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六歳の誕生日~始まりの朝~

きっと、ゴールデンなウィークは選ばれし者達だけにあったんだと。


そう、思うことにします。


 あれから一週間。

 

 とうとうこの日がやって来た。



「おはようございます、カイウス様……そして、お誕生日おめでとうございます」 


「三男様。お誕生日、おめでとうございます」 


「お、おはようございます、サリアさん、スヒィアさん……えっと、ありがとうございます?」



 カイウスの私室。 


 そこでいつものように朝早くに目覚めたカイウスを、待ち受ける者達がいた。


 今日が、彼にとっての特別な日だからと言っても、起きてすぐからだとは思いもしなかった。カイウスはいきなりの事に、少し動揺する。 



「はい。カイウス様、本日は無事、六歳の誕生日を迎えられたこと、我ら使用人一同大変うれしく思っております。私サリア、そしてあなた様専属護衛のスヒィアが、皆を代表して祝辞を告げに参りました」


「フフフッ、くじで負けたラミアが、悔しがっておりましたぞ。なんせ、今日と言う日は我々使用人、そして三男様にとって、一つの節目ですからなぁ。 ……これより、三男様の本当の貴族の日々が始まるのですから」


「……え?」



 __何それ、聞いてない。



 カイウスの前に立つガチムチエルフの言に、カイウスは盛大な疑問符を浮かべる。 

 


「スヒィア。 それは我々が話すことではありません。旦那様の役目です」


「……おっと。これはこれは、気が早まってしまいましたな。……三男様に期待し過ぎるのもいけませんな」


     

 いつも通りの少し冷めた表情のメイド長が、口元を抑えるガチムチエルフを窘める。


 カイウスはそんな二人を見つつ、不思議に首を傾げる。 



「えっと……起きても?」



 状況をなんとなく理解したカイウスは、取り敢えず起き上がりたかったので、二人にそう伺いを立てる。


 カイウスの伺いに、メイドとガチムチエルフは軽く礼をしながら離れて行き、カイウスはそんな二人の行動を確認すると、スッと起き上がり、いつものように朝の身支度を始める。  



「カイウス様、突然のことで申し訳ありませんが、本日は、あなた様に御紹介したい者がございます」


「う、うん、サリアさん、あの……えっと、それは分かったから、着替えは手伝わなくてもいいよ?」


「メイドですので」



 ベットから少し離れた場所にあるクローゼット。そこにある洋服を取り、いざ着替えようとしたのだが、若干手をワシャワシャしたメイド長に背後を取られる。


 表情はそのままに、手だけはしっかりと感情を伝えてくるその状況に、カイウスは少し戸惑った仕草をする。



「ふむ、私もメイドになれれば……あるいは……」


「スヒィアさん。それだけはやめてください。絶対にやめてください」


 

 フム、っとこの光景を見ながら、手を口元に当て、真剣に悩むガチムチエルフに、カイウスは切実に、そして真面目に拒否の言葉を伝える。


 しかし、それでも、ガチムチエルフは考えることを止めない。


 このままだと、想定される最悪な状況。 『ムキムキおっさんのメイド服~エルフを添えて~』 が出来上がってしまう。

  

 カイウスは、一向に反応を見せないガチムチエルフに、絶望の表情を向ける。

 


「……やはり黒? いいえ、青との合わせも引き立ちますね……失礼します」



 そんな表情、会話、そして状況にもかかわらず、メイド長の手により、カイウスの服は、どんどん着せ替えられていく。


 彼女、メイド長の手が動くたび一瞬で、青から緑へ、赤から白へ、黄色から黒へ、瞬間で変化して行く。  


 ……さて、それはともかくだ。


 先ほど、紹介したい人というのがいたと思うのだが、そちらの方は良いのだろうか。


 ドアの前で、ずっとスタンバってたりはしないのだろうか。


 酷く、心配だ。



「ん、赤が良い。深紅でも可…」


「赤ですか……いえ、カイウス様にはもっと落ち着いた色の方が似合うと思うのですが……」


「ん、デビュー戦はド派手に決める。 威圧して当たり前の世界。 ……付け入り易かったら、舐められる」 

「ほぅ……なかなか、言い得て妙ですね。 それでは、折衷案でどうでしょうか? ……シャツを真っ赤に派手に決めて、外の落ち着いた色でまとめる……ハッ、完璧ですね」


「ん、いい仕事した」


「ええ」


 

