~帝国~
お久しぶりです。大変お待たせしました。……申し訳ないデス。
少しづつですが落ち着いて来たので、今までのペース通りには更新して行けそうです。
四月は頑張りますよ!!
では、若干急展開な本編をどうぞ!!
カイウスが精を出して農作業をしている頃、某国某場所では、新たな戦乱の準備が着々と進められていた。
ここは、とある国のとある場所へと向かうための長い回廊。
_カツッ、カツッ
そこを歩くのは、一つの年老いた影。
その影は、赤と少しの金が含まれた輝かしい絨毯の上を歩き、壁に垂らされている、戦士が剣を掲げている国旗の様なものを、いくつも通り過ぎる。
「……剣聖様。お待ちしておりました。どうぞ、すでに議会が始まっております」
その美しく長い回廊の果てには一つの巨大な扉がそびえ立っており、近くには姿勢を正した門兵が二人待機していた。
その内の一人、まだまだ年若い門兵の方が緊張の面持ちで声を掛けてくる。
「……」
無言。
剣聖と呼ばれた存在は、無言で扉の前に佇み一向に反応を見せない。まったく動こうとしない。
ただジッと扉を見つめるのみ。
「……おい、早く扉を御開けするぞ」
「あ、は、はい」
そんな剣聖を見て、もう一人の少し歳を経た門兵が、慣れた様子で年若い門兵に声を掛ける。
年若い門兵は、すぐに扉の取っ手に手を掛け、掛け声を掛けながらゆっくり扉を開けて行く。
剣聖と呼ばれたその存在を見ないように。
「……」
「剣聖様。どうぞ、議会会場です」
そう言う門兵を視界に入れていないのか、剣聖と呼ばれた存在は淡々とその扉を潜って行った。
「おい、何を馬鹿なことを言っているのだ。現に我々は後れを取ったのだぞ、あの田舎者どもにだ」
「そうだ。奴ら魔法主義などとのたまっておるが、結局のところ旧時代の技術に頼る臆病者たちであろうが」
「そうだそうだ、我らがスキル至上主義こそ新たな力、新たな時代を切り開く力よ」
扉を開き、一番に聞こえてきたのは……まず罵声、次に罵声、そして罵声。
聞くに堪えない、罵声のコーラスだ。
扉の先は酷く、醜い者達で溢れかえっていた。
「……」
そんな光景、声を聴いても何も言わない、何の反応も示さない、無言を貫く剣聖。
剣聖は何も言わず、何も反応せず、罵声が飛び交うこの空間を歩いて行く。
「おや、剣聖殿ではありませんか」
そんな中を歩き、通り抜け、目的地が近づいて来た時、剣聖に声を掛けるものが現れた。
「大遅刻ですよ、まぁ、私もこんな不毛な議会には出たくなかったのですがね」
声を掛けてきたのは、ここにいる大多数の装飾華美の様な者ではなかった。
質素に、しかし美しくまとめられた服を着て、丁寧に整えられた短髪に、真っ赤な瞳を宿した美しい男性。
「……勇者か」
無言を貫いていた剣聖が、厳かに口を開く。
「ええ、帝国が誇る未来の英雄。雷光の勇者です。 ……そう言うあなたは、帝国に”折れぬ黄金剣”あり、と謳われる剣聖様でいらっしゃいますか?」
「……」
軽く肩を竦めながら言ってきた勇者に、剣聖は無言で答える。
「はぁ、寡黙な性格は変わっていませんねぇ」
「性分だ」
剣聖は短くそう言い捨てると、自らの席へと進んでいく。
「……”剣聖” ね。さて、いつまでその席に居座ってられますかね……」
剣聖が勇者の前を通り過ぎようとした時、ボソッと呟くように勇者は告げた。
剣聖にだけ、聞こえるように。こそっとだ。
「……」
剣聖はその呟きを聞いていたが、何の反応もしなかった。
ただ、真っすぐ自分の席へと歩み続ける。後ろを振り返るようなことはしない。
なんせこういった呟きは今に始まったことではないし、勇者にだけ言われ続けているわけでもないのだ。
今まで多くの武人・貴族を名乗る者達に言われ続けて来たこと。
それが、”その席は自分にこそ相応しい”
そう言った嫉妬の籠った嫌がらせだ。彼らの醜い魂だ。
そんなものに、いちいち反応するのはあまりにも滑稽だろう。
剣聖はこのことに関して、いや、こういった場所で言われる言葉に対し何も反応しないことにしているらしい。
「よく来た、”剣聖”」
「……ハッ」
そんな者達が跋扈する空間の中心。
この場にいる多くの者の、その頂点が座す場所。
そこは他の席とは一線を画す程大きく、煌びやかに輝いていた。
剣聖はそんな席に座す、壮年の男性に向け跪き、頭を垂れる。
「これで、全員が揃ったな。 ……では宰相、始めてくれ」
「畏まりました、陛下」
陛下と呼ばれた壮年の男は剣聖を一瞥した後、隣に控えていた年若い男へと語り掛ける。
「……」
剣聖は、そんな陛下と呼ばれた者に対し跪き、その態勢のままジッと待つ。
