行く。 一歩、二歩、と歩いて行くうちに、鳴り響く音はどんどん大きくなって、近づいて来る。
「___ッ」
万雷の拍手が会場を包んだ。
薄暗かった舞台裏から出たそこは、カイウスの予想よりも遥かに明るく、視線という名の、幾重もの重圧の掛かったカイウスにとって未知の場所であった。
貴族と六歳。
それは、貴族家に生まれた者にとって、最初の試練であり、ある意味その子供の潜在能力を図る上での重要な歳だと言われている。
六歳という年は、初めて、貴族という人種として認められる年なのだ。
多くの貴族が参列し、その貴族の子息を一目見て、その家の将来を想像できるという。
貴族という自らの保身に長けた者達、策略を巡らすもの達、平穏を望む者達、そのいずれもが、同じ人種を見る目はとても鋭いと言える。
そうしてこの世界の貴族というものは、生き残ってきたのだ。
脈々と血筋を守り、礼儀や爵位、功績を積んでいく。
その作業ともいうべき行為を子々孫々まで忠実に守り、受け継いできた者だけが、生き残る。
しかし、そう言ったものは、一般の者達が行って来た生き残るための戦略であり、実際には ”特別” とされているものがあった。
それは……簡単に言えば、”力”だ。
貴族として必要なのは、純粋な力。ここではスキルや魔法適性と言って良い。生まれながらの身分に、天より授かるスキルと魔法適性。
それらを、どちらか一方所持しているだけではだめだ、ダメなのだ。認められない。
それら両方が揃っていて、初めて貴族の中の ”特別” に仲間入りを果たすのだ。
これらを踏まえた上で言おう。
五歳の時点で確かに能力の開花は住んでいるが、まだまだなぞの多いスキルや魔法は、約一年間でその身に馴染むと言われている。
そうして馴染んだ能力を、公開するのが六歳の誕生日であり、お披露目の場であるのだ。
__血筋だけでは、隔離され、いつしかその家では悲しい怪奇事件が起きたりする。
__力だけでは、碌な扱いをされず、ただ日陰を耐え忍ぶ日々を強いられる。
__血筋も力もない末席の者は、もはや、己の無力さと、世界の理不尽さを呪っている。
六歳の誕生日というのは、今後変わることのない、五歳の時に分かれてしまったその運命の、いわば、一つの点のような場所、と言ったところなのだ。
あるいは、これから始まる多くの運命の最初の選択された道と行った方が良いのかもしれない。
「……」
カイウスは今、その一つの大きな始まりのスタートラインに立っている。
貴族という名の、理不尽と力の権化のような者達の大勢が集まった会場、そこで何十、何百もの視線を一挙に集め、様々な思惑の乗ったその視線の中心に、カイウスは今いるのだ。
カイウスは壇上の中央にたどり着き、そこで会場を見渡す。
「……ぅッ」
カイウスが壇上の中心に立ち、会場を見渡すのと同時に会場の圧が上がったように感じられた。
いや、事実、変わったのだ。
多くの者の瞳が細められ、カイウスとはどのような人物であるのかということを確かめているのだ。
カイウスはその、国でも数少ない同類を見る目を持つ者達から向けられる視線に堪らず、小さなうめき声を漏らす。
「では、本日の主役。カイウス=ノムストル様、皆さまにご挨拶をお願いします」
「……は、はい」
そのような状況の中、司会役の男の人に作ったような笑顔で、声を掛けられたカイウスは、返事を返すので手一杯。
不安と感じたことのない圧力で、少し震えた声が出てしまう。
「スゥーーーフゥーーー……よしッ」
辛く厳しい状況の中、カイウスは、何度目か分からない深呼吸をして、自らを律することが大事なのだと、自らに言い聞かせる。
要するに、会社のプレゼンみたいなものだ。
少し、規模が違うが、そのようなものだと言い聞かせる。
一歩二歩と慎重に歩き、カイウスは拡声の魔道具と呼ばれる物の前に立つ。
『初めまして、皆様。本日はノムストル領までご足労いただき、誠にありがとうございます』
「「「「「……」」」」」