 ショートカットの小さなメイドが現れた。 


 彼女は次々に着せ返されていくカイウスの服。そのような状況にいつの間にか入りこんでおり、今では、メイド長と満足そうな表情でカイウスを見つめていた。 



「……えっと、メイド長? なぜここにナナさんが?」



 うんうん、と頷きながら、こちらをドヤ顔で見つめるメイド服の少女__ナナ。カイウスは瞬きをしながらこの状況の説明をメイド長に求める。


 メイド長とナナは、お互いにお互いを確認し合い、何か納得がいったのか揃って浅く頷き合った。


 

「私は、ナナ。今日からは、メイドのナナ。 ……よろしく」



 メイド長と以心伝心でもしたかのようにナナが、一歩カイウスへと近づき、そう言って丁寧にお辞儀する。


 その礼は、屋敷にいるメイドたちと比べても遜色ないほどに綺麗なものであり、状況を説明するにはとても良い行動であった。


 

「……」



 そのような状況に、カイウスは、少し遠くを見つめることで、一度状況の整理を図った。


 彼にはこの状況は難しすぎたようだ。もしくは、起き抜けの回転の遅い頭に責任があるのか、もしかしたら、カイウスの耳が少し遠くなっただけなのかもしれない。


 とにかくだ、カイウスは、フリーズした。

 

 

「ん、マニュアルに載っていない状況……こういう時は?」


「……いいえ、ナナ。この状況はちゃんと記載されていますよ。 ”ノムストル~使用人列伝・序~” その五十解。 ノムストルに連なる者が、放心、驚愕、その他意識があるにもかかわらず現実を見なくなった場合。 現在の状況の、それ以上のことでもって応える。 ……この対応は、確かに必修外ですが、要頻出ですので、覚えておくように」


「ん……じゃあ、どうすれば良い?」


「……今は、とてもいい状況です。答えはこの部屋の中にありますよ。カイウス様が、帰って来ざるを得ない状況にしてしまいなさい」



 こうした、メイドとメイド長による、不穏な会話が行われているが、カイウスはフリーズしたまま、現実から離脱中だ。


 

「……ん、あった」



 ナナは、メイド長の助言に従い、しっかりと部屋を見渡し、そして、どうやら答えを見つけたようだ。


 ナナは視線は、部屋のとある一点に向けられていた……。



「しかし、それでは私の影から支えると言うスタンスが崩れてしまう……しかし、メイド長を見ると……むむむッ」 


「……」



__ニヤッ



 ターゲット・ロックオン。


 ナナの視線の先には、ガチムチエルフ。


 ナナはそんな彼を見て、その表情をあくどい笑みへと変える。 


  

「ん、メイド長……」


「……今回だけですよ? なかなか将来有望なあなたに免じて、そして、ほんの少しの興味を加味して、あなたにこちらを貸し出しましょう……XLサイズです。きっと、これでもギリでしょう」


 

 メイド長は、普通のスカートのはずの、魔法のスカートから、とある ”ぶつ” を取り出す


 どこからどう見てもひらひらとした装飾が付いている ”物” 。



「ん、破れた方が面白そう」


「……同意します」



 ナナはそう言って、メイド長から ”物” を受け取ると、ガチムチエルフの方へトテトテと歩いて行く。


 さて、この後、ナナが何をするのか……それが容易に想像できてしまう。 



「ナナさん……それはダメだ。シャレになってない。 冗談じゃ済まなくなる。 ……君はッ、死にたいのかッ」



 その光景が、一つの情報としてカイウスの頭の中に入って来た瞬間、カイウスの意識は強制的に現実世界へと復帰する。復帰せざるを得ない。


 カイウスは、どうにか ”物” の受け渡しを阻止するのに成功した。



「ん、冗談違う。マジマジ。超マジ」


「なら、尚更ダメだね」



 ぶつを持ってガチだと言い切るナナに、カイウスはその手に持つ ”物” をそっと奪い取り、これまたそっとベットの上へ。 もちろんこの時、”物” の上から優しく布団を被せることを忘れない。忘れてはいけない。


 なんせ彼の目に届いてしまっては、その行為そのものが無意味になってしまうから。



「残念……」 


「そうですね。ですが……あと三枚ほどあるので、チャンスは残っていますよ。それらを、あとであなたに渡します。どう使うかは……あなた次第です」


「ん、了解」


「……」


 

 カイウスが ”物” を布団の下に被せ終わった時、彼の背後から彼の心の平穏とは程遠い言葉が聞こえてくる。カイウスの『平穏』と言う言葉を崩す話の内容が聞こえてくる。



「今、何か言いましたか? 三枚が何とかって……」 


「いえ、何も」


「ん、何でもない」



 ……しかし、カイウスが振り返った先にあるのは、表情の乏しい彼女らの、無表情なその表情のみ。

 

 あとは、未だ悩んでいるガチムチエルフのみ。


 何も、なかった……?



