相談内容と収穫
前回の更新から、早一週間。もう少し更新頻度が上がるよう、頑張ります。
では、本編をどうぞ。
高い青空の下。
カイウスの目の前に広がるのは、どこまでも続くかのような黄金の大地。
「カイウス様。刈った後の麦はあそこに集めてください。僕があとで持って行くので」
「分かりました‥‥‥それと似非勇者さん、私の事はカイウスと呼んでくださって結構ですよ?」
そんな黄金の大地で、鎌を片手に、せっせと麦を刈っていくカイウスと似非勇者。
彼らはこの青空の下、その小さい両手でゆっくりと、だが確実に無数の、麦を収穫していた。
「いえ、カイウス様が似非勇者と呼ぶ限り、僕も様付で呼ばせていただきます」
少しムっとした雰囲気で答える似非勇者様。
きっと彼には、彼なりのプライドがあるのだろう。
似非勇者様は座った姿勢のまま、あらぬ方向を向いてしまう。
「‥‥‥ふふっ」
そんな似非勇者様の子供ならではの頑固さに、カイウスは少しほっこりする。
「ッッッ! その、たまに父が向けてくる表情ッッ、止めてくれないかな!!」
あらぬ方向を向きながらも、チラチラとカイウスの反応を窺っていた似非勇者様。
彼はカイウスの生暖かい視線を受け、即座に抗議の声を上げる。
「はいはい」
「適当にあしらうなッ!!」
カイウスは、似非勇者様による抗議を軽く受け流しながら、今、自分がしている作業について考える。
__農業というものは、本当に結構な重労働だ。
何度も立つ座るを繰り返し、重いものを持ち、不安定な足場の中、何回もの移動を繰り返さなければならない。
これらは、特に慣れていない者にとって、大変を超えた何かに思えるほど、効く。
子供なら尚更、きつい事だろう。
なんせ、慣れている者でも大変なことに変わりはないのだから‥‥‥。
「くっ、カイウス様といると、何かこう、調子が狂うよ」
似非勇者は、元気よく頭を抱えながら答える。
「……ライウス君はホントに元気だねぇ」
似非勇者、本名をライウスと言うのだが、彼はそんな作業をしていても全く疲れた様子がない。
それどころか、段々と元気になっている気さえする。
「僕は、三歳の頃から父と一緒にこの作業をしているんだ。もう慣れたものだよ」
似非勇者様は今まで弄られていたことがなかったかのように、何処か自慢げに話しだす。
その表情は、本当に疲れ知らずな、子供ならではの満面の笑顔。
カイウスと似非勇者様は、そんなこんなありながらも、どんどん麦を刈っていくのだった。
「これでも体力には自信があったんですが、そろそろきつくなってきました」
「うんうん、どうやらカイウス様より、僕の方が麦を刈ることは上手いみたいだね」
何度も、何度も、同じ動作を繰り返す。
低い姿勢のまま動き、左手で麦を掴み、右手の鎌で少しずつ刈る。
そんな永遠とも思える作業に、カイウスは少しずつ疲労していく。
何時間も同じ作業、姿勢を保つのだ。
疲れない方がおかしい。
それでもカイウスは、手だけは止めなかった。
止めてはいけなかった。
__小さなことからコツコツと
そう決意したから。
「ふ~ん~~ん~~~~ん」
そんな決意を固めたカイウスの隣では、鼻歌交じりで、楽しそうに作業をする似非勇者の姿。
彼はきっと、無限の体力の持ち主に違いない。
「ここからだ……」
隣の、元気で楽し気な似非勇者様を見ながら、カイウスは気合を入れなおし、作業に没頭して行くのだった
ここは屋敷のリビング。
カイウスは長いテーブルの置かれたその部屋で、紅茶を楽しむ母と対面していた。
「ん? お父さんに恩返しをしたい?」
「はい、お母様」
昨日の事だ。
カイウスは、自らの相談を母に打ち明けていた。
「カイは自分では考えなかったの? 今まではちゃんと、自分で考えていたんでしょう?」
母は持っていた紅茶のカップを置くと、少し不思議そうにしながら、カイウスに聞いた。
「はい、自分でも考えました、考えましたが……」
答えを言うはずのカイウスは、少し考えるように言い淀む。
「? 何かカイだけじゃあできない理由でもあったのかしら?」
そのカイウスらしからぬ行動に、母は少し小首を傾げ、優しく聞いて行く。
「……今までと、何も変わらないんです」