第一声は、通常通りの声音で発することができた。もちろん、この時、子供ならではの満面の笑みも忘れない。
とにかく第一印象。
そこをクリアすることが、喫緊の課題だ。
会場には、子供らしい少し高めの声がしっかりと響き渡り、一層の注目を集めている。カイウスは、それから一呼吸置き、先を続ける。
『先ほどご紹介に預かりました、ノムストル家三男、カイウス=ノムストルと言います』
一言一言を明確に、決して躓かないように慎重に発して行く。
こういうのは、とにかく相手に伝わることが大事なのだ。
胸を張って、大きく口を開け、会場を見渡すように発することだ。
『私、カイウス=ノムストルの誕生の会を、ここまでたくさんの方々に祝っていただけること、誠に嬉しい限りでございます』
「「「「「……」」」」」
品を保ちつつも、大胆に、そして優雅に一礼。
ここでいったんの休憩のように目もつぶって置く。
大丈夫、落ち着いて、と心の中で呟くカイウス。
このとき会場からの反応は一切なく、カイウスが発した言葉が、こだまのように会場に響くのみだ。
それがまたカイウスの不安を助長させるが、途中で止めてしまうのは良くないし、諦めて自暴自棄になることは、もっといけない。
この世界の家族の品位を落とすことだけはしたくなかった。
『ここまで盛大な会を催してくれた、当主である父、母、そして家族に謝辞を送りたいと思います。__父様、母様、今日はありがとうございます。多くの方たちが来てくださって、カイウスはとても嬉しく思います』
カイウスは、家族に謝辞を述べるとともに、会場のそれぞれの場所にいる家族へと順に頭を下げる。
家族もその謝辞に対し、微笑みながらもしくはガッツポーズのエールを送りながら返し、カイウスは再び正面を向く。
家族のいつもと変わらぬ、しかし少し余裕があるかの態度に、カイウスの不安が少しだが解消された。
「「「「「……」」」」」
会場は相も変わらず、静まって返っており、息遣いなどの必要最低限の音しか聞こえてこない。
目を見開いている者もいれば、眉間に皺を寄せている者、自慢の髭を擦りながら優雅に頷く者。
多くの者が話さず、ただカイウスに注目する。
『そして、多くの来賓の方々にも、感謝を___本日は、誠にありがとうございます』
カイウスは、ここに立って、二度目のお辞儀を会場に向かって行う。
何も特別なことはしようとはしていない。 ただのお辞儀。
しかし、それは大人である者達の目から見れば、自分たちと遜色のないレベルの綺麗なものだった。
会場からは、あちこちで感嘆の呟きが聞こえてくる。
カイウスは、それに気を取られることなく……というより、気づく余裕などなく続けた。
『六歳となった私ですが、自慢の兄様たちや、姉様たちのように、そして、英雄である祖父のように、これより一層、貴族としての誇りと、国への忠誠を胸に精進して参ります。まだまだ未熟な私ですが、どうか皆さん、よろしくお願い致します』
言い終わると同時に、三度目の綺麗なお辞儀を行う。そして、ゆっくりと顔を上げる。
『これで、ノムストル家三男、カイウス=ノムストルによる挨拶を終えたいと思います。ご清聴、ありがとうございました』
カイウスはそう、拡声の魔道具へ発する。
短い挨拶が永遠のように感じられたが、しっかりと終わりまで油断することなく、丁寧に終える。
「「「「「……」」」」」
シンッと静まる会場。
カイウスは、その静まり返った会場を一瞬だけ見るが、その後すぐに会場に背を向け父と母の下へと、姿勢に気をつけながら歩いて行く。
もはや、やることはやった。
自前の練習通り、いや、それ以上を出し切ったと思うカイウス。
しかし会場からの反応はない。
歩いて向かった父と母のもとに行く短い道中だったが、悔しさが込み上げる。
何が失敗だったのか、と。
「おかえり、カイ。よく頑張ったね」
「ふふふ、本当に良い挨拶だったわよ、カイ。お疲れ様」
「はい、父様、母様」
父と母に優しく声を掛けられ、どうにか笑顔で返すカイウスは、二人の間に用意されている椅子に、ゆっくりと着席する。
