五歳の日常、午後は書類仕事~後編~
午後。
カイウスは午前中いっぱいを子供たちとのご近所付き合いに使い、昼以降はある酒場へと赴く。
「お姉さん、いつもの」
「はい、承りました。いつもの持ってくるね」
その場所は決して子供の来るような場所ではなく、カイウスは自然と目立ってしまう。
昼間から酒を飲んでる奴や厳つい装備に厳つい顔したおっさん達。
その全ての視線がカイウスへと降り注ぎ、辺りがざわめきだす。
「はい、どうぞ。お姉さん特製の日替わり料理。たーんとお食べッ」
「…‥‥‥いただきますッ」
___おおッ。
お姉さんの笑顔と共に出てきた料理にその場の全員が息を飲み、次の瞬間には先ほどの比ではない数の視線を彼に注いだ。
その視線はまるで歴戦の猛者に送る視線。
称賛と尊敬の視線だ。
しかしカイウスはそんな視線など相手にせず、出て来た料理と対峙していた。
その料理はまず、色がおかしかった。おかしすぎた。 何を入れたら、本来透明なものが黄緑に染まるのであろうか。
そしてどこまで煮たら、煮えたぎるスープになり、気泡が爆発するごとに刺激臭がするまでになるのであろうか。
それらの理由などカイウスには分からない、分からないが、カイウスはその料理を躊躇なく啜り、涙目になりつつ、ゆっくりと膝をつく。
その一連の動作にはある種の美しさすらあった。
周りはそんなカイウスに称賛の視線を送り、猛者だと称える。
”地獄の日替わりランチ”~ザ・マリアンヌ・スペシャル~
それがカイウスの目の前で、我が物顔で君臨する料理だった。
一口入れてしまえば、強烈な眠気と体全身を痺れさせる強烈なそいつは、カイウスが倒れ伏した後も、未だに刺激臭を伴う気泡を上げ、周囲の客を戦慄させ続けている。
なんと強力な料理なのだろうか
「フフフッ、今日のはとっても美味しく出来たのよ? 何て言ったって魔の森から摂れるものばかり使った、地元原産の新鮮取れたて料理だもの。おいしくないはずがないの、うふふふふ」
その、カイウスの料理を作るのはこの酒場の看板娘。
その笑顔でもって酒場を盛り上げ、癒しを与える、元気で美しい娘だ。
その娘がカウンターに両肘を付き、満面の笑みを浮かべている。
平時ならその笑顔に何人のおっさん達がやられたであろうか。
しかしそんな笑顔も、今現在の状況では周りを怯えさせ、酔いの激しい客の酔い覚ましに一役買ってしまうほどの破壊力があった。
皆が皆、もう顔面真っ青である。
「おッ、いいねぇ。今日も絶好調じゃあねぇか、マリアンヌ」
「あ、マスター。今日のはいつも以上の力作ですよ」
そこに現れたのはオヤジ。
そうとしか表現できないほどオヤジな人だ。
きっとすべてのオヤジの生みの親であるのだろう。
「どれどれ、…‥‥おい、坊ちゃん。これ貰うぞ」
「「「「「「「あ…‥‥‥‥‥‥‥」」」」」」」」
「かぁーーーっ。うめぇな、これ。今度もう一回作ってくれや」
「ふふふ、いつもいつも食べてるじゃあないですか」
唐突に表れたそのオヤジは、残っていた料理を一気に口へと流し込み、一口ですべてを平らげてしまった。
一般人では無事では済まない料理も目の前のオヤジの前ではただの美味しい料理になってしまう。
「ま、マスター‥‥‥‥‥‥きょ、きょうも‥‥‥来ました」
「おう、良く来たな坊ちゃん。昼食うなら誘えってんだ、俺とお前の仲だろうが」
「きょ、きょうこそ、い、一人前に…‥‥‥な、る」
「へっへっへっ、んなぁこと気にすんなよ。今日もやってくんだろ?」
「ええ、一度…請け負ったこ、とですから」
「んじゃ、いつも通り報酬はここに置いとくぜ。俺は出かけてくらぁ」
「りょう、かい」
ここは冒険者支部。
世界中に拠点があるうちの一つに彼は居た。
厳密には、その冒険者ギルドに併設された酒場のカウンター席であるのだが。
それはともかくだ、カイウスはなぜそんな場末の酒場で昼食を摂っているのか。
それは、この場所こそがカイウスの午後の活動場所だからに他ならない。
”冒険者”ギルド。そここそがカイウス=ノムストルの新しい活動拠点なのだ。
「ギルド長代理、本当に助かります。あの人では分からないことだけでなく、私たちのフォローまで」
「いえ、これも好きでやってるんです。それに勝負に負けたのは私の方ですから‥‥‥しっかりと代役は果たしますよ」
ギルドのある一室。
カイウスは今そこにいた。
その手に残り少ない書類を持って。
「あの、ホントに五歳ですか? 正直、私以上に仕事ができる五歳児というのを信じたくないんですけど」
