五歳の終わりと大切さ
今回はメンタル回復に結構時間がかかりましたね。と言うより、前二話、辺りを見直して表現の事について結構考えました。
まぁ、と言う作者よがりな前書きはさておいて、本編をどうぞ!!
~前回までのあらすじ~
少し前までのカイウスの行動は、一言でいえば、反省。もう一言付け加えるならば、学習だろうか。
カイウスは、自らの破天荒だった行動を反省し、次こそは失敗せぬよう必死でその解決策を探った。
そして、その反省の手段で選んだのが、なんと、農作業のお手伝い……もとい、収穫作業を手伝うことだったのだ。
そんないきなり農作業、収穫作業に目覚めたカイウスは、『小さなことをコツコツと』という決意の下、どんどんその作業に没頭して行く。
最終的にはその日一日の作業が終わり、自らの家に帰りついた時には、カイウスは屋敷の門の前で倒れてしまい、ガチムチエルフの腕の中、ゆっくりと目を閉じることとなったのだが。
今回のお話はそんな場面から、一週間の月日が流れたある昼下がりのお話。
~本編~
収穫作業開始から、早一週間。
カイウスはこの一週間、変わらず、似非勇者と共に収穫作業をしていた。
「カイウス様ーーーー!! 刈った麦を持って行くので、いつもの集める作業をお願いしまーす」
晴天の空の下、大きな声を上げたのは、我らが誇る似非勇者様。
……さて、彼のどこがどう似非なのか、それとも勇者なのか、それは聞かないであげてほしい。
人のあだ名と言われるものは、大抵いつの間にか、本人が知らないうちに決まってるものだと思う。
基本、呼ばれて気付くよね。
もしくは、コソッと影で言われているかもしれない。
そういった物に気付いたりして、初めてあれが自分のあだ名かと認識する……これ以上は黒歴史がよみがえるから、あれだけど……。
そんなあだ名の、何が一番厄介なのか。
それは、いつの間にか本人以外のほぼすべての人に浸透してるってことだろう。
……気付いた時には、笑ってごまかすしかなくなるってことだろう。どんなに微妙な仇名だとしてもだ。
と言うことで、彼はただ、無力だっただけなのだ……近所の友と言う元凶達に対して……。
そんな無力だった似非勇者様は、大きく元気な声で、一人の少年を呼ぶ。
「……了解しました!」
呼び声に答えたのは、少し先の黄金色の麦畑の中にいる、片手だけを上げた一人の少年。
もちろん、この少年こそ、ブレ主人公で定評のある、我らがカイウスだ。
カイウスは一旦、麦を刈っている手を止め、その場から似非勇者の下へとゆっくり向かう。
その頭には、一週間前にはなかった麦わら帽子(メイド長お手製)を被っていた。
「じゃあ、カイウス様。いつものお願いします」
「はい」
この一週間で大分打ち解けられたのか、二人はさも当然のように声を掛け合った。
カイウスは黄金色の麦畑から似非勇者様の下へとたどり着くと、その場に座り込み……両手をゆっくりと地面へとつける。
……。
……。
……。
何、地面に…つけた、だと?
「では、ゴーレムさん方。出てきてください、お仕事です」
カイウスがそう言うと、彼の手がついている地面の部分から、淡い光が発生し、ゆっくりと辺りの地面に浸透して行く。
そして_______。
_ボコッ…ボコッ、ボコボコボコボコボコッッッ
という音と同時に、突然隆起した地面から人型の何かが這い出てくる。
その数、およそ二十体ほど。
「_ふぅ、人型を大体二十体くらい、これでいいですか?」
少しして、光が収まり、大体二メートルほどある人型の何かが直立した頃。
カイウスはごく自然に、笑顔で地面から手を放し、似非勇者様にそう尋ねた。
「……え、はい。父ちゃんにはカイウス様に任せる、っとだけ言われてたんだけど……いつものこととは言え、君はつくづく規格外だね……いや、ほんと」
似非勇者様は、そんな今したことを何でもないことのように言うカイウスに、あきれ果てた表情を見せていた。
「えっと、何か言いましたか? 似非勇者さん」
「…いや、なにも」
どうやら、最後の似非勇者様の呟きはカイウスに聞こえていなかったらしく、カイウスは少し怪訝な表情を似非勇者様へと向けていた。
「そうですか、ではゴーレムさん方に行動を許可しても? もう作業内容は入れてありますので」
カイウスは首を振る似非勇者様に、ごく自然とそう告げた。
