転生と三歳
目が覚めるとそこは修羅場だった。
「‥‥‥」
「ちょっとッ、産声が上がらないわッ!! 温かい布とお湯持ってきてッ!!」
「背中!!もっと強く叩きなさい!! 何か詰まってるのよッ!! 早く!!!!」
パンパンパンッ。
痛い、痛い、痛い。
パンパンパンッ。
痛い痛い痛い。
いや、あんま叩かないで!? 起きてるからッ! 俺、産声上げない系の赤ん坊だから。
あ、いや、マジ____。
「ほ、ほ、ほ、ほ」
「「「「ほ?」」」」
ああああああッ!!
痛いーーーーーー!!。
「ほぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ほ。よかったぁ、無事生まれたよぉ、奥様。ほら、元気な男の子ですよ? どうぞ抱いてあげてください」
「はぁ、はぁ……ええ、良かったッ。本当に良かった。無事に生まれてきてありがとう。ありがとう。私のかわいい坊や」
少しの浮遊感。
その後すぐにギュッと全身を包み込まれる感触。
目は全く見えない。
見えないけど、何となく状況は察せられる。
よかった。どうやら無事転生したみたいだ。
まぁ、背中はずっと痛いままなんですけどね!
こうして、彼、木村竜太は新たな人生を歩み始める。
今世の名は、カイウス。カイウス=ノムストルだ。
図らずも、『神アジのいたずら』により転生した竜太の物語は、こうして始まるのだった。
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生まれ変わった竜太___カイウスの新たなる家は、ありていに言えば結構偉い貴族家だった。断じて貧乏貴族などではなく、しっかりとした名誉と首都に轟く武力、さらに広大な領地と財産を保有している、何の問題もないような貴族の家だ。
ただし、普通の貴族家か?
と、問われると少し……いや、全然違うとカイウスは全力で否定するだろう。
「……うぅ」
「うわぁぁぁぁ、カイ、超かわいい!あ~~、私もこんな子供が欲しいわ」
「姉さま姉さま!! 私も、私にもカイを抱っこさせてよ~!!」
「うふふふ、レイヤも十分すぎるほどかわいいわよ。ほら~、二人セットで超お得ッ。うふふふふ」
「いや、嫌ッ!姉様!私はもう立派なレディーですわ!子ども扱いしないでくださいまし!!」
「は~い、はい~~」
「……」
二人の姉妹に挟まれ人形のように動かないカイウス。
これがこの家に生まれてから三年の時が過ぎてた彼の姿だった。
彼はすでに悟っていた。
(この姉妹に逆らったらあかん)
と。
カイウスにとって三年と言う月日は、自身の置かれた環境と立場を理解するのに十分すぎる時間だった。
まず初めに知ったのは、自らが貴族であるという事。
それもただの貴族ではない。
『モーリタニア王国辺境伯家ノムストル』。
王国屈指の領土を西方の辺境に持ち、12代もの間続く由緒正しい辺境伯である。さらに先代当主は他国から恐れられる偉大な魔法使いであり、今代の王の教育係をも務めたとされる家。
要するに王国の重鎮の中の重鎮だ。
ここまで聞くとさぞや厳しい家庭環境、教育方針、ギスギスした人間関係図などを思い浮かべる事だろう。
だが、現在のノムストル家は非常~にゆるい……自由な……家族愛の強い……親しみと絆の深い家族関係だった。
その背景には、色々とした事情と言う奴が関わって来るのだがここでは言及しない。
とにもかくにも、カイウスの転生したノムストル家は、貴族としての力を持ちながら、家族関係が良好で何より広い領地を持つ家だと言うことだ。
領地の大きさは、日本で言うところの凡そ北海道ほどの広さだろうか。
領の中央は、この時代にしては栄えていると言ってよい領都があり、東へ行くと王国他領があり、北へ進むと広大な森が広がる。西には美しく大きな湖が流れ、南には一面緑色の穏やかな草原が広がっている。
包み隠さず言おう。
はっきり言って、ド田舎である。
しかも、超が付くド田舎であろう。
そんな家に生まれ、当初は満面の笑みとどうスローライフを送るのかについて真剣に考えて居たカイウスだったが、すぐにそんな余裕は彼方へと消え去ってしまう。
なぜなら、家族からの愛が強すぎて……カイウス争奪合戦になっているからだ。