_この醜く、淀んだ空気の中心で。
_その空気を作り出した、元凶ともいうべき者の最も近くで。
ただただ、頭を垂れジッと待った。
「それでは皆さん。一度ご着席、ご清聴くださいませ。これより帝国議会を開催いたします」
宰相と呼ばれた年若い男が、この場所を中心に扇形のように広がる議会場に向けて、決して大きくない声で宣言する。
「「「「「「……」」」」」」
決して大きな声で言ったわけでない、もちろん年若い男の声が自然と響き渡ったわけでもない。
それでも、数百はいる議会員たちは静まり返り、各々の席へと着席して行った。
まるで初めから、聞こえてはいないが言っている言葉が分かっているが如く。
彼らは、宰相がその場に立った時から行動していたのだ。
「剣聖さん、席に戻ってください」
「……」
そんな宰相が、剣聖の背後から胡散臭い笑みを浮かべながらそう言ってくる。
_この男こそが、空気の元凶。
_帝国の膿の源だと、理解している。
剣聖はそんな宰相の言葉に従わず、だだジッとその場で頭を垂れ続けた。
「陛下、お願いいたします」
宰相はそんな剣聖を見ると、すぐさま陛下と呼ばれた存在へと声を掛けた。
「分かった。 ……剣聖、席に戻るがよい」
「ハッ」
陛下と呼ばれた存在にそう言われ、初めて剣聖は動き、自らの席へと着席する。
その動き、表情は今までと何も変わらなかったが。
空気が、醸し出す雰囲気がどこか憤りを感じさせる。
なんといっても、剣聖のその握りしめられた手が、雄弁に彼の気持ちがどういうものかを物語っていた。
「……」
”剣聖”の席は陛下と呼ばれた者の右隣。
派手な装飾品と、ふかふかのクッション、そして大きな背もたれ。
陛下の椅子には及ばないまでも、この場にある椅子の次点くらいには高級感漂う席だ。
剣聖はその席を見て一瞬目を細めるが、次の瞬間には何事もなかったかのようにその席に座った。
「さて皆さん。今日は大変忙しい中、お集まりいただき感謝いたします」
_……。
剣聖が席に着き、少し間を置いたくらいに宰相が話し始めた。
先程まで醜く、騒がしかったはずの議会場は、静寂と支配の空気へと変わり、全員が宰相の元へと視線を送っている。
「サガリア帝国宰相、ノブリス・クロースがこの栄えある帝国議会進行役を務めさせていただきます」
宰相、ノブリスはそう言うと丁寧にお辞儀をする。
「では、さっそくですが今回の議題を上げさせていただきます。耳が早い方はもうお分かりでしょう、なんと言っても文明の前進、その偉大な一歩を我々が踏み出せなかったのだから」
「「「「……」」」」
見るものが見れば、この会場は異様な光景に包まれていると断言するだろう。
なんせ数百もある席の、数百もいる人達が黙ってその宰相の話を聞いているのだ。
まだまだ若輩者である、宰相の話をだ。
「この栄えある帝国が、時代の先端を突き進んできた帝国が……田舎の、それもあの貴族家がいるモーリタニア王国に先を越された……これは由々しき事態です」
宰相は身振り手振りを合わせながら、言葉を紡ぎ出していく。
その姿はまるでどこかの道化のようだが、誰も何も言わない。
ただ、真剣に彼の話に耳を傾けている。
「密偵を放って、技術の外側は把握、模倣できました。そこは良しとしましょう、しかしまだまだ未知の部分が多い、内側は謎だらけです」
先程の激しい動作からの、今度は落ち着いた、首を左右に振るだけの動作。
宰相は悲しそうに瞳を伏している。
「今回の技術……上下水道と言う技術は、なんと水を自在に使い分けることによって、多くの利点を生み出す技術だという。 ……例を挙げるならば、町に蔓延る糞尿を一掃でき、水源のない場所に多くの水を届けることができるらしい……それも、飲み水をです」
「なんだとッ」
「うちの領土にも、水がッ」
「やはり、か」
今まで静寂に包まれていたこの議会場の空気も、この宰相の言葉で一変。
所々でざわざわと声が上がり出す。
「……静粛に、皆さん、静粛にですよ」
「「「「……」」」」
そのザワザワした空気を、宰相はまたしても胡散臭い笑顔と共に一瞬で抑えて見せた。
一体この場では何が起こっているのだろうか。
「……さて、皆さん。今回お集まりいただいたのはある提案があるからなのです。……我らが仇敵、モーリタニア王国を亡き者にしてしまいましょう‼︎ と言う提案だったのですが……良かった聞くまでもなかったですね」
満面の笑みと共に放たれた宰相の爆弾発言に、議会全体が大きく揺れた。
これは宰相にとっての悪い意味ではなく、とても良い意味…理想的な形での心地のいい揺れだ。