極々自然に、今言った言葉が何でもないことのように、当たり前のようにだ。
そうして告げられた言葉で、似非勇者様の時間が一瞬止まる。
「……おかしい。これは絶対、おかしい。ゴーレムは常に命令して動かすもの。なのに……勝手に動く? そして、許可にこの数……。 ははは、何それ、規格外……。 待て、そうだ、負けるな僕。あきらめたらだめだ。あきらめたらだめなんだッッ。常識はきっと僕の味方なんだから、ホラ、思い出せ、父ちゃんが言ってただろう? 落ち着いて、一回状況を把握しろって。一度、周りを見て見ろって。そしたら、今の僕の状況がどんなのか大抵理解できるって……クッッッソ。みんな見て見ぬふりしてるだけじゃんッッッ!!」
時間が止まって、少しして。
似非勇者様は頭を抱えながら、誰に言うでもなく独り言を話し出す。
その一連の動作は順番に、止まって、頭抱えて、首振って、いきなり笑い出し、かと思えば胸のあたりをトントンと叩き、何か覚悟を決めた表情になる……そして最後は冷静に周りを見て、天を仰ぎ、悲痛の叫び声をあげた。
なんと、感情表現豊かな似非勇者様だろうか。
元気が良いのは何事にも代えがたいものだ。
「……あの、大丈夫ですか? いきなり叫び出したりしたら、変な人と思われますよ?」
「変なのは君だッ!! 僕じゃあない! 絶対に僕じゃあ……ないんだぁ……うぅぅ」
似非勇者様は、力なく項垂れ、トボトボと作業へと戻って行った。
カイウスの一言でどうやらやっと、自らの心の中の常識人と折り合いがつけられたみたいだ。
去って行く似非勇者様の横顔は、何か、諦めの境地達した者の表情が伺えるが……何も、似非勇者様が作業へと戻ったのは、規格外_所謂、変人に変人と言われてショックだったからではない。
きちんと自分の中の自分と戦った結果だ。
彼はまた一つ大人への階段を上ったのだ。
『世の中、そう言う納得も必要だよね』
なんだと。
「……ありゃぁ、おめぇさの息子は大丈夫け? あん頃はいろいろ気になって仕方がない年頃だろうに、坊ちゃんの相手は荷が重くはねぇか?」
そんな子供たちを見つめる、周りの大人たち。
彼らは彼らで、きちんと自分の作業をしつつ、子供たちのことにも目を配っていた。
……目を配っていたのだが。
配っていても、どうしようもないことは存在する。手を貸せない状況は存在する。
……彼らは、大人は、無力だった。
理不尽と言う一人のノムストルに対して。
「いんや、あいつは大丈夫だ。きっと……大丈夫さぁ……うん、たぶん大丈夫さぁ」
そんな大人たちの一人。
似非勇者様の父は、最初、力強く自らの息子を安心だと肯定していたが、彼らの近くに来た、自分より少し大きい土塊の人形を見てから、少しづつ語気が弱くなってしまった。
なんせ、その土塊は、自分たちでは持てないような多くの麦を運んでいる。
_ああ、なんだあれ。
そう思ったのは、きっと彼だけではあるまい。
すべての農夫たちがそう思ったに違いない。
「まぁ、坊ちゃんには驚かされたけんども、土塊共はホンに役に立つ。おかげでいつもは倍かかる作業を、今回はその半分で終えれそうだべ」
「そうだな、それはその通りだな」
彼らはそう話すと、いったんこの話は終わり、と言わんばかりに腰を落とし、麦を刈りを始めた。
その表情が無表情に見えるのは、きっと何かの見間違いだろう。
”臭いものには蓋をしろ”
この領内にいる大人たちにはわかっているのだ。
自分たちの常識が通じない相手が、この世界には多く存在していることに。
自らの物差しでは、決して計れない存在がいることに。
計ってはいけない存在達がいることに。
彼らは、身をもって実感してきたのだ。
大人たちは、この領で起こることや、自分たちが仕える家が起こすことに、慣れ、適応し、飲み込んみ、納得する。そうしていつの日にか、もう大抵のことでは驚かないようになっていた。
人間の環境適応能力は、決して低くない。
まさにそれを彼らは、彼ら自身の身をもって証明していた。
「_ふぅ、腰が少し厳しくなってきましたね…」
カイウスは周りのそんな状況は気にせず、と言うか気づかず、いつも通り、普通に農作業を続けて行く。
彼の横には、彼と同じように麦を刈るゴーレムさん方の姿。
小さな子供の横で、豪快に麦を刈って行くゴーレムさん方……なんと、シュールな光景か。
そんなカイウスを見ていて思う。