上記の争奪戦でもカイウスの自由が効かなくなると言うのに、これに母、祖父、父が加わろうものなら……たぶんカイウスの肉体は分裂するのではないだろうか。物理的に。
「えーっと、クリミア姉さま、レイヤ姉さま。私は勉強の時間ですので、失礼します」
「ダメよ、逃がさないわ。勉強なら私が教えてあげる」
「姉様姉様!! 私にも!私にも教えて!!」
「うふふふ、もちろんよレイヤ。私たちは姉弟ですもの」
という訳で、嬉しくも自由のないマスコットポジからカイウスはなんとか離脱を試みているのだが、未だに一度も離脱が成功したことはない。
全ての行動が先取りされ、対処を為され、姉妹に仲良くカイウスは可愛がられることになるのだ。
以上、証明完了。
生まれてこの方、抵抗しないカイウスの出来上がりでした。
まぁ、そんなことを思いつつも、カイウスに不満はないのだ。
転生前にアジに聞いた通りの場所と想像以上の暮らし、さらに充実した家庭環境と上位貴族と言う社会的地位。
これで不満を漏らしていたら、罰が当たる。
カイウスは感謝の念をアジへと送りつつ……まぁ、ほんのちょっとだけ、ちょっとだけマスコットタイムを短く出来れば……と思ってるとかいないとか。
「スキルの説明はこの間したわね? じゃあ今度は魔法かしら? レイヤは復習になると思うけど、聞いておきなさい」
「はい、姉さま!!」
そんな回想を行いつつ、カイウスは現在進行形でマスコットタイムを行われながら勉強を教えてもらっていた。
丁寧な話し方をしつつ勉強を教えているのが、クリミア=ノムストル。
元気いっぱいな様子で返事をしつつ、姉に座るカイウスの隣に座ろうと身を寄せてくるのがレイヤ=ノムストルだ。
この二人が、主にカイウスのマスコット化を推進しているノムストル家自慢の長女と次女である。
クリミア=ノムストルを深掘りすると、彼女は今年で23になるこの家の最初の子供であり、いきお………どこかに嫁ぐこともなく未だ独身の身を保っている女性だ。ただ、何もしていないわけではなく、自ら立派に商会を経営する優秀な商人なのだ。本来ならば、商会の経営で忙しく、家にはあまりいないはずなのだが……カイウスが生まれてから一年が経つ頃には、家に常在しているのが当然の様になっている。
お察しの通り、末っ子であるカイウスをとてもかわいがっている筆頭だ。
次に次女レイヤ=ノムストルの深掘りだ。
彼女は今年で10歳を迎えるノムストル家で4番目の子供。
まだまだ幼く純粋な我が儘も目立つ子供だ。
特に何かをしているわけでなく、貴族の習い事などが終わって暇になると彼に遊びを仕掛けてくる。
そう仕掛けるのだ。
優しく抱っこをするとかではなく、半分プロレスみたいな感じでカイウスの上に乗ったり、連れ回したり、物を持ってきて驚かせたり……まさにヤンチャ真っ盛りな女の子であると言えよう。
「はい、元気な返事大変よろしい、じゃあいい子にはカイの隣に座って勉強してもらおうかなぁー」
「やったぁー!」
そう言ってクリミアはレイヤを膝の上へと誘導する。
「えへへ、カイ~、ほっぺ超柔らかいね~」
「う、姉さんやめ、やめてよ~」
ニコニコしながらカイウスと同じようにクリミアの膝の上へとやって来たレイヤは、プニプニと微妙な抵抗を見せるカイウスの頬を弄っていた。
そんな二人を抱き込みながら上から眺めるクリミアと言えば、
「ああ、弟と妹が天使すぎるッ、お願い神様。間違ってもこの二人が兄さんやあいつみたいになりませんように」
「……」
至福の表情を浮かべつつ、でへでへ、と小さな声で呟いていた。
まあ、カイウスにはしっかり聞こえていたのだが。
クリミアの言った兄さんとあいつは、それぞれノムストル家の長男と次男の事であるが、一人は王都で王族の側近として働いており、一人は……住所不定の冒険者らしい。
どちらも王国では名を知らない人はいないというぐらいには有名だが、姉はそんな二人が気に入らないらしい。
ただ傍から見ると心配しているからこそ、辛口になっているのは一目瞭然であった。。
何せ、長男や次男が帰宅したときに一番嬉しそうなのは、他ならぬクリミアなのだから。
(今日もこの状態で夕飯までマスコットコースかぁ)