父と母に褒められた。
これでいい、良くもなく不可でもなしということにしておこう、と思いカイウスは少しの間下げていた顔を上げる。
そこにはカイウスの思いとは少し違った、だが、最高の結果が会場を包んでいた。
「……はい、カイウス様。大変ご立派なご挨拶、ありがとうございました。皆様、盛大な拍手をお願いします」
司会の男がそう言うと、驚嘆で固まっていた会場の観客たちから少しずつだが拍手の音が鳴り、少し経つとそれは、会場を揺らすほどの盛大な、祝福の拍手へと変わって行った。
カイウスは、前世を通してもこのような大勢の人の前で話した経験はない。
会社での小規模のプレゼンは何とかこなしたことはあるが、その程度だ。
だからこそ、ここまでの注目__値踏みするかのような多くの視線に晒された事など、あろうはずがない。
そして、会場の大きな反応にカイウスは目を丸くした。
なんだこれは、と。
少しの混乱、そして喜びが、成功したであろう安堵感が、カイウスの心の中に染み渡って行く。
「はぁーー……良かった……誰も何も言わないので、失敗したかと……本当に良かった」
カイウスからしてみれば、少し予想外の結果であったが、成功だったことにカイウスは深く安堵の溜息を吐き、今までの不安を吐き出すように呟く。
「ふふふ、カイは謙虚過ぎるのよ。もっと堂々としていいのよ? あなたはやればできる子なのだから」
「お母様……」
誕生日パーティーの主賓席。 不安な表情から、安堵の表情に変わったカイウスの頭の上に手が置かれ、優しく撫でられる。
カイウスはその優しい手を払うようなことはせず、くすぐったそうに受け入れる。
多くの者達がその光景に、先ほどとは違う、包むような優しい拍手を向ける。しばらく、その光景と、優しい雰囲気が会場内を包み、多くの者の表情が和らいでいた。
「……ハッ。あまりにも家族愛を感じさせる光景に、不肖わたくしめも心がふわふわとしてしまい。つい、見入ってしまいました。皆さま、申し訳ございません。えーー、では、この後は、楽団をお呼びしていますので、しばしの鑑賞時間とお食事の時間とさせていただきます」
優しい拍手の中、マイクを片手に微笑んでいた司会者が我に返ることでやっと、パーティーの進行が進み、舞台袖で待機していた楽団が静かに出てくる。
カイとその両親は、その楽団と入れ替わるように舞台袖へと下がった。
「カイ、よく頑張ったね。父さんは、感動で泣きそうだったよ。……でも、まだ心を引き締めておいてね? この後からが……本番なんだ」
「はい、父さん。……海千山千の怪物と対面する、でしたか?」
「ああ、そうだよ、カイ。……父さんが一番嫌いな時間さ。……この時ばかりは、アリーに任せっぱなしになっちゃうんだよね、ハハハ……はぁ」
父はそう言って力なく笑い、カイウスと視線の高さを合わせる。父とカイウスの目と目が合い、カイウスは、父の普段の瞳と違い真剣なのを感じ取る。
「いいかい、カイウス。ここにいるのは確かにノムストル家の派閥、と言われている者たちだ。でも、それでも味方、という存在はいない。いるのは潜在的な敵か利害関係の一致した仲か、そのどちらかだけだよ」
小さくとも真剣な声音で父がカイウスに呟き、カイウスもその忠告を噛み締める。
「はい、父さま。油断なく、対応します」
「対応って……はぁ。これで六歳か……半分とはいえ、ノムストルの血が恐ろしいよ」
カイウスの真剣で、心意気に満ちた回答に、父は苦笑いになりながらも、肩を竦め、冗談めかしたことをいう。
「フフフ、行くわよ二人とも。楽しみだわ」
「「……」」
二人の真剣な雰囲気を打ち破る? 和ます母の一言に、二人は同時に見つめあい、『この人のような人たち? ああ、無理だ』とほぼ同じようなことを思い、しかし気分良く進む母に付いていくのだった。
もちろん、その足取りは非常に重そうだった。
久しぶりに書き始めて、少し多い印象。無駄があれば省き、いるところには追筆していきます。
作者の動向は、活動報告に挙げています。