そんな優しく包み込むような母の雰囲気に、カイウスは何か覚悟を決めたかのように、ポツリポツリと話していく。
「自分一人で考えて、行動して……その結果が、今の私です。私なんです。……このままではまた、同じ失敗を繰り返してしまう」
学習能力。
この学習能力とは、学校で教わる基礎的なことなどではなく、人間として、考える生き物としての学習能力の事だ。
日々の生活、仕事、何かしらの行動で使われるこの能力。
カイウスがその能力を使って、それにより導き出された答えが、失敗を失敗のまま終わらせないこと。
失敗を次に生かすことだ。
カイウスは、いや、木村竜太は、なんとかその答えへと行きついていた。
「ふふふ、あなたは本当におりこうさんね。子供は子供らしく、もっと甘えても良いのよ?」
「はい」
母はそう言いながら席を立つと、スルスルとカイウスに近づき、カイウスの頭をゆっくりと撫で始める。
「んっ」
「ん~~、こんなに小っちゃくてかわいいのに‥‥‥あまり考えすぎてはダメよ? あなたはまだ子供なんだからね?」
母は優しく、優しくカイウスの頭を撫でる。撫で続ける。
「母様、恥ずかしいです……」
「ふふふ」
ここで少し、ストップを掛けます。ストップを掛けさせてください。
ここからは天の声でお送りします。
カイウスさん。
あなた、精神年齢30歳超えてますよね?
どこからどう見ても、(精神)三十路のおっさんですよね?
……まぁ百歩譲って、撫でられるまでは不可抗力として、許そう、許してあげよう。
だが、恥ずかしがるのはどうだ?
それはどういった恥ずかしさだ?
まさか、三十路のおっさんが、ショタの皮被って……なんてことはないよね。
ああ、これは果たして許せるのだろうか? 許していいのだろうか?
非情に難しい所だ。
「か、母様ッッ!?」
「ふふふ、二歳になって、よく動くようになってから、カイはあまり抱きしめさせてくれなかったから‥‥‥たまにはいいわよね? ついでに、拒否権はなしよ?」
はい、判決。
有罪確定。
もう、どうしようもないくらいに、有罪。
ここまでで、取り敢えずストップ解除。
天の声終了。
カイウスは包み込まれるように、ゆったりと母と抱擁を交わした。
「ふふふ、久しぶりに息子のぬくもりを感じたわ」
「……」
少し長い間、母と言う温もりに包まれ、カイウスは茫然としていた。
きっと、この時の彼の心意を推し量れる者などいないだろう。
なんせ、精神年齢三十路の、立派なおっさんが、自らと歳があまり変わらぬ母に抱き着かれ、励まされたのだ。
これは、ある角度から見ると、物凄いご褒美なのかもしれないが……。
カイウスの中では様々な思いが、嵐のように渦巻いていた。
「お母さんから言えるのは一つだけよ」
そんなカイウスの内心の葛藤を他所に、母は厳かな雰囲気で告げる。
母、という立場から見れば、なんてことはないスキンシップなのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが……。
カイウスは一旦、内心の葛藤を隅へと追いやって、少しピリッとした雰囲気の母へと向き直る。
「カイ、大きなものは、小さなものがたくさん集まってできているの。あなたのお父さんは、その小さなものが崩れないように、しっかり集まれるように必死で毎日仕事をしているわ‥‥‥だからね、あなたはまず、その小さなものを知ることから始めなさい」
真剣に、真面目に、どこまでも強い眼差しで、母はカイウスを見つめる。
「ッッッ!?」
言われて気付く、三十路の木村竜太。
正直、前世である彼は、優秀ではなかった。
平凡で、普通で、どちらかと言うと出来が悪い部類に入る。そんな存在。
母が言った、どの世界でも当たり前のことを、彼は、今まで気づいていなかった。
気付けなかった。
なんせ彼こそが、その小さいに入る部類の人間だったのだから。
「あなたがこのこと理解できると思って、言ったんだけど……少し難し過ぎたかしら? まぁ、今は分かんなくてもいいから、そういう事を言われたなぁくらいに思っていて。ね?」
母はそう言うと、自らの席へと戻って行き、少し冷えたであろう紅茶を手に取る。