そんな二人の様子を尻目に、カイウスは内心項垂れた。
この二人がいる時、カイウスはまるで人形にでもなったかのように悟った表情になり、彼女らがなすがままに己の身を任せるしかないからだ。
もちろんただ諦めているわけではない。
一応、自由への挑戦は行っていた。
先程の発言だって、その内の一つだ。
『こんな日々も今日までにする!!俺は自由を、自由を手に入れるんだァァァァ』と覚悟を決めて、子供なりにマイルドに提案したつもりだったが……結果は、ご覧の通り。見事に撃沈している。
「無念だね、カイ。見事に女性の尻に敷かれてしまって」
「ねぇー。カイはとってもお利口さんだもの。無暗にお姉ちゃんたちに逆らっても、きっと無駄だって気づいちゃってるんだね、うふふふ」
(ああ父様、そんな目で見ないでくださいよ、見てるくらいなら助けてください)
母の芯を得た解説はひとまず置いておいて、カイウスは必死に父へとSOSを送った。
しかしカイウスの父が助けてくれないことは、カイウス自身が一番承知している。
なぜなら父もまた、母の尻に敷かれてしまっているからだ。
「じゃあ、授業を始めようかな」
無念、と項垂れるカイウスとウキウキ気分のレイヤを抱きしめたまま、クリミアがゆっくりと授業を開始する。
「魔法には適性と言って、人それぞれ使える属性が違うわ。私なら水と風。それ以外は全く使うことができないの。魔法の適性は全ての人が最低1つ持っていると言われていて、二つ以上持っている人たちはそんなにいないわね。どう、凄いでしょ?お姉ちゃんってば結構優秀なのよ」
「おぉぉ」
「うわぁぁ」
体を左右に揺らしながら自信に溢れた様子で言うクリミアに、カイウスとレイヤは素直に感嘆の言葉を漏らしていた。
「でも、そんな私よりももーーっと凄くて、歴代の中で一番多くの適性を持っていた人が、この家にはいるんだよ~。さて、レイヤなら分かるかな??」
「あ、おじい様だ!!」
「そう、私たちのおじいちゃんね。多くの民たちは賢者オルキリアって呼んで、その適正は6つあるらしいわよ」
自信満々に答えたレイヤに同じように自信満々、いや誇りに思ってクリミアは頷く。
賢者オルキリア。
本名オルキリア=ノムストルはそれだけ、家族に信頼され、また家族にとっては誇りと言い換えて言って良い程に尊敬されている存在だからだ。
彼らの祖父の逸話は、地方の数だけあると言われるほどだ。
曰く、たった一人で隣国の何万もの敵兵を足止めした。
曰く、魔物の大波乱において、何千もの魔物の群れを屠った。
曰く、一つの魔法で海が吹き飛んだ。
世界最強、史上最強の名を欲しいままにしているこの世界の英雄の一人である。
「カイは生まれた頃から大好きだもんねー。まさかおじいちゃん会いにハイハイしてまで行こうとするとは思わなかったわよ」
「う、うぅ……」
そう。
ここで恥ずかしそうにもじもじするカイウスは、まだ二足歩行ができずハイハイしかできなかった頃、両親から聞いた英雄の物語の中に自分の親族がいると聞いて驚くと同時に、どうしてもその魔法を見て見たく、さらに使いたかったため、高速ハイハイで向かって行ったことがあるのだ。
「執念のハイハイ事件、あはは、懐かしいわね。あの頃はカイが誘拐された!なんか高速で這いずる音がするッ! って屋敷中大騒ぎだったわ。お父さんが眠っているカイを連れてくるまで気が気じゃあなかったんだから」
遠くから聞いていた母がそう言いながら苦笑いを浮かべている。
まさに事件の名の通りである。
祖父の住んでいる屋敷はすぐ隣にあったのだが、そこはまだ若干一歳、ハイハイしかできないカイウスは息も絶え絶えでハイハイをしながら、やっとの思いで同じ敷地にある祖父の家へと辿り着いた。
まぁ、そこで問題が起きたのだが。
まず扉が開かない。
当たり前だ。ノックする力もなく、泣く元気もないカイウスに扉を開ける、開けてもらう手段などなかった。
カイウスは絶望に打ちひしがれた。
赤ん坊の身長ではドアノブにどう努力したって届かない。
見上げたドアノブの高さは今でも忘れていない程だ。
しかし絶望は、ここで終わらなかった。
「おや、カイや。一人でここに来たのかい?」
「あ、あう!!」