「五歳児です、あと半年で六歳児になる正真正銘の五歳児です」
「本当に」
「本当に」
「信じられません」
「目の前の現実を信じましょう。ここには五歳児が座っているではないですか」
次々に読んではハンコを押していく作業。
時々間違いがあれば訂正し、確認を取り、次々にハンコを押していく単純作業だ。
それを行っている五歳児。なんともシュールな光景だ
「あなたはまた変なことをッ。滞っていた作業が捗る、私たちにとってはその現実があれば、他は何もいらないんです。…‥‥う、うぅぅぅ。溜まっていた書類が、やっと、やっと無くなった」
「あははは、今度また困ったことがあれば言ってください。もうここは知らない場所ではないですからね、是非とも手伝わせていただきますよ」
「「ありがとうございます」」
「ありがとうございます?」
カイウスは今、ギルド長が座ってるはずの席で、ギルド長が決済するはずのギルド長が残した書類を片付けていた。
そしてそれを補佐する秘書たちの目尻からは一筋の光が滴り落ちる。
他人が入って来たら、まさに混沌なこの状況に開きかけた扉をそっと閉じるに違いない。
ついでに心の扉まで閉まらないように注意しなければなるまい。
カイウスはそんな状況でも淡々と笑顔で単純作業を続けて行く。
その姿はどこからどう見ても普通の五歳児ではなかった。
疑問を持った秘書はこの中で一番正しく、最も苦労をするのであった。
カイウスがなぜギルドのギルド長をしているのか。
それはまた別の機会に話させてもらいたい。
なんせカイウスの日常はこれでは終わらない、まだ夜の部があるのだ。
ここまで五歳という年齢ではあまりな異常な日常を送っている彼が普通なはずがない。
絶対に何かある。
それから、ギルドでの作業が終わったカイウスが次に向かったのは、もちろん彼の屋敷に他ならない。
夕食を家族とともに食べ、朝食と同じように使用人の汗を流してやり、一人、庭に出る。
「次ッ、ラミア、スヒィア前に出なさい…‥‥‥‥‥始めッ」
「「ハッ」」
「こいッ」
メイド長のサリアによる掛け声とともに二人の影から守る系護衛が突っ込んでくる。
カイウスはそれを短剣を構え迎え撃つ。
彼らは接近する内にも二から三本の投げナイフを放っており、カイウスはそれを正確に一つずつ落とし、逸らしていく。
「ラミア殿」
「任せなさい」
「任せる」
彼らは向かってくる勢いそのままで短いやり取りをすると、彼らの前に拳サイズの何かを投げる。
「煙玉ッ!?」
「行くわよ、カイウス様」
「ラミアッ!! くッ」
カイウスと彼らの間で起こった煙の中から、一人の影が飛び出し、その対応に一瞬反応が遅れてしまう。
カイウスはそのまま押されるように下がっていき、トンッと分厚い何かに背中からぶつかる。
「そこまでッ」
「は、はい」
「まだまだですな、三男様」
「ふふふ、私たちの勝ちね」
カイウスの背中に当たったのはスヒィアさんの分厚い胸板、ではなく、ぶっといその太ももであった。
カイウスの身長的にはそこに当たるのは必然なのだが、正直、少し危なかった。
あと少しでもずれていれば…‥‥大変なことになっていたであろう。
「お次はこの不肖サリアがお相手させていただきます」
「は、はい」
「‥‥‥‥行きます」
息つく暇もなく、次々に行われる模擬戦。
それがカイウスの夜の日課だ。
これはカイウスが始めた訳でなく、少ない使用人たちが勧めてきて、それが少しづつ多くなって行き、今となってはメイド長までが参加するものになっていた。
ついでに言うとメイド長は滅茶苦茶強かった。
もはやカイウスに理解できないうちにやられる。
彼女がどんな武器を持っていようと、だ。
いつの間にか転ばされ、剣を突きつけられ、背後にいる。
カイウスの家のメイドは、メイドはメイドでもどうやら冥土の方らしい。
いつの間にか冥界に案内されそうだ。
使用人の、使用人による、使用人のための訓練。
それがカイウスの夜の日常であった。
そんな日常もあれから三か月がたった頃であろうか。
カイウスの日常はその日を境に大きく変わることとなる。
それはカイウスが六歳を迎える二か月前。
『魔物の大群接近、種類はヘルウルフ!! みなさま、早急な避難を!!』
ギルドによる避難警報によりその日は始まった。
カイウスの住む町に魔の森からの侵略者が現れたのである。
『私が間違っているのでしょうか?』
BY某ギルドの秘書さん
少し見直してみました。まだまだ見にくい所があると思うので良ければ言ってください。
駆逐します。