「そ、空耳かぁ……ふぅ」


「Sサイズも、一応多めに支給しましょう…今度スヒィア用のものを手作りで作っておきます」


「ん、了解。破れる前提の物をお願いしたい」


「……考慮します」


「……」



 空耳ではなかったようだ。 


 カイウスは、泣きそうな顔になりながら彼女ら二人を見つめる。


 その表情からは、止めてくれ、と言う言葉が、声として出ていなくてもひしひしと伝わって来ていた。


 しかし、彼女らにはこの声にならない言葉は、届かなかったようで、



「……カイウス様。本日より、あなた様は六歳となられます。貴族界においては、この年齢は一つの節目の歳として捉えられており、誠に特別な年齢になります。 ……その一つが、あなた様専属の使用人という存在です」


「ん、専属」


「こちら、多くの応募者から、私が選抜し、絞った、最高の一人でございます」 


「ん、私……最高」



 メイド長が区切るごとに、しっかり自分を入れてくるナナに、カイウスはあきらめたかのように視線を向ける。



「はい……もういいです。 紹介したい人がナナさんであった……そう言うことですね?」


「その通りでございます」


「カイウス様、よろしく?」 


「……よろしくお願いします」



 彼女相手に、意見を言うことはない。いや、言ってはいけない。


 ノムストル家のメイド長相手に、そのような確認、もしくは助言はなしだ。


 母以外の者がそう言ったことをすれば、目の前に、それぞれの何かが突きつけられる。


 書類の山然り、依頼の山然り、貴族の付き合い然り、そしてお城の改修然り。


 彼女は良く、ノムストルの人間の無力化を心得ている。 


 心を素直にする方法を知っている。


 それが、この家のメイド長だ。


 

「服の準備はこれで完了です。 お次は式についての最終確認事項、いらっしゃった来賓の方々。 …それを覚えてもらいます」


「……えっと、先日覚えた方だけではないのですか?」


「……カイウス様。先日の十数名は、絶対に心得ておかなければならない人物たち。 これから覚えてもらう方々は、入れ替えが激しく、招待するごとに違った方がいらっしゃるお役職についている方々です」



 ピシッとした服装になったカイウスへ、メイド長から次の予定が告げられる。



「式、ごとに……だと」


「はい」



 ギョッとメイド長の方に振り返るカイウス。 彼が見るのは、どこまでも無表情な、淡々としたその表情のみ。


 カイウスにとって衝撃的なことを告げたメイド長に、変わりはない。いつもの彼女だ。 



「それでは、その方々の特徴をお話していくので……式が始まる前に全て覚えていただきます」



__さぁ、行きますよ? 



 そう言うメイド長をしっかりと正面に据え、少し呆然とするカイウス。



「ん、安心。 私も一緒」



隣では、ナナがしっかりとカイウスを励ましてくれる。


しかし人間には、励ましだけではどうにもならないこともある。



「……ナナさん。知っていますか? 人間の言葉には、『不可能』と言う言葉があるんですよ?」


「ん、『頑張る』という言葉もある」

  

「……あきらめも肝心です」


「……ん、ならそれをメイド長に言って。 言えたらその言葉を認める」


「……メイド長……」

  


 小声で話していたとしても、正面で話しているのだ。


 きっと、今の内容は、それとなく彼女に伝わったことだろう。


 カイウスは、ナナの方に向けていた視線を、今度はメイド長に向ける。


 ……その若干、伝わっていれば良いな、という狡い期待を込めて。



「そうですね……私から言えることは一言です。来賓の方々の御付の方まで、覚えますか? そうなれば、カイウス様のおっしゃる『不可能』と言う言葉を受け入れましょう。受け入れるだけですがね」


「……はい」


「ん、ドンマイ」



 こうしてカイウスの六歳の朝は、服の着替えと新たな使用人、そして、これから会うであろう全く知らない人の名前を覚えることから始まった。



「むむむッ、しかし、女性の服を着るのは……ハッ、執事があったではないか!! なんという事。すぐに王都の ”あの方” に服を送ってもらわねば」


 

 ガチムチエルフは、答えを見つけられたようです。




『ハックッシュッッ。ワシ、反省してるから許してくれないだろうか』

『大旦那様。お次は外壁の回収をお願いします』 

『……ホッホッホ』

         BY 王都改修作業中の誰か 


ここから少し、貴族としての主人公を出して行こうかと思っています。


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