どうやら真面目な母の話は、これで終わりのようだ。
「ふふふ、また何か困ったことがあったら、いつでも頼りなさい。答えは教えてあげられないけど、あなたが答えに行きつくよう、精一杯助けてあげるから」
冷えてしまった紅茶を片手に、母は笑顔でカイウスに言った。
「はい。何をすればいいのかは見えて来たので、少し考えてみます。母様、ありがとうございました」
カイウスは母に向かって、深く深くお辞儀をし、何度か小首を傾げつつも、ゆっくりと自室へと戻って行く。
「あ、また何かやらかすかもね、あの子……ふふふ」
一人紅茶を楽しむ母。
そんな彼女の呟きは、誰にも聞こえることはなかったそうな。
「今日はここまでにすんべ」
「はぁ、はぁ、はぁ、ふぅーー」
カイウスは大量に刈り取った麦を背に、ゆっくりとへたり込む。
もはや、何もかもが限界だ。
手は痛いし、足も痛い。
体のあちこちから、悲鳴が上がっている。
もちろん、精神的にも来るものがある。
「ようやく、半分かな。明日、明後日には終わりそうだよ」
「んだな。今日もいい汗かいたべ」
丸一日作業をして、ようやく半分。
作業を始めた頃の澄んだ青空はすでになく、あるのは沈んでいく赤焼け色の夕陽。
真っ赤に染まった、美しい空模様だけだ。
「……」
カイウスは全身の痛みを感じながら、ふと天を仰ぐ。
__綺麗だ
純粋に、心からそう思える光景。
天には沈んでいく真っ赤な夕陽があり、地上にはまだまだたくさんの黄金色に輝く麦が、夕陽に照らされながら、ゆらゆらと揺れている。
「今日はお天道様が偉くご機嫌みたいだ」
「そうだね、父ちゃん」
その光景を仁王立ちで、並んで眺める二つの影。
似非勇者様とその父は、親子そろって沈んでいく夕陽を眺める。
「凄いなぁ。あの二人‥‥‥いや、農家の人たち全員か、まだまだ元気そうだ」
カイウスはその二つの影を見ながら、少し苦笑いを浮かべる。
自分が立つこともままならないのに、あの親子はしっかり二本の足で立っている。
カイウスもこの光景を、出来れば立って見たかったのだろう。
自らが収穫した麦の隣で、眺めるこの光景もなかなか良いものだが、やはり、自分の足で立って見る方が良く思えてくる。
「さて、坊ちゃん。オラたちの仕事で、何か掴めた物でもあっただか?」
似非勇者様の父が、仁王立ちでこちらに振り向かないまま、意味深に聞いて来る。
「……はい。とても良いものが掴めた気がします」
「そうかぁ。なら良かったべ」
カイウスもその背中に、明るく、憑き物が落ちたかのように答える。
「ん? カイウス様は何か掴みたくてここに来ていたのかい?」
二人の何か通じ合った会話に、似非勇者様の視線は何回も父の背と苦笑いを浮かべるカイウスの間で往復する。
似非勇者様は、何だか一人だけ置いて行かれた気分になっているようだ。
「では、私は帰りますね。今日は本当にありがとうございました」
「そうですかぁ。いつでもまた、お越しになってください」
カイウスは麦にもたれ掛けながら転移魔法を発動し、屋敷の前へとたどり着く。
「三男様……」
「ははは、スヒィアさん……」
カイウスは転移先でバタッと倒れかける。
魔力的にはまだまだ限界には程遠いものの、肉体面、体力的なものからはやはり限界に来ていた。
「うぅうぅぅぅ、三男様ぁぁ。このスヒィア、感服いたしましたぞ!」
そのカイウスを支えたのが、影から守る系ガチムチエルフのスヒィア。
彼はカイウスが転移し、倒れそうになると、どこからともなく現れた。
この家の影から守る方たちは、いったいどうやって守っているのだろうか。
「あとは、私に任せて、少しお眠りください。お館様には、私の方から伝えておきます」
「そうですか、ではよろしくお願いします‥‥‥」
影から守るガチムチエルフの腕の中、カイウスはゆっくりと瞼を閉じるのだった。
『似非勇者って呼ばれてるけど…一応上位属性の適性者だからね、僕』
BY 似非勇者様
途中にある天の声などが要らないという方もいらっしゃるかもしれませんが、今後は控えて行くので許していただけるとありがたいです。
少し詰め込み過ぎた感があるこの話ですが、今後ともよろしくお願いします。