今、議会場にある数百席の内、そのほとんどの席から怒号と拍手が鳴り響き、ほぼ全員が起立して宰相を讃えている。
傍から見たら理性のかけらもないその光景は、なんともどこかの獣でも見ているかのよう。
宰相はこの光景に、先程の満面の笑みを浮かべたまま、ゆっくりと自らも拍手をするのであった。
そんな、どこからどう見ても異常だと思える光景を冷静に見ている者達がいた。
「……陛下」
「言うな、これが時代の流れと言う奴だ。剣聖」
あらんかぎり拳を握りしめている剣聖に、眼を瞑り天を見上げる陛下。
彼らは終始何も発言しなかったが、その様子から”発言できなかった”に表現を変えなければならないかもしれない。
「陛下、諦めてはなりません、諦めてはなりませんぞ。まだあの小僧に何もかも奪われたわけではありません」
剣聖の手からは赤い液体が滲み垂れており、その瞳は見つめるものを射殺さんばかりの鋭い視線であった。
「……分かっておる。我らにできるのはただ、望みを繋ぐことだけだ。この狂った国を正常に正す、かすかな光を導くだけなのだ」
陛下はまだ諦めていない、光の籠った強い視線を剣聖へと送る。
「……陛下」
「剣聖、最後まで付き合ってくれ」
「……我が忠誠、全てあなたに捧げております」
剣聖は椅子から動くことなく、陛下に向けてひっそりと黙礼を送る。
「そうか、そうだったな。ではともに抗おうぞ、我が剣 ”剣聖” ゴルバよ」
「ハッ」
二人は誓い合い、確認し合う。
_決して諦めないと。
_決して光を絶やさないと。
_最後の最後まで抗うと。
二人の視線はおのずと、ある人物の背中へと向かう。
その相手とは、この空間で今一番憎い相手だ。
「うん、良いですね。とてもよく仕上がってます……おや、陛下、それに剣聖さんも、そんなに怖い顔してどうしたというのですか?」
「「……」」
その者は、まるで道化のように滑稽で、愉快で、虚像の様な存在。
しかし、その者こそがこの場を支配し、統率し、導いているのだ。
この、道化の様な奴がだ。
「剣聖さん、これからしっかり働いてもらいますよ、なんせ目指すは大陸統一。世界征服ッ! いやはや、この矮小な身では、道のりはまだまだ長いですな。このノブリス、陛下のために粉骨砕身の精神で働かせていただきます」
宰相は、まるでどこかの劇場にでもいるかのように大きく口角を上げ、跪き、頭を垂れる。
その動作は頭の先から足の先まで、全てが本当に滑稽の一言で表せてしまえそうなほど胡散臭く、芝居がかっていた。
「……うむ、お主の忠誠、しかと受け取った」
「おお、これは、なんと嬉しい事でしょう。では、私は会議の方に戻ります」
「うむ、そうしてくれ」
宰相は陛下と呼ばれた者の言葉を最後まできちんと聞くことはせず、すぐに背を向け未だ鳴り止まぬ怒号の元へと向かって行く。
「……」
「やめろ剣聖……」
無言で立ち上がった剣聖を、陛下が何とか手で制す。
「……申し訳、ありません……」
剣聖は自身の軽率な行動を悔いながら、ゆっくりと席に戻る。
もはや、剣聖の理性は崩壊寸前だ。
目の前の道化を亡き者にしたい、消し去りたい、その思いがあまりに膨れ上がっているのだ。
剣聖は自分でも分からないうちに、いつの間にか席を立っていた。
その後、剣聖と陛下が少し落ち着いた時にはもうすでに、議会場は宰相の独壇場になっていた。
「……計画は一年後ッ! 仇敵が大量にため込んだ農作物と共に、奴らの国を奪い去ってしまいましょう!」
「「「「「ウォォォォォォオオオオオオッッッ」」」」
宰相のその言葉に、会場が大いに揺れる。
何度も何度も、叫び、繰り返す。
……これは、もう、人間の叫びではない。
ただの獣たちの叫びだ。
彼らは人の皮を被った、獣になってしまっている。
会場全体が軋み、揺れ、空気がどんどん淀んでいく。
「さぁ、ここからです。世界よ、待っていなさい……必ず壊してあげますから」
割れんばかりの叫び声の中、議会が始まってから終始笑顔を浮かべていた道化は、底冷えするような声と共に冷徹な笑みでそう告げた。
『私、あるためだけに生きています』
BY 道化の皮を被った怪物さん
あれですね、帝国はこんな感じじゃあなかったんです。はい。
もっと穏やかに進めるはずだったんです。でも、宰相がしゃしゃり出てきてしまいました。
今後少しづつ帝国の状況については語って行こうかと思っています。
正直、水道一つでここまで発展させてしまったのが、なんとも……きっついなぁ。
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今後もよろしくお願いします。