なぜ、こんなことになってしまったんだろうか。
そして、カイウスの身に、この一週間で何があったと言うのだろうか。
”小さなことをコツコツと” と言うカイウスの精神は、一体どこに行ってしまったのだろうか。
分からない、分からないが……ただ一つ、言えることがあるとするのならば。
カイウスの、カイウスのなりの農作業がこうなってしまった。
ただ、それだけだ。
カイウスが腰を擦るながら呟くと、ちょうど似非勇者様が通りかかる。
「休憩しますか? カイウス様?」
「そうですね……では、お言葉に甘えさせてもらいましょうか」
似非勇者がそんな提案をしてきてくれたので、カイウスは素直に彼の提案に甘えることにした。
カイウスと似非勇者様は少し歩き、ゴーレムたちが積み上げた麦の山に背を預け、今日も今日とて、高い青空を見上げた。
もちろんゴーレムは黙々と麦を刈ったり、運んだりする作業をしている。
「綺麗だな……」
空は青くどこまでも澄んでおり、平地の方は残すところあと少しの黄金の大地。
そんな青空の祝福と、ここまでやったという少しの達成感が、カイウスの心の中を満たしていく。
「数字だけじゃわからないことがたくさんある、か……なんだろう、知っていたけど、こうやって実感してみて、始めて重みが伝わってきた気がするな……」
十万、百万、一千万。
世の中、数というものがたくさん溢れている。いや、溢れすぎていると言って良い。
そんな溢れ、ありふれた数字達によって、カイウス_木村竜太は数字というものに対し、感覚が麻痺していたのかもしれない。
なんせ、多くの書類、時間、金、現代社会で生き抜くには必要不可欠なものなのだ。目にしないわけにはいかない。
しかし、書類を軽く捌き、時間に縛られ、金に固執して行くうちに、いつしか数字というものが、ただ、情報を伝えるためだけの記号に成り下がってしまっていたのではないだろうか。
巨大な単位の中の、『一』 と言う数字に目を向けなくなってしまっていたのだ。
もちろん、それが ”人” と言う単位であってもだ。
世のありふれ、溢れた数。
その数に込められた、たくさんの『一』 の重み。
今一度、胸に刻むべきではないだろうか。
『一』 の重みがどれだけの苦労のもと、生み出されているのかを。
なんせカイウスは、きっと今、その 『一』 を生み出す苦労のその一端を味わっているのだから。
分かったつもりの当たり前は、きっとわかっていないと同じことなのだ。
「……」
そんなことを考えているのかは分からないが、カイウスは目を細めながら、どこまでも遠くに澄み渡る青空に、掴むように右手を突き出していた。
_小さなことをコツコツと
果たして、カイウスが決意したこの行動に意味があったのか、それともなかったのか。
今のカイウスには十分あったと思うことができている。
カイウスが、これまでただの数字として認識していた数たちも、今は、これだけの重みがあると、実感できている。
しかし、それを決めるのは今のカイウスではない。
未来の、スローライフと言う理想を追い求め、手に入れたカイウスが決めることだ。
将来の彼こそが、過去の彼を肯定できるのだから。
「カイウス様? 休憩は終わりですよ。ホラ、早くしてください、父ちゃんに怒られます」
「ええ、了解しました」
似非勇者様に呼びかけられ、カイウスは、天に向けていた手を下し、即座に立ち上がる。
そして残り僅かな黄金色の麦畑に、カイウスは駆け出して行った。
カイウスが六歳になるまで、あと数日。
スキルや魔法、この世界で力というものを手に入れ、とうとう一年の月日が経った。
その上で、世界は動き、激動の時代を迎えようとしている。
「今日中には終わりそうですね!」
「そうですか……。大変でしたが、なんというかもう少し楽しみたかったですね」
そんな最中、世界の事など大きなことは考えていないカイウスは、そんなこと露程も知らず、ただ自分の目的のために、少しずつ突き進んでいくのだった。
『そうさなぁ、こん土塊はほんのこつ役に立つ』
BY 無力な傍観者たち。
投稿間隔、開けてしまい申し訳ないです。それでも待っていてくれた方、本当にありがとうございます。
今後とも頑張って行くので、是非応援していただけると嬉しいです。
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