人間上げて落とされるのは、とてもつらい。
特に、希望の光が差した瞬間に落とされるのは非常に辛いものがある。
何を言おう、念願かなって出会った祖父とカイウスはしゃべることができなかったのである。
まさかの赤ん坊言葉でのコミュニケーションを強制されることとなり、もちろん言いたいことは通じなかった。
「あうあうあぅ!!」
「おうおう、元気じゃなぁ。ほれ、抱っこしやろ」
「あうあうあうあうあうあ!!うううあっ!」
「ふむふむ、ご飯でも食べたいのかのう」
「あ……ぅ」
力の限りを尽くした彼は、あまりにもあまりな絶望的な状況に抵抗できず、全てのエネルギーを使ってしまったかのようにコテッと祖父の腕の中で眠りコケてしまった。
そう、限界であると。
「その時のおじいちゃんの慌てようが、もう凄くて、ふふふふ……あ、話を戻すわね。で、そのおじいちゃんだけど、今は当主の座を引退してここでゆっくりしているわね。たまに王様に呼ばれてるけど、本当にたまによ。ってちょっと脱線したわ、賢者はすごい。おじいちゃんはすごい。それくらいでいいわね」
「はい!! わかりましたわ、姉さま!!」
「はい!」
この国では確かにカイウスの祖父は英雄だ。
祖父の存在一つで、他国が安易に攻められないほどの防波堤だ。と言われても否定できない程、恐れられている。
「で、魔法に戻るけど、魔法は使う人のイメージと込めた魔力で形を変えるの。十人の火魔法使いがいたら一人一人違う物になると思ったほうが良いわね。色も、形も、威力もその人の力量次第では自由自在よ。あとは適性の種類ね、火、水、風、土が四大元素魔法って呼ばれていて比較的適性者が多いわ。次に、雷、氷、光、闇そして空間の上位魔法。上位魔法の適性者は滅多にいないの。だからこそ上位魔法の使い手は国で相当優遇されるし、ホントに貴重な存在として歓迎されることになる」
「そ、そうなんですね、とても強そうと、だけ覚えておきます」
若干どもりながらカイウスが応えたのは、その”貴重な存在”に心当たりがあったからだ。
(姉様、すみません。あなたの前にその貴重な存在でありながら、ゆっくり生きることを心に決めている存在がいます)
この世界においては、魔法の適性とスキルは人間で言う5歳の時に、教会の祝福を受けるとステータスと呼ばれるものとして現れる。ちょうどその時から同時に魔力の成長現象が始まり、16歳の成人を迎えるころまで伸び続ける。
と言うのが普通の人の成長曲線である。
アジに会い、願いをかなえてもらっているカイウスはこれに当て嵌まらない。
すでに教会でステータスを確認すれば、習得スキルと適正魔法の判断ができ、魔力量の成長も16歳で止まることがない。
まさにチート。
チートだからこそ、バレた時の反動が恐ろしい。
(5歳が怖い、めちゃくちゃ怖い)
カイウスの内心は冷や汗は止まらなかった。
もちろん、自分の力の異常さがバレることも原因であるし、またこの後起こる別の意味でも……。
「はい!! 勉強終わり!! さぁ、お姉ちゃんと遊びましょうね、カイ」
「やったぁぁーー!、今日は何して遊ぼうか、カイ!!」
「あ」
(あ、ああぁぁ、と、父さん、た、助けて‥‥‥)
チラリとカイウスは姉達にもみくちゃにされながら救援の眼差しを、父へと送る。
助けなど、来ないと分かって居ながらだ。
(よし、任せて、カイ!)
(あ、ああ!!父さん!!)
だが、予想外に助けは来た。
カイウスと父がお互いにアイコンタクトを交わし、穏やかなティータイムを行っていた父は、必死の息子の救援の眼差しを受け、力強く……遠慮ガチにクリミアへと挑んで行った。
「クリミア、ほどほどにして‥‥‥」
「あら? 私も遊んでこようかしら? 少し暇だったのよ」
「う、うぅ‥‥‥カイ、強く、強く生きてくれ」
「……父さん」
ちなみに、この救援信号を父が感じられるようになってから、カイウスは一度も助けられたことはない。むしろ、そのすべてが母に先取りされ、もはや父の力ではどうしようもなくなってしまうからである。
増援が来てしまうだけ、父にSOSは送らないほうが賢明なのではないか?
そう思いつつも、温かい家族に囲まれてまんざらでもないカイウスなのであった。
よろしくお願いしまーす。